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第7章 川を下る船団は大小三十隻以上に及び
7-3 蛇行
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王都から港市までの地形はだいたい平坦だったが、ところどころのなだらかな起伏に邪魔されて、川は何度か蛇行していた。
蛇行部では川の流れは不均一になり、流速の早いところと遅いところ、その間で流れが複雑に乱れるところなどがある。もちろん熟練した船頭たちは難なく乗り切って行くのだが、時には予期せぬことも起きるものらしい。
日がやや傾き始めたころ、船団が何度目かの蛇行部に差し掛かった。僕らの船は早瀬の流れに乗って加速する。それほどの急流とも思えなかったし、船頭が涼しい顔で歌い続けていたから僕は安心していたのだが、トラブルは前方で起こった。
大きな木箱を何個も縄で縛って載せていた平らな船が、波を越えるときにバランスを失って荷崩れを起こしたのだ。家庭用冷蔵庫ぐらいの大きさの箱がひとつ、水しぶきを上げて落ち、水流に押されてくるりと回転し、四姉妹を乗せた屋形船の右舷にぶつかった。
木造家屋が地震を食らった時のような音がして、娘たちが悲鳴を上げ、屋形船が大きく揺らぐのが見えた。船べりに座っていた四人娘のうちの一人が、お尻から滑り落ちるようにして水中に落ちたのを、僕は数メートルの距離からまともに目撃した。
「ファジャル様!」「ファジャルが落ちた!」と何人かの声が叫ぶのが聞こえた。
落ちた娘はどうにか水面に顔を上げたが、助けを求める声も出せないようだった。
間もなく僕らの船が彼女に近づくのは明らかだ。
声を聞いて初めて事態に気付いたアディが動くよりも先に、僕は娘の腕なり足首なりをつかもうと、船べりから精一杯腕を伸ばしたが、手が届いたのは彼女が肩にかけていた薄布だけだった。
勢いのついた船はたちまち彼女を追い越して行く。
何か手立てはないかと周囲を見回すと、さっき落ちた箱が、枯れた立木に引っかかって、流されずに波に洗われているのが見えた。
ひょっとして、この川はたいして深くないんじゃないか?
船はすでに流れの早い場所を過ぎていた。
僕は巻衣の裾を上げて腰に挟み、底の見えない茶色い水に思い切って飛び込んだ。
アディや船頭が何かわあわあと騒いでいたが、足は簡単に砂地の川底に着いた。水は僕の股下くらいまでしかない。
この島の住民は泳げないんだろうか? 冷静になれば何ほどのこともない。
浅い水の中に尻もちをついた格好で顔だけを水面に出し、明らかにパニックを起こしてばしゃばしゃと水しぶきを立てている娘に後ろから近づいて、僕は声を張り上げた。
「ファジャルさん! ファジャルさん!」
名を二度呼ばれて暴れるのをやめた娘に、僕はできるだけ低い声で話しかけた。
「落ち着いてください。ここは浅い。立って歩けます」
しかし彼女は荒い息をするばかりで、どうやら巻衣に足を取られて立つことも歩くこともできないようだった。
「失礼します」
僕は背後から両腕を羽交い絞めにするような格好で彼女の柔らかい身体を捕まえて持ち上げ、そのまま僕らの船の方へずるずると引っ張っていった。
船頭が竿で川底を突いて、アディを乗せた船を僕らのほうに戻してきた。
アディと船頭が娘の片腕ずつを持ち、僕は水の中から彼女の両足を担ぎ上げて、ずぶ濡れの娘を船の上に引き上げた。
蛇行部では川の流れは不均一になり、流速の早いところと遅いところ、その間で流れが複雑に乱れるところなどがある。もちろん熟練した船頭たちは難なく乗り切って行くのだが、時には予期せぬことも起きるものらしい。
日がやや傾き始めたころ、船団が何度目かの蛇行部に差し掛かった。僕らの船は早瀬の流れに乗って加速する。それほどの急流とも思えなかったし、船頭が涼しい顔で歌い続けていたから僕は安心していたのだが、トラブルは前方で起こった。
大きな木箱を何個も縄で縛って載せていた平らな船が、波を越えるときにバランスを失って荷崩れを起こしたのだ。家庭用冷蔵庫ぐらいの大きさの箱がひとつ、水しぶきを上げて落ち、水流に押されてくるりと回転し、四姉妹を乗せた屋形船の右舷にぶつかった。
木造家屋が地震を食らった時のような音がして、娘たちが悲鳴を上げ、屋形船が大きく揺らぐのが見えた。船べりに座っていた四人娘のうちの一人が、お尻から滑り落ちるようにして水中に落ちたのを、僕は数メートルの距離からまともに目撃した。
「ファジャル様!」「ファジャルが落ちた!」と何人かの声が叫ぶのが聞こえた。
落ちた娘はどうにか水面に顔を上げたが、助けを求める声も出せないようだった。
間もなく僕らの船が彼女に近づくのは明らかだ。
声を聞いて初めて事態に気付いたアディが動くよりも先に、僕は娘の腕なり足首なりをつかもうと、船べりから精一杯腕を伸ばしたが、手が届いたのは彼女が肩にかけていた薄布だけだった。
勢いのついた船はたちまち彼女を追い越して行く。
何か手立てはないかと周囲を見回すと、さっき落ちた箱が、枯れた立木に引っかかって、流されずに波に洗われているのが見えた。
ひょっとして、この川はたいして深くないんじゃないか?
船はすでに流れの早い場所を過ぎていた。
僕は巻衣の裾を上げて腰に挟み、底の見えない茶色い水に思い切って飛び込んだ。
アディや船頭が何かわあわあと騒いでいたが、足は簡単に砂地の川底に着いた。水は僕の股下くらいまでしかない。
この島の住民は泳げないんだろうか? 冷静になれば何ほどのこともない。
浅い水の中に尻もちをついた格好で顔だけを水面に出し、明らかにパニックを起こしてばしゃばしゃと水しぶきを立てている娘に後ろから近づいて、僕は声を張り上げた。
「ファジャルさん! ファジャルさん!」
名を二度呼ばれて暴れるのをやめた娘に、僕はできるだけ低い声で話しかけた。
「落ち着いてください。ここは浅い。立って歩けます」
しかし彼女は荒い息をするばかりで、どうやら巻衣に足を取られて立つことも歩くこともできないようだった。
「失礼します」
僕は背後から両腕を羽交い絞めにするような格好で彼女の柔らかい身体を捕まえて持ち上げ、そのまま僕らの船の方へずるずると引っ張っていった。
船頭が竿で川底を突いて、アディを乗せた船を僕らのほうに戻してきた。
アディと船頭が娘の片腕ずつを持ち、僕は水の中から彼女の両足を担ぎ上げて、ずぶ濡れの娘を船の上に引き上げた。
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