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第8章 船が着いたとき港市の街はもう夕日に染まっていた

8-3 港市

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 港市バンダルは、王都コタラジャとはずいぶん様子が違っていた。
 石畳の広場や、ヤシの木立や、彫刻の施された三角屋根などはここには無かった。丘の上にある白塗りの港務長官邸を別にすれば、川や入り江に沿ってぎっしりと密集した、壁も屋根も薄い板でできた小さな木造家屋の連なりが街のほとんどだった。

 丘の上からはさほど広くないように見えた街は、中に入ると迷路のような路地が入り組み、水陸を超えてどこまでも広がっているように思えた。角を曲がると突然船着き場に出て行き止まりだったり、地面を歩いているつもりが気づくと水の上の桟橋を歩いていたりといったこともしょっちゅうだった。

 街では多くの家が何らかの商売を営んでいた。薬種商、布屋、飯屋、金細工店、酒場、干物屋、娼家といったそれらの店の中には、漢字やアラビア文字の看板を掲げているところも多かった。
 曲がりくねり、枝分かれしながら果てしなく続く路地のそこここで「酒荘」「金行」「當」「和記」「茶舘」などと漢字が大書された看板を目にするたび、意味は完全には分からなくても、自分が属するのと同じ文化圏の片鱗を感じて、港市に来たのはやはり正解だったと僕は思った。

 また、うちわを手に店番をしたり、道端で麺をすすったり、魚市場で天秤棒を担いだり、屋根の上でナマコを干したり、二階の窓から半裸で客を引いたり、鳥かごを持ち寄って聴き比べをしていたりする老若男女の住民にも、服装こそ王都の人々と同じだが、一見して中国系やアラブ系、インド系と分かる風貌が目立った

 そして彼らのための様々な寺院が見られるのも王都との違いだった。媽祖やガネーシャの祠など、多くは小屋のような簡単なものだが、中にはレンガ造りの光塔ミナレットを持つ立派なモスクもいくつかあった。

 港市。確かに、この街は外の世界とつながっている。日本とのつながりや現代文明にかかわるしるしはどこかに無いのだろうか?

 町外れに近づいてきたのか、人通りが少なくなってきたあたりに、歩行者が行き違うのも難しい、ひときわ狭い路地があった。
 入り口からのぞいてみると、奥はほとんど真っ暗で、大勢の男たちの話し声がかすかに聞こえた。その響きはこの土地では耳慣れないが、しかしどこかで聞いたことのある言語のように思えた。
 入ってみようとしたとき、ファジャルの侍女が僕の肩をがっちりと掴んだ。
 やはりと言うべきか、小柄な体からは想像できないほどの力だった。

「戻りましょう。この先は危険です。ミナミ様に何かあってはファジャル様に叱られます」
「じゃあねえさんは先におやしきに帰ればいい」とアディが言った。「ここからは俺がなんとかしますよ。何があってもミナミを助けろ、ってのが姫様のご命令だ」
「いや、アディ、今日はもうこれで帰るよ。どんな街かはだいたい分かったから」
 侍女はうやうやしくうなずき、アディは舌打ちしたが、僕らは来た道を逆にたどり始めた。ここでもめ事でも起こせば厄介事が増えるだけだ。
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