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第B章:何故異世界飯はうまそうに見えるのか
重力下のイルマ:その方法で光を曲がった事実を観測することは地球上では難しい
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リクはそれから何があったかよく覚えていない。ループがとんこつラーメンについて猛烈に感動していたような気もするし、イルマから散々罵倒されたような気もするが、とにかくシズクの行動があまりに常軌を逸していたものだから、現実逃避のあまりに脳がシャットダウンし放心状態になっていたのだと思う。
「それで、どのような計画で勝算を描いているのですか?」
「ん? 勝算とかないけど」
「いや、でもシズクさんには未来の料理の知識があるんですよね? ほら、ニューパルマの街でラーメンを教えていましたよね?」
「知識として『こう作る』というのはあるよ。でも実践経験はほぼゼロで、包丁を握った回数は両手でカウントできる」
「……いくら知識があるとはいえ、この世界の料理人をナメすぎじゃないですか?」
「半年あるからなんとかなるよ。あとさ。これはあくまで私の主観なんだけど。勝負事ってね、勝率30%くらいで挑むのが一番楽しい」
「それってつまり、10回やって4回しか勝てないって意味ですよね?」
「うん……うん? あー、うんうん。だいぶ慣れてきたけど、10進数と12進数が混ざると一瞬混乱するね」
「とにかく、それしか勝てる気がしていない状況でほぼオール・オア・ナッシングみたいな勝負を持ちかけたんですか?」
「そうだよ。楽しいよね」
イルマは改めて、隣で白目を向いたままゾンビのように歩いてるバカを眺める。今更だが、少しだけこうなる気持ちがわかってしまう。
「……どうしてこんな形で勝負することにしたんですか。まさか楽しそうって理由だけじゃないですよね?」
「いや、楽しそうだからって理由だけだよ。リク君に言われたんだ。どんな形で終わっても後悔が残るなら、自分が楽しいと思う道を行くべきだって」
やはりこのバカのせいか。あの場で始末できなかったことを改めて後悔する。シズクさんがようやく人として正しい道を進む決意をしたというのに、何故このバカは水を差すようなことをしたのか。つくづく、バカの考えることは理解できない。この人はいつも、完璧な計画をぐちゃぐちゃにする。シズクさんも何故こんな男を……そう考えたところで、ヨセタムの村でこのバカと二人でお使いを言った時のことを思い出す。
――好き、なんですか?
ありえない。絶対にありえない。これまでを見ていても、このバカがシズクさんに恋心を向けているような気配はまるでなかった。それは当然逆も然りだ。しかし、ならば何故シズクさんはここまでこのバカを見限らない。それどころか、評価しているようにすら感じる。それは何故?
ここでふと思い出されるのは、ニューパルマの街で高熱に魘されるシズクさんから出た言葉。
――お姉ちゃん……
そういえば、バカも言っていた。初恋の相手はお姉さまだったと。自分は話でしか知らないシズクさんの姉。それがどんな人なのか。知ってしまうのが何故か怖くて、今まで詳細を聞いたことがない。ただ、そこでどのような話がされても、間違いないことがひとつある。
(私は、その姉なる者とは絶対にわかりあえない)
何故そう思うのかはわからない。ただ、確信に近い直感としてそう感じていた。
「あの、シズクさん」
しばしの思考を終え、改めてシズクの名を呼んだ時、そこは雑踏の中だった。はぐれてしまったらしい。この街の人混みをぼーっと歩けばそれも仕方ない。ここは下手に探すよりも、ひとりで宿に戻った方が早いだろう。そう判断し、宿への近道として路地裏に入るイルマ。しばし進むと、狭い道の中央で立ちふさがるように、ひとりの女性がこちらを見ていた。どこか見覚えがある顔だが、知り合いではない。見た目は30代後半か、いや、もっと年上かもしれないが、本来の年齢よりもかなり若い印象を抱かせる。そんな人がこちらをにこやか笑みで見つめてくる。不気味、というよりも、なんだか嫌悪感が先に来た。
「…………」
軽く顔を伏せ、その脇を通り抜けようとした時。女性に声をかけられる。
「忠告します。この街を離れるまで、シズクを殺してはいけません」
突然の言葉が、先程のバカとは違う形で脳に叩きつけられる。咄嗟に距離を取り、右腕を雨に構える。
「何者ですか」
相手が魔法使いで、自分は今命の危機にある。それがわからないはずがないのに、目の前の女性は怯みもせず笑顔を崩さない。
「それを話してもあなたは私の言葉を信じません。人間は魔物と違い、嘘がつけますから。それときっと。あなたは、私を嫌う」
改めてイルマは直感する。間違いない。自分はこの女と、絶対にわかりあえない。その声も、話の内容も、態度も、容姿も。何もかもが気に入らない。理由を伴わない、感情とも言えないただの直感がそう伝えている。
「そうですね。確かにそう思います」
その答えに女性は楽しそうに微笑む。本当にこちらをイライラさせる。
「気持ちはわからなくないですけど、そう敵意を向けないでください。私達は同じひ」
「口を閉じてくださない。あなたとは絶対にわかりあえない。私はあなたに殺意しか覚えられない。もうあなたの声を聞きたくない。私が人として間違いを犯してしまう前に消え失せてください」
そう言うとどこか残念そう、というよりも、こちらをバカにしたような笑みに表情を変え、相変わらずこちらを恐れる様子をまるで見せることなく振り返り背中を向けた。その女の顔が見えなくなっただけでこうも心が落ち着くものか。
「私のシズクをよろしくね」
「黙れ!」
背中から人を撃つ。それがどれだけ人としてあるまじき外道であるかを理解できなかったイルマではない。それでも彼女は撃った。徹底的にこちらの嫌悪感を掻き立てる言葉尻もそうだが、シズクの名を知っているこの人は敵である可能性がある。それでも、嘘をつける以上人間であることはおそらく間違いない。こんな街中で人を殺せばどうなるかはわかっていた。だが、おそらくそれは気にする必要がないことだ。何故なら。
(おそらく私の魔法は、この人に当たらない)
理由はわからないが、そう直感したからだった。事実、アトランティスでこちらの魔法はヒロゾに当たらなかった。当たる直前に光が捻じ曲げられた。魔法の強さは意思の強さ。あの時は、こちらよりもヒロゾの意思が強かったから当たらなかった。
だが、今回は違う。確かに予想通り、光の魔法は女性に当たる前に曲がった。が、その曲がり方がヒロゾの時とは違う。これは意思の力ではない。相手の魔法が導いたなにかの自然現象だ。事実、光が水を通すことで色が分かれて曲がることは知っている。だが、何度も行ったその実験結果とは違う。こんな形で光が曲がるところは、今まで見たことがない。これは、知らない魔法で、知らない現象だ。
その力はなんだ。今なにをした。そう問いかけようとした声が喉に差し戻された理由。それは、答えを知りたいという好奇心が、この女の声をもう聞きたくないという感情を上回った結果だった。
結局相手は振り返ることもせず、そのまま路地を曲がる。数秒呆けた後に改めて意識が再起動し、この女性を逃さずにシズクの前に突き出す必要があるかもしれないと感じたイルマが女性の消えた路地まで駆け出した時、そこに既に女性の姿はなかった。それはまるで、白昼夢のような時間だった。
「それで、どのような計画で勝算を描いているのですか?」
「ん? 勝算とかないけど」
「いや、でもシズクさんには未来の料理の知識があるんですよね? ほら、ニューパルマの街でラーメンを教えていましたよね?」
「知識として『こう作る』というのはあるよ。でも実践経験はほぼゼロで、包丁を握った回数は両手でカウントできる」
「……いくら知識があるとはいえ、この世界の料理人をナメすぎじゃないですか?」
「半年あるからなんとかなるよ。あとさ。これはあくまで私の主観なんだけど。勝負事ってね、勝率30%くらいで挑むのが一番楽しい」
「それってつまり、10回やって4回しか勝てないって意味ですよね?」
「うん……うん? あー、うんうん。だいぶ慣れてきたけど、10進数と12進数が混ざると一瞬混乱するね」
「とにかく、それしか勝てる気がしていない状況でほぼオール・オア・ナッシングみたいな勝負を持ちかけたんですか?」
「そうだよ。楽しいよね」
イルマは改めて、隣で白目を向いたままゾンビのように歩いてるバカを眺める。今更だが、少しだけこうなる気持ちがわかってしまう。
「……どうしてこんな形で勝負することにしたんですか。まさか楽しそうって理由だけじゃないですよね?」
「いや、楽しそうだからって理由だけだよ。リク君に言われたんだ。どんな形で終わっても後悔が残るなら、自分が楽しいと思う道を行くべきだって」
やはりこのバカのせいか。あの場で始末できなかったことを改めて後悔する。シズクさんがようやく人として正しい道を進む決意をしたというのに、何故このバカは水を差すようなことをしたのか。つくづく、バカの考えることは理解できない。この人はいつも、完璧な計画をぐちゃぐちゃにする。シズクさんも何故こんな男を……そう考えたところで、ヨセタムの村でこのバカと二人でお使いを言った時のことを思い出す。
――好き、なんですか?
ありえない。絶対にありえない。これまでを見ていても、このバカがシズクさんに恋心を向けているような気配はまるでなかった。それは当然逆も然りだ。しかし、ならば何故シズクさんはここまでこのバカを見限らない。それどころか、評価しているようにすら感じる。それは何故?
ここでふと思い出されるのは、ニューパルマの街で高熱に魘されるシズクさんから出た言葉。
――お姉ちゃん……
そういえば、バカも言っていた。初恋の相手はお姉さまだったと。自分は話でしか知らないシズクさんの姉。それがどんな人なのか。知ってしまうのが何故か怖くて、今まで詳細を聞いたことがない。ただ、そこでどのような話がされても、間違いないことがひとつある。
(私は、その姉なる者とは絶対にわかりあえない)
何故そう思うのかはわからない。ただ、確信に近い直感としてそう感じていた。
「あの、シズクさん」
しばしの思考を終え、改めてシズクの名を呼んだ時、そこは雑踏の中だった。はぐれてしまったらしい。この街の人混みをぼーっと歩けばそれも仕方ない。ここは下手に探すよりも、ひとりで宿に戻った方が早いだろう。そう判断し、宿への近道として路地裏に入るイルマ。しばし進むと、狭い道の中央で立ちふさがるように、ひとりの女性がこちらを見ていた。どこか見覚えがある顔だが、知り合いではない。見た目は30代後半か、いや、もっと年上かもしれないが、本来の年齢よりもかなり若い印象を抱かせる。そんな人がこちらをにこやか笑みで見つめてくる。不気味、というよりも、なんだか嫌悪感が先に来た。
「…………」
軽く顔を伏せ、その脇を通り抜けようとした時。女性に声をかけられる。
「忠告します。この街を離れるまで、シズクを殺してはいけません」
突然の言葉が、先程のバカとは違う形で脳に叩きつけられる。咄嗟に距離を取り、右腕を雨に構える。
「何者ですか」
相手が魔法使いで、自分は今命の危機にある。それがわからないはずがないのに、目の前の女性は怯みもせず笑顔を崩さない。
「それを話してもあなたは私の言葉を信じません。人間は魔物と違い、嘘がつけますから。それときっと。あなたは、私を嫌う」
改めてイルマは直感する。間違いない。自分はこの女と、絶対にわかりあえない。その声も、話の内容も、態度も、容姿も。何もかもが気に入らない。理由を伴わない、感情とも言えないただの直感がそう伝えている。
「そうですね。確かにそう思います」
その答えに女性は楽しそうに微笑む。本当にこちらをイライラさせる。
「気持ちはわからなくないですけど、そう敵意を向けないでください。私達は同じひ」
「口を閉じてくださない。あなたとは絶対にわかりあえない。私はあなたに殺意しか覚えられない。もうあなたの声を聞きたくない。私が人として間違いを犯してしまう前に消え失せてください」
そう言うとどこか残念そう、というよりも、こちらをバカにしたような笑みに表情を変え、相変わらずこちらを恐れる様子をまるで見せることなく振り返り背中を向けた。その女の顔が見えなくなっただけでこうも心が落ち着くものか。
「私のシズクをよろしくね」
「黙れ!」
背中から人を撃つ。それがどれだけ人としてあるまじき外道であるかを理解できなかったイルマではない。それでも彼女は撃った。徹底的にこちらの嫌悪感を掻き立てる言葉尻もそうだが、シズクの名を知っているこの人は敵である可能性がある。それでも、嘘をつける以上人間であることはおそらく間違いない。こんな街中で人を殺せばどうなるかはわかっていた。だが、おそらくそれは気にする必要がないことだ。何故なら。
(おそらく私の魔法は、この人に当たらない)
理由はわからないが、そう直感したからだった。事実、アトランティスでこちらの魔法はヒロゾに当たらなかった。当たる直前に光が捻じ曲げられた。魔法の強さは意思の強さ。あの時は、こちらよりもヒロゾの意思が強かったから当たらなかった。
だが、今回は違う。確かに予想通り、光の魔法は女性に当たる前に曲がった。が、その曲がり方がヒロゾの時とは違う。これは意思の力ではない。相手の魔法が導いたなにかの自然現象だ。事実、光が水を通すことで色が分かれて曲がることは知っている。だが、何度も行ったその実験結果とは違う。こんな形で光が曲がるところは、今まで見たことがない。これは、知らない魔法で、知らない現象だ。
その力はなんだ。今なにをした。そう問いかけようとした声が喉に差し戻された理由。それは、答えを知りたいという好奇心が、この女の声をもう聞きたくないという感情を上回った結果だった。
結局相手は振り返ることもせず、そのまま路地を曲がる。数秒呆けた後に改めて意識が再起動し、この女性を逃さずにシズクの前に突き出す必要があるかもしれないと感じたイルマが女性の消えた路地まで駆け出した時、そこに既に女性の姿はなかった。それはまるで、白昼夢のような時間だった。
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