南洋王国冒険綺譚・ジャスミンの島の物語

猫村まぬる

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第16章 王都は、港市の混乱が嘘だったみたいに平穏で

16-3 微笑

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 手にとって見ると、短剣はずっしりと重く、鞘の浮き彫りは思った以上に精緻せいちだった。無垢の木製かと思っていたが、魚の眼や花の芯には黒曜石のようなつややかな石が象嵌ぞうがんされていた。つかも同じ木製で、滑り止めに刻まれた溝に金線が埋め込まれていた。

「こんな美しいものを……」いただくわけには、という言葉を僕は飲み込んだ。「ありがとうございます」
「よかった」王女はにっこりと微笑んだ。「あなたに喜んで欲しかったの。今はこれくらいのことしかしてあげられないから」
 こんな時の作法なんて分かるはずもないから、僕は時代劇のつもりで、短剣を両手で頭上に掲げながらお辞儀をした。
「大切にします」
「いい? その短剣は、妹さんを守るためのものよ。そのことは忘れないでね」

 夕方近くに、王室軍が引き上げてきた。
 港務長官が言っていたほどバラバラに敗走したわけでもないらしく、あの後も、ちょうど僕とアディが王都に向かっていたころに、川沿いを進軍して港市の奪還を試みたのだけど、全く歯が立たずに退却を余儀なくされたのだそうだ。
 後で聞いたことだけど、ドゥルハカ軍は銃剣バヨネットを装着したライフル銃を持っていて、火縄銃と短剣の王室軍ではろくに戦いにならなかったらしい。

 広場に出て見ていると、部隊ごとに次々と現れる兵たちは誰もが打ちひしがれた暗い顔で、出迎えに来た知り合いや家族を見つけると、口々に何かを訴えていた。島の言葉なのでほとんど意味は取れなかったのだけど、この王都にも敵軍が来ると訴えているように思われた。

 日没までに、国王が輿こしに乗って王宮に戻ってきた。
 輿を降りた国王が、女官の掲げる金色の日傘の下、宮中武官たちに抱えられるようにして階段を上がるのを、広場で頭を垂れる王都の人達に混じって僕は見ていた。階段の上からは王女が不安げに見守っていた。

 夜になっても結局、港務長官一家やその関係者の姿は一人も見かけなかった。侍従の一人が、港務長官は敵の捕虜になり、宰相ブンダハラは負傷して、帰り道の途中にある所領の村で静養しているらしいと僕に教えてくれた。

 この王都まで、彼らの手に落ちるのだろうか。港市でのあの不安な夜を、僕は思い出さずにはいられなかった。
 港務長官邸はまだある程度城塞としての機能を備えていたが、この王宮は草葺屋根をいただく高床式の木造建築で、火でもかけられればひとたまりもないだろう。
 この王都がちるようなことがあったら、僕はどうすればいいのだろうか。
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