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第二話:(月・祝)の方違さんは、たどりつけない?
2-2 どういう意味だ? 何かがおかしい
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日曜の夜、僕は携帯を片手に居間の畳に寝転がりながら、方違さんにメッセージを打った。
――明日、よろしくね
返信はすぐに来た。
――うん 9時に駅ね すごい楽しみ!
なんだかちょっと、顔を合わせている時とは違う感じのリアクションなのがなんとなくうれしい。
――僕もです
――萎村くんもケーキ楽しみ?
その誤字はやめてね、と思ったけどスルーする。
――うん
――明日きいろの服着てくる?
――着ないよ 持ってないし グレーのパーカかな なんで?
ふすまがすとんと開いて、洗い髪にパジャマの姉が入ってきた。
「何そのほっこり笑顔? 猫動画でも見てるの?」
「別に」
「まもる、明日さ」
姉はテレビの前にあぐらをかいて、ハンドルを回すしぐさをした。
「ドライブ連れてったげようか? 姉ちゃん免許取ったんだよ」
「まだ死にたくないよ。新しい友達もできたのに」
「ちっ、勘のいいガキめ……」
ぴこん、と通知音が鳴って、メッセージが表示される。
――わたしと色かぶったら いやかなと思って おやすみ あしたね
方違さん、黄色い服で来るんだな。
そういえば、私服で会うのは初めてだ。
「だから、何よその緩んだ顔。猫動画なら姉ちゃんにも見せてよ」
◇
明けて月曜は朝からいい天気で、約束より三十分早く乗換駅に降りると、人のいないホームでスズメが遊んでいた。
ベンチに座ってしばらくすると、ぴこん、と鳴った。
――おはよ! うち出るよ
僕もすぐに返信した。
――おはよう ホームで待ってる
フェンスの向こうの通りを目で探してみると、どのドアから出てきたのかは分からないけど、明るい黄色が走るのがちらっと見えた。
方違さんだ。
走り方で分かる。
レモンイエローのTシャツに、デニムの膝丈のスカート。ポニーテールにした髪と、肩にかけたオリーブグリーンのリュックを揺らしながら、てけてけと通りを駆けている。
その小さな姿が駅舎に消えると、僕は彼女が階段を降りてくるのを待った。
二分。
五分。
十分待った。
ちょっと遅すぎるんじゃないか? と思った頃、ぴこん、と鳴った。
――ごめん いちど うち帰る
――どしたの
――くつ下まちがえた💧 右とひだりが違う
それくらいのことなら大丈夫。まだ九時にもなってないし。
――了解、気にしないで ゆっくり来て
家に戻る方違さんが見えるはずと思って、僕はフェンスの向こうに目をこらした。
でも黄色いTシャツは待っても待っても現れなかった。
のどかな朝だ。スズメが鳴き続けている。
九時を過ぎても、誰も通らない。
アナウンスが流れ、僕らが乗るはずだった三両編成の電車が来た。二、三人が乗り降りすると、発車ベルとともに、ため息のような音を立てて走り去った。
フェンスの向こうを、和尚さんがスクーターで通ってゆく。
太陽が少しずつ高くなって、僕の膝に日光が当たり始めた。
いくらなんでも、遅すぎないか?
電話してみたけど、電波が悪いのか、何度試しても切れてしまう。
――今どこ?
メッセージを投げてみると、返信があった。
――うち出たとこ
――靴下かえられた?
――うん でもちょっと変 わたしのうちじゃなかったみたい くつ下ぜんぶ赤だったし 玄関のばしょも 妹の顔もちがう
どういう意味だ?
何かがおかしい。
ぴこん、と通知音が鳴る。
――ごめん どうしよ 困った
――どしたの?
――駅が無いの
――道まちがえた?
――まちがってない でも駅が無いの
ここに来てようやく、僕は自分の間違いに気づいた。
考えてみれば簡単な話だ。方違さんが今までこの駅にたどりつけていたのは、ここが目的地じゃなく、通過点だったからなのだ。
でも今日の彼女の目的地はここ。この駅の、このホームの、このベンチだ。
たとえ近くても、すんなりとたどりつけるはずがなかった。
――明日、よろしくね
返信はすぐに来た。
――うん 9時に駅ね すごい楽しみ!
なんだかちょっと、顔を合わせている時とは違う感じのリアクションなのがなんとなくうれしい。
――僕もです
――萎村くんもケーキ楽しみ?
その誤字はやめてね、と思ったけどスルーする。
――うん
――明日きいろの服着てくる?
――着ないよ 持ってないし グレーのパーカかな なんで?
ふすまがすとんと開いて、洗い髪にパジャマの姉が入ってきた。
「何そのほっこり笑顔? 猫動画でも見てるの?」
「別に」
「まもる、明日さ」
姉はテレビの前にあぐらをかいて、ハンドルを回すしぐさをした。
「ドライブ連れてったげようか? 姉ちゃん免許取ったんだよ」
「まだ死にたくないよ。新しい友達もできたのに」
「ちっ、勘のいいガキめ……」
ぴこん、と通知音が鳴って、メッセージが表示される。
――わたしと色かぶったら いやかなと思って おやすみ あしたね
方違さん、黄色い服で来るんだな。
そういえば、私服で会うのは初めてだ。
「だから、何よその緩んだ顔。猫動画なら姉ちゃんにも見せてよ」
◇
明けて月曜は朝からいい天気で、約束より三十分早く乗換駅に降りると、人のいないホームでスズメが遊んでいた。
ベンチに座ってしばらくすると、ぴこん、と鳴った。
――おはよ! うち出るよ
僕もすぐに返信した。
――おはよう ホームで待ってる
フェンスの向こうの通りを目で探してみると、どのドアから出てきたのかは分からないけど、明るい黄色が走るのがちらっと見えた。
方違さんだ。
走り方で分かる。
レモンイエローのTシャツに、デニムの膝丈のスカート。ポニーテールにした髪と、肩にかけたオリーブグリーンのリュックを揺らしながら、てけてけと通りを駆けている。
その小さな姿が駅舎に消えると、僕は彼女が階段を降りてくるのを待った。
二分。
五分。
十分待った。
ちょっと遅すぎるんじゃないか? と思った頃、ぴこん、と鳴った。
――ごめん いちど うち帰る
――どしたの
――くつ下まちがえた💧 右とひだりが違う
それくらいのことなら大丈夫。まだ九時にもなってないし。
――了解、気にしないで ゆっくり来て
家に戻る方違さんが見えるはずと思って、僕はフェンスの向こうに目をこらした。
でも黄色いTシャツは待っても待っても現れなかった。
のどかな朝だ。スズメが鳴き続けている。
九時を過ぎても、誰も通らない。
アナウンスが流れ、僕らが乗るはずだった三両編成の電車が来た。二、三人が乗り降りすると、発車ベルとともに、ため息のような音を立てて走り去った。
フェンスの向こうを、和尚さんがスクーターで通ってゆく。
太陽が少しずつ高くなって、僕の膝に日光が当たり始めた。
いくらなんでも、遅すぎないか?
電話してみたけど、電波が悪いのか、何度試しても切れてしまう。
――今どこ?
メッセージを投げてみると、返信があった。
――うち出たとこ
――靴下かえられた?
――うん でもちょっと変 わたしのうちじゃなかったみたい くつ下ぜんぶ赤だったし 玄関のばしょも 妹の顔もちがう
どういう意味だ?
何かがおかしい。
ぴこん、と通知音が鳴る。
――ごめん どうしよ 困った
――どしたの?
――駅が無いの
――道まちがえた?
――まちがってない でも駅が無いの
ここに来てようやく、僕は自分の間違いに気づいた。
考えてみれば簡単な話だ。方違さんが今までこの駅にたどりつけていたのは、ここが目的地じゃなく、通過点だったからなのだ。
でも今日の彼女の目的地はここ。この駅の、このホームの、このベンチだ。
たとえ近くても、すんなりとたどりつけるはずがなかった。
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