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第5章 見知らぬ大人たちの間を歩く子どもたちのように
5-2 指針
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王宮前の広場に出ると、石畳が月の光で濡れたように光っていた。アディは大きな岩に座ると、「まあ座れよ」と僕を促した。
僕が座ると、アディは王宮の三角屋根のてっぺんの彫刻を見つめたままで言った。
「あんたの家族は妹だけか?」
「妻も子供もいない。父親も母親も七年前に死んだ。七つ下の妹の茉莉とずっと二人でやってきたんだ」
「二親を一度に亡くしたわけか」
「まず母親が病気で。それから半年で父親が自動車の事故で」
「何の災いだって?」
「自……つまり、乗り物だよ。僕は二十歳で、妹は十三歳だった」
そして僕は、両親が亡くなってからの七年間の生活のことをアディに話した。この国に来てからそんな話を人にするのは初めてだった。
いや、日本でもほとんど話したことなんて無かった。
もちろん古い友人は大体のことを知っていたが、新しい友人や、好意を抱いた女性にそんな話を聞かせることはできないと思っていたからだ。
途中、アディの知らない言葉や概念をつい使ってしまって話が滞ることは何度かあった。たとえば、「せめて妹が高校を出るまでと思って……」「エスエムアーって何だ?」「つまり……学校だよ」「……スコラって何だ?」といった具合に。
しかし彼は真剣に話を聞き、大体のところは理解してくれたようだった。
「つまり、あんたは何があっても国に帰らなきゃならないんだな。あんたのためじゃなく、妹のために」
「その通りだ。僕にとって本当に大切なのはあの子だけだ。君やこの島の人々にはなるべく迷惑をかけずに早くここを去って、彼女のところに帰りたいと思ってる」
アディはずっと王宮を見上げていた。まるでそこから自分の行動ための指針を得ようとしているかのように。月は中天にかかり、王宮の深い軒は、神話的な彫刻に埋め尽くされた壁面に黒々とした影を落としていた。
「話は分かった」
アディは立ち上がって僕の顔を見た。彼の顔は影になって表情が見えなかった。
「ただ俺は、ご主人様と姫様がお命じになったことは絶対に実行しなければならないし、お二人が禁じられたことは絶対にするわけにはいかないんだ。それは分かるよな」
「分かってる。もし国王が僕を殺せと命じたら、君はそうするだろう」
「もちろんだ。でもご主人様はそんなことおっしゃらないよ。姫様も、あんたのことは気にかけてる」
「そうか。それはありがたい」
「俺もかわいそうに思うよ、その、あんたの妹のことは」
「ありがとう」
「名前は何て言うんだ」
「茉莉」
「マリ。二十歳だってな。美人か?」
「名前の通りだよ」単なる偶然にすぎないし、嘘ではないけど騙すような気がして一瞬気がとがめたけど、僕はアディに言った。「ムラティ。茉莉という文字は、僕らの国の言葉でジャスミンという意味だ」
僕が座ると、アディは王宮の三角屋根のてっぺんの彫刻を見つめたままで言った。
「あんたの家族は妹だけか?」
「妻も子供もいない。父親も母親も七年前に死んだ。七つ下の妹の茉莉とずっと二人でやってきたんだ」
「二親を一度に亡くしたわけか」
「まず母親が病気で。それから半年で父親が自動車の事故で」
「何の災いだって?」
「自……つまり、乗り物だよ。僕は二十歳で、妹は十三歳だった」
そして僕は、両親が亡くなってからの七年間の生活のことをアディに話した。この国に来てからそんな話を人にするのは初めてだった。
いや、日本でもほとんど話したことなんて無かった。
もちろん古い友人は大体のことを知っていたが、新しい友人や、好意を抱いた女性にそんな話を聞かせることはできないと思っていたからだ。
途中、アディの知らない言葉や概念をつい使ってしまって話が滞ることは何度かあった。たとえば、「せめて妹が高校を出るまでと思って……」「エスエムアーって何だ?」「つまり……学校だよ」「……スコラって何だ?」といった具合に。
しかし彼は真剣に話を聞き、大体のところは理解してくれたようだった。
「つまり、あんたは何があっても国に帰らなきゃならないんだな。あんたのためじゃなく、妹のために」
「その通りだ。僕にとって本当に大切なのはあの子だけだ。君やこの島の人々にはなるべく迷惑をかけずに早くここを去って、彼女のところに帰りたいと思ってる」
アディはずっと王宮を見上げていた。まるでそこから自分の行動ための指針を得ようとしているかのように。月は中天にかかり、王宮の深い軒は、神話的な彫刻に埋め尽くされた壁面に黒々とした影を落としていた。
「話は分かった」
アディは立ち上がって僕の顔を見た。彼の顔は影になって表情が見えなかった。
「ただ俺は、ご主人様と姫様がお命じになったことは絶対に実行しなければならないし、お二人が禁じられたことは絶対にするわけにはいかないんだ。それは分かるよな」
「分かってる。もし国王が僕を殺せと命じたら、君はそうするだろう」
「もちろんだ。でもご主人様はそんなことおっしゃらないよ。姫様も、あんたのことは気にかけてる」
「そうか。それはありがたい」
「俺もかわいそうに思うよ、その、あんたの妹のことは」
「ありがとう」
「名前は何て言うんだ」
「茉莉」
「マリ。二十歳だってな。美人か?」
「名前の通りだよ」単なる偶然にすぎないし、嘘ではないけど騙すような気がして一瞬気がとがめたけど、僕はアディに言った。「ムラティ。茉莉という文字は、僕らの国の言葉でジャスミンという意味だ」
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