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第28章 半分崩れた赤茶色の石造りの円塔を探した
28-4 罪人
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金泥塗りの太陽と草花の浮き彫りが施された赤いドアを、王女は無言で蹴り開けた。
椅子に座ったファジャルが、驚きと恐怖に目を見開いた。
後ろに立った侍女のリニに、礼装の着付けをしてもらっていたところらしい。腰には黄色の金襴織の巻衣を着て、高く結い上げた髪には銀と貴石の花飾りをつけていたが、上半身は裸で、豊かな胸と引き締まった腰が露わに見えた。
マコーミック氏は何かつぶやいて顔をそむけた。
「ファジャル・ビンティ・アルイスカンダリー」と、王女は硬い声で言い、すらりと短剣を抜いた。「そこに直りなさい」
ファジャルは一瞬、溶け落ちそうな瞳で僕を見つめた。そして王女に頭を下げると、両腕で胸を隠しながら、椅子を降りて床にひざまずいた。
リニがすぐに、更紗の布をファジャルの肩に掛け、自分も女主人の隣に立て膝をついて頭を下げた。
「姫様、お久しゅうございます」
とファジャルは震える声で言った。そして顔を上げ、王女ではなく、その隣の僕の顔を見つめた。
「ファジャル、幼い頃、あなたには世話になりましたね」と王女は言った。「あなたのことは好きだった。姉のように思っていました」
「おそれ多いお言葉です、姫様」
「先日わたしは内陸へ行ってきました。それがどんな意味か、分かるわね?」
ファジャルは不思議そうな顔で王女を見上げた。
「……いいえ、わたくしには分かりません。何でしょうか?」
「花園の神殿で、亡き父上と母上にお目にかかりました」
「そうでしたか、それは……」
「全てお話しくださったわ。コーヒーに毒を入れて、父上と母上にお出ししたのは、ファジャル、あなたね?」
「そう……なのでしょうか」
ファジャルはぼんやりとした顔と声で言い、僕たちの顔を見わたした。そして口元にうっすらと微笑みのようなものさえ浮かべながら、言葉を続けた。
「わたくしにも、わからないのです。たしかに、父から、黒い粒のような、薬のようなものを渡されたのを覚えています。でもわたくしは、それが何なのか存じませんでした」
「知らなかっただと?」
ファジャルに詰め寄ろうとしたアディを、王女が手で制した。
ファジャルは眉にしわを寄せ、うるんだ目をして、しかし唇にはまだかすかに、弁解を試みるかのような笑みを残していた。
「知らなかったのです。父は何も申しませんでした。たしかに、わたくしはそれを、コーヒーに入れました。なぜかしら、そうするものだと思って……。誰かがわたくしに、そうするように言ったのでしょうか……? でも父は何も命じなかったと思うのです」
「それを、お父さまとお母さまに飲ませたの?」
「お出ししたと……思います。……はい。お出ししました。王妃殿下が、コーヒーを持てとおっしゃったからです。しばらく後で、お二人ともお倒れになって、わたくしは急いで侍従を呼びに走りました。でも、どうしてそうなったのか……。わたくしには、分からないのです」
「あなたは、罪を認めないの?」
「いいえ……。わたくしは……罪人です。それだけは確かなことです」
そう言うと、ファジャルは僕の顔を見上げ、また頭を下げた。
「顔をお上げなさい、ファジャル・ビンティ・アルイスカンダリー」王女の目から、細い筋になって涙がつうっと頬を流れた。「目を閉じなさい。そしてあなたの神に祈りなさい」
「……はい、姫様…」
ファジャルは眼を閉じ、顔を上に向けて首筋をさらし、かすかな声で祈りの言葉を唱え始めた。
「……主は、いとも偉大にまします……主は、いとも偉大に……」
王女はファジャルの前に進み、片手で彼女の肩を押さえ、祈りながら喘ぐ彼女の喉に、短剣の切先を近づけた。
「お父さま、お母さま」
と王女は真っ青な顔で小さく言った。そして柄を握った右手に力を込めた。
椅子に座ったファジャルが、驚きと恐怖に目を見開いた。
後ろに立った侍女のリニに、礼装の着付けをしてもらっていたところらしい。腰には黄色の金襴織の巻衣を着て、高く結い上げた髪には銀と貴石の花飾りをつけていたが、上半身は裸で、豊かな胸と引き締まった腰が露わに見えた。
マコーミック氏は何かつぶやいて顔をそむけた。
「ファジャル・ビンティ・アルイスカンダリー」と、王女は硬い声で言い、すらりと短剣を抜いた。「そこに直りなさい」
ファジャルは一瞬、溶け落ちそうな瞳で僕を見つめた。そして王女に頭を下げると、両腕で胸を隠しながら、椅子を降りて床にひざまずいた。
リニがすぐに、更紗の布をファジャルの肩に掛け、自分も女主人の隣に立て膝をついて頭を下げた。
「姫様、お久しゅうございます」
とファジャルは震える声で言った。そして顔を上げ、王女ではなく、その隣の僕の顔を見つめた。
「ファジャル、幼い頃、あなたには世話になりましたね」と王女は言った。「あなたのことは好きだった。姉のように思っていました」
「おそれ多いお言葉です、姫様」
「先日わたしは内陸へ行ってきました。それがどんな意味か、分かるわね?」
ファジャルは不思議そうな顔で王女を見上げた。
「……いいえ、わたくしには分かりません。何でしょうか?」
「花園の神殿で、亡き父上と母上にお目にかかりました」
「そうでしたか、それは……」
「全てお話しくださったわ。コーヒーに毒を入れて、父上と母上にお出ししたのは、ファジャル、あなたね?」
「そう……なのでしょうか」
ファジャルはぼんやりとした顔と声で言い、僕たちの顔を見わたした。そして口元にうっすらと微笑みのようなものさえ浮かべながら、言葉を続けた。
「わたくしにも、わからないのです。たしかに、父から、黒い粒のような、薬のようなものを渡されたのを覚えています。でもわたくしは、それが何なのか存じませんでした」
「知らなかっただと?」
ファジャルに詰め寄ろうとしたアディを、王女が手で制した。
ファジャルは眉にしわを寄せ、うるんだ目をして、しかし唇にはまだかすかに、弁解を試みるかのような笑みを残していた。
「知らなかったのです。父は何も申しませんでした。たしかに、わたくしはそれを、コーヒーに入れました。なぜかしら、そうするものだと思って……。誰かがわたくしに、そうするように言ったのでしょうか……? でも父は何も命じなかったと思うのです」
「それを、お父さまとお母さまに飲ませたの?」
「お出ししたと……思います。……はい。お出ししました。王妃殿下が、コーヒーを持てとおっしゃったからです。しばらく後で、お二人ともお倒れになって、わたくしは急いで侍従を呼びに走りました。でも、どうしてそうなったのか……。わたくしには、分からないのです」
「あなたは、罪を認めないの?」
「いいえ……。わたくしは……罪人です。それだけは確かなことです」
そう言うと、ファジャルは僕の顔を見上げ、また頭を下げた。
「顔をお上げなさい、ファジャル・ビンティ・アルイスカンダリー」王女の目から、細い筋になって涙がつうっと頬を流れた。「目を閉じなさい。そしてあなたの神に祈りなさい」
「……はい、姫様…」
ファジャルは眼を閉じ、顔を上に向けて首筋をさらし、かすかな声で祈りの言葉を唱え始めた。
「……主は、いとも偉大にまします……主は、いとも偉大に……」
王女はファジャルの前に進み、片手で彼女の肩を押さえ、祈りながら喘ぐ彼女の喉に、短剣の切先を近づけた。
「お父さま、お母さま」
と王女は真っ青な顔で小さく言った。そして柄を握った右手に力を込めた。
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