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第9章 いくら歩き回っても同じような場所に出てきてしまい
9-3 短剣
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マコーミック氏の話によると、このクンバンムラティ島はボルネオ島近海にある小島で、戦略的重要度も低く特産物も労働力も乏しいため、二十世紀を迎えた今日に至るまで、イギリスにもオランダにも植民地化されることなく放置され、孤立した王国として続いてきた、残り少ない島の一つらしい。
冒険商人である彼は、商品になりそうなものを求めてこの島に来たのだが、近々シンガポールに引き揚げるつもりだという。
「どうも最近きな臭い」とマコーミック氏は言った。「街の人間の動きがおかしい。船の出入りも減っている。こんなときは何かが起こる。南洋を十年渡り歩いてきた勘だよ。日本に帰りたいならシンガポールまで一緒に来るか? 戦争が始まっちまったらどうなるか分からんが」
明治三十七年の日本に帰ったところで、僕は逆浦島みたいなものだ。仕事も無いし知人も家族もいない。
山梨には曽祖父がいるはずだが、当然彼は僕のことを知るはずもない。
そして、茉莉に会えるのは、いくつもの戦争を超えて九十五年後だ。
かと言って、この島でいつまでも王女や港務長官の世話になっているわけにもいかないだろう。
シンガポールの日本人移民社会に飛び込んで、この時代に多かった娼館の事務の職でもあれば何とか生きていけるのかもしれないが、しかし……。
「まあ、内陸のことをもう少し調べたいから、あと一か月くらいはこの島にいるつもりだ。俺に連絡を取りたいなら旧港の近くのカンポン・アイル回教寺院の導師の家に来ればいい。俺はそこに間借りしてるんだ。トルコ人ということになってるから気をつけてくれ。回教徒のふりをしている方が何かと便利だからな」
半島からの抜け方と港務長官邸の大体の方角を教えてもらい、マコーミック氏と僕はもう一度握手をして別れた。
アディは僕が「外国人」と何を話したか知りたがったが、僕は「国に帰る方法を聞こうとしたんだが彼も知らなかったよ」とだけ話しておいた。
実は僕は未来人なんだ、なんて言っても仕方がない。
マコーミック氏に道を聞いたおかげで半島からは抜け出せたようだったが、そこからの行き方やはり分からなかった。
ファジャルの侍女と別れた辺りまでは戻ってきたんじゃないか思ったが、確証は無い。もしかすると全然違う場所なのかもしれない。
道は何度も折れ曲がり、枝分かれし、合流し、静かな場所を通ったり、にぎやかな界隈を過ぎたり、また寂しいところに出たりした。誰かに道を尋ねても、人によって言うことがバラバラで話にならない。
そろそろうんざりしはじめ、僕もアディも言葉少なになってきた。
二人並んで歩くのも難しいような、ひと気のない暗い路地を歩いていた時、僕の前でアディがふと立ち止まった。
「どうした?」
「おかしなやつが来やがった」
アディはつぶやいて、右手を短剣の柄にかけた。
彼の肩越しに前を見ると、どこから出てきたのか、五、六軒くらい先に二人の男が立ってこちらを見ている。
背の高い男と低い男。二人とも質素なグレーの巻衣を腰に巻き、黒いターバンで頭と口元を覆っていた。そして彼らの右手には、波状にうねった刃を黒々と光らせた抜身の短剣があった。
冒険商人である彼は、商品になりそうなものを求めてこの島に来たのだが、近々シンガポールに引き揚げるつもりだという。
「どうも最近きな臭い」とマコーミック氏は言った。「街の人間の動きがおかしい。船の出入りも減っている。こんなときは何かが起こる。南洋を十年渡り歩いてきた勘だよ。日本に帰りたいならシンガポールまで一緒に来るか? 戦争が始まっちまったらどうなるか分からんが」
明治三十七年の日本に帰ったところで、僕は逆浦島みたいなものだ。仕事も無いし知人も家族もいない。
山梨には曽祖父がいるはずだが、当然彼は僕のことを知るはずもない。
そして、茉莉に会えるのは、いくつもの戦争を超えて九十五年後だ。
かと言って、この島でいつまでも王女や港務長官の世話になっているわけにもいかないだろう。
シンガポールの日本人移民社会に飛び込んで、この時代に多かった娼館の事務の職でもあれば何とか生きていけるのかもしれないが、しかし……。
「まあ、内陸のことをもう少し調べたいから、あと一か月くらいはこの島にいるつもりだ。俺に連絡を取りたいなら旧港の近くのカンポン・アイル回教寺院の導師の家に来ればいい。俺はそこに間借りしてるんだ。トルコ人ということになってるから気をつけてくれ。回教徒のふりをしている方が何かと便利だからな」
半島からの抜け方と港務長官邸の大体の方角を教えてもらい、マコーミック氏と僕はもう一度握手をして別れた。
アディは僕が「外国人」と何を話したか知りたがったが、僕は「国に帰る方法を聞こうとしたんだが彼も知らなかったよ」とだけ話しておいた。
実は僕は未来人なんだ、なんて言っても仕方がない。
マコーミック氏に道を聞いたおかげで半島からは抜け出せたようだったが、そこからの行き方やはり分からなかった。
ファジャルの侍女と別れた辺りまでは戻ってきたんじゃないか思ったが、確証は無い。もしかすると全然違う場所なのかもしれない。
道は何度も折れ曲がり、枝分かれし、合流し、静かな場所を通ったり、にぎやかな界隈を過ぎたり、また寂しいところに出たりした。誰かに道を尋ねても、人によって言うことがバラバラで話にならない。
そろそろうんざりしはじめ、僕もアディも言葉少なになってきた。
二人並んで歩くのも難しいような、ひと気のない暗い路地を歩いていた時、僕の前でアディがふと立ち止まった。
「どうした?」
「おかしなやつが来やがった」
アディはつぶやいて、右手を短剣の柄にかけた。
彼の肩越しに前を見ると、どこから出てきたのか、五、六軒くらい先に二人の男が立ってこちらを見ている。
背の高い男と低い男。二人とも質素なグレーの巻衣を腰に巻き、黒いターバンで頭と口元を覆っていた。そして彼らの右手には、波状にうねった刃を黒々と光らせた抜身の短剣があった。
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