南洋王国冒険綺譚・ジャスミンの島の物語

猫村まぬる

文字の大きさ
上 下
64 / 140
第16章 王都は、港市の混乱が嘘だったみたいに平穏で

16-4 深夜

しおりを挟む
 夜遅くに、また扉の向こうから「ミナミ、ミナミ」と僕を呼ぶ声があった。「ミナミ、ちょっといい?」
 王女の声だと分かったので、しきたりアダットはどうなったんだろうと首を傾げながら僕は扉を開けた。

 そこに立っていたのは、髪を下ろし、紺の更紗バディックの巻衣を一枚着ただけの王女。
 そして、その王女に手を引かれた兄、アングレック王だった。

 国王ラジャは、妹と同じ紺の更紗バティックの巻衣を腰に巻き、白い上着バジュに白いターバンという略装だった。
 僕と同じ背丈で、僕よりもずっと白い肌の彼は、視力のない透き通ったグレーの瞳で、あたかも僕の顔を突き抜けてずっと遠くを見ているようだった。整った顔は、遠征の疲れや心労からか、目に見えてやつれていた。

 僕が思わず床に膝をつくと、王は顔を動かさないままで、まるで祝福を与える司祭のように僕に向かって手を伸ばした。
「どうぞ、楽になさってください。部屋の中で話しましょう。わたくしは王としてではなく、一人の人間として、妹の兄として、あなたにおびとお願いを伝えるために来たのです」
 僕があわてて、部屋の中央に椅子を二つ置くと、王女は兄の手を引いて、部屋の中に導いた。
「お兄さま、こちらに」
 木彫りの椅子に腰を下ろすと、王は王女に言った。
「お前はまだ夕食を済ませていなかったね。食事と水浴びの後で、またここに迎えに来ておくれ。わたしは彼と話があるから」
「はい。お兄さま」
 王女は両手でそっと王の右手を包むようにして、膝を軽く曲げて一礼すると、僕にちょっと手を振って部屋を出ていった。

 僕は王から少し離れた正面に座り、彼が話し始めるのを待った。

「妹が、あなたに心を開いているのは嬉しいことです」とアングレック王は言った。「そしてそれは、理由のないことではありません」

 僕は何と答えればいいのか分からなかった。誰にでも話を聞いてもらえる立場にある王様というのは、こんな話し方をするものなのだろうか。

「ミナミさん、あなたは、この世界ドゥニア・ニャタの方ではないのではありませんか?」
 王の中性的な声は、耳からというよりも、僕自身の頭の奥から聞こえてくるみたいに響いた。
 「おそらくあなたは、天上か地下の国から……。そうでなければ、遠い昔か、あるいは遥か後の世から、わたくしの治世の、わたくしの王国に来たのではありませんか?」
 そう言って、王は顔を僕に向けた。 

 彼の目に僕が見えていないのは確かだったが、僕の小さな動作や呼吸に至るまで、全てを彼に見通されているのもまた確かなことだった。

「……はい」
 と答えようとしたけれど、声がかすれてうまく出なかった。
「わたくしは、あなたに、詫びを述べねばなりません」と王は言った。「あなたをこの国に招いたのは、わたくしです」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

処理中です...