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第4章 何がこの島をこんな奇妙な場所にしているのか
4-1 世界
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ここは一体何なのか。
何がこの島をこんな奇妙な場所にしているのか。
茉莉のいる世界とのつながりを断ち切られたように見えるこの国で、アディやムラティ王女のいる新しい日常に巻き込まれつつも、僕はずっと考え続けていた。
可能性はいくつもあった。
地理的孤立、異世界、並行世界、時空転移……。
あるいは、僕の頭の中の夢や妄想。
でもどれも納得できる説明ではなかった。
地理的孤立と言っても、この現代に、周囲の国家の存在を知らないほど孤立している島なんてあるはずがない。
ここの言語や文化には、明らかにインドネシアやマレーシアとのつながりがある。周辺との交流があるはずだ。
異世界、つまりファンタジー的な意味で全く別の世界というのも、同じような理由でやはり考えにくいだろう。
夢か妄想、つまり全てが僕自身の脳が生み出したイリュージョンだという考え方が、いちばん合理的なのかもしれない。そうも思った。
僕は飛行機事故で意識を失って、長い夢を見ているのだ。それで全てが説明できる。
だけど、そんなことを言い出せば、事故以前の現実だって、夢じゃないという確証はない。両親の死も、茉莉との七年の生活も、僕の妄想だったのかもしれない。なんとでも言えてしまう。つまり、何も言ってないのと同じだ。
こんな思考自体が詭弁の罠でしかなく、何の役にも立たないのだ。
では並行世界という可能性は?
アジアの歴史がどこかの時点から僕らの世界線とずれてしまった結果が、近代文明の無いこの世界なのだとしたら?
この島の遥か北には、やはり日本列島があるはずだ。
そこには茉莉もいるのだろうか?
近代文明の無い日本の、緑豊かな武蔵野に暮らす茉莉の姿を、僕は思い描く。
藁葺の一軒家。庭には柿の木がある。落葉を焼いたあとの灰から薄煙が漂っている。
歴史が違えば運命も違うらしい。縁側にはちゃんと七年分年を取った和服姿の両親が座っていて、優しい微笑みで茉莉を見守っていた。
膝丈の赤い着物姿の茉莉は、なぜか十二、三歳の少女の姿をしている。柿の木の下で棒切れを手に無心にバレエを舞っていた彼女は、僕の姿に気づくと棒を投げ出して駆けてきた。
「お兄ちゃんが帰ってきた!」
そして小さな手で僕の手を握って引っ張り、家の中へと導く。
座敷に置かれた見慣れた古い仏壇に、茉莉はちょっと手を合わせると、くるっと僕に向き直って、飛びつくように抱きついてきた。
「おかえり!」
そしてすすり泣き始める。僕は七年前のままの小さな体を片腕でぎゅっと抱きしめ、頭をなでてやり、それから――
いや、駄目だ。やめよう。
これこそ妄想に過ぎない。やめなければ。馬鹿げている。間違っている。
僕ははじめ、兄として、年長者として茉莉のことを心配してるつもりでいた。だけどそうじゃなかったようだ。僕自身が、ただ一人の肉親である茉莉に会いたくて、会いたくてたまらないのだ。
茉莉に会いたい。顔を見て、声を聞きたい。
でもそれが妄想や夢想であってはいけない。
現実の日本に帰って、現実の東京で、現実の茉莉の手を握らなければ何の意味もない。そうでなければ本物の茉莉は現実世界で一人ぼっちのままだ。
正直に言おうか。
僕にとって、いちばん考えたくないけど、いちばん説得力があるように思えたのは、僕はすでに死んでいて、ここは死後の意識の世界だという可能性だった。
たしかに、あんな事故に遭って無傷で生きているほうが不思議だ。
でもその可能性は考えないことにした。
死だけは、絶対に後戻りができない。もし僕が生きていないのなら、何を考えても、何をしても、全てのことは意味をなさないだろう。
そして何より、僕は二度と、妹に会うことができなくなる。
だから僕は、自分は生きていると信じなければならない。信じるしかない。生きてさえいれば、たとえここがどんな世界でも、来た以上は必ず帰る道はあるはずだ。
神を知らない僕は、茉莉に祈るしかなかった。
茉莉、お兄ちゃんは必ず生きて帰るよ。そう信じてほしい。信じさせてほしい。そして僕のために祈ってほしい。それで茉莉の気が済むなら、お線香なんて何百本でも燃やしてくれていいから。
島の人々がアッラーや神々に祈るように、僕はときどき、一人の夜にそう祈る。
そんな時にはどこからともなく、かすかなお香の匂いが漂ってくるような気がするのだ。
何がこの島をこんな奇妙な場所にしているのか。
茉莉のいる世界とのつながりを断ち切られたように見えるこの国で、アディやムラティ王女のいる新しい日常に巻き込まれつつも、僕はずっと考え続けていた。
可能性はいくつもあった。
地理的孤立、異世界、並行世界、時空転移……。
あるいは、僕の頭の中の夢や妄想。
でもどれも納得できる説明ではなかった。
地理的孤立と言っても、この現代に、周囲の国家の存在を知らないほど孤立している島なんてあるはずがない。
ここの言語や文化には、明らかにインドネシアやマレーシアとのつながりがある。周辺との交流があるはずだ。
異世界、つまりファンタジー的な意味で全く別の世界というのも、同じような理由でやはり考えにくいだろう。
夢か妄想、つまり全てが僕自身の脳が生み出したイリュージョンだという考え方が、いちばん合理的なのかもしれない。そうも思った。
僕は飛行機事故で意識を失って、長い夢を見ているのだ。それで全てが説明できる。
だけど、そんなことを言い出せば、事故以前の現実だって、夢じゃないという確証はない。両親の死も、茉莉との七年の生活も、僕の妄想だったのかもしれない。なんとでも言えてしまう。つまり、何も言ってないのと同じだ。
こんな思考自体が詭弁の罠でしかなく、何の役にも立たないのだ。
では並行世界という可能性は?
アジアの歴史がどこかの時点から僕らの世界線とずれてしまった結果が、近代文明の無いこの世界なのだとしたら?
この島の遥か北には、やはり日本列島があるはずだ。
そこには茉莉もいるのだろうか?
近代文明の無い日本の、緑豊かな武蔵野に暮らす茉莉の姿を、僕は思い描く。
藁葺の一軒家。庭には柿の木がある。落葉を焼いたあとの灰から薄煙が漂っている。
歴史が違えば運命も違うらしい。縁側にはちゃんと七年分年を取った和服姿の両親が座っていて、優しい微笑みで茉莉を見守っていた。
膝丈の赤い着物姿の茉莉は、なぜか十二、三歳の少女の姿をしている。柿の木の下で棒切れを手に無心にバレエを舞っていた彼女は、僕の姿に気づくと棒を投げ出して駆けてきた。
「お兄ちゃんが帰ってきた!」
そして小さな手で僕の手を握って引っ張り、家の中へと導く。
座敷に置かれた見慣れた古い仏壇に、茉莉はちょっと手を合わせると、くるっと僕に向き直って、飛びつくように抱きついてきた。
「おかえり!」
そしてすすり泣き始める。僕は七年前のままの小さな体を片腕でぎゅっと抱きしめ、頭をなでてやり、それから――
いや、駄目だ。やめよう。
これこそ妄想に過ぎない。やめなければ。馬鹿げている。間違っている。
僕ははじめ、兄として、年長者として茉莉のことを心配してるつもりでいた。だけどそうじゃなかったようだ。僕自身が、ただ一人の肉親である茉莉に会いたくて、会いたくてたまらないのだ。
茉莉に会いたい。顔を見て、声を聞きたい。
でもそれが妄想や夢想であってはいけない。
現実の日本に帰って、現実の東京で、現実の茉莉の手を握らなければ何の意味もない。そうでなければ本物の茉莉は現実世界で一人ぼっちのままだ。
正直に言おうか。
僕にとって、いちばん考えたくないけど、いちばん説得力があるように思えたのは、僕はすでに死んでいて、ここは死後の意識の世界だという可能性だった。
たしかに、あんな事故に遭って無傷で生きているほうが不思議だ。
でもその可能性は考えないことにした。
死だけは、絶対に後戻りができない。もし僕が生きていないのなら、何を考えても、何をしても、全てのことは意味をなさないだろう。
そして何より、僕は二度と、妹に会うことができなくなる。
だから僕は、自分は生きていると信じなければならない。信じるしかない。生きてさえいれば、たとえここがどんな世界でも、来た以上は必ず帰る道はあるはずだ。
神を知らない僕は、茉莉に祈るしかなかった。
茉莉、お兄ちゃんは必ず生きて帰るよ。そう信じてほしい。信じさせてほしい。そして僕のために祈ってほしい。それで茉莉の気が済むなら、お線香なんて何百本でも燃やしてくれていいから。
島の人々がアッラーや神々に祈るように、僕はときどき、一人の夜にそう祈る。
そんな時にはどこからともなく、かすかなお香の匂いが漂ってくるような気がするのだ。
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