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第14章 大きな帆を張った彼らのアラブ式帆船が、水鳥の群れのように
14-2 衝突
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海賊たちは、三日間の予定だった滞在を、あれこれ理由をつけて引き延ばした。四日が五日になり、さらに一週間になった。
一方ドゥルハカ国の艦隊からは高位の使者が何度も邸を訪れ、同族であるクンバンムラティ王国が海賊を保護していることの不当を訴え、海賊追放を要求してきた。
港務長官は曖昧な返答で時間を稼ぎながら、王都に伝令を飛ばして王室軍の出動を要請した。だが時はすでに遅かった。ドゥルハカ王国水軍の提督クンボカルノ王子は「兄弟であるクンバンムラティ王室を助け、海賊を討伐する」と一方的に宣言して、艦隊を強引に入港させてきた。
ドゥルハカ兵と海賊の衝突が始まったのは夜明け頃で、僕はファジャルに揺り起こされてそれを知らされた。
彼女の制止もかまわず、僕は窓の鎧戸を開けて外の様子をうかがってみた。
街を見渡しても特に何が見えるというわけではなかったが、どことなく騒がしい空気が流れている気がした。長い銃を背負った衛士たちが、丘の斜面の芝生に穴を掘って陣地を作っているのが見えた。見たところ、彼らの銃は火縄銃らしい。この時代にしてもずいぶん旧式のはずだ。
午後になり、四姉妹と僕と、あのファジャルの侍女リニを含む何人かの使用人が広間に集められ、しばらくここから動かないようにと港務長官に命じられた。
「王室軍が来るまでの間、我々は事態を静観しつつ、この邸だけを守るしかない」と普段の彼にも似合わない疲れた顔で港務長官は言った。「最悪の場合も考えておくように」
その日の夕方、ドゥルハカ国の軍船から煙が上がり始め、木造家屋の密集した市街にたちまち燃え広がった。
鎧戸を閉ざしていてさえ、空が真っ赤に染まっているのが分かった。尋常でない風のうなりが建物を震わせた。
港務長官はどこかに出たまま広間に戻らず、僕と四姉妹は窓からできるだけ離れて、床の上でじっとしていた。ファジャルは僕の手をずっと握ったまま、一秒も放さなかった。
この時になってはじめて、僕は彼女の三人の姉をひとりひとり区別できるようになった。四人とも化粧っ気が無く、巻衣の色や柄がばらばらだったのもあり、四人の行動や人柄のちがいが見えてきたのだ。
長女のスンジャは、次女のブランの助けを得ながら妹たちを見守り、声をかけて励ましつつ、男の僕がリーダーシップをとることを暗に求めるかのように、たびたび僕に意見を求めた。
三女のビンタンは言葉少なく、ファジャルの身体を背もたれ代わりにして座ったまま、じっと窓の方を見つめていた。
衛士たちが邸の周りを走り回って火の粉を叩き消したり、街から逃れてきた人々を追い払ったりしている声が、僕らのいる広間まで聞こえていた。
夜になると何度か銃声らしいものも聞こえた。おそらく避難民を威嚇していたのだろう。
長い夜だった。
白米と鶏のスープだけの夕食の後、ファジャルは僕の膝を枕に背中を丸めて眠ってしまった。
ビンタンも、そのファジャルの脚を枕に仰向けになって、いつの間にか眠っていた。スンジャとブランは使用人たちの輪の真ん中に入り、何かの指示か相談をしているようだった。
夜半ごろ、ファジャルの侍女のリニが立ち上がり、数秒の間わずかに鎧戸を開けて隙間からから外をうかがい、火勢が弱まってきたようだと報告した。
それを聞いて安心したせいか、僕もいつしか、壁にもたれて眠りに落ちてしまった。
深夜に何度か、重いものがどすんと落ちるような音が聞こえて目覚めたが、ファジャルもビンタンもそのままの格好で寝ていたので、僕もまた眠りの中に戻った。
一方ドゥルハカ国の艦隊からは高位の使者が何度も邸を訪れ、同族であるクンバンムラティ王国が海賊を保護していることの不当を訴え、海賊追放を要求してきた。
港務長官は曖昧な返答で時間を稼ぎながら、王都に伝令を飛ばして王室軍の出動を要請した。だが時はすでに遅かった。ドゥルハカ王国水軍の提督クンボカルノ王子は「兄弟であるクンバンムラティ王室を助け、海賊を討伐する」と一方的に宣言して、艦隊を強引に入港させてきた。
ドゥルハカ兵と海賊の衝突が始まったのは夜明け頃で、僕はファジャルに揺り起こされてそれを知らされた。
彼女の制止もかまわず、僕は窓の鎧戸を開けて外の様子をうかがってみた。
街を見渡しても特に何が見えるというわけではなかったが、どことなく騒がしい空気が流れている気がした。長い銃を背負った衛士たちが、丘の斜面の芝生に穴を掘って陣地を作っているのが見えた。見たところ、彼らの銃は火縄銃らしい。この時代にしてもずいぶん旧式のはずだ。
午後になり、四姉妹と僕と、あのファジャルの侍女リニを含む何人かの使用人が広間に集められ、しばらくここから動かないようにと港務長官に命じられた。
「王室軍が来るまでの間、我々は事態を静観しつつ、この邸だけを守るしかない」と普段の彼にも似合わない疲れた顔で港務長官は言った。「最悪の場合も考えておくように」
その日の夕方、ドゥルハカ国の軍船から煙が上がり始め、木造家屋の密集した市街にたちまち燃え広がった。
鎧戸を閉ざしていてさえ、空が真っ赤に染まっているのが分かった。尋常でない風のうなりが建物を震わせた。
港務長官はどこかに出たまま広間に戻らず、僕と四姉妹は窓からできるだけ離れて、床の上でじっとしていた。ファジャルは僕の手をずっと握ったまま、一秒も放さなかった。
この時になってはじめて、僕は彼女の三人の姉をひとりひとり区別できるようになった。四人とも化粧っ気が無く、巻衣の色や柄がばらばらだったのもあり、四人の行動や人柄のちがいが見えてきたのだ。
長女のスンジャは、次女のブランの助けを得ながら妹たちを見守り、声をかけて励ましつつ、男の僕がリーダーシップをとることを暗に求めるかのように、たびたび僕に意見を求めた。
三女のビンタンは言葉少なく、ファジャルの身体を背もたれ代わりにして座ったまま、じっと窓の方を見つめていた。
衛士たちが邸の周りを走り回って火の粉を叩き消したり、街から逃れてきた人々を追い払ったりしている声が、僕らのいる広間まで聞こえていた。
夜になると何度か銃声らしいものも聞こえた。おそらく避難民を威嚇していたのだろう。
長い夜だった。
白米と鶏のスープだけの夕食の後、ファジャルは僕の膝を枕に背中を丸めて眠ってしまった。
ビンタンも、そのファジャルの脚を枕に仰向けになって、いつの間にか眠っていた。スンジャとブランは使用人たちの輪の真ん中に入り、何かの指示か相談をしているようだった。
夜半ごろ、ファジャルの侍女のリニが立ち上がり、数秒の間わずかに鎧戸を開けて隙間からから外をうかがい、火勢が弱まってきたようだと報告した。
それを聞いて安心したせいか、僕もいつしか、壁にもたれて眠りに落ちてしまった。
深夜に何度か、重いものがどすんと落ちるような音が聞こえて目覚めたが、ファジャルもビンタンもそのままの格好で寝ていたので、僕もまた眠りの中に戻った。
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