南洋王国冒険綺譚・ジャスミンの島の物語

猫村まぬる

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第30章 ファジャルたち姉妹とともに不安な夜を過ごした、あの広間だった

30-3 王命

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「……わたくしはもう、ミナミ様の前で嘘をつきたくありません。ミナミ様、姫様のおっしゃることは、本当です。薬を渡され、お飲み物に入れ、お出ししました。わたくしには分かっていました、全てはお父さまのご意志だと」
「嘘だ。私は命じていない。ファジャル、お前は正気を失ってアモックいるのだ。誰かが内陸ダラム呪術グナグナを用いて、娘を操って――」

 その時、鳥のようにほっそりした小さな影が風を切って、視野に飛び込んできた。

 影は僕の目の前で跳躍し、天井の梁に片手でつかまって港務長官の頭に蹴りを食らわせると、半回転しながら床に舞い降り、重心を崩した港務長官の背中に、獰猛どうもうな四足獣のように襲いかかり、後ろへ引き倒した。

 全てが一瞬だった。
 僕の目が追いついたときには、港務長官は仰向けに倒れ、その背後からリニが、両脚で彼の腰を、片腕で首を締めつけ、喉元に短剣の切先を当てていた。

「副王閣下」
 とリニは言った。
「いえ、これがお目にかかる最後ですから、お父さまとお呼びさせてください。お父さま、卑しい身分の母から生まれたわたくしを、長くお側に置いて下さり、貴き血を受けた妹たちと共に過ごさせていただいたこと、心から感謝しております」
「やめ……お前……」
「わたくしは今まで、お父さまの命ずるままに、多くの命を奪って参りました。それが役割だと心得ておりました」

 リニは腕に力を込めた。港務長官は赤い顔になり、もう「うぐ」としか声が出なかった。

「しかしお父さま、妹に、それも末のファジャル様に、大逆の罪を負わせるようなことは、どうしても耐えられません。わたくしにお命じくだされば、お言葉のままにいかなる罪でも背負い、地獄ジャハンナムにでも、奈落ナラカにでもご一緒いたしましたものを」

 意識が薄れ、動かぬ体で、それでも男は落とした短剣に手を伸ばそうと抗っていた。

「姫様、ご下命を!」

 リニが叫んだ。
 だが王女は青ざめた顔いっぱいに汗をかいて、すがるように兄王の腕を掴んだまま、何も言わなかった。
 しばしの時が流れ、言葉を発したのは国王だった。

「王命である。副王府武官リニ・ビンティ・アルイスカンダリー、フクムを執行せよ」
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