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第Be章:幻の古代超科学文明都市アトランティスの都は何故滅びたのか

先生と生徒/3:サキュバスの囁きASMR

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 さて。魔王を倒すための旅を進めることとなった6人だが、その目的地は曖昧である。というのも、魔王がどこに居るのかがわからないからだ。魔王城という所に居るらしいことは確かなのだが、その魔王城がどこにあるかがわからない。そのため、情報収集として世界を廻るのが当面の目的となる。その中でも、カイが次の目的地に選んだ場所。その名は。

「アトランティス! ほんとにあるの!?」
「うぉぉ! すげぇ! 幻の超古代科学文明都市! ファンタジー小説からRPG、はたまた都市伝説まで、いつの時代でも憧れの夢だったその街に、俺達が行けるのか!」

 ここに来てまさかの名前が出たことで、それまで落ち込み気味だった二人の目に輝きが戻る。何故こんなに街の名前1つで興奮できるのかわけがわからない一同だったが、唯一リンネのみは腕を組んでうんうんと頷く。そうだろうそうだろう、私と同じ転生者の二人ならわかるだろう。

 かつて、古代ギリシャの哲学者プラトンが、自著であるティマイオスとクリティアスにて記した伝説上の大陸と、そこにそびえ立つ神秘の都。中央島は直径5スタディオンで、その外側を幅1スタディオンの環状海水路が、さらにその外側を2スタディオンの内側の環状島と第2環状海水路、そしてその向こうに3スタディオンの環状島と第3環状海水路が囲むという幾何学構造を取る整備都市。1万台の戦車と戦車用の馬12万頭とその搭乗員に加え、重装歩兵12万、軽装歩兵18万、弓兵12万、投槍兵18万、投石兵12万、そして、1200艘の軍艦と24万の海兵が動員可能な軍事国家でもある。その繁栄はテレパスとも言うべき超能力を実現させる最先端科学力と、それらデバイスの生産を可能とした金属、オリハルコンによるものが大きい。

 大西洋上にあったとするその幻の大陸を夢見て、我が祖国の先祖でもあったヴァイキング達は海へ挑み、そして彼等はついに幻の大地、ヴィンラントへとたどり着く。それは西暦にして1000年頃のこと。結果的に見ればヴィンラントはアトランティスとは無関係の大陸であったのだが、そこはおそらく北米大陸。かのクリストファー・コロンブスが西洋人として初めてアメリカ大陸を発見したなどと言うが、これは大きな勘違い。そもそも奴はそこをインドと勘違いしたような大馬鹿者であり、そのような金に目のくらんだ征服者が歴史に名を残すのはなんとも口惜しい。ヴィンラントが北米である以上、西洋人としてはじめてアメリカ大陸を発見したのは我らがスカンジナビアの民、ヴァイキングの英雄レイフ・エリクソンその人であるはずだというのに。まっこと、声が大きい者が歴史に名を残してしまう現実は悲しきことかな。おそらく私亡き後も、人はこのような誤ちを繰り返していくのだろう。もしも世界の闇を照らすような新たな光が人の手で作られても、実際のところ世界を照らす本物の光を作る本物の天才は、その輝きの影に隠されてしまうのだ。金、名誉、特許! 知識人としてはずかしくないのか。

「アトランティスは、前魔王統治時代は魔王軍の支配下にあった都市だ。現魔王の情報が聞ける可能性は期待できる。それと、折れた少年の剣もそこで買い替えると良いだろう」
「新しい剣……れ、れれ、レーヌさん! それって、まさか!」
「あぁ。アトランティスでのみ産出される幻の金属、オリハルコンの剣だ」
「うぉぉおお! 最強装備キターっ!」

 興奮するリクの顔をじっとりと横目で眺めつつ、シズクはため息をつく。女性は上書き保存、男性は名前をつけて保存とか言うけど、嘘っぱちだ。もうすっかり、前の剣への愛着を忘れている。ほんと、おとこのこは最低。つい先日まで自由が一番とか言ってたのに、最近は魔女が最高とか言い出していた。どう考えてファーストしかありえないのに、どうせみんなもうゲームでしか知らない。良くて映画三部作を見ただけなのだろう。テレビ放送版こそが唯一至高。たまにちょっと通ぶった人が細い顔をした作画崩壊量産機の正拳突き回の名前をあげるが、真の神回はその1話前だ。あぁ、本当に、時間なんて止まってしまえばいいのに。

 さておき。こうして意味のわからない所で興奮するリクを、シズクとイルマが冷めた目で見る(なお本人は気付かない)というのはこれまでに何度も繰り返されていたお約束のような流れだったのだが、ここに来て新たに加わったリンネはそんな二人の顔を不思議そうに見つめる。先に視線に気付いたイルマの目がリンネと合うも、イルマはすぐに顔を少し赤くして目をそらした。一方、少し遅れて気付いたシズクは何故か自分を見つめてくるリンネとしばらく目をあわせていたのだが、リンネの顔が観察顔、不思議顔を経由して何故かちょっと頬を膨らませ、怯え、再び怒るという百面相の原因が理解できず、自分も変顔で対抗すればいいのかななどと的外れなことを考えはじめていた、ところへ。

「シズク先生は不思議な方ですわ」
「え? そうかな」
「世の美しい女性は皆等しく私の虜になるはずですのに。やはり同じ……」

 同じ転生者には、能力が通用しない。

「同じ?」
「い、いえ! なんでもありませんわ!」

 いや、仮にそうだとして、自身の事情を明かすのはまずい。おそらく相手側はまだこちらの正体に気付いていないはず。ならばこのまま隠し通すべきである。百歩譲って転生者であることがバレるにしても、私の前世の真名に関しては隠し通さねばならぬ。彼女たちが同じ世界の出身であり、シズクに関しては私よりも大きな功績を残したことは既に予測済みであるが、具体的に彼女がどのような功績を残しているのか、もとい、彼女がいつの時代の人間なのかは未だ判断がつかぬ。いや、かのような完成度を誇る食べ物を知っているのだから、むしろ私に対して未来人である可能性の方が高い。

 であれば、彼女は私の真名を知識として持っていてもおかしくない。あぁ、そうであれば、彼女と出会うとわかってさえいれば、元のファミリーネームをそのまま名前にするような愚かな行為はしなかっただろうに。どうする、もしバレたらどうする。この異世界で神の作りし完璧な姿としてのロリ巨乳である私の正体が、のっぺり顔のおっさん貴族だと判明したらどうする。確実に、間違いなく、彼等は私を蔑んでこう言うだろう。

「変態……」

 バカな! そのようなことが許されてたまるものか。自分たちこそが平均であると妄想する愚かな宗教権力め。私は変態ではない。仮に変態だとしても変態という名の知識人である。ようやく奴らの手が届かない世界にたどり着いたというのに、ここでも知恵の実で仮初めの知識を受けたに過ぎない動物界脊索動物門脊椎動物亜門哺乳綱霊長目真猿亜目狭鼻下目ヒト上科ヒト科ヒト亜科ヒト族ヒト亜族ハダカザルの子孫が私の自由と理想の愛の世界を犯すのか。そうなればお姉さまと私の絆はどうなる。既に幾度ともなく夜の逢瀬を重ねたというのに。普段は強気で低い声のお姉さまがかわいらしい声で鳴きつつ求愛する生態を持っていると知っているのは私だけだったというのに。まさかそんなお姉さまからまで……

「む。下がれ、リンネ」
「お姉さま?」
「敵だ。こちらに気付いた」

 レーヌとカイがロングランスを引き抜き左右に構える。その構えはリンネを中心に左右対称であり、その姿にシズクはそんな機体もいたなぁ、でも私はその元になったイタリア人軍事家より宇宙空間での山越えハンマーが好きだけど、などとどうでもいいことを考える。一方のリクは剣が折れた今正真正銘の無能であり、改めてしゅんと気を落としつつシズクをかばえる位置に立つ。

「見たことがない魔物だな。リンネ君、どうか」
「そうですわね……ですが、ちょっと遠すぎて……」
「ならばこれで」

 意図を汲み取ったイルマが光の魔法技術の応用を持って空間レンズを展開。細かい体毛の一本までくっきりと見えるようになったことに一瞬の感嘆を示すも、すぐに自らの役目に戻る。とてとてと小さい体で駆けて馬車の中から書物を取り出すと、手慣れた様子で検索を開始。自分で描いた絵と目の前の未知の魔物を何度か交互に観察し、結論を述べる。

「魔物界脊索魔物門哺乳網リヴァイアサン偶蹄目。麒麟の亜種と推測しますわ」
「麒麟だと? 随分首が長いぞ」
「しかし、足元の毛が渦を撒いていらっしゃる点は共通していますわ。全力走行時の速さはおおよそ時速60km/h。それほど速くはありませんが、文字通りに空を駆けます。首が長いのは、おそらく突然変異でしょう。つまり、魔王産の個体でないと予測致しますわ」
「なるほど。道理で未だに襲いかからない。無視するべきと見るか?」
「いえ、狩るべきでしょう。御覧くださいまし、あの前蹄の汚れ。黒く汚れていますが、おそらくは人間の血液。その証拠に、渦を巻く毛に布が絡みついています。あれは既に、人を襲っている外道ですわ」
「なるほど、わかった。聞いたなカイ」
「勿論。合わせてくれよ、マイハニー」
「その呼び方はやめろ」

 かくして二人が草原を駆ける。相手個体に対して左右から対照的な半円を描くような形で迫る二人に、麒麟の初動が一瞬遅れた。戦場ではその一瞬が最終的には命取りになることが多い。その二人の見事な連携を、リクとイルマは心の底から感心しながら見守ることになるが、その一方。

「魔物界か。なるほど、地上に居るのにリヴァイアサンと同じ種別なんだ」
「はい。私も最初は信じられなかったのですが、古くから魔道士の方々がその魔力の波長に類似性を感じていたとお聞き致しまして。それで、カイ様の師匠様のお知り合いの神聖魔道士の方にご協力を頂きまして、リヴァイアサンとミノタウルスの魂の根幹鎖状連結魔力構造体を解析したのです。これによってリヴァイアサンとミノタウルスが姉妹郡はおろか、同一郡であると解析できたことは、近年の魔物研究における大きな飛躍に繋がるものだと自負しておりますわ」
「魂の根幹鎖状連結魔力構造体……なるほど、DNAに至ったんだね。すごいや。そんなの、リンネ式階層分類体系が成立する246年も先の未来だよ」
「かつて、クレタ島ダンジョンの最奥に封じ込まれていたミノタウルスを倒す際、英雄テセウスの身を案じたアリアドネは糸を紡ぎ、彼が迷宮から無事脱出できるように助けたと言いますわ。そのエピソードは後に、ジョゼフ・ピトン・ド・トゥルヌフォールによる基礎植物学(1694)の根幹理論として意味を変え、彼の王立植物園で実証が進みますの。しかし、植物もまたこの世界の生き物ですわ。もちろん、動物も、魔物も。故にそのすべてには、脈々と続く命のバトンがありますの。それはまさにアリアドネの糸。地上に出た後に一度海に戻るようなことがあっても、その糸は分かれることこそあれど、途切れることはありませんわ。実際に彼等の中に鎖として存在する魔力構造体は、それを証明してくれるのです。それはきっと、私の意志を継いだウプサラ大学の生徒が現実の世界でも見つけてくれるに間違いありませんわ」
「うん。そうだね、カール先生はまさに天才だ」
「やめてくださいまし、恥ずかしくなりま……す、わ?」

 そこで改めて全身に液体窒素をぶちまけられたことに気付いたリンネが恐る恐る振り向いた時。ここまでは見れなかった、最高の笑顔がそこにあった。時間停止の凍る体にシズクの顔がそっとこちらの耳元に近づき、その吐息が感じ取れる距離で小さく優しく囁かれた。

「変態」

 その時、ぞくぞくと背筋を駆け上った衝撃と共に、リンネの中で今まで知らなかった新しい扉が開きかけたのだった。
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