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第20章 虎は小さな丸い目で王女を凝視し、鼻をひくひくと動かしながら
20-3 跳躍
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虎は全力疾走して大きく跳躍し、金襴織をひらひらとたなびかせながら、巻衣が落ちた地点に正確に着地した。
そして大きな顎で巻衣と舞衣装をいっしょにくわえて引きずりながら、長い尾を満足げに振り、木々の間に姿を消した。
王女が駆けて来て、その場に座り込んでしまった僕の片手を握って引っ張り起こした。
「ミナミ、やっぱりあなたは勇敢で知恵のある人だわ」
「いえ……。王女のおっしゃった通り、あれは大きな猫でした」
木の上にいた子どもが、気根を伝ってするすると降りてきた。
「昔ね、村の女の子、虎の赤ちゃん、拾った。それから育てた。それ、あの子。だから、女の子の匂い好きね。懐かしいの」
十歳ぐらいの、美しい顔の子どもだった。
王女はもちろんアディよりもずっと濃いチョコレート色の肌で、ウェーブのかかった髪を頭上で結んでハイビスカスの花を飾っていた。
ほっそりした腰に無地の巻衣をつけただけで、やはり上半身は裸だったので、一瞬目のやり場に困ったけど、どうやらあえて隠す必要もないようだった。
「ありがとう。あなたは、ダラムの子ね?」と王女がたずねた。
「そう。お姉さん、外の人?」
「わたしと、あっちのお兄さんは王都から来たの」と王女が答えた。「このお兄さんは、もっと遠くの島から」
「じゃあ、みんな外の人ね」
「大祭司カイヌウェラン様がどこにいらっしゃるか、もし知っていたら教えてくれるかい?」と僕はたずねた。「僕たちは大祭司にお会いしなければならないんだ」
「おじさん、それ、わたしの村。ヌグリグデ。ダラムいちばん大きいの村」と子どもは言った。「大丈夫。近いよ。わたしのお父さん、族長。あなたたち、わたしのお客さん。一緒に行く」
僕らは荷物を集め、キジャンと名乗る子どもの先導で、ヌグリグデという村を目指した。
「アディ、本当ならわたしはあなたを罰しなければならないのよ、あの舞衣装のことで」
王女は歩きながらそう言った。まだ足の痛みが続いているのが声で分かった。
「せっかくいただいた御衣装を、みすみす奪われてしまいました……」
「それはいいの、あなたさえ無事なら。あなたの無事を祈るためにあげたんだから。でもあれは、あなたが自分で身につけるためにあげたんじゃないわ。知ってるでしょ? あれは王族の女性だけが身につけるものよ」
「災いから守ってくださると……」
「それは心得違いよ。日頃の忠節に免じて罰しはしないけれど、あなたには今後、わたしが身につけたものは決して下賜しません」
アディは赤い顔で頭を下げ、黙って歩き続けた。行けども行けども、森の中にはずっとあの香りが立ちこめていた。
そして大きな顎で巻衣と舞衣装をいっしょにくわえて引きずりながら、長い尾を満足げに振り、木々の間に姿を消した。
王女が駆けて来て、その場に座り込んでしまった僕の片手を握って引っ張り起こした。
「ミナミ、やっぱりあなたは勇敢で知恵のある人だわ」
「いえ……。王女のおっしゃった通り、あれは大きな猫でした」
木の上にいた子どもが、気根を伝ってするすると降りてきた。
「昔ね、村の女の子、虎の赤ちゃん、拾った。それから育てた。それ、あの子。だから、女の子の匂い好きね。懐かしいの」
十歳ぐらいの、美しい顔の子どもだった。
王女はもちろんアディよりもずっと濃いチョコレート色の肌で、ウェーブのかかった髪を頭上で結んでハイビスカスの花を飾っていた。
ほっそりした腰に無地の巻衣をつけただけで、やはり上半身は裸だったので、一瞬目のやり場に困ったけど、どうやらあえて隠す必要もないようだった。
「ありがとう。あなたは、ダラムの子ね?」と王女がたずねた。
「そう。お姉さん、外の人?」
「わたしと、あっちのお兄さんは王都から来たの」と王女が答えた。「このお兄さんは、もっと遠くの島から」
「じゃあ、みんな外の人ね」
「大祭司カイヌウェラン様がどこにいらっしゃるか、もし知っていたら教えてくれるかい?」と僕はたずねた。「僕たちは大祭司にお会いしなければならないんだ」
「おじさん、それ、わたしの村。ヌグリグデ。ダラムいちばん大きいの村」と子どもは言った。「大丈夫。近いよ。わたしのお父さん、族長。あなたたち、わたしのお客さん。一緒に行く」
僕らは荷物を集め、キジャンと名乗る子どもの先導で、ヌグリグデという村を目指した。
「アディ、本当ならわたしはあなたを罰しなければならないのよ、あの舞衣装のことで」
王女は歩きながらそう言った。まだ足の痛みが続いているのが声で分かった。
「せっかくいただいた御衣装を、みすみす奪われてしまいました……」
「それはいいの、あなたさえ無事なら。あなたの無事を祈るためにあげたんだから。でもあれは、あなたが自分で身につけるためにあげたんじゃないわ。知ってるでしょ? あれは王族の女性だけが身につけるものよ」
「災いから守ってくださると……」
「それは心得違いよ。日頃の忠節に免じて罰しはしないけれど、あなたには今後、わたしが身につけたものは決して下賜しません」
アディは赤い顔で頭を下げ、黙って歩き続けた。行けども行けども、森の中にはずっとあの香りが立ちこめていた。
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