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第Be章:幻の古代超科学文明都市アトランティスの都は何故滅びたのか
伝説と真実/4:プラトンが本当に伝えたかったこと
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RPGにおいて、新しい街にたどり着いた時というのはゲーム進行上1つの基点となる。この時、多くのプレイヤーが最も楽しみにする瞬間。それは、武器屋と防具屋のラインナップを覗く瞬間であろう。
「いかがでございましょう。当店自慢のオリハルコンの剣になります」
「うーん……黄金色に虹色の光沢……まさにオリハルコン……5円玉の剣だなぁ……」
「オリハルコンの鎧の用意もございます。そちらの騎士様になどいかがでしょうか」
「悪くない! この僕の魅力を十分に引き立ててくれるだろう!」
そうだよな、お前には5円の輝きがよく似合うぞ。しかし、本当に釈然としない。事前にシズクの話を聞いてさえいなければ、今この瞬間も大興奮が続いただろうに。知ることというのは、良いことばかりではない。世の中には知らない方がいいことというものもあるのだ。いつも研究室でシズクが差し入れてくれたスナック菓子の正体とか。
「まぁいいか。これ、いただけるか?」
「えぇ、もちろんでございます。どうぞ」
「うん。あぁ、だから、いただけるか?」
「はい。どうぞ」
「……うん? いや、だから、買うからさ。値段を……」
「そんなものはございません」
「は?」
かくしてリクはオリハルコンの剣を手にした。彼はその代償として金を払うこともなく、何かを失うこともなく、面倒なお使いクエストを押し付けられることもなかった。
「なんだこれ。いや、まじで。何から何まで釈然としない」
「そうだね。どうやらこのアトランティスには、お金って概念がないみたい」
背後から3本並んだ本の塔が歩いてきた。声だけはシズクである。そんな塔の脇からイルマとリンネが顔を出す。
「すごいですわ! この本、すべてタダでもらえましたのよ!」
「これならしばらくシズクさんと引きこもってもいいです」
なるほど、どうやら彼女たちは自分たちが武器屋を見て回っていた間に本屋に行き、そこで同様の体験をしたらしい。
「あれ、リク君が貰ったのはそのオリハルコンのバットだけ?」
「剣のことバットって言うなよ! まじでチョコバットみたいに思えてくるだろ!」
「で、そのオリハルコンのゼリー棒なんだけど」
「もうオリハルコンを駄菓子と紐づけるのやめてもらえる!?」
「鎧とかバックラーとか兜とか、なんでそのままなの?」
言われてみれば。新しい街についたら金の許す限り最強装備に変更するのが基本。今の装備はニューパルマで買い揃えた時のままで、ここの武器屋のラインナップはかなり良い。実際にゲームのように攻撃力防御力として数値化されているわけではないが、冶金技術の高さから考えるに性能はこちらの方が明らかに上だ。
「いや、でもさ。なんか悪いだろ。タダでもらうとか……ほら、タダより怖いものはないとも言うし……」
「私はおまんじゅうがもっと怖いし、ここらで一杯お茶も怖い。というわけで、本屋で憧れだった『ここからここまでください』をやってやったのよ。これで私も読むか死ぬかだよ。死ねないから読むだけなんだけど」
「その図太さは本当に羨ましいんだが……でも、どうしてこの街にはお金がないんだ?」
「まぁそれはこの積み本を崩してからゆっくり考えるよ」
幻の都、アトランティス。その見た目は異世界感をまるで感じさせない近代のコンクリートジャングルであり、この世界の人間ならいざ知らず、21世紀からの転生者であるリクとシズクにとっては見慣れたもので、これといって目新しい感動を覚えるものではなかった。幻の金属オリハルコンの正体もただの真鍮である。
しかし、その街のシステムは確かに幻の都にして、超古代文明の楽園と言うにふさわしい。物資に溢れ、すべての店はタダで物を提供している。宿屋ですら宿泊料が存在しなかった。この街で手に入らないものはない。本当にそう感じてしまえるような街だった。
プラトンが自著、ティマイオスとクリティアスに記したアトランティスは、彼が実際に見てきたとしか思えないようなあまりに細すぎる描写から、中世までは現実に存在したものと考えられていた。しかし、大航海時代の訪れに伴い、海の果てには滝などなく、大地の下には亀も象もアトラスもいなかったと判明すると同時に冒険が進み、今まで霧に包まれていた世界がその真実の姿を明かす中、アトランティスをプラトンの創作だと感じる人間は増えていく。
プラトンが伝えたかったもの。それはアトランティスの強大さや、超科学、超合金の存在ではなく、そのような栄華を極めた存在ですらたった一晩で滅ぶという教訓である。これは結局のところ、旧約聖書におけるソドムとゴモラの街のエピソードを彼なりに焼き直したもので、彼が元々有していた広い知識と凝り性な作家性がアトランティスという都の設定を盛りに盛った結果、近代に近づくまで彼が本当に伝えたかった盛者必衰の教えでなく、超古代のロマンだけが世の人々に受け取られてしまったと考えた方が、現実的に納得がいく。
ただ、サハラの目の発見や、スペイン沖の沈没船発見など、近年になってアトランティスが再びその存在を真実であったとする声が盛り返している。結局のところ、アトランティスは伝説なのか、それとも、真実なのか。それは今はまだわからない。
ここで改めてシズクは思う。この街は滅ぶな、と。人の欲望のすべてを肯定する楽園。そんな街が、滅ばないはずがないのだ。それは、堕落した人々に神が罰を与えるから、ではない。明確な根拠を持って、彼女にはこのままではこの街は確実に滅ぶと断言できるのだ。まぁいい。ゆっくり考えよう。今はしばらく、本の海に溺れたい。イルマもそれを許してくれる。しかし……
もしも、この街が魔王の八苦の内であり、七難による社会実験都市であったなら。私は人類のため、自らの手でこの街を滅ぼそう。シズクはそう決意した。
「いかがでございましょう。当店自慢のオリハルコンの剣になります」
「うーん……黄金色に虹色の光沢……まさにオリハルコン……5円玉の剣だなぁ……」
「オリハルコンの鎧の用意もございます。そちらの騎士様になどいかがでしょうか」
「悪くない! この僕の魅力を十分に引き立ててくれるだろう!」
そうだよな、お前には5円の輝きがよく似合うぞ。しかし、本当に釈然としない。事前にシズクの話を聞いてさえいなければ、今この瞬間も大興奮が続いただろうに。知ることというのは、良いことばかりではない。世の中には知らない方がいいことというものもあるのだ。いつも研究室でシズクが差し入れてくれたスナック菓子の正体とか。
「まぁいいか。これ、いただけるか?」
「えぇ、もちろんでございます。どうぞ」
「うん。あぁ、だから、いただけるか?」
「はい。どうぞ」
「……うん? いや、だから、買うからさ。値段を……」
「そんなものはございません」
「は?」
かくしてリクはオリハルコンの剣を手にした。彼はその代償として金を払うこともなく、何かを失うこともなく、面倒なお使いクエストを押し付けられることもなかった。
「なんだこれ。いや、まじで。何から何まで釈然としない」
「そうだね。どうやらこのアトランティスには、お金って概念がないみたい」
背後から3本並んだ本の塔が歩いてきた。声だけはシズクである。そんな塔の脇からイルマとリンネが顔を出す。
「すごいですわ! この本、すべてタダでもらえましたのよ!」
「これならしばらくシズクさんと引きこもってもいいです」
なるほど、どうやら彼女たちは自分たちが武器屋を見て回っていた間に本屋に行き、そこで同様の体験をしたらしい。
「あれ、リク君が貰ったのはそのオリハルコンのバットだけ?」
「剣のことバットって言うなよ! まじでチョコバットみたいに思えてくるだろ!」
「で、そのオリハルコンのゼリー棒なんだけど」
「もうオリハルコンを駄菓子と紐づけるのやめてもらえる!?」
「鎧とかバックラーとか兜とか、なんでそのままなの?」
言われてみれば。新しい街についたら金の許す限り最強装備に変更するのが基本。今の装備はニューパルマで買い揃えた時のままで、ここの武器屋のラインナップはかなり良い。実際にゲームのように攻撃力防御力として数値化されているわけではないが、冶金技術の高さから考えるに性能はこちらの方が明らかに上だ。
「いや、でもさ。なんか悪いだろ。タダでもらうとか……ほら、タダより怖いものはないとも言うし……」
「私はおまんじゅうがもっと怖いし、ここらで一杯お茶も怖い。というわけで、本屋で憧れだった『ここからここまでください』をやってやったのよ。これで私も読むか死ぬかだよ。死ねないから読むだけなんだけど」
「その図太さは本当に羨ましいんだが……でも、どうしてこの街にはお金がないんだ?」
「まぁそれはこの積み本を崩してからゆっくり考えるよ」
幻の都、アトランティス。その見た目は異世界感をまるで感じさせない近代のコンクリートジャングルであり、この世界の人間ならいざ知らず、21世紀からの転生者であるリクとシズクにとっては見慣れたもので、これといって目新しい感動を覚えるものではなかった。幻の金属オリハルコンの正体もただの真鍮である。
しかし、その街のシステムは確かに幻の都にして、超古代文明の楽園と言うにふさわしい。物資に溢れ、すべての店はタダで物を提供している。宿屋ですら宿泊料が存在しなかった。この街で手に入らないものはない。本当にそう感じてしまえるような街だった。
プラトンが自著、ティマイオスとクリティアスに記したアトランティスは、彼が実際に見てきたとしか思えないようなあまりに細すぎる描写から、中世までは現実に存在したものと考えられていた。しかし、大航海時代の訪れに伴い、海の果てには滝などなく、大地の下には亀も象もアトラスもいなかったと判明すると同時に冒険が進み、今まで霧に包まれていた世界がその真実の姿を明かす中、アトランティスをプラトンの創作だと感じる人間は増えていく。
プラトンが伝えたかったもの。それはアトランティスの強大さや、超科学、超合金の存在ではなく、そのような栄華を極めた存在ですらたった一晩で滅ぶという教訓である。これは結局のところ、旧約聖書におけるソドムとゴモラの街のエピソードを彼なりに焼き直したもので、彼が元々有していた広い知識と凝り性な作家性がアトランティスという都の設定を盛りに盛った結果、近代に近づくまで彼が本当に伝えたかった盛者必衰の教えでなく、超古代のロマンだけが世の人々に受け取られてしまったと考えた方が、現実的に納得がいく。
ただ、サハラの目の発見や、スペイン沖の沈没船発見など、近年になってアトランティスが再びその存在を真実であったとする声が盛り返している。結局のところ、アトランティスは伝説なのか、それとも、真実なのか。それは今はまだわからない。
ここで改めてシズクは思う。この街は滅ぶな、と。人の欲望のすべてを肯定する楽園。そんな街が、滅ばないはずがないのだ。それは、堕落した人々に神が罰を与えるから、ではない。明確な根拠を持って、彼女にはこのままではこの街は確実に滅ぶと断言できるのだ。まぁいい。ゆっくり考えよう。今はしばらく、本の海に溺れたい。イルマもそれを許してくれる。しかし……
もしも、この街が魔王の八苦の内であり、七難による社会実験都市であったなら。私は人類のため、自らの手でこの街を滅ぼそう。シズクはそう決意した。
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