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第一話:月曜日の方違さんは、起きられない
1-2 二人で助け合うべきだ
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話を聞いてもやっぱり意味は分からないけど、つまりこういうことらしかった。
方違くるり、というこの不思議な名前の少女は、月曜日にどこかへ行こうとすると、必ず変な場所に迷いこんだり、変なことに巻き込まれたりして、ぜったいにまっすぐにたどり着くことができないのだ。
すでに赤ん坊の頃から、天井裏とか衣装ケースの中といった変なところで泣いていたことがあったらしく、幼稚園では園内で迷子になって、トイレや園庭にたどりつけなくなることもあったという。
小学校に入ると遅刻をくり返すようになり、それが月曜だけの現象であることに気づいた両親が、専門家という人に相談したが、「月曜日はどのお子さんもナーバスになるんですよ」「見守ってあげましょう」とか言われ、「心の問題」として片付けられてしまったらしい。
その後、成長とともに、また距離が伸びるとともに、トラブルはさらに激しくなった。
中二のときには、いっしょに登校してくれた近所の子を巻き込んで二人で急流の中州に取り残され、消防団に助けられるという騒ぎもあったそうだ。
「……親も先生も、頑張れとか、頑張りすぎるなとか言うだけ。中学までは、それでも、早く出たら午前中に着くことができたの。でも高校に入ってからは……こんなの、わたし、もうどうしたらいいか、分かんないよ……。苗村くんを巻き込むつもりなんて、なかったのに」
「先週も、僕を巻き込まないようにしてくれたの?」
方違さんはこくりとうなずいた。
目にいっぱい涙をためた小柄な女子に見上げられると、胸の中の糸をきゅっと引っ張られたみたいで、男女平等には反しちゃうけど、「女の子を泣かせるわけにはいかない」という気持ちになってしまう。
やっと名前も覚えてくれたようだし。
僕が柄にもなくこんなポジティブな言葉を口にしたのは、そのせいだったのだろう。
「気にしないで。これは方違さんのせいじゃない。今までの月曜がどうだったにしても、寝ちゃってたのは僕も同じなんだから、今日の責任は半々だ。だよね?」
「……ん」
「大切なのはこれからどうするかだよ。目的地は一緒なんだから、二人で助け合うべきだ。そのほうがうまくいくはずだよ。ね?」
「……うん」
方違さんは小さな手の甲で涙をぬぐい、きらきらが増した目で僕の顔を見上げた。
髪と同じように、瞳の色にもほんのちょっとグレーとブルーが入っているように見える。
不思議で、深い色だ。
「ありがと。優しいんだね、稲村くんって」
「あの、苗村です」
「あ、ごめ……」
◇
とは言っても、簡単なことではなさそうだ。崖のせいか携帯も圏外で、ここがどこかも分からない。
錆びたブリキ製の時刻表がホームの端に落ちていたのを、方違さんが見つけてくれたけど、それによると次の電車は夕方6時。とても学校に間に合わない。
「電車が来ないなら、トンネルを歩いていけないかな?」と方違さんが提案したけど、貨物列車や作業用の車両が来るかもしれない。それに中は真っ暗だろう。危険すぎる。
改札口を探そう。出口は必ずあるはずだ、駅なんだから。
あるとすれば、たぶん下にしかあり得ない。
そう考えて、二人で下を向いてホームを行ったり来たりした末に、また方違さんが見つけてくれた。
ホームの真ん中の、四角いマンホールのような鉄のふたに「出口」という字が刻まれていたのだ。
僕たちは顔を見合わせ、うなずきあった。
「せーの」
二人でふたを持ち上げると、風が吹き上がってきて、方違さんの髪をふわっと広げた。
穴の下は空中だ。斜めに崖に打ち込まれた何本もの鉄骨が、つっかえ棒みたいにしてプラットホームを支えているのが見える。
ここから十数メートルくらいだろうか。真下に建物があって、トタン屋根に白いペンキで「縦浜驛前食堂 ゐらつしやいませ」と書いてあった。
「……るらっしゃいませ、ってどういう意味かな……」
「古文の時間って月曜だった?」
穴から、その「駅前食堂」の天窓まで、降りられるように梯子《はしご》がついている。
と言っても、コの字形の鉄の棒を何十本か、岩に直接打ち込んだだけのものだけど。
「ここを降りるしかないみたいだな」
僕がつぶやくと、方違さんは泣きそうな顔をして、僕のブレザーの袖の端をぎゅっとつかんだ。
いや、ほんとは僕も同じ顔をして、方違さんの袖をぎゅっとつかみたいくらいだったけど。でも。
「僕が降りてみるよ。方違さんはここで見てて」
僕ははしごを降り始めた。
下を見ると怖いから、上に顔を向けると、不安げな方違さんの顔が赤錆びた鉄枠の中に見える。手を振って余裕を見せたかったけど、それどころじゃなかった。
何十段あるのか、降りても降りてもはしごは終わらない。ところどころ、ぐらぐらしているところや、錆が進んで細くなっている段もある。
風が強くないのは幸運だった。
ようやく下に着いて天窓から駅前食堂の中をのぞくと、電気がついていて、座敷席にテーブルが並んでいるのが見えた。
はるか上に小さく見える方違さんを、僕は大声で呼んだ。
「大丈夫、着いたよ! 降りて来られる? 上から七段目と、十四段目がぐらついてるから気をつけて」
そして天窓の横に座り、降りてくる気配を頭上に感じながら方違さんを待った。
方違くるり、というこの不思議な名前の少女は、月曜日にどこかへ行こうとすると、必ず変な場所に迷いこんだり、変なことに巻き込まれたりして、ぜったいにまっすぐにたどり着くことができないのだ。
すでに赤ん坊の頃から、天井裏とか衣装ケースの中といった変なところで泣いていたことがあったらしく、幼稚園では園内で迷子になって、トイレや園庭にたどりつけなくなることもあったという。
小学校に入ると遅刻をくり返すようになり、それが月曜だけの現象であることに気づいた両親が、専門家という人に相談したが、「月曜日はどのお子さんもナーバスになるんですよ」「見守ってあげましょう」とか言われ、「心の問題」として片付けられてしまったらしい。
その後、成長とともに、また距離が伸びるとともに、トラブルはさらに激しくなった。
中二のときには、いっしょに登校してくれた近所の子を巻き込んで二人で急流の中州に取り残され、消防団に助けられるという騒ぎもあったそうだ。
「……親も先生も、頑張れとか、頑張りすぎるなとか言うだけ。中学までは、それでも、早く出たら午前中に着くことができたの。でも高校に入ってからは……こんなの、わたし、もうどうしたらいいか、分かんないよ……。苗村くんを巻き込むつもりなんて、なかったのに」
「先週も、僕を巻き込まないようにしてくれたの?」
方違さんはこくりとうなずいた。
目にいっぱい涙をためた小柄な女子に見上げられると、胸の中の糸をきゅっと引っ張られたみたいで、男女平等には反しちゃうけど、「女の子を泣かせるわけにはいかない」という気持ちになってしまう。
やっと名前も覚えてくれたようだし。
僕が柄にもなくこんなポジティブな言葉を口にしたのは、そのせいだったのだろう。
「気にしないで。これは方違さんのせいじゃない。今までの月曜がどうだったにしても、寝ちゃってたのは僕も同じなんだから、今日の責任は半々だ。だよね?」
「……ん」
「大切なのはこれからどうするかだよ。目的地は一緒なんだから、二人で助け合うべきだ。そのほうがうまくいくはずだよ。ね?」
「……うん」
方違さんは小さな手の甲で涙をぬぐい、きらきらが増した目で僕の顔を見上げた。
髪と同じように、瞳の色にもほんのちょっとグレーとブルーが入っているように見える。
不思議で、深い色だ。
「ありがと。優しいんだね、稲村くんって」
「あの、苗村です」
「あ、ごめ……」
◇
とは言っても、簡単なことではなさそうだ。崖のせいか携帯も圏外で、ここがどこかも分からない。
錆びたブリキ製の時刻表がホームの端に落ちていたのを、方違さんが見つけてくれたけど、それによると次の電車は夕方6時。とても学校に間に合わない。
「電車が来ないなら、トンネルを歩いていけないかな?」と方違さんが提案したけど、貨物列車や作業用の車両が来るかもしれない。それに中は真っ暗だろう。危険すぎる。
改札口を探そう。出口は必ずあるはずだ、駅なんだから。
あるとすれば、たぶん下にしかあり得ない。
そう考えて、二人で下を向いてホームを行ったり来たりした末に、また方違さんが見つけてくれた。
ホームの真ん中の、四角いマンホールのような鉄のふたに「出口」という字が刻まれていたのだ。
僕たちは顔を見合わせ、うなずきあった。
「せーの」
二人でふたを持ち上げると、風が吹き上がってきて、方違さんの髪をふわっと広げた。
穴の下は空中だ。斜めに崖に打ち込まれた何本もの鉄骨が、つっかえ棒みたいにしてプラットホームを支えているのが見える。
ここから十数メートルくらいだろうか。真下に建物があって、トタン屋根に白いペンキで「縦浜驛前食堂 ゐらつしやいませ」と書いてあった。
「……るらっしゃいませ、ってどういう意味かな……」
「古文の時間って月曜だった?」
穴から、その「駅前食堂」の天窓まで、降りられるように梯子《はしご》がついている。
と言っても、コの字形の鉄の棒を何十本か、岩に直接打ち込んだだけのものだけど。
「ここを降りるしかないみたいだな」
僕がつぶやくと、方違さんは泣きそうな顔をして、僕のブレザーの袖の端をぎゅっとつかんだ。
いや、ほんとは僕も同じ顔をして、方違さんの袖をぎゅっとつかみたいくらいだったけど。でも。
「僕が降りてみるよ。方違さんはここで見てて」
僕ははしごを降り始めた。
下を見ると怖いから、上に顔を向けると、不安げな方違さんの顔が赤錆びた鉄枠の中に見える。手を振って余裕を見せたかったけど、それどころじゃなかった。
何十段あるのか、降りても降りてもはしごは終わらない。ところどころ、ぐらぐらしているところや、錆が進んで細くなっている段もある。
風が強くないのは幸運だった。
ようやく下に着いて天窓から駅前食堂の中をのぞくと、電気がついていて、座敷席にテーブルが並んでいるのが見えた。
はるか上に小さく見える方違さんを、僕は大声で呼んだ。
「大丈夫、着いたよ! 降りて来られる? 上から七段目と、十四段目がぐらついてるから気をつけて」
そして天窓の横に座り、降りてくる気配を頭上に感じながら方違さんを待った。
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