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第Li章:多くの美しい自然遺産を持つ異世界で何故観光産業が発展しないのか

meat or fish/1:彼女は近い未来、自分のクローンナンバーが3桁になることをまだ知らない

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 世界幸福度ランキングなるものが存在する。このランキングの基準は、個人が自身の生活にどれだけ満足しているかの国民平均に基づいて計算されており、福祉に厚く、官僚が誠実で、法律が民主的で、個人の自由が保証されている国が上位に入るように作られている。本来数値化できない値をこのような欧米的な基準を持って数値化するのであるから、現実における住みやすい国との間には当然乖離が発生する話であり、よく動画サイトで見かけるまとめ動画における最強ランキングトップ10程度の気構えで流し見すれば良いものであるはずなのだが、なんだかまともな機関がしっかりとした調査の元に発表しているように見えてしまうため、世界終末時計と並んで人の心を惑わす存在になっているのが現状だ。

 このランキングはこのような基準で計算された結果、その上位には北欧諸国が多い。北欧はこの中でも特に福祉が手厚いからだ。ノルウェーの場合はこの予算を国が管理する油田からの収益に当てているためマシであるが、そのノルウェー含むほとんどの北欧諸国は福祉用の予算として極めて高い税金を徴収している現実がある点を忘れてはならない。もしもランキング上位の国の制度をそのまま日本に導入した場合、確実に日本もランキング上位に登り上がることになるが、その結果、未来の日本を形作る存在である若者の生活は今にまして悲惨なものになるだろう。しかし、高齢化が進む日本においては多くの高齢者の幸福度が高まることで平均として国全体の幸福度が高まる。これが数字のレトリックである。

 さて。そんな日本の幸福度は2023年付で47位と先進国最下位と言われている。しかし、前述の通りの理由でこの数値はそれほど気にするようなものでない上、実のところ先に語った評価基準には、日本人にとって極めて重要な幸福の基準が欠落していると言える。その評価基準とは。

「リク君。やっぱりメシウマって最高だよね」
「ん? あぁ、俺もメシウマは好きだぞ。スカっとするよな」
「メシマズとか見てられないもんね」
「だよなぁ。やっぱちゃんと報われるもんだよ。ざまぁでメシウマは最高だよ」
「えー? でも、メシマズの人たちを見てざまぁって思うのは趣味が悪いよ」
「ん? そうか?」
「世界がみんなメシウマになればいいのになぁ」
「いやいや、メシウマはあくまで誰かを貶めてのみ成立するもんだろ」
「え?」
「ん?」
「なんで世界中どこでも美味しいご飯が食べられるようになるために、そんな前提が必要なの?」
「お前にしちゃ随分流行の最先端なミームを語ると思ってたんだよなぁ!」

 動画サイトにおいて「実は日本がすごい」という動画は文字通り腐る程存在している。このような自国の素晴らしさを説くプロモーションは古来よりプロパガンダと呼ばれ、自国及びそれを構築する民族の優位性に狂信を抱かせるナショナリズムとして、良い面がある反面で行き過ぎた場合危険思想にもなりえることが歴史によって証明されている。代表例がまさにナチスによるユダヤ人の虐殺であり、あれはヒトラーただ一人の暴走ではなく、当時のほとんどのドイツ国民が自国ドイツとその源流であるゲルマン民族の優位性に絶対的自身を持ったが故のこと。それ以外の国家を貶めるための戦争行為と、それ以外の民族を貶めるためのユダヤ人虐殺を国民が承認した形であり、結果的に独裁でこそあったが、それを産んだのはまさに民主主義だった。そして、そこまで民主主義を暴走させたヒトラーの天才的能力こそ、自身こそが至高であると信じさせてしまうプロパガンダ演説能力だったのだ。つまり「実は日本がすごい」動画は自ら望んでヒトラーの言葉に心酔し、あの戦争を再び繰り返す土台を整えているとも言える。の、かもしれないが、実際にそんな動画の中を開いてみると、少しだけ趣が異なる。

 というのも、一般的なプロパガンダによって賛美されるものは、国家指導者とその政治形態、そして、国家を構築する民族の歴史と伝統が主となる。そういった前提知識を持った上で動画サイトの日本すごい動画を10本ほど見てもらいたい。おそらく、この内の1本が国民の道徳性であり、1本が技術力であり、残り8本が飯の話である。というのは少し言い過ぎにしても、とにかく日本の飯がうまいという話が圧倒的な割合を占めることは事実だ。

 実際問題、外国人観光客のほとんどが日本の食文化の多様性と完成度の高さに称賛の言葉を送っている点で、世界の中でも日本の飯が一番うまいということは紛れもない事実なのだろう。しかしこれは別の視点から見ると、飯に力を入れることが日常的な幸福度をあげる形に繋がると信じて歴史を積み重ねた日本人、そして、そんな動画を見ることで「日本はすごい!」と本来のナショナリズムへの陶酔とは別の形での自国愛アイデンティティを芽生えさせてしまう日本人の姿が見えてこないだろうか。

 ここで話を戻そう。世界幸福度ランキングには、食文化の完成度が評価基準から除外されている。バラマキ眼鏡は完璧には程遠くとも、歴史上最もマシと言われる民主主義をうまくコントロールしており、先日大きな汚職が露呈したとはいえ、これは逆を返すと膿を洗い流すチャンスでもある。そして何より、日本の食文化はまごうことなき世界ぶっちぎり1位であり、そんな日本人は何よりも食を重要視し、食により幸福を感じる民族だ。では改めて問おう。

「市民、あなたは幸福ですか?」
「当然! 最高に幸福だぜ!」

 休日。シズクから河川敷でのバーベキューに誘われたリクは、用意された最高級の牛肉と産地直送の野菜の数々に舌鼓を打っていた。こいつのことだから何か裏があるはずなのだが、そんな疑念は次々と火にくべられる最高級牛肉を前にすれば吹き飛んでしまう。改めてリクは思う。人の金で食う焼肉は、世界一だ。

「それで、どうして急にバーベキューなんだ?」
「うん。私達年末にはヨーロッパに行くわけじゃない」
「あぁ。ヨーロッパはヨーロッパでもスカンジナビアな」
「うん。スカンジナビア。そうなると当然、向こうでも食事をするよね」
「そりゃなぁ。10日間滞在するんだし、30回は向こうの物を食う」
「ということで、今回はその練習です」
「は? 飯の練習? どういうことだ? ていうか、今日はこんなに天気がいいのに、なんでお前は雨合羽にビニール傘の完全装備なんだ?」
「リク君はもこもこセーター完全装備だね。あったかそう」
「これか? いいだろ、下ろし立てだ。で、練習とかわけわかんねぇけど、そろそろ次の肉焼こ……う゛!」

 シズクが新しいクーラーボックスの蓋を開けた瞬間。突然絶望的な匂いがあたりを包んだ。

「待て! なんだそのクーラーボックスは! 一体何が……か、缶詰……? どうして未開封の缶詰がこんな匂いを……」
「知らないのかな、リク君。日本における缶詰は、最新技術においてほぼ真空に近い状態で中身を完全密封。素材の味をそのままに保管する超技術だね。でも北欧の缶詰はそうじゃない。中の空気は抜かれておらず、その目的は保存ではなく発酵。工場で加工されたニシンはその段階では未完成であり、概ね3ヶ月程度をかけて缶詰の中で熟成していく。この時、放置しすぎてはいけない。発酵の結果、缶詰の中で充満したガスによって爆発するからね。これはまさに食べ頃って感じかな」

 天気は日中の晴天だというのに、ビニール傘を開くシズク。そのビニール傘には、腕が1本通る穴があけられていた。これはもう、雨を防ぐ効果を持たない。別の用途を目的として改造されたものであり傘にして傘にあらずだ。シズクはその穴に手を入れ、上下雨合羽完全装備の自身の体をさらに防御するような形で、その缶詰のタブに手をかけた。

「じゃ、練習だね。スカンジナビア、私達が年末に向かうスウェーデンの伝統食品。世界一臭い食べ物、シュールストレミングを食べてみようか」
「待っ……」

 カシュ、という音と共に開かれた缶詰が、目の前で爆発する。勢いよく吹き出したガスと同時に発酵したニシンの汁が吹き出すも、シズクはそれを傘と雨合羽で完全防御。一方のリクはその汁の直撃を喰らい、下ろし立てのもこもこセーターは拷問用の拘束衣となった。リクはまず目に入った汁を洗い流すための水を求め、次に口にねじ込まれた魚片の味を消すための水を求め、最後にセーターに染み付いた匂いを流すための水を求めた。この暴虐により激怒したリクが機嫌を回復し、シズクの謝罪に応じる形でようやく口を開くのは、それから5日後のことである。
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