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第16章 王都は、港市の混乱が嘘だったみたいに平穏で
16-4 深夜
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夜遅くに、また扉の向こうから「ミナミ、ミナミ」と僕を呼ぶ声があった。「ミナミ、ちょっといい?」
王女の声だと分かったので、しきたりはどうなったんだろうと首を傾げながら僕は扉を開けた。
そこに立っていたのは、髪を下ろし、紺の更紗の巻衣を一枚着ただけの王女。
そして、その王女に手を引かれた兄、アングレック王だった。
国王は、妹と同じ紺の更紗の巻衣を腰に巻き、白い上着に白いターバンという略装だった。
僕と同じ背丈で、僕よりもずっと白い肌の彼は、視力のない透き通ったグレーの瞳で、あたかも僕の顔を突き抜けてずっと遠くを見ているようだった。整った顔は、遠征の疲れや心労からか、目に見えてやつれていた。
僕が思わず床に膝をつくと、王は顔を動かさないままで、まるで祝福を与える司祭のように僕に向かって手を伸ばした。
「どうぞ、楽になさってください。部屋の中で話しましょう。わたくしは王としてではなく、一人の人間として、妹の兄として、あなたにお詫びとお願いを伝えるために来たのです」
僕があわてて、部屋の中央に椅子を二つ置くと、王女は兄の手を引いて、部屋の中に導いた。
「お兄さま、こちらに」
木彫りの椅子に腰を下ろすと、王は王女に言った。
「お前はまだ夕食を済ませていなかったね。食事と水浴びの後で、またここに迎えに来ておくれ。わたしは彼と話があるから」
「はい。お兄さま」
王女は両手でそっと王の右手を包むようにして、膝を軽く曲げて一礼すると、僕にちょっと手を振って部屋を出ていった。
僕は王から少し離れた正面に座り、彼が話し始めるのを待った。
「妹が、あなたに心を開いているのは嬉しいことです」とアングレック王は言った。「そしてそれは、理由のないことではありません」
僕は何と答えればいいのか分からなかった。誰にでも話を聞いてもらえる立場にある王様というのは、こんな話し方をするものなのだろうか。
「ミナミさん、あなたは、この世界の方ではないのではありませんか?」
王の中性的な声は、耳からというよりも、僕自身の頭の奥から聞こえてくるみたいに響いた。
「おそらくあなたは、天上か地下の国から……。そうでなければ、遠い昔か、あるいは遥か後の世から、わたくしの治世の、わたくしの王国に来たのではありませんか?」
そう言って、王は顔を僕に向けた。
彼の目に僕が見えていないのは確かだったが、僕の小さな動作や呼吸に至るまで、全てを彼に見通されているのもまた確かなことだった。
「……はい」
と答えようとしたけれど、声がかすれてうまく出なかった。
「わたくしは、あなたに、詫びを述べねばなりません」と王は言った。「あなたをこの国に招いたのは、わたくしです」
王女の声だと分かったので、しきたりはどうなったんだろうと首を傾げながら僕は扉を開けた。
そこに立っていたのは、髪を下ろし、紺の更紗の巻衣を一枚着ただけの王女。
そして、その王女に手を引かれた兄、アングレック王だった。
国王は、妹と同じ紺の更紗の巻衣を腰に巻き、白い上着に白いターバンという略装だった。
僕と同じ背丈で、僕よりもずっと白い肌の彼は、視力のない透き通ったグレーの瞳で、あたかも僕の顔を突き抜けてずっと遠くを見ているようだった。整った顔は、遠征の疲れや心労からか、目に見えてやつれていた。
僕が思わず床に膝をつくと、王は顔を動かさないままで、まるで祝福を与える司祭のように僕に向かって手を伸ばした。
「どうぞ、楽になさってください。部屋の中で話しましょう。わたくしは王としてではなく、一人の人間として、妹の兄として、あなたにお詫びとお願いを伝えるために来たのです」
僕があわてて、部屋の中央に椅子を二つ置くと、王女は兄の手を引いて、部屋の中に導いた。
「お兄さま、こちらに」
木彫りの椅子に腰を下ろすと、王は王女に言った。
「お前はまだ夕食を済ませていなかったね。食事と水浴びの後で、またここに迎えに来ておくれ。わたしは彼と話があるから」
「はい。お兄さま」
王女は両手でそっと王の右手を包むようにして、膝を軽く曲げて一礼すると、僕にちょっと手を振って部屋を出ていった。
僕は王から少し離れた正面に座り、彼が話し始めるのを待った。
「妹が、あなたに心を開いているのは嬉しいことです」とアングレック王は言った。「そしてそれは、理由のないことではありません」
僕は何と答えればいいのか分からなかった。誰にでも話を聞いてもらえる立場にある王様というのは、こんな話し方をするものなのだろうか。
「ミナミさん、あなたは、この世界の方ではないのではありませんか?」
王の中性的な声は、耳からというよりも、僕自身の頭の奥から聞こえてくるみたいに響いた。
「おそらくあなたは、天上か地下の国から……。そうでなければ、遠い昔か、あるいは遥か後の世から、わたくしの治世の、わたくしの王国に来たのではありませんか?」
そう言って、王は顔を僕に向けた。
彼の目に僕が見えていないのは確かだったが、僕の小さな動作や呼吸に至るまで、全てを彼に見通されているのもまた確かなことだった。
「……はい」
と答えようとしたけれど、声がかすれてうまく出なかった。
「わたくしは、あなたに、詫びを述べねばなりません」と王は言った。「あなたをこの国に招いたのは、わたくしです」
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