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第1章 小さな飛行機は空中で十二回転したあげく
1-3 広場
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一人になると僕は壁際に座り、板のすき間から広場を眺めた。
石畳の広場の中央には、テーブルのような大きな岩があり、その周りでは子どもたちがきゃあきゃあと声を上げながら遊んでいる。
少しでも情報を得ようと、昼間はできるだけ広場の様子を見ながら聞き耳を立てていたのだけど、農具や籠を持った大人や、犬、猫、鶏、アヒルなどが時々通る他には、朝から夕方まで入れ代わり立ち代わりで遊んでいる子どもたちの姿以外に、特に目につくものは無かった。
よちよち歩きの幼児から、中学生くらいの子まで、子どもたちはばらばらな時間に手ぶらで現れて、気が向いたら帰っていく。
それを見ているだけでもいくつかは気づきがあった。
たとえば言語だ。
僕は最初、アディと言葉が通じることに気づかなかった。学生時代と仕事を通じて苦労して覚えたインドネシア語が、ここでは全く通じない。そう思ったのだ。
でも風に流されてくる子どもたちの声を注意深く聞いているうちに、彼らの会話には二種類の言語が使われているのがわかった。
一つは僕には全然わからない、たぶんこの土地の固有の言語。
そしてもう一つは、発音がひどく訛っているせいで最初は気づかなかったけど、僕が知っているインドネシア語やマレー語と非常によく似た言語だった。
それに気づいた僕は、ことあるごとに身の回りの物の名前をアディに尋ねてみた。
すると案の定、ほとんどの日常語彙は僕の知っているもので、発音さえ規則的に置き換えれば、政治経済などといった話でなければだいたい通じることがすぐに分かった。
急に言葉が通じるようになった僕に、アディはひどく驚いていたけど。
それから気づいたのは、子どもたちがどうやら誰も学校に行っていないらしいということだ。
登下校の風景も、制服姿も一度も見かけない。
いまどきどんな国の田舎でも、小学校さえ無いなんてことは考えにくいのだが。
さらに不思議なのは、アディに限らず子どもも大人も、Tシャツやゴムサンダルなど現代的な物を誰も身に着けていないことだ。
男も女もみんな裸足で、ろうけつ染めや絣織の布を、体に巻いたり、肩に羽織ったりしているばかりだ。中には上半身裸でぶらぶらと歩く若い女性もいて、さすがにこれにはびっくりした。
身につけるものだけじゃない。スマートフォンも、車もバイクも電線も見かけない。
今時、どんなに辺鄙な離島に行っても、バイクやスマホやパラボラアンテナやスマートフォンがあふれかえっているものだ。こんな生活をしている土地があるなんて、とても信じられない。
どこなんだろう、ここは。
よほど孤立した、特殊な種族の住む土地なのだろうか。
テーマパーク? 機械類禁止の特別なリゾート?
そんなことまで考えた。でもどれもありそうにない話だ。
とにかく、遊んでいる子どもたちを観察する以外に、僕にできることは無かった。
石畳の広場の中央には、テーブルのような大きな岩があり、その周りでは子どもたちがきゃあきゃあと声を上げながら遊んでいる。
少しでも情報を得ようと、昼間はできるだけ広場の様子を見ながら聞き耳を立てていたのだけど、農具や籠を持った大人や、犬、猫、鶏、アヒルなどが時々通る他には、朝から夕方まで入れ代わり立ち代わりで遊んでいる子どもたちの姿以外に、特に目につくものは無かった。
よちよち歩きの幼児から、中学生くらいの子まで、子どもたちはばらばらな時間に手ぶらで現れて、気が向いたら帰っていく。
それを見ているだけでもいくつかは気づきがあった。
たとえば言語だ。
僕は最初、アディと言葉が通じることに気づかなかった。学生時代と仕事を通じて苦労して覚えたインドネシア語が、ここでは全く通じない。そう思ったのだ。
でも風に流されてくる子どもたちの声を注意深く聞いているうちに、彼らの会話には二種類の言語が使われているのがわかった。
一つは僕には全然わからない、たぶんこの土地の固有の言語。
そしてもう一つは、発音がひどく訛っているせいで最初は気づかなかったけど、僕が知っているインドネシア語やマレー語と非常によく似た言語だった。
それに気づいた僕は、ことあるごとに身の回りの物の名前をアディに尋ねてみた。
すると案の定、ほとんどの日常語彙は僕の知っているもので、発音さえ規則的に置き換えれば、政治経済などといった話でなければだいたい通じることがすぐに分かった。
急に言葉が通じるようになった僕に、アディはひどく驚いていたけど。
それから気づいたのは、子どもたちがどうやら誰も学校に行っていないらしいということだ。
登下校の風景も、制服姿も一度も見かけない。
いまどきどんな国の田舎でも、小学校さえ無いなんてことは考えにくいのだが。
さらに不思議なのは、アディに限らず子どもも大人も、Tシャツやゴムサンダルなど現代的な物を誰も身に着けていないことだ。
男も女もみんな裸足で、ろうけつ染めや絣織の布を、体に巻いたり、肩に羽織ったりしているばかりだ。中には上半身裸でぶらぶらと歩く若い女性もいて、さすがにこれにはびっくりした。
身につけるものだけじゃない。スマートフォンも、車もバイクも電線も見かけない。
今時、どんなに辺鄙な離島に行っても、バイクやスマホやパラボラアンテナやスマートフォンがあふれかえっているものだ。こんな生活をしている土地があるなんて、とても信じられない。
どこなんだろう、ここは。
よほど孤立した、特殊な種族の住む土地なのだろうか。
テーマパーク? 機械類禁止の特別なリゾート?
そんなことまで考えた。でもどれもありそうにない話だ。
とにかく、遊んでいる子どもたちを観察する以外に、僕にできることは無かった。
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