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第0話 月曜日の方違さんは、入学式に間に合わない
0-3 思わぬところで
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ところが次の月曜の朝一番に、僕は思わぬところで方違さんに出会うことになった。
その朝、少し遅めに家を出た僕は、急ぎ足で駅に向かっていた。
駅といっても、集落の端っこにある、小屋みたいな無人駅だ。普段は朝でも昼でも誰もいない。
でもその朝は違った。
小さな駅前広場の真ん中に、立っていたのだ、方違さんが。
制服姿で肩にバッグを掛け、いつかのホームの時みたいにぽかんとした顔で。
なんで、こんなところに?
この地区に住んでるとか?
いや、そんなはずはない。この狭い谷間の村に、僕の知らない子なんていない。最近誰かが引っ越してきたという話も聞いたことがない。
じゃあ、僕に何か用があって、わざわざここに来たとか?
まさか。ろくにコミュニケーションも取れてないのに。だいたい、仮に話があるとして、こんなところまで来る必要はない。教室でいいはずだ。
「おはよう。方違さん、だよね?」
声をかけるとびくっとして、僕に気づいた彼女はひどくあわてた様子だった。
「あ、ごめん、僕、ほら、クラスで隣の席の」
「えと……よ、米村くん……」
「そっか、覚えてないよね。僕、苗村っていうんだ」
「あ、ごめ……」
「方違さんもこの駅なの?」
「ううん、えと、月曜だから早く出て……電車を間違っちゃって、降りたら、知らない駅で」
「僕はこの駅なんだ。ちょうどよかった。一緒に学校まで行こうよ」
「えっ、ううん……悪いよ」方違さんはさらにあせった顔で、じりじりと後ずさりした。「どうぞ、先に行って」
「先にも何も、次の電車は二時間後だよ」
「そっか、えっと、あの……わ、わたし……」方違さんは赤くなって、うつむいた。「ご、ごめ、稲村くん、ちょっと用事が……」
だっと駆け出すと、方違さんは民家以外に何もない集落の道をてけてけと走り去って行った。
用事?
間違って降りた駅で?
学校へ行く前に?
僕、苗村なんだけど?
結局その日、方違さんが教室に現れたのは五限終わり。何か一言あってもいいようなものなのに、ずっと下を向いて、僕の方を見ようともしなかった。
◇
そしてその週も、方違さんは月曜以外一度も遅刻しなかった。
授業態度もいい。熱心にノートを取っているし、黒板を見るときは眼鏡をかけて、ほとんど椅子から立ち上がりそうになったりしている。
クラスの中でも問題はなさそうだった。相変わらずあまりしゃべらないけど、女の子たちといっしょにお弁当を食べてたりもする。
いちどだけ話しかけて、
「月曜はあれからどうしたの?」
と聞いてみたことがあったけど、答えは
「だいじょぶ。気にしないで、穂村くん」
だけだった。
変な子だ。気にするなっていうほうが無理だろう。
僕のことが嫌いなら嫌いでそれはしょうがないけど、人が親切にしてあげようと思ったのにあの態度。
「なんか腹立つんだよな」
「そうか。お前も女子に興味を持つようになったか。俺はうれしいよ」
「ちがうちがう。そんなんじゃないよ」
「いいじゃん苗村、照れなくても。あたしも応援するよ。ロリコンとか言われたって気にすんな」
「それ言ってるの佐伯さんだけだろ。そもそも同級生なんだし」
「でもかわいいじゃん、あの子。かわいいとは思うでしょ?」
僕は答えなかった。
そりゃたしかにそうかも知れない。でも女の子って大概はどこかしらかわいく見えるものじゃないか。乗せられてたまるもんか。
◇
こうして高校生活二週間目は過ぎ、校庭の桜も散っていった。
その間に、帰りの電車で方違さんの姿を見かけたことが何度かあったけど、僕は声もかけなかったし、近くにも座らなかった。
彼女は乗換駅の近くに住んでるらしく、いつもそこで電車を降りて改札を出ていくのだった。
もういいや、あの子とは関わらなくても、と僕は思うことにした。そもそも僕が後ろめたく思うことなんてなかったんだ。
でももちろん、そうはならなかった。
月曜日の方違さんのとんでもない世界に、僕が本格的に足を踏み入れることになったのは、その次の週のことだった。
その朝、少し遅めに家を出た僕は、急ぎ足で駅に向かっていた。
駅といっても、集落の端っこにある、小屋みたいな無人駅だ。普段は朝でも昼でも誰もいない。
でもその朝は違った。
小さな駅前広場の真ん中に、立っていたのだ、方違さんが。
制服姿で肩にバッグを掛け、いつかのホームの時みたいにぽかんとした顔で。
なんで、こんなところに?
この地区に住んでるとか?
いや、そんなはずはない。この狭い谷間の村に、僕の知らない子なんていない。最近誰かが引っ越してきたという話も聞いたことがない。
じゃあ、僕に何か用があって、わざわざここに来たとか?
まさか。ろくにコミュニケーションも取れてないのに。だいたい、仮に話があるとして、こんなところまで来る必要はない。教室でいいはずだ。
「おはよう。方違さん、だよね?」
声をかけるとびくっとして、僕に気づいた彼女はひどくあわてた様子だった。
「あ、ごめん、僕、ほら、クラスで隣の席の」
「えと……よ、米村くん……」
「そっか、覚えてないよね。僕、苗村っていうんだ」
「あ、ごめ……」
「方違さんもこの駅なの?」
「ううん、えと、月曜だから早く出て……電車を間違っちゃって、降りたら、知らない駅で」
「僕はこの駅なんだ。ちょうどよかった。一緒に学校まで行こうよ」
「えっ、ううん……悪いよ」方違さんはさらにあせった顔で、じりじりと後ずさりした。「どうぞ、先に行って」
「先にも何も、次の電車は二時間後だよ」
「そっか、えっと、あの……わ、わたし……」方違さんは赤くなって、うつむいた。「ご、ごめ、稲村くん、ちょっと用事が……」
だっと駆け出すと、方違さんは民家以外に何もない集落の道をてけてけと走り去って行った。
用事?
間違って降りた駅で?
学校へ行く前に?
僕、苗村なんだけど?
結局その日、方違さんが教室に現れたのは五限終わり。何か一言あってもいいようなものなのに、ずっと下を向いて、僕の方を見ようともしなかった。
◇
そしてその週も、方違さんは月曜以外一度も遅刻しなかった。
授業態度もいい。熱心にノートを取っているし、黒板を見るときは眼鏡をかけて、ほとんど椅子から立ち上がりそうになったりしている。
クラスの中でも問題はなさそうだった。相変わらずあまりしゃべらないけど、女の子たちといっしょにお弁当を食べてたりもする。
いちどだけ話しかけて、
「月曜はあれからどうしたの?」
と聞いてみたことがあったけど、答えは
「だいじょぶ。気にしないで、穂村くん」
だけだった。
変な子だ。気にするなっていうほうが無理だろう。
僕のことが嫌いなら嫌いでそれはしょうがないけど、人が親切にしてあげようと思ったのにあの態度。
「なんか腹立つんだよな」
「そうか。お前も女子に興味を持つようになったか。俺はうれしいよ」
「ちがうちがう。そんなんじゃないよ」
「いいじゃん苗村、照れなくても。あたしも応援するよ。ロリコンとか言われたって気にすんな」
「それ言ってるの佐伯さんだけだろ。そもそも同級生なんだし」
「でもかわいいじゃん、あの子。かわいいとは思うでしょ?」
僕は答えなかった。
そりゃたしかにそうかも知れない。でも女の子って大概はどこかしらかわいく見えるものじゃないか。乗せられてたまるもんか。
◇
こうして高校生活二週間目は過ぎ、校庭の桜も散っていった。
その間に、帰りの電車で方違さんの姿を見かけたことが何度かあったけど、僕は声もかけなかったし、近くにも座らなかった。
彼女は乗換駅の近くに住んでるらしく、いつもそこで電車を降りて改札を出ていくのだった。
もういいや、あの子とは関わらなくても、と僕は思うことにした。そもそも僕が後ろめたく思うことなんてなかったんだ。
でももちろん、そうはならなかった。
月曜日の方違さんのとんでもない世界に、僕が本格的に足を踏み入れることになったのは、その次の週のことだった。
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