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第26章 紅茶を入れよう。そこの敷物に座っててくれ
26-5 紙片
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マコーミック氏は手紙と革袋を受け取り、ちょっと不思議そうに革袋を眺めた。
「これは?」
「今は切手代が手元に無いから。もしあなたがシンガポールに帰るまでに会えなかったら、これを売るなりしてください」
「中を見てもいいかね」
マコーミック氏は革袋からエメラルドの指輪を出し、驚いた顔でランプの光にかざした。
「インドのものだな。しかし切手代にしては高すぎるぜ」
「いいですよ。あとで返してもらいますから」
「分かった。君が持っているのも危ないだろうし、預かろう」マコーミック氏は指輪を革袋に戻そうとして、ふと変な顔をした。「他にも何か入ってるな」
彼は革袋の中から小さく折りたたまれた紙片をつまみ出して僕に渡した。開くと、アラビア文字に似た、飛び跳ねるようなこの国の文字で、数行の文章らしいものが書かれていた。
「なんだそれは? 皇帝の秘密司令か?」
「分からない。この国の字は読めないんです」
「見てもいいか?」
紙を受け取ると、マコーミック氏は眉間にしわを寄せながらその文章を読み始めた。
「モナミ……いや、ミナミ、か。君の名だな」
僕は胸が苦しくなるのを感じた。この袋に何かを入れた可能性がある人物は、一人しかいない。
「えーと、『ミナミ様、何もかもが間違いでした』」と彼は読み上げた。「『父はミナミ様を利用することしか考えていません。そのためにわたくしをミナミ様に近づけたのです。ミナミ様もそれをご存じだと思います。どうかお逃げください』」
「お逃げください? そう書いてあるんですか」
「ああ。……だが、俺が読んでいいのか?」
「続けてください」
「分かった。『しかし、それでもなおわたくしを愛してくださるなら、どうか船までお越しください。罪人の子であり、罪人であるわたくしは、あなたがわたくしと共に滅びる道を選んでくださることを、主アッラーにお祈りしております。お許しください。お待ち申し上げております』これだけだ」
マコーミック氏に返してもらった紙片を握って、僕はひとりでベランダに出た。月明かりに家々の影が浮かび上がる夜の街の足元に、ひたひたと潮が満ちてくるのが聞こえた。
僕はどこかで間違ったのだろうか。
ここでこうしていることは正しいのだろうか。
明日僕がするであろうことは正しいのだろうか。
振り返ると窓の簾越しに、ランプの光と、書き物をするマコーミック氏の影が見えた。
あちらの暗い窓が客間だろう。その簾の向こうでは、王女がひとときの休息をとっているはずだった。
ベランダの下で、波が跳ねるような音が聞こえた。
「茉莉」と、僕はつぶやいた。
「これは?」
「今は切手代が手元に無いから。もしあなたがシンガポールに帰るまでに会えなかったら、これを売るなりしてください」
「中を見てもいいかね」
マコーミック氏は革袋からエメラルドの指輪を出し、驚いた顔でランプの光にかざした。
「インドのものだな。しかし切手代にしては高すぎるぜ」
「いいですよ。あとで返してもらいますから」
「分かった。君が持っているのも危ないだろうし、預かろう」マコーミック氏は指輪を革袋に戻そうとして、ふと変な顔をした。「他にも何か入ってるな」
彼は革袋の中から小さく折りたたまれた紙片をつまみ出して僕に渡した。開くと、アラビア文字に似た、飛び跳ねるようなこの国の文字で、数行の文章らしいものが書かれていた。
「なんだそれは? 皇帝の秘密司令か?」
「分からない。この国の字は読めないんです」
「見てもいいか?」
紙を受け取ると、マコーミック氏は眉間にしわを寄せながらその文章を読み始めた。
「モナミ……いや、ミナミ、か。君の名だな」
僕は胸が苦しくなるのを感じた。この袋に何かを入れた可能性がある人物は、一人しかいない。
「えーと、『ミナミ様、何もかもが間違いでした』」と彼は読み上げた。「『父はミナミ様を利用することしか考えていません。そのためにわたくしをミナミ様に近づけたのです。ミナミ様もそれをご存じだと思います。どうかお逃げください』」
「お逃げください? そう書いてあるんですか」
「ああ。……だが、俺が読んでいいのか?」
「続けてください」
「分かった。『しかし、それでもなおわたくしを愛してくださるなら、どうか船までお越しください。罪人の子であり、罪人であるわたくしは、あなたがわたくしと共に滅びる道を選んでくださることを、主アッラーにお祈りしております。お許しください。お待ち申し上げております』これだけだ」
マコーミック氏に返してもらった紙片を握って、僕はひとりでベランダに出た。月明かりに家々の影が浮かび上がる夜の街の足元に、ひたひたと潮が満ちてくるのが聞こえた。
僕はどこかで間違ったのだろうか。
ここでこうしていることは正しいのだろうか。
明日僕がするであろうことは正しいのだろうか。
振り返ると窓の簾越しに、ランプの光と、書き物をするマコーミック氏の影が見えた。
あちらの暗い窓が客間だろう。その簾の向こうでは、王女がひとときの休息をとっているはずだった。
ベランダの下で、波が跳ねるような音が聞こえた。
「茉莉」と、僕はつぶやいた。
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