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第21章 鍋釜や農具が置かれ、子犬や子猫が遊び
21-4 転生
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人間には九十九の魂があり、それぞれが体の各部位や機能に宿っているのだとカイヌウェランは言う。
例えば右手には右手の魂、左肩には左肩の魂、心臓には心臓の、性器には性器の魂がある。
そして視覚の魂、味覚の魂、感情を高める魂、感情を抑える魂なども。
「体というのは、魂によって、両親の体や草木や獣の肉を材料にして作られるものだ。これは物に過ぎんから、いずれ滅する。だが魂は生まれもせず、滅びもせん。たとえばあんたの――」
と言ってカイヌウェランは、囲炉裏の炭を掻いていた竹の棒で僕を指した。
「――その体にある九十九の魂は、かつて大勢の、たぶん九十九人の、別々な人間の体に宿っておったのだ。あんたが死ねば体は朽ち、子らや草木や獣の養いとなる。しかし魂は散り散りに別れ、それぞれにまた別の魂とともに集まり、新たな材料を得て、新たな体を作る」
「生まれ変わりですか」と僕は尋ねた。
「そうとも言える。しかし一人が一人に生まれ変わるのではない。九十九人が一人に生まれ変わり、一人が九十九人に生まれ変わるのだよ。世界に散らばった九十九の魂が、同じ組み合わせで再び集まって人となることは、まずあり得ん。普通はな」
「普通は?」と王女が聞き返した。
「まあお聞き。順に話さないと忘れちまう。まず『旅のウパヤ』について話させとくれ。これは要するに、現実を現実のままに夢に見る方法だ」
カイヌウェランによると、そもそも夢というのは、人が眠っている間に、いくつかの魂が体を抜け出し、様々な場所や時間や人を求めて「旅」をすることなのだという。
夢の中ではしばしば聴覚が無かったり、色覚が無かったり、意識や五体が不完全だったりするが、それは、それらを司る魂が「旅」に出ずに体の中に留まっているせいだ。
「あんたちは『夢香』という物を知っておるだろう? あれは魂を体から剥がすための薬さ。そしてこの」と言って、カイヌウェランは大儀そうに石の壁を振り返った。「|花園の神殿の石室で夢香を焚いて眠れば、九十九の魂のうち、心臓の魂以外の九十八が全て体を離れ、本心の赴くまま、時も場所も越えてどこへでも行くことができる」
「それが『旅のウパヤ』なのですね」と王女が言った。「わたしは亡き父母に会えますか」
「会えるさ。心から願えば、生きていようが死んでいようが」
「では、『連れ帰りのウパヤ』とは? 誰かをこちらに連れてくることができるのですか」
僕が尋ねると、カイヌウェランは大口を開けて笑った。
「あんたにそれを聞かれるとはね」そして戸口の方を指さした。「その通りだが、『連れ帰りのウパヤ』はもう少し難儀だ。この神殿の前に池があったろう? 『聖なる泉』だ。泉には底が無く、地下から大海に通じておる。その水面を夢香の煙で覆い、身を浮かべるのだよ。うまく行けば、求める相手と会うだけではなく、水の底からこちら側の世界に連れ帰ることもできる」
「人間を、ですか?」
「そうだよ。たとえばあんたを、このお嬢ちゃんの兄上が連れ帰ってきたようにね」
「どういうこと?」王女が驚きに目を見張って僕を振り返った。「ミナミ、本当なの?」
「彼自身は知らんことさ、お嬢ちゃん」
「説明なさい、カイヌウェラン。あなたがそれに関わったのね?」
「あんたの兄上の頼みでね。王は自分に代わってあんたの身を守ってもらうために、このミナミを遠い時代の遠い国から連れて来たんだよ」
「そんな……」王女は泣きそうな顔になった。「ミナミには大切な妹さんがいるのに。わたしのためにこの国に連れて来られてしまったというの?」
「そうだよ。王はあんたにそのことを話さなかったんだね」
「教えて。どうしてミナミだったの? 他の誰かじゃいけなかったの?」
「理由は二つある。一つは、彼が若くして死んだからさ」
僕は驚かなかったけど、王女がはっと息を呑むのが聞こえた。
例えば右手には右手の魂、左肩には左肩の魂、心臓には心臓の、性器には性器の魂がある。
そして視覚の魂、味覚の魂、感情を高める魂、感情を抑える魂なども。
「体というのは、魂によって、両親の体や草木や獣の肉を材料にして作られるものだ。これは物に過ぎんから、いずれ滅する。だが魂は生まれもせず、滅びもせん。たとえばあんたの――」
と言ってカイヌウェランは、囲炉裏の炭を掻いていた竹の棒で僕を指した。
「――その体にある九十九の魂は、かつて大勢の、たぶん九十九人の、別々な人間の体に宿っておったのだ。あんたが死ねば体は朽ち、子らや草木や獣の養いとなる。しかし魂は散り散りに別れ、それぞれにまた別の魂とともに集まり、新たな材料を得て、新たな体を作る」
「生まれ変わりですか」と僕は尋ねた。
「そうとも言える。しかし一人が一人に生まれ変わるのではない。九十九人が一人に生まれ変わり、一人が九十九人に生まれ変わるのだよ。世界に散らばった九十九の魂が、同じ組み合わせで再び集まって人となることは、まずあり得ん。普通はな」
「普通は?」と王女が聞き返した。
「まあお聞き。順に話さないと忘れちまう。まず『旅のウパヤ』について話させとくれ。これは要するに、現実を現実のままに夢に見る方法だ」
カイヌウェランによると、そもそも夢というのは、人が眠っている間に、いくつかの魂が体を抜け出し、様々な場所や時間や人を求めて「旅」をすることなのだという。
夢の中ではしばしば聴覚が無かったり、色覚が無かったり、意識や五体が不完全だったりするが、それは、それらを司る魂が「旅」に出ずに体の中に留まっているせいだ。
「あんたちは『夢香』という物を知っておるだろう? あれは魂を体から剥がすための薬さ。そしてこの」と言って、カイヌウェランは大儀そうに石の壁を振り返った。「|花園の神殿の石室で夢香を焚いて眠れば、九十九の魂のうち、心臓の魂以外の九十八が全て体を離れ、本心の赴くまま、時も場所も越えてどこへでも行くことができる」
「それが『旅のウパヤ』なのですね」と王女が言った。「わたしは亡き父母に会えますか」
「会えるさ。心から願えば、生きていようが死んでいようが」
「では、『連れ帰りのウパヤ』とは? 誰かをこちらに連れてくることができるのですか」
僕が尋ねると、カイヌウェランは大口を開けて笑った。
「あんたにそれを聞かれるとはね」そして戸口の方を指さした。「その通りだが、『連れ帰りのウパヤ』はもう少し難儀だ。この神殿の前に池があったろう? 『聖なる泉』だ。泉には底が無く、地下から大海に通じておる。その水面を夢香の煙で覆い、身を浮かべるのだよ。うまく行けば、求める相手と会うだけではなく、水の底からこちら側の世界に連れ帰ることもできる」
「人間を、ですか?」
「そうだよ。たとえばあんたを、このお嬢ちゃんの兄上が連れ帰ってきたようにね」
「どういうこと?」王女が驚きに目を見張って僕を振り返った。「ミナミ、本当なの?」
「彼自身は知らんことさ、お嬢ちゃん」
「説明なさい、カイヌウェラン。あなたがそれに関わったのね?」
「あんたの兄上の頼みでね。王は自分に代わってあんたの身を守ってもらうために、このミナミを遠い時代の遠い国から連れて来たんだよ」
「そんな……」王女は泣きそうな顔になった。「ミナミには大切な妹さんがいるのに。わたしのためにこの国に連れて来られてしまったというの?」
「そうだよ。王はあんたにそのことを話さなかったんだね」
「教えて。どうしてミナミだったの? 他の誰かじゃいけなかったの?」
「理由は二つある。一つは、彼が若くして死んだからさ」
僕は驚かなかったけど、王女がはっと息を呑むのが聞こえた。
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