南洋王国冒険綺譚・ジャスミンの島の物語

猫村まぬる

文字の大きさ
上 下
108 / 140
第26章 紅茶を入れよう。そこの敷物に座っててくれ

26-5 紙片

しおりを挟む
 マコーミック氏は手紙と革袋を受け取り、ちょっと不思議そうに革袋を眺めた。

「これは?」
「今は切手代が手元に無いから。もしあなたがシンガポールに帰るまでに会えなかったら、これを売るなりしてください」
「中を見てもいいかね」

 マコーミック氏は革袋からエメラルドの指輪を出し、驚いた顔でランプの光にかざした。

「インドのものだな。しかし切手代にしては高すぎるぜ」
「いいですよ。あとで返してもらいますから」
「分かった。君が持っているのも危ないだろうし、預かろう」マコーミック氏は指輪を革袋に戻そうとして、ふと変な顔をした。「他にも何か入ってるな」

 彼は革袋の中から小さく折りたたまれた紙片をつまみ出して僕に渡した。開くと、アラビア文字に似た、飛び跳ねるようなこの国の文字で、数行の文章らしいものが書かれていた。

「なんだそれは? 皇帝の秘密司令か?」
「分からない。この国の字は読めないんです」
「見てもいいか?」

 紙を受け取ると、マコーミック氏は眉間にしわを寄せながらその文章を読み始めた。

「モナミ……いや、ミナミ、か。君の名だな」
 僕は胸が苦しくなるのを感じた。この袋に何かを入れた可能性がある人物は、一人しかいない。
「えーと、『ミナミ様、何もかもが間違いでした』」と彼は読み上げた。「『父はミナミ様を利用することしか考えていません。そのためにわたくしをミナミ様に近づけたのです。ミナミ様もそれをご存じだと思います。どうかお逃げください』」
「お逃げください? そう書いてあるんですか」
「ああ。……だが、俺が読んでいいのか?」
「続けてください」
「分かった。『しかし、それでもなおわたくしを愛してくださるなら、どうか船までお越しください。罪人つみびとの子であり、罪人であるわたくしは、あなたがわたくしと共に滅びる道を選んでくださることを、トゥハンアッラーにお祈りしております。お許しください。お待ち申し上げております』これだけだ」

 マコーミック氏に返してもらった紙片を握って、僕はひとりでベランダスランビに出た。月明かりに家々の影が浮かび上がる夜の街の足元に、ひたひたと潮が満ちてくるのが聞こえた。

 僕はどこかで間違ったのだろうか。
 ここでこうしていることは正しいのだろうか。
 明日僕がするであろうことは正しいのだろうか。

 振り返ると窓のすだれ越しに、ランプの光と、書き物をするマコーミック氏の影が見えた。
 あちらの暗い窓が客間だろう。その簾の向こうでは、王女がひとときの休息をとっているはずだった。

 ベランダの下で、波が跳ねるような音が聞こえた。
「茉莉」と、僕はつぶやいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

処理中です...