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第6章 窓枠に掴まってぶら下がっていたのは
6-3 内陸《ダラム》
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この国には主に、西から東へ順に港市、王都、内陸という三つの地方があるという話は前から聞いていたが、三番目のダラムについては今まであまり具体的に聞いたことがなかった。
王女の話によると、ダラ厶は確かに王国の一部ではあるが、深い森に覆われた土地で、集落ごとの族長に率いられた不思議な人たちが住み、王都の民や王族が知らないような様々ないにしえの知恵を伝えているのだという。
そしてそこには、唯一神に敗れて遠い昔に島から去ってしまった古き神々が築いた石造りの神殿がいくつもあるとのことだった。おそらくヒンドゥー教時代の寺院の遺跡だろう。
その一つに「花園の神殿」という場所があり、そこに行けば、生者であれ死者であれ、自分にとって最も会いたい人々に会い、言葉も交わすことができるのだと王女は言う。
「森の中にある、大きな古い石造りの塔なの。誰もいなくて、中は昼でも真っ暗で。そこでお香を焚きながら、日の入りから瞑想を続けていたら、夜中になるとその人が現れるのよ」
おそらく信仰や強い思い込みが幻を見せるのだろう。
僕は明け方の夢のことを思い出した。あるいは、お香の成分に何らかの作用があるとか、遺跡の中に火山ガスや一酸化炭素が溜まっているとかいった原因で、意識レベルが下がって幻覚を見るのかもしれない。
「きっとお父さまとお母さまにお会いできると思うの。あなたもよ。マリさんにも会えるわ」
「なるほど、僕は茉莉に会えるかもしれません。でも茉莉は僕に会えるんでしょうか」
「……変なこと言うのね」
「せっかくですが、今は国へ帰ることだけを考えたいんです。帰って本物の茉莉に会いたいんです。両親も、僕が一日も早く帰って彼女のそばにいてやれることを望むはずです。そのために、何日かあとには港市に発つことになっています」
「大丈夫。そんなに遠くないし、何日もかからないわ」
「今までに、そこにいらっしゃったことはあるんですか?」
「誰も連れて行ってくれないの。しきたりで、未婚の女性王族はダラムに入れないから……」
「アディは?」
「彼は川上の村の出身だから、ダラムのことも知ってるはずだけど、危ないからだめだって言うの。ミナミもわたしの剣の腕を見たでしょ? 逆賊にも獣にも負けたりしないのに」
「獣?」
「ええ。虎っていう獣。知ってる? とても大きな猫なの」
おおきなねこなの、じゃないでしょう姫様……と少々あきれつつ、僕はうなずいた。動物園でなら。
「見たことはあります」
「じゃあ心強いわ。ミナミと一緒なら、アディも行くって言ってくれる思うの。あなたは大人の男だし、アディの友達だし。三人なら安心でしょう?」
要するに王女は自分がそこへ行って、父母の幻と会いたいのだ。
しかし、僕が一緒だからといって、アディが彼女を逆賊や虎の危険にさらすはずがない。そんなことは僕でも分かる。それが分からない子じゃないはずなのに。
王女の気持ちを思うとかわいそうだったけど、僕はもちろん、うんと言うわけにはいかなかった。
王女の話によると、ダラ厶は確かに王国の一部ではあるが、深い森に覆われた土地で、集落ごとの族長に率いられた不思議な人たちが住み、王都の民や王族が知らないような様々ないにしえの知恵を伝えているのだという。
そしてそこには、唯一神に敗れて遠い昔に島から去ってしまった古き神々が築いた石造りの神殿がいくつもあるとのことだった。おそらくヒンドゥー教時代の寺院の遺跡だろう。
その一つに「花園の神殿」という場所があり、そこに行けば、生者であれ死者であれ、自分にとって最も会いたい人々に会い、言葉も交わすことができるのだと王女は言う。
「森の中にある、大きな古い石造りの塔なの。誰もいなくて、中は昼でも真っ暗で。そこでお香を焚きながら、日の入りから瞑想を続けていたら、夜中になるとその人が現れるのよ」
おそらく信仰や強い思い込みが幻を見せるのだろう。
僕は明け方の夢のことを思い出した。あるいは、お香の成分に何らかの作用があるとか、遺跡の中に火山ガスや一酸化炭素が溜まっているとかいった原因で、意識レベルが下がって幻覚を見るのかもしれない。
「きっとお父さまとお母さまにお会いできると思うの。あなたもよ。マリさんにも会えるわ」
「なるほど、僕は茉莉に会えるかもしれません。でも茉莉は僕に会えるんでしょうか」
「……変なこと言うのね」
「せっかくですが、今は国へ帰ることだけを考えたいんです。帰って本物の茉莉に会いたいんです。両親も、僕が一日も早く帰って彼女のそばにいてやれることを望むはずです。そのために、何日かあとには港市に発つことになっています」
「大丈夫。そんなに遠くないし、何日もかからないわ」
「今までに、そこにいらっしゃったことはあるんですか?」
「誰も連れて行ってくれないの。しきたりで、未婚の女性王族はダラムに入れないから……」
「アディは?」
「彼は川上の村の出身だから、ダラムのことも知ってるはずだけど、危ないからだめだって言うの。ミナミもわたしの剣の腕を見たでしょ? 逆賊にも獣にも負けたりしないのに」
「獣?」
「ええ。虎っていう獣。知ってる? とても大きな猫なの」
おおきなねこなの、じゃないでしょう姫様……と少々あきれつつ、僕はうなずいた。動物園でなら。
「見たことはあります」
「じゃあ心強いわ。ミナミと一緒なら、アディも行くって言ってくれる思うの。あなたは大人の男だし、アディの友達だし。三人なら安心でしょう?」
要するに王女は自分がそこへ行って、父母の幻と会いたいのだ。
しかし、僕が一緒だからといって、アディが彼女を逆賊や虎の危険にさらすはずがない。そんなことは僕でも分かる。それが分からない子じゃないはずなのに。
王女の気持ちを思うとかわいそうだったけど、僕はもちろん、うんと言うわけにはいかなかった。
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