南洋王国冒険綺譚・ジャスミンの島の物語

猫村まぬる

文字の大きさ
上 下
138 / 140
エピローグ 成田への便は天候のせいで大幅に遅延し

エピローグ・前半

しおりを挟む
 成田への便は天候のせいで大幅に遅延し、僕らはシンガポール空港で五時間以上つぶさなければならなくなった。

 幸い、空港というより巨大ショッピングモールとしか思えないようなチャンギのターミナルには、レストランやカフェがいくつもある。
 僕と茉莉は日本のファミレスと変わらない味の親子丼と天ぷらうどんを食べながら、満面の笑みを交わしあった。

 食後にカフェで冷たいものを飲んでいたとき、ちょっとお手洗い行ってこようかなと言ってトートバックをごそごそし始めた妹は、
「あ、そうだ。これを忘れてたよ」
 と、何か薄いものが入った茶封筒を引っ張り出してテーブルに置いた。
「これ、アイシャさんがくれたの。お兄ちゃんに読んでもらったらいい、って」
「空港に見送りに来てくれてた人だね」
「うん。めっちゃいい人だよ。お礼、一円も受け取ってくれなかった。お殿様の孫なんだって」
「お殿様……?」
「これ本なんだけど、英語なんだよね」
「ふうん」

 絶対ここにいてねと言って、茉莉はトイレのサインを目指して行った。
 僕は封筒の中の本を取り出してみた。

 なんだ、茉莉ときたら。
 英語とインドネシア語の区別くらいつくだろうに。どうせ読めないと思ってろくに見てもないな?

 古そうな本だった。私家版だろうか、簡単なホチキスどめで、表紙は白黒、イラストも写真も無い。タイトルは旧つづりのアルファベットで、こう書いてあった。


 Sedjarah Radja-Radja Kembangmelati


 胸の奥を誰かに掴まれたような気がした。
 クンバンムラティ諸王記。

 いつか、港務長官邸のあの部屋で、ファジャルが僕に読み聞かせてくれた本の題だった。

 奥付にはマリムラティ県伝統文化協会の名と、一九六〇年代の発行年がある。
 文字はローマ字化され、目次やページ番号もある近代的な本の体裁になってるけど、拾い読みしてみた内容は、記憶にあるものと全く同じだった。

 違うのは、ファジャルが読んでくれたバージョンでは第七代チュンペダック王で終わっていた記事に、第八代と第九代、さらに第十代アングレック・シャー王とその妹、第十一代ムラティ女王の章が加わっていることだった。
 しかしこの四代の王についての記述はごく簡単で、生没年と在位期間以外にはほとんど何の情報もなかった。第九代国王の毒殺についての記述は無く、アングレック王は「英国と屈辱的な条約を締結。妃《きさき》なし、在位三年にして病弱のため退位」とあるだけで、他の事績じせきや人となりについては何も書かれていなかった。

 アングレック王は、退位の翌年に崩御していた。すでに玉座にあったとはいえ、ムラティ女王はまだ十六か十七だったはずだ。どんなに悲しんだことだろう。
 最後の国王となった彼女は、オランダ統治下の約四十年間在位し、共和国独立後に退位して、その後六十七歳で亡くなっていた。

 あの子はぎりぎり、僕らの父と同じ時代を生きていたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

処理中です...