上 下
148 / 178
第B章:何故異世界飯はうまそうに見えるのか

重力下のイルマ:その方法で光を曲がった事実を観測することは地球上では難しい

しおりを挟む
 リクはそれから何があったかよく覚えていない。ループがとんこつラーメンについて猛烈に感動していたような気もするし、イルマから散々罵倒されたような気もするが、とにかくシズクの行動があまりに常軌を逸していたものだから、現実逃避のあまりに脳がシャットダウンし放心状態になっていたのだと思う。

「それで、どのような計画で勝算を描いているのですか?」
「ん? 勝算とかないけど」
「いや、でもシズクさんには未来の料理の知識があるんですよね? ほら、ニューパルマの街でラーメンを教えていましたよね?」
「知識として『こう作る』というのはあるよ。でも実践経験はほぼゼロで、包丁を握った回数は両手でカウントできる」
「……いくら知識があるとはいえ、この世界の料理人をナメすぎじゃないですか?」
「半年あるからなんとかなるよ。あとさ。これはあくまで私の主観なんだけど。勝負事ってね、勝率30%くらいで挑むのが一番楽しい」
「それってつまり、10回やって4回しか勝てないって意味ですよね?」
「うん……うん? あー、うんうん。だいぶ慣れてきたけど、10進数と12進数が混ざると一瞬混乱するね」
「とにかく、それしか勝てる気がしていない状況でほぼオール・オア・ナッシングみたいな勝負を持ちかけたんですか?」
「そうだよ。楽しいよね」

 イルマは改めて、隣で白目を向いたままゾンビのように歩いてるバカを眺める。今更だが、少しだけこうなる気持ちがわかってしまう。

「……どうしてこんな形で勝負することにしたんですか。まさか楽しそうって理由だけじゃないですよね?」
「いや、楽しそうだからって理由だけだよ。リク君に言われたんだ。どんな形で終わっても後悔が残るなら、自分が楽しいと思う道を行くべきだって」

 やはりこのバカのせいか。あの場で始末できなかったことを改めて後悔する。シズクさんがようやく人として正しい道を進む決意をしたというのに、何故このバカは水を差すようなことをしたのか。つくづく、バカの考えることは理解できない。この人はいつも、完璧な計画をぐちゃぐちゃにする。シズクさんも何故こんな男を……そう考えたところで、ヨセタムの村でこのバカと二人でお使いを言った時のことを思い出す。

――好き、なんですか?

 ありえない。絶対にありえない。これまでを見ていても、このバカがシズクさんに恋心を向けているような気配はまるでなかった。それは当然逆も然りだ。しかし、ならば何故シズクさんはここまでこのバカを見限らない。それどころか、評価しているようにすら感じる。それは何故?

 ここでふと思い出されるのは、ニューパルマの街で高熱に魘されるシズクさんから出た言葉。

――お姉ちゃん……

 そういえば、バカも言っていた。初恋の相手はお姉さまだったと。自分は話でしか知らないシズクさんの姉。それがどんな人なのか。知ってしまうのが何故か怖くて、今まで詳細を聞いたことがない。ただ、そこでどのような話がされても、間違いないことがひとつある。

(私は、その姉なる者とは絶対にわかりあえない)

 何故そう思うのかはわからない。ただ、確信に近い直感としてそう感じていた。

「あの、シズクさん」

 しばしの思考を終え、改めてシズクの名を呼んだ時、そこは雑踏の中だった。はぐれてしまったらしい。この街の人混みをぼーっと歩けばそれも仕方ない。ここは下手に探すよりも、ひとりで宿に戻った方が早いだろう。そう判断し、宿への近道として路地裏に入るイルマ。しばし進むと、狭い道の中央で立ちふさがるように、ひとりの女性がこちらを見ていた。どこか見覚えがある顔だが、知り合いではない。見た目は30代後半か、いや、もっと年上かもしれないが、本来の年齢よりもかなり若い印象を抱かせる。そんな人がこちらをにこやか笑みで見つめてくる。不気味、というよりも、なんだか嫌悪感が先に来た。

「…………」

 軽く顔を伏せ、その脇を通り抜けようとした時。女性に声をかけられる。

「忠告します。この街を離れるまで、シズクを殺してはいけません」

 突然の言葉が、先程のバカとは違う形で脳に叩きつけられる。咄嗟に距離を取り、右腕を雨に構える。

「何者ですか」

 相手が魔法使いで、自分は今命の危機にある。それがわからないはずがないのに、目の前の女性は怯みもせず笑顔を崩さない。

「それを話してもあなたは私の言葉を信じません。人間は魔物と違い、嘘がつけますから。それときっと。あなたは、私を嫌う」

 改めてイルマは直感する。間違いない。自分はこの女と、絶対にわかりあえない。その声も、話の内容も、態度も、容姿も。何もかもが気に入らない。理由を伴わない、感情とも言えないただの直感がそう伝えている。

「そうですね。確かにそう思います」

 その答えに女性は楽しそうに微笑む。本当にこちらをイライラさせる。

「気持ちはわからなくないですけど、そう敵意を向けないでください。私達は同じひ」
「口を閉じてくださない。あなたとは絶対にわかりあえない。私はあなたに殺意しか覚えられない。もうあなたの声を聞きたくない。私が人として間違いを犯してしまう前に消え失せてください」

 そう言うとどこか残念そう、というよりも、こちらをバカにしたような笑みに表情を変え、相変わらずこちらを恐れる様子をまるで見せることなく振り返り背中を向けた。その女の顔が見えなくなっただけでこうも心が落ち着くものか。

「私のシズクをよろしくね」
「黙れ!」

 背中から人を撃つ。それがどれだけ人としてあるまじき外道であるかを理解できなかったイルマではない。それでも彼女は撃った。徹底的にこちらの嫌悪感を掻き立てる言葉尻もそうだが、シズクの名を知っているこの人は敵である可能性がある。それでも、嘘をつける以上人間であることはおそらく間違いない。こんな街中で人を殺せばどうなるかはわかっていた。だが、おそらくそれは気にする必要がないことだ。何故なら。

(おそらく私の魔法は、この人に当たらない)

 理由はわからないが、そう直感したからだった。事実、アトランティスでこちらの魔法はヒロゾに当たらなかった。当たる直前に光が捻じ曲げられた。魔法の強さは意思の強さ。あの時は、こちらよりもヒロゾの意思が強かったから当たらなかった。

 だが、今回は違う。確かに予想通り、光の魔法は女性に当たる前に曲がった。が、その曲がり方がヒロゾの時とは違う。これは意思の力ではない。相手の魔法が導いたなにかの自然現象だ。事実、光が水を通すことで色が分かれて曲がることは知っている。だが、何度も行ったその実験結果とは違う。こんな形で光が曲がるところは、今まで見たことがない。これは、知らない魔法で、知らない現象だ。

 その力はなんだ。今なにをした。そう問いかけようとした声が喉に差し戻された理由。それは、答えを知りたいという好奇心が、この女の声をもう聞きたくないという感情を上回った結果だった。

 結局相手は振り返ることもせず、そのまま路地を曲がる。数秒呆けた後に改めて意識が再起動し、この女性を逃さずにシズクの前に突き出す必要があるかもしれないと感じたイルマが女性の消えた路地まで駆け出した時、そこに既に女性の姿はなかった。それはまるで、白昼夢のような時間だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

入れ替われるイメクラ

廣瀬純一
SF
男女の体が入れ替わるイメクラの話

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

AIRIS

フューク
SF
AIが禁止され、代わりに魔法という技術が開発された2084年 天才的な青年により人間と変わらない見た目を持ち、思考し、行動するロボットが作られた その名はアイリス 法を破った青年と完璧なAIアイリスは何処へ向かっていくのか

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...