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第3章 暗い部屋を三つ通り抜けて奥に進むと
3-3 散歩
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宮殿には渡り廊下でつながった別棟が両サイドに二つあり、僕は王の客人として右側の棟に一室を与えられた。
外国人への対応は港務長官の職掌らしく、僕の帰国には彼が責任を持つということだった。一か月後には大きな外国船が来るからそれに乗れるだろうという話だったが、まずは「日本」という国がどこにあるのか情報収集を始めるとかで、あまり期待できそうになかった。
宮殿の一室はさすがに快適だった。ベッドや机もあり、浴槽やシャワーは無いけど床が簀子になった専用の水浴び場もあった。
女官に身の回りの世話をさせようという申し出もあったけど断った。知らない女性にそばで働いたりされたら落ち着かないし、どうせすることなんかないんだから、一人で横になってこの先のことを考えたり妹の心配をしているより、掃除や洗濯でもしていたほうがいい。本を読めればいいのだけど、この国には本というものがほとんどなく、あったとしても僕には読めない文字で書かれたものだった。
出歩くことは自由だったので、僕はこの「王都」をひと通り見て歩いた。
王宮前広場の周りには宰相や王族たちの邸が並び、その周りには様々な人たちが住む大小の家が数百メートル四方に点々と広がっていた。
集落の南側にはマングローブの茂った大きな川があり、西に向かって流れていた。近代的なものは何一つ無いものの、水も食料も豊富らしく、ひどい貧困の影は見られず、人々はのんびり暮らしているように見えた。
護衛でもあり監視でもあるのだろうけど、僕が散歩していると必ずと言っていいほどアディが現れ、一緒についてきていろいろなことを教えてくれた。
この国は、王が住む『王都』、港務長官が管轄する『港市』、密林に覆われた『内陸』の三つの地方からなり、それらが川によって結ばれている。国としての成り立ちは何百年も前のことでよく分からないが、昨年父王が崩御して即位した現国王アングレックが第十代にあたるという。
広場に置かれた丸太に腰かけて休憩しながら子どもたちの剣術を眺めていたとき、アディが僕に尋ねた。
「ミナミ、あんたはこの国をどう思う?」
「王都を二、三日歩き回っただけで国全体をどうこう言うのは難しいな。ただ、便利ではないけど平和そうだし、みんな暮らしに満足しているように見える」
「俺もそう思う。それもひとえにご主人様の霊威のおかげだ」
「なるほど」
「だが道理が分からん奴らもいる」
僕とアディの視線の先には岩があり、歓声を上げる子どもたちの姿があり、今日もまた冴え渡った太刀さばきで男の子三人の攻撃を次々と弾き返すムラティ王女がいた。
「アディ、君を信頼して聞くんだが、港務長官というのはどんな人なんだ」
「お偉方のことは俺にはよく分からないよ。ただまあ、力のある人だな。ご主人様も姫様も重臣連中もみんな頼りにしてる。もともとはこの島の人間じゃないんだけどな」
僕らに気づいた王女が、岩を下りて駆け寄ってきた。絣織りの巻衣一枚で胸から膝までを覆っただけの格好で、今日はとても王族らしく見えない。竹の棒を二本持ち、やはり髪にはジャスミンの花を飾っていた。
王女はまず僕に向かってにこっと微笑み、それからアディの目の前に棒一本を差し出した。
「アディ、相手してくれる? いいでしょ?」
「姫様、悪いが俺も子どものころとは違うんです。今じゃこれでも宮中武官のはしくれだ。女子供相手に棒を振り回してるようじゃ武門の名折れってもんです」
「宮中武官なのに、女で子どものわたしに負けるのが怖いのね」
「姫様の神聖なお身体に傷をつけちゃ大変ですから」
「いいの、そんなこと。宮中武官なら王族の命令を聞きなさい」
王女に腕をつかまれると、アディは案外素直に立ち上がって僕に言った。
「ちょっとそこで待っててくれ。このあと俺はあんたを港務長官殿の屋敷に案内しなきゃいけないことになってるんだ」
二人とも最初からずっと笑っていたところを見ると、たぶんいつものお決まりのやりとりだったのだろう。
アディが岩の方へ連れられていくと、子どもたちが冷やかし半分の歓声を上げた。
外国人への対応は港務長官の職掌らしく、僕の帰国には彼が責任を持つということだった。一か月後には大きな外国船が来るからそれに乗れるだろうという話だったが、まずは「日本」という国がどこにあるのか情報収集を始めるとかで、あまり期待できそうになかった。
宮殿の一室はさすがに快適だった。ベッドや机もあり、浴槽やシャワーは無いけど床が簀子になった専用の水浴び場もあった。
女官に身の回りの世話をさせようという申し出もあったけど断った。知らない女性にそばで働いたりされたら落ち着かないし、どうせすることなんかないんだから、一人で横になってこの先のことを考えたり妹の心配をしているより、掃除や洗濯でもしていたほうがいい。本を読めればいいのだけど、この国には本というものがほとんどなく、あったとしても僕には読めない文字で書かれたものだった。
出歩くことは自由だったので、僕はこの「王都」をひと通り見て歩いた。
王宮前広場の周りには宰相や王族たちの邸が並び、その周りには様々な人たちが住む大小の家が数百メートル四方に点々と広がっていた。
集落の南側にはマングローブの茂った大きな川があり、西に向かって流れていた。近代的なものは何一つ無いものの、水も食料も豊富らしく、ひどい貧困の影は見られず、人々はのんびり暮らしているように見えた。
護衛でもあり監視でもあるのだろうけど、僕が散歩していると必ずと言っていいほどアディが現れ、一緒についてきていろいろなことを教えてくれた。
この国は、王が住む『王都』、港務長官が管轄する『港市』、密林に覆われた『内陸』の三つの地方からなり、それらが川によって結ばれている。国としての成り立ちは何百年も前のことでよく分からないが、昨年父王が崩御して即位した現国王アングレックが第十代にあたるという。
広場に置かれた丸太に腰かけて休憩しながら子どもたちの剣術を眺めていたとき、アディが僕に尋ねた。
「ミナミ、あんたはこの国をどう思う?」
「王都を二、三日歩き回っただけで国全体をどうこう言うのは難しいな。ただ、便利ではないけど平和そうだし、みんな暮らしに満足しているように見える」
「俺もそう思う。それもひとえにご主人様の霊威のおかげだ」
「なるほど」
「だが道理が分からん奴らもいる」
僕とアディの視線の先には岩があり、歓声を上げる子どもたちの姿があり、今日もまた冴え渡った太刀さばきで男の子三人の攻撃を次々と弾き返すムラティ王女がいた。
「アディ、君を信頼して聞くんだが、港務長官というのはどんな人なんだ」
「お偉方のことは俺にはよく分からないよ。ただまあ、力のある人だな。ご主人様も姫様も重臣連中もみんな頼りにしてる。もともとはこの島の人間じゃないんだけどな」
僕らに気づいた王女が、岩を下りて駆け寄ってきた。絣織りの巻衣一枚で胸から膝までを覆っただけの格好で、今日はとても王族らしく見えない。竹の棒を二本持ち、やはり髪にはジャスミンの花を飾っていた。
王女はまず僕に向かってにこっと微笑み、それからアディの目の前に棒一本を差し出した。
「アディ、相手してくれる? いいでしょ?」
「姫様、悪いが俺も子どものころとは違うんです。今じゃこれでも宮中武官のはしくれだ。女子供相手に棒を振り回してるようじゃ武門の名折れってもんです」
「宮中武官なのに、女で子どものわたしに負けるのが怖いのね」
「姫様の神聖なお身体に傷をつけちゃ大変ですから」
「いいの、そんなこと。宮中武官なら王族の命令を聞きなさい」
王女に腕をつかまれると、アディは案外素直に立ち上がって僕に言った。
「ちょっとそこで待っててくれ。このあと俺はあんたを港務長官殿の屋敷に案内しなきゃいけないことになってるんだ」
二人とも最初からずっと笑っていたところを見ると、たぶんいつものお決まりのやりとりだったのだろう。
アディが岩の方へ連れられていくと、子どもたちが冷やかし半分の歓声を上げた。
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