93 / 140
第23章 キジャン、君にひとつお願いをしてもいいかな
23-3 故郷
しおりを挟む
ダラムの出口まで、キジャンに送ってもらったおかげで安全な最短ルートでたどりつくことができた。
王都の地方との境界の川のほとりで、僕らは彼と別れた。
「キジャン、ありがとう。あなたにはいくらお礼を言っても足りないわ」
王女は黄金の花を一輪、キジャンの髪に差した。
「ダラムの人、『ありがとう』言わない」とキジャンは言った。「ダラムの人、『忘れない』言うの」
そして王女とアディに順番に抱きついて「忘れない」と言い、最後に僕に抱きついて「忘れない」と言った。「百年、だいじょうぶ。忘れない」
崖の上のキジャンに見送られつつ、僕らは来たときと同じように手をつないで川を渡った。
松の茂る尾根を越えて西を目指し、その日の夕方には王都の地方の最初の集落に着いた。
山あいの斜面にある辺境の小さな村。アディの故郷だ。
彼の両親は息子と僕らの無事を喜び、家に迎え入れてくれた。
夕食には久しぶりに、内陸には無かった白米のご飯が出た。野菜の塩漬けと蝦醤を少し合わせると、ほんのちょっとだけ日本食を思い出させる味になった。
これから王都に戻るという決意を告げた王女に、アディの両親は口々に「どうかお止めください」と引き留めようとした。
「この辺境にすら、ドゥルハカ兵が見回りに来ます」とアディの父親である村長は言った。「姫様が何者かによってさらわれたというので、クンボカルノ王子が躍起になって探しているそうです。どうかしばしこの家に留まって身をお隠しください」
「父上、それは不忠だ」とアディが怒鳴った。「姫様が行くと言ったら行くんだ。俺とミナミがお守りする。危なくなんかねえよ」
それからしばらくアディと父親は島の言葉で何か言い合いをしていたけれど、王女が
「村長、グステイ・ラカ・アディンドラ殿、聞いてください」
と口を開くと、二人とも黙って頭を下げた。
「わたくしの身を案じての言葉、うれしく思います」と王女は静かに言った。「しかしわたくしは、道理を正し、国を守るために、王都に帰って務めを果たさなければなりません。アディの言うとおりです。彼らさえいれば、わたくしは何も恐れません」
「まことに光栄なお言葉です」と言って村長は平伏した。「しかしこのアディに、そのような過分な……」
「いいえ。あなたがたの息子さんは、わたしが最も信用し、頼みとする臣下です。彼の支えがなければ、わたしは王族としての務めを果たすことはおろか、今日まで生きながらえることさえできなかったでしょう。アディがそばにいてくれないと、わたしの心は折れてしまっていたでしょう。そして明日からも……」
王女は身をかがめ、ひざまずいて頭を下げた村長と村長夫人の肩に触れた。
「わたくしは王都に帰ります。そして為すべきことをします。どうか、息子さんを、わたくしと王国に捧げてください」
夫妻はもう何も言わなかった。アディは感激に輝く瞳で王女を見上げていた。
王都の地方との境界の川のほとりで、僕らは彼と別れた。
「キジャン、ありがとう。あなたにはいくらお礼を言っても足りないわ」
王女は黄金の花を一輪、キジャンの髪に差した。
「ダラムの人、『ありがとう』言わない」とキジャンは言った。「ダラムの人、『忘れない』言うの」
そして王女とアディに順番に抱きついて「忘れない」と言い、最後に僕に抱きついて「忘れない」と言った。「百年、だいじょうぶ。忘れない」
崖の上のキジャンに見送られつつ、僕らは来たときと同じように手をつないで川を渡った。
松の茂る尾根を越えて西を目指し、その日の夕方には王都の地方の最初の集落に着いた。
山あいの斜面にある辺境の小さな村。アディの故郷だ。
彼の両親は息子と僕らの無事を喜び、家に迎え入れてくれた。
夕食には久しぶりに、内陸には無かった白米のご飯が出た。野菜の塩漬けと蝦醤を少し合わせると、ほんのちょっとだけ日本食を思い出させる味になった。
これから王都に戻るという決意を告げた王女に、アディの両親は口々に「どうかお止めください」と引き留めようとした。
「この辺境にすら、ドゥルハカ兵が見回りに来ます」とアディの父親である村長は言った。「姫様が何者かによってさらわれたというので、クンボカルノ王子が躍起になって探しているそうです。どうかしばしこの家に留まって身をお隠しください」
「父上、それは不忠だ」とアディが怒鳴った。「姫様が行くと言ったら行くんだ。俺とミナミがお守りする。危なくなんかねえよ」
それからしばらくアディと父親は島の言葉で何か言い合いをしていたけれど、王女が
「村長、グステイ・ラカ・アディンドラ殿、聞いてください」
と口を開くと、二人とも黙って頭を下げた。
「わたくしの身を案じての言葉、うれしく思います」と王女は静かに言った。「しかしわたくしは、道理を正し、国を守るために、王都に帰って務めを果たさなければなりません。アディの言うとおりです。彼らさえいれば、わたくしは何も恐れません」
「まことに光栄なお言葉です」と言って村長は平伏した。「しかしこのアディに、そのような過分な……」
「いいえ。あなたがたの息子さんは、わたしが最も信用し、頼みとする臣下です。彼の支えがなければ、わたしは王族としての務めを果たすことはおろか、今日まで生きながらえることさえできなかったでしょう。アディがそばにいてくれないと、わたしの心は折れてしまっていたでしょう。そして明日からも……」
王女は身をかがめ、ひざまずいて頭を下げた村長と村長夫人の肩に触れた。
「わたくしは王都に帰ります。そして為すべきことをします。どうか、息子さんを、わたくしと王国に捧げてください」
夫妻はもう何も言わなかった。アディは感激に輝く瞳で王女を見上げていた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる