118 / 140
第28章 半分崩れた赤茶色の石造りの円塔を探した
28-5 嘆願
しおりを挟む
「NO!」
とマコーミック氏が叫ぶのと、僕が「王女!」と声を上げたのは、ほとんど同時だった。
「お待ちください。どうか」
素肌に触れるのが不敬なのは分っていたが、僕は王女の肩に手を伸ばした。王女は振り返り、きっ、と僕を睨んだ。
僕は負けずにその目を見つめ返し、王女の左手をファジャルの肩から引き離し、両手で包むように握って彼女の足元にひざまずいた。
「どうか、王女、命だけはお救いください。悪いのは彼女じゃありません。父親です。それは誰の目にも明らかです」
「ミナミ、あなたがファジャルを庇うことは分かっていたわ。気持ちは察します。だけど彼女の罪は普通の罪ではない、大逆の罪です。外国人のあなたが口を出せることではありません」
「いいえ、王女。私が危険を賭して救った命です。私が拾って彼女に与えた命です。黙っているわけにはいきません。王女もそれをお認めになって、この短剣を下さったではありませんか。今さら外国人などとおっしゃるのですか」
僕らが言い合っている間に、リニが放心したファジャルを後ろに引きずって行き、さすがに短剣を抜きはしなかったが、王女と女主人との間に立ちはだかった。
マコーミック氏は拳銃を持った手でしきりに十字を切っている。
僕は王女の左手を頭上にいただくようにして、理屈ぬきの嘆願を続けた。
「彼女の生命は僕のものです。活かすも殺すも僕に決める権利があります。それを奪おうとおっしゃるのなら、代わりに僕の頸を刺してください。どちらでも同じことです」
「姫様、ミナミの言うことにも一理あります」と、アディが言った。「この女はただの木偶人形だ。父親の言うとおりに罪も犯し、男も愛するんです。こんな女の血で、姫様の神聖なお手を汚すことはありません」
アディは、象牙の柄を握った王女の右手をその上から握り、王女の目をのぞき込んだ。
「姫様」
王女は蒼白な顔で小さく首を振って、僕らの手を振り払い、短剣を鞘に納めた。そしてファジャルが座っていた椅子にぐったりと座った。
「……リニ」
「はい、姫様」
「港務長官はどこです。隠し立ては無用よ。わたしたちは彼を誅しなければなりません」
リニは、床に座り込んだファジャルの肩を抱いてしばらく黙っていたが、ファジャルがすすり泣き始めると、深いため息をついて言った。
「副王様は、広間で婚約式の準備を指揮されています。国王殿下も、クンボカルノ王子様もご一緒です。英国の公使殿もいます。皆様武器をお持ちです」
「広間に案内なさい」
「はい、姫様」
「ファジャルも連れて行くのよ」
「……はい、姫様」
リニはファジャルを部屋の隅に連れて行って胸布を巻いてやった。
そしてアディがシルクの布で両手首を縛った。
とマコーミック氏が叫ぶのと、僕が「王女!」と声を上げたのは、ほとんど同時だった。
「お待ちください。どうか」
素肌に触れるのが不敬なのは分っていたが、僕は王女の肩に手を伸ばした。王女は振り返り、きっ、と僕を睨んだ。
僕は負けずにその目を見つめ返し、王女の左手をファジャルの肩から引き離し、両手で包むように握って彼女の足元にひざまずいた。
「どうか、王女、命だけはお救いください。悪いのは彼女じゃありません。父親です。それは誰の目にも明らかです」
「ミナミ、あなたがファジャルを庇うことは分かっていたわ。気持ちは察します。だけど彼女の罪は普通の罪ではない、大逆の罪です。外国人のあなたが口を出せることではありません」
「いいえ、王女。私が危険を賭して救った命です。私が拾って彼女に与えた命です。黙っているわけにはいきません。王女もそれをお認めになって、この短剣を下さったではありませんか。今さら外国人などとおっしゃるのですか」
僕らが言い合っている間に、リニが放心したファジャルを後ろに引きずって行き、さすがに短剣を抜きはしなかったが、王女と女主人との間に立ちはだかった。
マコーミック氏は拳銃を持った手でしきりに十字を切っている。
僕は王女の左手を頭上にいただくようにして、理屈ぬきの嘆願を続けた。
「彼女の生命は僕のものです。活かすも殺すも僕に決める権利があります。それを奪おうとおっしゃるのなら、代わりに僕の頸を刺してください。どちらでも同じことです」
「姫様、ミナミの言うことにも一理あります」と、アディが言った。「この女はただの木偶人形だ。父親の言うとおりに罪も犯し、男も愛するんです。こんな女の血で、姫様の神聖なお手を汚すことはありません」
アディは、象牙の柄を握った王女の右手をその上から握り、王女の目をのぞき込んだ。
「姫様」
王女は蒼白な顔で小さく首を振って、僕らの手を振り払い、短剣を鞘に納めた。そしてファジャルが座っていた椅子にぐったりと座った。
「……リニ」
「はい、姫様」
「港務長官はどこです。隠し立ては無用よ。わたしたちは彼を誅しなければなりません」
リニは、床に座り込んだファジャルの肩を抱いてしばらく黙っていたが、ファジャルがすすり泣き始めると、深いため息をついて言った。
「副王様は、広間で婚約式の準備を指揮されています。国王殿下も、クンボカルノ王子様もご一緒です。英国の公使殿もいます。皆様武器をお持ちです」
「広間に案内なさい」
「はい、姫様」
「ファジャルも連れて行くのよ」
「……はい、姫様」
リニはファジャルを部屋の隅に連れて行って胸布を巻いてやった。
そしてアディがシルクの布で両手首を縛った。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説


ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる