月曜日の方違さんは、たどりつけない

猫村まぬる

文字の大きさ
上 下
6 / 55
第一話:月曜日の方違さんは、起きられない

1-2 二人で助け合うべきだ

しおりを挟む
 話を聞いてもやっぱり意味は分からないけど、つまりこういうことらしかった。
 方違くるり、というこの不思議な名前の少女は、月曜日にどこかへ行こうとすると、必ず変な場所に迷いこんだり、変なことに巻き込まれたりして、ぜったいにまっすぐにたどり着くことができないのだ。

 すでに赤ん坊の頃から、天井裏とか衣装ケースの中といった変なところで泣いていたことがあったらしく、幼稚園では園内で迷子になって、トイレや園庭にたどりつけなくなることもあったという。

 小学校に入ると遅刻をくり返すようになり、それが月曜だけの現象であることに気づいた両親が、専門家という人に相談したが、「月曜日はどのお子さんもナーバスになるんですよ」「見守ってあげましょう」とか言われ、「心の問題」として片付けられてしまったらしい。

 その後、成長とともに、また距離が伸びるとともに、トラブルはさらに激しくなった。
 中二のときには、いっしょに登校してくれた近所の子を巻き込んで二人で急流の中州に取り残され、消防団に助けられるという騒ぎもあったそうだ。

「……親も先生も、頑張れとか、頑張りすぎるなとか言うだけ。中学までは、それでも、早く出たら午前中に着くことができたの。でも高校に入ってからは……こんなの、わたし、もうどうしたらいいか、分かんないよ……。苗村くんを巻き込むつもりなんて、なかったのに」
「先週も、僕を巻き込まないようにしてくれたの?」

 方違さんはこくりとうなずいた。
 目にいっぱい涙をためた小柄な女子に見上げられると、胸の中の糸をきゅっと引っ張られたみたいで、男女平等には反しちゃうけど、「女の子を泣かせるわけにはいかない」という気持ちになってしまう。
 やっと名前も覚えてくれたようだし。

 僕が柄にもなくこんなポジティブな言葉を口にしたのは、そのせいだったのだろう。

「気にしないで。これは方違さんのせいじゃない。今までの月曜がどうだったにしても、寝ちゃってたのは僕も同じなんだから、今日の責任は半々だ。だよね?」
「……ん」
「大切なのはこれからどうするかだよ。目的地は一緒なんだから、二人で助け合うべきだ。そのほうがうまくいくはずだよ。ね?」
「……うん」

 方違さんは小さな手の甲で涙をぬぐい、きらきらが増した目で僕の顔を見上げた。
 髪と同じように、瞳の色にもほんのちょっとグレーとブルーが入っているように見える。
 不思議で、深い色だ。

「ありがと。優しいんだね、稲村くんって」
「あの、苗村です」
「あ、ごめ……」

   ◇

 とは言っても、簡単なことではなさそうだ。崖のせいか携帯も圏外で、ここがどこかも分からない。

 錆びたブリキ製の時刻表がホームの端に落ちていたのを、方違さんが見つけてくれたけど、それによると次の電車は夕方6時。とても学校に間に合わない。

「電車が来ないなら、トンネルを歩いていけないかな?」と方違さんが提案したけど、貨物列車や作業用の車両が来るかもしれない。それに中は真っ暗だろう。危険すぎる。

 改札口を探そう。出口は必ずあるはずだ、駅なんだから。
 あるとすれば、たぶん下にしかあり得ない。

 そう考えて、二人で下を向いてホームを行ったり来たりした末に、また方違さんが見つけてくれた。
 ホームの真ん中の、四角いマンホールのような鉄のふたに「出口」という字が刻まれていたのだ。
 僕たちは顔を見合わせ、うなずきあった。

「せーの」

 二人でふたを持ち上げると、風が吹き上がってきて、方違さんの髪をふわっと広げた。

 穴の下は空中だ。斜めに崖に打ち込まれた何本もの鉄骨が、つっかえ棒みたいにしてプラットホームを支えているのが見える。
 ここから十数メートルくらいだろうか。真下に建物があって、トタン屋根に白いペンキで「縦浜驛前食堂 ゐらつしやいませ」と書いてあった。

「……るらっしゃいませ、ってどういう意味かな……」
「古文の時間って月曜だった?」

 穴から、その「駅前食堂」の天窓まで、降りられるように梯子《はしご》がついている。
 と言っても、コの字形の鉄の棒を何十本か、岩に直接打ち込んだだけのものだけど。

「ここを降りるしかないみたいだな」

 僕がつぶやくと、方違さんは泣きそうな顔をして、僕のブレザーの袖の端をぎゅっとつかんだ。
 いや、ほんとは僕も同じ顔をして、方違さんの袖をぎゅっとつかみたいくらいだったけど。でも。

「僕が降りてみるよ。方違さんはここで見てて」

 僕ははしごを降り始めた。
 下を見ると怖いから、上に顔を向けると、不安げな方違さんの顔が赤錆びた鉄枠の中に見える。手を振って余裕を見せたかったけど、それどころじゃなかった。

 何十段あるのか、降りても降りてもはしごは終わらない。ところどころ、ぐらぐらしているところや、錆が進んで細くなっている段もある。
 風が強くないのは幸運だった。

 ようやく下に着いて天窓から駅前食堂の中をのぞくと、電気がついていて、座敷席にテーブルが並んでいるのが見えた。

 はるか上に小さく見える方違さんを、僕は大声で呼んだ。
「大丈夫、着いたよ! 降りて来られる? 上から七段目と、十四段目がぐらついてるから気をつけて」

 そして天窓の横に座り、降りてくる気配を頭上に感じながら方違さんを待った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

Bグループの少年

櫻井春輝
青春
 クラスや校内で目立つグループをA(目立つ)のグループとして、目立たないグループはC(目立たない)とすれば、その中間のグループはB(普通)となる。そんなカテゴリー分けをした少年はAグループの悪友たちにふりまわされた穏やかとは言いにくい中学校生活と違い、高校生活は穏やかに過ごしたいと考え、高校ではB(普通)グループに入り、その中でも特に目立たないよう存在感を薄く生活し、平穏な一年を過ごす。この平穏を逃すものかと誓う少年だが、ある日、特A(特に目立つ)の美少女を助けたことから変化を始める。少年は地味で平穏な生活を守っていけるのか……?

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...