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第B章:何故異世界飯はうまそうに見えるのか

伝承と神話/1:ゴマダレはマヨネーズに通じる中毒性を持つ万能調味料

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 トーマス・アルバ・エジソン。偉人と呼ばれる彼が歴史にその名を残せた理由は、彼の類まれな才能によるものなのだろうか。これは奇しくも彼が自らの言葉でそれを否定している。有名な言葉、天才とは1%のひらめきと99%の努力である、というものだ。

 これに対するありがちな否定論として、そもそも天才でないものにその1%が訪れないという論がある。また、99%の努力を続けることができるものが天才だという論もあるかもしれない。後者に関しては頷ける理屈だ。根本的に人という生物種は怠け者であり、可能な限り努力を避けようとする。そんな中で努力が出来てしまう人間は、人としての平均から著しく逸脱していると言える。それが類稀な忍耐力によるものなのか、独特の価値観によるものなのか、それとも効率的な努力の方法を知っていたのか。どれであるにしても、条件を満たす鍵は幸運であり、その幸運を持つものを天才と呼ぶのは問題なく感じる。

 しかし、前者に関しては少々解釈に齟齬があるかもしれない。そもそも、この言葉が閃きから努力という順序で語られるのが良くないのかもしれない。何故なら、1%の閃きは99%の努力の最中で訪れるものだからだ。偉人達のエピソードを聞けば、そのほとんどが先の見えない辛い努力の中で突然ブレイクスルーが訪れ、これによって飛躍的に研究が形になるというテンプレートが存在している。

 つまり、結果を残したければ、まずは努力ありきであり、そんな中で突然訪れる1%の閃きを待てば良い。これに似た日本のことわざが「人事を尽くして天命を待つ」である。こう解釈すればこのことわざとエジソンの名言がイコールで結ぶことができる。ようは天才に必要なものは、諦めの悪さと幸運だ。

 シズクの現状は非常に厳しい。勝機がまるで見えないと言ってもいい。それでも勝利を望むならばどうすればいいのか。簡単だ。諦めないこと、そして、幸運を見逃さないことだ。そんなシズクは意外と早く幸運の糸口に出会う。

「すごい食材が手に入るダンジョン、あるらしいぞ」
「すごい。今この瞬間は私にも思えるよ。ご都合主義最高」

 食材神の迷宮と呼ばれるそのダンジョンは、魔物が作ったものではなく、この世界における「神」と呼ばれる存在達が現世に干渉する窓口のような場所であり、そこでは勇気ある冒険者に神から食物が与えられるという。ただ、当然ながら魔物も生息しており、また、中にはまるでゲームのような複雑な仕掛けが待ち構えているという。

「なんだか大変そう。でも頑張るよ」
「おいおい、もやしがついてくるのか?」
「言い出しっぺだし、流石に安楽椅子に座って報告を待つことはできないよね。それに、最悪私はどんな罠も効かないし解除できるスキルがある」
「俗にそれ、漢探知っていうんだよ……」

 自信満々なシズク。この世界に来たばかりの頃は死ぬと死ぬほど痛いから嫌と言っていたはずなのに、慣れというものは本当に恐ろしい。多分よくわからない脳内麻薬的なものを都合よく利用できるようになったのだろう。人体の神秘だ。

「私は反対です」

 しかしそこでイルマが待ったをかける。

「どうしたのイルマ。もしかしてイルマとしてはリク君の提案に反対なの?」
「それはありますが」
「あるんだ。帝国陸軍みたいだね」
「それより、なんだか嫌な予感がするんです」

 思い出される先日の女性からの言葉。この街を離れるまでシズクを殺してはいけない、と。

「イルマが手伝ってくれるなら大丈夫だよ。高いところに登るような状況でも、リスポーン場所を考えた上で殺してくれればいいんだから」
「なんつーか、ある意味チートを正しく使って異世界攻略してるよなお前。RTA的で嫌いじゃないぞ」

 そう言われて余計に思いが強くなる。というか、シズクを守れでなく、殺すなというあたり、普段からこうやってシズクを都合よく即死させていることを知っていたような。それで忠告をしたような。ならば余計にシズクをダンジョンに行かせるわけにはいかない。

「とにかく私は反対です」

 ただ、シズクの視点で言えばこの発言は通らない事情がある。反対の理由である女性との邂逅をイルマが話さないし、直前にリクと対立しているというのも良くない。ただ頑固なイルマが感情由来の非合理的な判断をしているだけだと見えてしまうのだ。それこそ帝国陸軍のように。

 ということで、結局イルマの反対は通らない。こうなった以上、とにかく近くでシズクを守らなければならない。あの女に従うようで癪だが、嫌な予感がすることも事実なのだ。

「お、早速なんか仕掛けがあるな」

 ここまでの数回のエンカウントはリクとレーヌが蹴散らしている。こんなバカでも実力はある。軽い怪我はリンネの回復魔法でケアできるし、イルマの魔法は実のところ戦闘よりもこういったダンジョン攻略でこそ生きる。暗闇を照らし、状況に応じて遠くを見るための空間レンズの展開、さらには仕掛けに対する解決策になるかもしれない万能魔法だ。

「ふむ。なんか重さを感知する台座みたいだね」
「気をつけてください。押した瞬間に矢か毒ガスが……」
「よいしょ、と」
「人の話聞いてるんですか!?」

 シズク的には合理的な対応だ。自分は死なないのだから、罠があるなら率先して踏みに行くのが役目と言える。だが、イルマ視点もとい常識的に考えればありえない行動だ。だから嫌だったんだ。限界まで感覚を尖らせ周辺を警戒するが、特にこれといった罠は発動しない。それどころか。

「あ、先を行くドアが開いたね」
「なんかゲームでよくある仕掛けだな」

 がくりと拍子抜けし、思わずシズクを怒鳴りつける。

「とにかく! 危険な行動は謹んでください!」
「大丈夫だよ私死なないし」
「シズクさんが死ななくても私は死ぬんですよ! 天井が落ちてきたりしたらどうするつもりですか!?」
「確かに。ごめん。次からは気をつける」

 はぁ、とため息をつき、ともあれ現状は幸運に感謝し先に進もうとするのだが。

「あれ、ドア閉まったよ」
「あるある。この重量センサーが稼働してないと閉まるタイプだ。まじゲームによくあるやつだよ。ピラミッドとか岩の遺跡とか密林神殿とか」
「ピラミッドにもペトラにもアンコールワットにもこんな仕掛け絶対ないよ。あるとしたら遊園地の謎解きアトラクションだって。なんなの、これ作った人はエンターテイメントプロデューサーなの?」
「知らんがあるものは仕方ないだろ。さて、そうなるとここに置くオブジェクトがどっかにあるはずなんだが」
「あの上にいかにも怪しい石像があるぞ」
「お、レーヌよく気付いたな。お前はゼルダ姫の剣士になれるぞ」
「え? ゼルダってあの緑の剣士のことじゃないの?」
「よくある勘違いだな。ともあれ、ここまでテンプレート的な仕掛けってことは、本命のあの石像だ。あれを動かした瞬間になにかやばい罠が発動するパターンだ」

 よくわからないが、そういうお約束な以上そうなのだろう。もはやダンジョン攻略ではなく、謎解きアトラクション攻略で考えた方が良いかもしれない。そうだとしたら、こういう時は場数を踏んだ人間のアドバイスを信じるべきだ。

「でも、この重量センサーが動いてればいいんだよね?」
「そうだが……なんか荷物置いていくつもりか?」
「リク君、その剣貸して」
「流石に剣は置いていけないぞ」
「それはわかってる。ちょっと考えがあってね」

 しぶしぶ剣を手渡すと、それを引き抜いたシズクは即座にその剣を岩に叩きつけた。ぱきんと音を立てて刀身が砕ける。

「おぃぃいい!? 何してんの!?」
「再生するから大丈夫でしょ。ほらね。で、やっぱり想像通りだ。オリハルコンの修復は、形状記憶合金的な仕組みや、局地的な時間逆行や因果の改変じゃない。空中の元素の固定再構築だ。ほらあの、昭和のハレンチな変身ヒーローの体内にあるやつ」
「そんなこと言われても俺は平成生まれだしわからん。仮面のライダーか?」
「同じ監督が実写化してはいるね。で、ここで折れた破片をこの器に入れて。それでもう一階、折る」

 再度折り、破片を拾って器に入れ、また折る。それを黙々と続けていく。

「なんていうか、ゼルダでもそういう技あったな。りんごを黙々と置いていく攻略法」
「ゲームなのに持ち物全部に重さが設定されてるの? すごいね。そのゲームはちょっとやってみたいかも」
「電流に関するギミックで、鉄の剣を使う攻略法もあるぞ」
「すごい。まるで現実みたい。ともあれ、この方法で安全に攻略できるね」

 そう言って黙々と剣を砕き続ける幼馴染はとても楽しそうに見えた。こいつは絶対ブレワイを楽しめたやつだなとひとり満足気に頷くリクは知らない。これがシズクにとっての些細な復讐であることに。

「あぁ、壊れても再生するってわかってるものを黙々と壊し続けるのって、意外と気持ちいいんだなぁ。ふふっ。痛みとかあるのかな? まぁ、声が出せないんだし私は知らないけどね」

 ゲーム攻略を楽しんでいるようにしか見えない幼馴染だけが知っている真実をリクが知ってしまえば、あまりのサイコパスさにドン引き間違いなしである。思えばあのストーカーの少年がシズクに惹かれた理由は、自分と似た性質を感じたからなのかもしれない。
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