南洋王国冒険綺譚・ジャスミンの島の物語

猫村まぬる

文字の大きさ
上 下
7 / 140
第2章 時の流れは、僕をおそろしく奇妙な場所に

2-3 石畳

しおりを挟む
 小屋を脱出することは、もちろん何度も考えた。壁や扉や床は、その気になれば素手でも壊せそうだった。
 しかし問題はその後だ。この土地の人々が島ぐるみで異邦人の僕を閉じ込めているのだとしたら、逃げおおせることは簡単ではないだろう。本社か、せめてジャカルタかシンガポールの知りあいにでも連絡がつけばいいのだけど、バイクさえ見かけないこんな土地に、電話屋やネットカフェがあるだろうか?

 しかし結局、あれこれ考えたのは無駄らしかった。
 誕生日の朝に扉を開けたアディは明るい顔で、僕の肩を叩いて言った。
「おい、よかったな。ご主人様トゥアンがお戻りになったぞ。ここから出られるぞ」
「僕は、国に帰れるのか」
「きっと帰れるさ。さあ、行こう」
 扉を開け放ったままで、アディははしごを降りはじめた。
 広場の石畳が朝日を照り返してまぶしかった。

 成田に着いたら、と僕は思った。
 何十時間かあとで成田に着いたら、ひとの目も、僕のルールも気にすることなく、たとえターミナルの人混みの真ん中でも、あの子を思いっきり抱きしめよう。もし会社の誰かがそこにいても、彼女を抱いたままで「仕事は辞めます。二度とこの子から離れたりしません」と言ってやろう。

 アディに導かれて丸木のはしごを降り、初めて自分の足で広場の石畳を踏んだ。
 村人たちと同じように僕も裸足で、与えられた無地の巻衣サルンを腰に巻いていた。ただその上に着たワイシャツだけが、僕が異国の人間であることを示していた。
 見るとアディは、正装なのか、いつもと少し違ったいでたちだった。渋い茶色の更紗バティックを腰に巻き、飾り金具のついた短剣クリスを帯び、頭にはターバンのような白い布を巻いている。

 遊んでいた子どもたちがわらわらと集まって、アディと連れ立って歩く僕の後ろをついて来た。彼らは土地の言葉で口々になにか言っていたが、その意味は分からなかった。
 あの剣豪少女もその中にいて、他の女の子たちに混じっておしゃべりしているようだ。

「アディ、僕らは今からどこに行くんだ」
御邸イスタナだよ。ご主人様トゥアンがお帰りになったからな」
 御邸というのはおそらく、三層の屋根のあるあの大きな家のことだ。たぶん昔の族長の血を引く有力者が住んでいるのだろう。そういう人物が政党の支部長や警察署長や地方議員になっているのは、こういった国の田舎ではよくあることだ。
「異国人が漂着した時は直々じきじきに検分していただくのがしきたりなんだ。でもまあ心配するな。きっと国に帰れるように取り計らってくださるよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

処理中です...