南洋王国冒険綺譚・ジャスミンの島の物語

猫村まぬる

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第23章 キジャン、君にひとつお願いをしてもいいかな

23-3 故郷

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 ダラムの出口まで、キジャンに送ってもらったおかげで安全な最短ルートでたどりつくことができた。
 王都コタラジャ地方ダエラとの境界の川のほとりで、僕らは彼と別れた。

「キジャン、ありがとう。あなたにはいくらお礼を言っても足りないわ」
 王女は黄金の花を一輪、キジャンの髪に差した。
「ダラムの人、『ありがとうトゥリマカシ』言わない」とキジャンは言った。「ダラムの人、『忘れない』言うの」
 そして王女とアディに順番に抱きついて「忘れない」と言い、最後に僕に抱きついて「忘れない」と言った。「百年、だいじょうぶ。忘れない」

 崖の上のキジャンに見送られつつ、僕らは来たときと同じように手をつないで川を渡った。

 チュマラの茂る尾根を越えて西を目指し、その日の夕方には王都の地方の最初の集落に着いた。
 山あいの斜面にある辺境の小さな村。アディの故郷だ。
 彼の両親は息子と僕らの無事を喜び、家に迎え入れてくれた。
 夕食には久しぶりに、内陸ダラムには無かった白米のご飯が出た。野菜の塩漬けと蝦醤トラシを少し合わせると、ほんのちょっとだけ日本食を思い出させる味になった。

 これから王都に戻るという決意を告げた王女に、アディの両親は口々に「どうかお止めください」と引き留めようとした。
「この辺境にすら、ドゥルハカ兵が見回りに来ます」とアディの父親である村長プンフルは言った。「姫様が何者かによってさらわれたというので、クンボカルノ王子が躍起になって探しているそうです。どうかしばしこの家に留まって身をお隠しください」
「父上、それは不忠だ」とアディが怒鳴った。「姫様が行くと言ったら行くんだ。俺とミナミがお守りする。危なくなんかねえよ」

 それからしばらくアディと父親は島の言葉で何か言い合いをしていたけれど、王女が
「村長、グステイ・ラカ・アディンドラ殿、聞いてください」
 と口を開くと、二人とも黙って頭を下げた。

「わたくしの身を案じての言葉、うれしく思います」と王女は静かに言った。「しかしわたくしは、道理を正し、国を守るために、王都に帰って務めを果たさなければなりません。アディの言うとおりです。彼らさえいれば、わたくしは何も恐れません」
「まことに光栄なお言葉です」と言って村長は平伏した。「しかしこのアディに、そのような過分な……」
「いいえ。あなたがたの息子さんは、わたしが最も信用し、頼みとする臣下です。彼の支えがなければ、わたしは王族としての務めを果たすことはおろか、今日まで生きながらえることさえできなかったでしょう。アディがそばにいてくれないと、わたしの心は折れてしまっていたでしょう。そして明日からも……」
 王女は身をかがめ、ひざまずいて頭を下げた村長と村長夫人の肩に触れた。
「わたくしは王都に帰ります。そして為すべきことをします。どうか、息子さんを、わたくしと王国に捧げてください」

 夫妻はもう何も言わなかった。アディは感激に輝く瞳で王女を見上げていた。
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