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第27章 ジャスミンのノート(その2)
27-2 目がさめたら 喪服のそでも 顔も
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目がさめたら 喪服のそでも 顔も 涙でぐしょぐしょだった。かみの毛が ほっぺたに ひっついてる。
狭い玄関で 壁にもたれて 靴をはいたまま 眠ってたから 足がしびれて 痛くて立てなかった。
靴とストッキングを なんとか脱ぎすてて 四つんばいで 和室まで行って へなへなと くずれそうになりながら やっとの思いで背中のファスナーを下げて ホックを外して胸を楽にしたところで わたしは もう 力つきてしまった。
タタミの上に ひっくり返って お仏だんに向かって つぶやく。
「お兄ちゃん……。」
白い虹みたいな光の線が カーテンのすき間から まっすぐに 部屋に入ってくる。もう 朝だ。
「ねえ お兄ちゃん 聞こえる?」
わたしは上半身だけ起きて 光がくっきり当たった お仏だんのお兄ちゃんの写真を 見つめた。
「お願い。聞こえてるなら 答えて。夢の中でもいいから。」
ぽつぽつぽつぽつ と 雨みたいに タタミに涙が落ちる。
お葬式から 何時間たつだろう。まだこんなに たくさんの涙が出るなんて。
「夢……夢を 見たの。帰って きてくれたって 思ったのに……。」
急に うまく 息ができなくなって わたしは げほげほげほ って 吐きそうなくらい むせた。がくがくする胸を 手で押さえて ゆっくり深呼吸をする。
お兄ちゃん あたし ほんとにひとりになっちゃったの?
ひとりは やだよ。
ねえ。
──────────────
有給を 全部使い切ってしまわないうちに わたしは仕事にもどった。
先ぱいも 上司も ちょっとパワハラ気味で苦手な その上の上司も 気を使ってくれる。残業も あまり 振ってこない。みんなすごく 優しい。
でも わたしは自分が 触っちゃいけないものに なってしまったみたいな気がした。
──────────────
毎朝 出勤前に お仏だんのお兄ちゃんに 話しかける。
ご飯をあげて お線香を 燃やす。
ごはんを あげるのは お兄ちゃんが生きてると 思ってるから。
お線香を あげるのは お線香の匂いがする方が お兄ちゃんの夢が見れるような気が するから。
──────────────
毎日 お昼休みに お兄ちゃんに スマホからメッセージを送る。
ひょっとして わたしがいない間に アパートに帰ってきてるかも しれないって思って。
最初のうちは
「鍵 持ってる?」とか
「冷ぞう庫のサラダ 食べていいよ。」とか
「通販の荷物 届くかもしれないから」
とか送ってたんだけど 一度も 既読にならない。
最近は
「いい天気だよ。」とか
「わたしは 元気だよ。」とか
「プリンたべたよ。」とか
そんなことしか 書くことがなくなってしまった。
お兄ちゃんがいないことには 慣れない。
でも ひとりの生活には 慣れ始めてる。
狭い玄関で 壁にもたれて 靴をはいたまま 眠ってたから 足がしびれて 痛くて立てなかった。
靴とストッキングを なんとか脱ぎすてて 四つんばいで 和室まで行って へなへなと くずれそうになりながら やっとの思いで背中のファスナーを下げて ホックを外して胸を楽にしたところで わたしは もう 力つきてしまった。
タタミの上に ひっくり返って お仏だんに向かって つぶやく。
「お兄ちゃん……。」
白い虹みたいな光の線が カーテンのすき間から まっすぐに 部屋に入ってくる。もう 朝だ。
「ねえ お兄ちゃん 聞こえる?」
わたしは上半身だけ起きて 光がくっきり当たった お仏だんのお兄ちゃんの写真を 見つめた。
「お願い。聞こえてるなら 答えて。夢の中でもいいから。」
ぽつぽつぽつぽつ と 雨みたいに タタミに涙が落ちる。
お葬式から 何時間たつだろう。まだこんなに たくさんの涙が出るなんて。
「夢……夢を 見たの。帰って きてくれたって 思ったのに……。」
急に うまく 息ができなくなって わたしは げほげほげほ って 吐きそうなくらい むせた。がくがくする胸を 手で押さえて ゆっくり深呼吸をする。
お兄ちゃん あたし ほんとにひとりになっちゃったの?
ひとりは やだよ。
ねえ。
──────────────
有給を 全部使い切ってしまわないうちに わたしは仕事にもどった。
先ぱいも 上司も ちょっとパワハラ気味で苦手な その上の上司も 気を使ってくれる。残業も あまり 振ってこない。みんなすごく 優しい。
でも わたしは自分が 触っちゃいけないものに なってしまったみたいな気がした。
──────────────
毎朝 出勤前に お仏だんのお兄ちゃんに 話しかける。
ご飯をあげて お線香を 燃やす。
ごはんを あげるのは お兄ちゃんが生きてると 思ってるから。
お線香を あげるのは お線香の匂いがする方が お兄ちゃんの夢が見れるような気が するから。
──────────────
毎日 お昼休みに お兄ちゃんに スマホからメッセージを送る。
ひょっとして わたしがいない間に アパートに帰ってきてるかも しれないって思って。
最初のうちは
「鍵 持ってる?」とか
「冷ぞう庫のサラダ 食べていいよ。」とか
「通販の荷物 届くかもしれないから」
とか送ってたんだけど 一度も 既読にならない。
最近は
「いい天気だよ。」とか
「わたしは 元気だよ。」とか
「プリンたべたよ。」とか
そんなことしか 書くことがなくなってしまった。
お兄ちゃんがいないことには 慣れない。
でも ひとりの生活には 慣れ始めてる。
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