南洋王国冒険綺譚・ジャスミンの島の物語

猫村まぬる

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第9章 いくら歩き回っても同じような場所に出てきてしまい

9-2 電話  

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 僕はの心は躍らなかった。
 今見ている光景が、僕の国や、街や、妹のいる部屋とつながるというイメージを、どうしても描くことができなかったのだ。

 とはいえ今は、彼が唯一の希望だ。僕は尋ねないわけにはいかなかった。
「ミスター・マコーミック、携帯電話モバイルフォンを持っていますか」
「モバイルフォン? 蓄音機グラモフォンのことか?」
電話テレフォンです。日本の家族に電話したいんです」
「この未開の国に電話なんぞ無いよ。シンガポールにならあるが」とマコーミック氏は気の毒そうに言った。「しかしどのみち、シンガポールから日本にケーブルは通じていないよ。君は知らんかもしれないが、電話という技術はまだ、どこの誰とでも話せるという物ではないからな」
「……メールでもかまいません。妹に無事を伝えたいんです」
手紙メールなら預かろう。シンガポールに帰ったときに郵便局に持って行ってやるよ。日本になら船便で届くはずだ」

 マコーミック氏は、ひげのせいで気づかなかったが、よく見るとかなり若いようだった。僕と同じくらいか、ひょっとするともっと下かもしれない。
 彼の澄んだグレーの瞳を見ていると、僕をだましたりからかったりしているようには到底思えなかった。

 英国人の彼が本当に、携帯電話もEメールも、国際電話さえ知らないのだとしたら。

 この島だけがおかしいわけではないのだ。
 たとえ日本に帰っても、たぶんそこは僕の知っていた日本ではない。そしてそこに、僕の知っている茉莉はいないだろう。
 思えば薄々分かっていたことかもしれない。だけど……。

「まあそう気を落とすな」とマコーミック氏は言った。「乾杯しよう。我が国王陛下キングと、君たちの皇帝陛下ミカドと、この島の盲目のラジャに」
 僕はマコーミック氏と素焼の杯を合わせ、米酒を飲み干した。
 ほとんど甘酒に近い弱い酒だったが、今は駄目だ。僕はめまいを感じ始めていた。
「一杯おごるぜ。シンガポールでは日本の女性レディたちに世話になってるしな」と彼は笑った。「同盟国のよしみもある」
「……同盟?」
「知らないのか? 我が大英帝国と君の国は同盟を結んだんだ。まあ、俺も半年遅れの新聞で知っただけだが」
「戦争……ですか?」
「時間の問題だろうな。朝鮮が君の国に取られるのを、ロシア皇帝ツァーが黙って見てはいないだろう」

 日英同盟、ロシア皇帝ツァー、そして戦争。
 なるほど、考えてみれば簡単なことだ。


 なぜここには文明が無いのか。
 なぜこの島はどこの国家にも属していないのか。
 なぜこの人たちはこんなに離れしているのか。

 僕が迷い込んだのはただの孤島でもなければ、異世界でもなく、並行世界でもなかったのだ。おそらくここは、僕が住んでいたのと同じ世界だ。
 同じ世界だけど――

「アディ、今年は何年だ?」
「アングレック王の御代の第二年だよ」

 そう。この国の人間からはこの答えしか返って来ない。それは何度も試みたことだった。
 僕は同じ問いを、初めて西洋人のマコーミック氏に投げてみた。

「ミスター・マコーミック、今年は何年ですか」
「俺はキリスト教徒の暦しか分からんが」
「それを聞きたいんです」
西暦アンノ・ドミニ」とマコーミック氏は言った。「1904年」
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