31 / 140
第8章 船が着いたとき港市の街はもう夕日に染まっていた
8-3 港市
しおりを挟む
港市は、王都とはずいぶん様子が違っていた。
石畳の広場や、ヤシの木立や、彫刻の施された三角屋根などはここには無かった。丘の上にある白塗りの港務長官邸を別にすれば、川や入り江に沿ってぎっしりと密集した、壁も屋根も薄い板でできた小さな木造家屋の連なりが街のほとんどだった。
丘の上からはさほど広くないように見えた街は、中に入ると迷路のような路地が入り組み、水陸を超えてどこまでも広がっているように思えた。角を曲がると突然船着き場に出て行き止まりだったり、地面を歩いているつもりが気づくと水の上の桟橋を歩いていたりといったこともしょっちゅうだった。
街では多くの家が何らかの商売を営んでいた。薬種商、布屋、飯屋、金細工店、酒場、干物屋、娼家といったそれらの店の中には、漢字やアラビア文字の看板を掲げているところも多かった。
曲がりくねり、枝分かれしながら果てしなく続く路地のそこここで「酒荘」「金行」「當」「和記」「茶舘」などと漢字が大書された看板を目にするたび、意味は完全には分からなくても、自分が属するのと同じ文化圏の片鱗を感じて、港市に来たのはやはり正解だったと僕は思った。
また、うちわを手に店番をしたり、道端で麺をすすったり、魚市場で天秤棒を担いだり、屋根の上でナマコを干したり、二階の窓から半裸で客を引いたり、鳥かごを持ち寄って聴き比べをしていたりする老若男女の住民にも、服装こそ王都の人々と同じだが、一見して中国系やアラブ系、インド系と分かる風貌が目立った
そして彼らのための様々な寺院が見られるのも王都との違いだった。媽祖やガネーシャの祠など、多くは小屋のような簡単なものだが、中にはレンガ造りの光塔を持つ立派なモスクもいくつかあった。
港市。確かに、この街は外の世界とつながっている。日本とのつながりや現代文明にかかわる徴はどこかに無いのだろうか?
町外れに近づいてきたのか、人通りが少なくなってきたあたりに、歩行者が行き違うのも難しい、ひときわ狭い路地があった。
入り口からのぞいてみると、奥はほとんど真っ暗で、大勢の男たちの話し声がかすかに聞こえた。その響きはこの土地では耳慣れないが、しかしどこかで聞いたことのある言語のように思えた。
入ってみようとしたとき、ファジャルの侍女が僕の肩をがっちりと掴んだ。
やはりと言うべきか、小柄な体からは想像できないほどの力だった。
「戻りましょう。この先は危険です。ミナミ様に何かあってはファジャル様に叱られます」
「じゃあ姐さんは先にお邸に帰ればいい」とアディが言った。「ここからは俺がなんとかしますよ。何があってもミナミを助けろ、ってのが姫様のご命令だ」
「いや、アディ、今日はもうこれで帰るよ。どんな街かはだいたい分かったから」
侍女は恭しくうなずき、アディは舌打ちしたが、僕らは来た道を逆にたどり始めた。ここでもめ事でも起こせば厄介事が増えるだけだ。
石畳の広場や、ヤシの木立や、彫刻の施された三角屋根などはここには無かった。丘の上にある白塗りの港務長官邸を別にすれば、川や入り江に沿ってぎっしりと密集した、壁も屋根も薄い板でできた小さな木造家屋の連なりが街のほとんどだった。
丘の上からはさほど広くないように見えた街は、中に入ると迷路のような路地が入り組み、水陸を超えてどこまでも広がっているように思えた。角を曲がると突然船着き場に出て行き止まりだったり、地面を歩いているつもりが気づくと水の上の桟橋を歩いていたりといったこともしょっちゅうだった。
街では多くの家が何らかの商売を営んでいた。薬種商、布屋、飯屋、金細工店、酒場、干物屋、娼家といったそれらの店の中には、漢字やアラビア文字の看板を掲げているところも多かった。
曲がりくねり、枝分かれしながら果てしなく続く路地のそこここで「酒荘」「金行」「當」「和記」「茶舘」などと漢字が大書された看板を目にするたび、意味は完全には分からなくても、自分が属するのと同じ文化圏の片鱗を感じて、港市に来たのはやはり正解だったと僕は思った。
また、うちわを手に店番をしたり、道端で麺をすすったり、魚市場で天秤棒を担いだり、屋根の上でナマコを干したり、二階の窓から半裸で客を引いたり、鳥かごを持ち寄って聴き比べをしていたりする老若男女の住民にも、服装こそ王都の人々と同じだが、一見して中国系やアラブ系、インド系と分かる風貌が目立った
そして彼らのための様々な寺院が見られるのも王都との違いだった。媽祖やガネーシャの祠など、多くは小屋のような簡単なものだが、中にはレンガ造りの光塔を持つ立派なモスクもいくつかあった。
港市。確かに、この街は外の世界とつながっている。日本とのつながりや現代文明にかかわる徴はどこかに無いのだろうか?
町外れに近づいてきたのか、人通りが少なくなってきたあたりに、歩行者が行き違うのも難しい、ひときわ狭い路地があった。
入り口からのぞいてみると、奥はほとんど真っ暗で、大勢の男たちの話し声がかすかに聞こえた。その響きはこの土地では耳慣れないが、しかしどこかで聞いたことのある言語のように思えた。
入ってみようとしたとき、ファジャルの侍女が僕の肩をがっちりと掴んだ。
やはりと言うべきか、小柄な体からは想像できないほどの力だった。
「戻りましょう。この先は危険です。ミナミ様に何かあってはファジャル様に叱られます」
「じゃあ姐さんは先にお邸に帰ればいい」とアディが言った。「ここからは俺がなんとかしますよ。何があってもミナミを助けろ、ってのが姫様のご命令だ」
「いや、アディ、今日はもうこれで帰るよ。どんな街かはだいたい分かったから」
侍女は恭しくうなずき、アディは舌打ちしたが、僕らは来た道を逆にたどり始めた。ここでもめ事でも起こせば厄介事が増えるだけだ。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる