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第三話:月曜日の方違さんは、雨の朝
3-1 「明日は大雨のおそれがあります」
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大雨の予報は少し前から出ていた。
日曜の夜にはケーブルテレビで「明日は大雨のおそれがあります」と何度もアナウンスがあり、学校は休みかも、と思いながら、僕は布団に入った。
朝起きると、窓の外は薄暗くて、ざばざばと水が流れ落ちていた。
制服に着替える気もしないまま、居間でパンをかじっていると、テレビの画面に「大雨特別警報発令」のテロップが出て、ほとんど同時に休校の一斉メールも届いた。
休みだ!
と反射的に喜んだけれど、すぐに方違さんのことが心配になった。
今日は月曜日だ。あの子は少しでも早く学校に着けるように、一時間以上早く家を出るはずなのだ。
ひょっとして、この大雨の中で、変なことに巻き込まれたりしてないだろうか?
そう考えると、みぞおちの奥が苦しくなる。
方違さんはもう、僕にとってそれくらい大切な友達だった。
部屋に戻って、携帯でメッセージを送ってみる。何分待っても未読のままだ。
迷惑かなと思ったけど、思い切って通話ボタンを押してみた。
呼び出し音が繰り返し鳴る。でも方違さんはやっぱり出ない。
まさか……?
制服の方違さんが、駅のベンチで熟睡したまま激流に流されていくイメージが頭に浮かんだ。
まるでマンガだ。でもあの子ならあり得る。
鉄道会社のサイトによると、このあたりの路線はまだ動いていた。
だったら、するべきことは一つだ。
◇
足元はどうせずぶ濡れになるから半パンで、上はTシャツにパーカを羽織《はお》り、ビニールの雨がっぱを着て、僕は家族に黙って家を出た。
激しい雨で、村の裏山が見えない。川みたいになったアスファルトをぱしゃぱしゃと歩き、駅に着くころにはスニーカーがぐしょぐしょになっていた。
僕ひとりの電車は、橋やトンネルのたびにスピードを落としたり、一時停止したりする。何度か方違さんにメッセージを送ったけど、ひとつも既読にならなかった。
一時間半かけてやっと乗換駅に着くと、僕は薄暗い駅構内を隅から隅まで見て回った。
ホーム、ベンチ、待合室、階段。誰もいない。あの子の姿も気配も無い。
女子トイレには入れないから、前で十五分くらい待ってみたけど、誰も出入りしなかった。
雨の音だけが、どうどうと響いている。
これはもう、さらに勇気をふりしぼるしかない。
改札を出て、激しい雨の中、線路沿いの通りを走った。でも五軒並んだ真ん中の家のドアの前で、滝のような水に打たれながら、僕は固まってしまった。
友達といっても、方違さんは女の子だ。お父さんかお母さんが出てきたら、どう言えばいいんだろう。
「はじめまして。くるりさんの同級生の苗村まもるといいます。くるりさんが心配でうかがいました」
とか? なんか怪しくないか?
たしか小学生の妹さんもいるはずだ。
「お姉ちゃんいる? 僕はお姉ちゃんのお友達なんだ」
これじゃ不審者だ。
いやいや。僕は友達のために来たんだ。自分がどう思われるかじゃない。お父さんでもお母さんでも、妹さんでもひいひいおばあちゃんでも、来るなら来い。
僕は深呼吸をして、胸を張って力強く、方違家のチャイムを押した。
しばらくして、がちゃりとドアが開き、小さい人が姿を見せた。
「あの、ぼ、僕は怪しいものじゃなくて、く、くるりたん……いえあの、くるりさんのお友達で……お友達だと思うんですが」
「……苗村くん?」
不思議そうに僕を見上げた顔は、方違くるりさん本人だった。
◇
玄関に立った方違さんは、髪をキャラクターもののヘアゴ厶で雑にまとめ、首まわりがよれよれになった白いTシャツに、黒のショートパンツ、裸足にぶかぶかの健康サンダルをひっかけている。
どう見ても、出かけるかっこうではない。
「苗村くん……今日、学校休みだよ?」
聞いてみると、方違さんははじめから今日は休校だろうと思い、月曜に下手に動かないほうがいいと判断して家を出なかったらしい。携帯に反応が無かったのは、単に置きっぱなしにしていたからだった。
彼女のほうがよほど冷静だったわけだ。
僕は手を振りながら、水びたしの路上にあとずさりした。
「じゃあ帰るね。無事で良かったよ。うん。またね」
「ちょっ……待って。すごい雨だよ?」
「大丈夫。もう濡れてるし」
「だいじょぶじゃないよ。かぜひくよ……。うち、入って」
僕は小刻みに八回くらい首を振った。
「悪いよそんな、僕が勝手に来たんだから」
「だめだよ、こんな雨の中……電車もきっと止まっちゃうし……。どーぞ。入って?」
「でもほら、家の人に迷惑だから」
「……ん」方違さんは首を振った。「今日、うち誰もいないから」
日曜の夜にはケーブルテレビで「明日は大雨のおそれがあります」と何度もアナウンスがあり、学校は休みかも、と思いながら、僕は布団に入った。
朝起きると、窓の外は薄暗くて、ざばざばと水が流れ落ちていた。
制服に着替える気もしないまま、居間でパンをかじっていると、テレビの画面に「大雨特別警報発令」のテロップが出て、ほとんど同時に休校の一斉メールも届いた。
休みだ!
と反射的に喜んだけれど、すぐに方違さんのことが心配になった。
今日は月曜日だ。あの子は少しでも早く学校に着けるように、一時間以上早く家を出るはずなのだ。
ひょっとして、この大雨の中で、変なことに巻き込まれたりしてないだろうか?
そう考えると、みぞおちの奥が苦しくなる。
方違さんはもう、僕にとってそれくらい大切な友達だった。
部屋に戻って、携帯でメッセージを送ってみる。何分待っても未読のままだ。
迷惑かなと思ったけど、思い切って通話ボタンを押してみた。
呼び出し音が繰り返し鳴る。でも方違さんはやっぱり出ない。
まさか……?
制服の方違さんが、駅のベンチで熟睡したまま激流に流されていくイメージが頭に浮かんだ。
まるでマンガだ。でもあの子ならあり得る。
鉄道会社のサイトによると、このあたりの路線はまだ動いていた。
だったら、するべきことは一つだ。
◇
足元はどうせずぶ濡れになるから半パンで、上はTシャツにパーカを羽織《はお》り、ビニールの雨がっぱを着て、僕は家族に黙って家を出た。
激しい雨で、村の裏山が見えない。川みたいになったアスファルトをぱしゃぱしゃと歩き、駅に着くころにはスニーカーがぐしょぐしょになっていた。
僕ひとりの電車は、橋やトンネルのたびにスピードを落としたり、一時停止したりする。何度か方違さんにメッセージを送ったけど、ひとつも既読にならなかった。
一時間半かけてやっと乗換駅に着くと、僕は薄暗い駅構内を隅から隅まで見て回った。
ホーム、ベンチ、待合室、階段。誰もいない。あの子の姿も気配も無い。
女子トイレには入れないから、前で十五分くらい待ってみたけど、誰も出入りしなかった。
雨の音だけが、どうどうと響いている。
これはもう、さらに勇気をふりしぼるしかない。
改札を出て、激しい雨の中、線路沿いの通りを走った。でも五軒並んだ真ん中の家のドアの前で、滝のような水に打たれながら、僕は固まってしまった。
友達といっても、方違さんは女の子だ。お父さんかお母さんが出てきたら、どう言えばいいんだろう。
「はじめまして。くるりさんの同級生の苗村まもるといいます。くるりさんが心配でうかがいました」
とか? なんか怪しくないか?
たしか小学生の妹さんもいるはずだ。
「お姉ちゃんいる? 僕はお姉ちゃんのお友達なんだ」
これじゃ不審者だ。
いやいや。僕は友達のために来たんだ。自分がどう思われるかじゃない。お父さんでもお母さんでも、妹さんでもひいひいおばあちゃんでも、来るなら来い。
僕は深呼吸をして、胸を張って力強く、方違家のチャイムを押した。
しばらくして、がちゃりとドアが開き、小さい人が姿を見せた。
「あの、ぼ、僕は怪しいものじゃなくて、く、くるりたん……いえあの、くるりさんのお友達で……お友達だと思うんですが」
「……苗村くん?」
不思議そうに僕を見上げた顔は、方違くるりさん本人だった。
◇
玄関に立った方違さんは、髪をキャラクターもののヘアゴ厶で雑にまとめ、首まわりがよれよれになった白いTシャツに、黒のショートパンツ、裸足にぶかぶかの健康サンダルをひっかけている。
どう見ても、出かけるかっこうではない。
「苗村くん……今日、学校休みだよ?」
聞いてみると、方違さんははじめから今日は休校だろうと思い、月曜に下手に動かないほうがいいと判断して家を出なかったらしい。携帯に反応が無かったのは、単に置きっぱなしにしていたからだった。
彼女のほうがよほど冷静だったわけだ。
僕は手を振りながら、水びたしの路上にあとずさりした。
「じゃあ帰るね。無事で良かったよ。うん。またね」
「ちょっ……待って。すごい雨だよ?」
「大丈夫。もう濡れてるし」
「だいじょぶじゃないよ。かぜひくよ……。うち、入って」
僕は小刻みに八回くらい首を振った。
「悪いよそんな、僕が勝手に来たんだから」
「だめだよ、こんな雨の中……電車もきっと止まっちゃうし……。どーぞ。入って?」
「でもほら、家の人に迷惑だから」
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