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第16章 王都は、港市の混乱が嘘だったみたいに平穏で

16-1 王都

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 夢を見ることも、暑さや寒さを感じることも無く、僕は死んだように眠り、目覚めたのは昼ごろだった。

 竹のすだれ越しに、裏庭の榕樹ブリンギンの緑に染まった反射光が部屋に差し込み、板張りの壁と床を彩っていた。
 僕が寝ていた竹のベッドのそばには、やはり竹で作られたテーブルと、木彫りの丸椅子があった。
 港市バンダルに行く前に寝泊まりしていたのと同じ部屋だった。

 王宮に着いたのは夜遅くだった。
 港市からこの王都コタラジャまで、川の流れが急になるあたりからは、船を降りて徒歩での旅だった。日が暮れてから雨が降り出したこともあり、僕は疲労で頭がぼんやりしたまま、誰かに案内されるままにこの部屋で眠りについたのだった。

 厨房に行き、顔見知りの下男から餅米のクタパットをもらって食べてから、その足で王都の通りをぶらついた。
 王都は、港市バンダルの混乱が嘘だったみたいに平穏で、夢を見ているような気分になった。
 ココ椰子の木陰で、年老いた農夫がマンゴーを売り、王族の下女や、庶民のおかみさん達が、一個ずつ手にとっては品定めしていた。小さな裸の男の子が子犬を抱いて、おぼつかない足取りで走り回っていた。

 僕とアディはすでに十時間以上前にこの王都にたどりついていたが、ドゥルハカ軍も英国兵もまだ追いついてきていないらしい。
 あるいは、王都に攻めのぼらずに港市の支配を固める方針なのだろうか。
 それとも、王室軍がかろうじて戦線を支えているのだろうか。

 石畳の広場に出ると、大きな平らな岩の周りに、今日も子どもたちが集まっていた。
 そしていつものように、大勢の子供達に囲まれた岩の上で、二人の子供が竹の棒で剣術の手合わせをしていた。

 近づくと、思ったとおり、そのうちの一人、くれない色の巻衣サルンを胴に巻いた細身の剣士はムラティ王女だった。
 相手の男の子は王女よりずっと背が高かったが、右から、左から、そして正面から激しく振り下ろされる王女の攻撃を支えるので精一杯らしく、じりじりと後退して追い詰められつつあった。

 ひと目で気づいたのは、王女の太刀たちさばきから、しなやかな優美さと調和が消えていることだった。
 腕が落ちたのではない。スピードは以前と変わりがなかったし、無駄な動きはますます削ぎ落とされていたくらいだ。ただすべての動きが直線的で、そこには王女の心の緊張がはっきりと見て取れた。相手は全然強くないのに。

 やはり、この王都も以前のままではない。

 僕は胸が苦しくなった。茉莉のバレエもそんな風に、優美さを失って直線的に見えたことがあったのだ。緊張や不安の中で、あの子自身が舞うことを楽しめなくなっていたような時だ。
 もちろん剣はバレエとは違う。剣術にははっきりと実用的な目的がある。だけど、あの子の剣が本当に殺人剣みたいになってしまうのを、僕は見たくなかった。

 観戦している子どもたちも、何かに気圧けおされたかのように声も無く固唾かたずんでいた。
 ただ竹の棒がぶつかり合う音と、二人の苦しげな息遣いだけが聞こえる。
 右肩を突かれた男の子がついに耐えかねて体のバランスを崩すと、王女はここぞとばかりに容赦なく、一太刀、二太刀、三太刀と続けざまに浴びせた。後頭部で結んだ髪が、獰猛なネコ科の獣のように跳ね踊り、飾っていた白いジャスミンの花がどこかに振り飛ばされた。
 男の子は後ずさりして岩の縁から足を踏み外し、まるで空中に投げ出されたみたいに後ろ向きに落ちた。
 王女が悲鳴混じりの声で、彼の名前らしい言葉を叫んだ。

 同時に、観戦していた子たちがわっと腕を伸ばして、ミュージシャンが客席にダイブしたときみたいに彼の体を支えた。
 地面に降ろされた男の子は、巻衣のすそを直して、王女に向かって一礼した。

 子供たちが安堵の混じった歓声を上げる中、王女はうつむいて胸を押さえ、しばらくのあいだ息を整えていた。
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