南洋王国冒険綺譚・ジャスミンの島の物語

猫村まぬる

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第26章 紅茶を入れよう。そこの敷物に座っててくれ

26-1 商会

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「狭いところだが、遠慮なくくつろいでくれ」
 家の主人はそう言ってマッチを擦り、テーブルの上のオイルランプを灯した。

 明るくなった部屋を見ると、この孤立した島の、干潟の上に立つ高床式の家の中で、彼ができるだけ西洋風の暮らしをしようとしているのが分かった。

 テーブルにはワイングラスが置かれ、マントルピースに見立ててか、壁に造り付けた棚の上には置き時計と、草原に立つケルト十字架のリトグラフが飾られている。
 窓辺には書き物机があり、インク壺とつけペンが備えてあった。

「紅茶を入れよう。そこの敷物に座っててくれ」

 もはやトルコ人に身をやつす必要が無くなったということだろうか、彼は赤茶色の髪を短く切り、鼻の下だけを残してひげも剃ってしまい、服装もサファリスーツのような白い洋服に、緩いボウタイを結んでおり、いくらか英国紳士らしく見えた。

「ミスター・マコーミック。どうもありがとう。あなたのおかげで助かりました」
 僕は言った。
 王女とアディは警戒して身をこわばらせている。
「何もしてないさ」とマコーミック氏は笑った。「君らをお茶に誘っただけだ」
「でも、あなたが通りかからなければ、僕らはあの兵隊に――」

 連行されてた、と言いかけて、僕は口をつぐんだ。
 彼をどこまで信用できるかは分からない。

 マコーミック氏は言った。
「俺はただ『この三人は俺の友達だ』と言っただけだ。嘘じゃなかろう、いつだったか、この街で一緒に飲んだ仲だろう?」

   ◆

 僕らはついさっき、マコーミック氏に助けられたばかりだった。
港都バンダルスリラジャ」と名を改められたかつての港市バンダルの街の周りには、以前は無かった竹矢来たけやらい城郭じょうかくが巡らされており、街に入るためには関所を通らねばならなくなっていた。

 関所ではクンバンムラティ島人とドゥルハカ島人、そして英国人の三人組の兵士が通行人を取り調べていたのだが、僕らを見たクンバンムラティ兵が何かに気づいて英国兵に耳打ちし、もう少しで番所の中に引っ張り込まれそうになったところに、マコーミック氏が通りかかり、たぶんいくらか握らせて、うまく言いくるめてくれたのだ。

 街の半ばに及んだ焼失地区は今や建設ラッシュで、そこに建てたばかりの『マコーミック商会MacCormick&co.』という看板を掲げた高床の家に、僕らは案内された。

 壁際の長細い絨毯じゅうたんに、僕らは王女を真ん中にして座った。

 やがてマコーミック氏はお茶を運んできて床に置き、自分も座った。

「君とは前にも会ったな」
 と、マコーミック氏はアディに言った。アディより訛りが少ないくらいのマラッカ海峡のマレー語だった。
「君は武官だろう?」

 アディは何も答えなかった。
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