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第H章:何故倒された魔物はお金を落とすのか

生と死/10:決して質問を無視しないウミガメは優しすぎる

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「え? 違うのか?」

 落ち着いたリクにラーメンを振る舞いつつ、シズクは自分の能力についての質問に答えた。

「うん。私の力は、ウミガメのスープのような力じゃないよ」

 シズクも、ウミガメのスープというゲームがあることは知っていた。実際、この手のゲームを楽しむ人も身近に居たが、シズクはどうにもこのゲームが好きではなかった。それは、ゲームとしての制限のゆるさと、それ故に答えが突拍子もなくなってしまうことの多さから来ていた。

 ある男が、レストランでウミガメのスープを飲んだ。男はその後、自殺してしまう。何故だろうか? この問いに対して回答者は、YESかNOか答えることができる質問を行うことができる。出題者はそれらすべてに対して正直に、YESかNOか関係ないの3つの答えを返す。例えば、「そのレストランのスープは本物のウミガメのスープだったのか?」という質問には「YES」と答え、「男はそのレストランの常連?」という質問には「NO」と答え、「男は普段ファーストフードを主に食べていた?」という質問には「関係ない」と答えるといったような具合だ。このような質問を繰り返すことで、ウミガメのスープを飲んだことで自殺してしまったという奇妙な因果関係の理由を解き明かすという水平思考推理ゲームだ。

 一見すると、なかなかに面白そうな謎解きに思えるかもしれないが、シズクに言わせればそうではない。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、という言葉があるように、思いつき限りの質問をしていけばいずれ答えにはたどり着いてしまうからだ。そして、それは出題者も当然わかっているわけで、その上でこのゲームを面白くするために、なかなか思いつかないような設定をこの因果関係に噛ませてくる。ネタバレになってしまうが、このウミガメのスープの代表的な答えとして、かつてこの男が海で遭難し、そこである禁忌を犯していたエピソードが絡んでくる。答えを聞けば「なるほど」と頷ける理由なのだが、では世界に同じ理由でウミガメのスープを飲んで自殺する人間が居たのかというと、おそらく存在しない。このように、ウミガメのスープは超々レアケースを答えとすることがほとんどで、つまるところ、常識から連なる深く広い知識を用いたゲームではなく、どれだけ突拍子もないことを因果に絡めるかという、現実には全く役に立たない徒労の塊だ。と、シズクは考えていた。

 もしもゲームとしてこのシステムを基本により面白い構造にしていくならば、質問回数に制限を加えることは必須となる。実際、どれだけ少ない質問回数で答えにたどり着けるかというルールと、同じ質問に別の場所別の機会に挑んだ回答者と質問回数を競うなら、このゲームはそこそこには面白くなる。

 だがそれでも、シズクはこのゲームを嫌った。それは、質問に対して必ず答えが帰ってくる点にあった。科学の子として、実際に世界の様々な謎に立ち向かってきたシズクにとって、この世界にどれだけ多くの未知が残っているかというのは日常の常識。YESかNOではなく、UNKNOWNを返すことがほとんどなのだ。それをどうにかしてYESかNOにする細かい作業が面白いのであって、そのプロセスがカットされたウミガメのスープというゲームは、こんなこといいな、できたらいいなを甘く考えた門外漢が、浅い部分の面白さを抽出しただけのゲームでしかなかった。

「そうやって、私がウミガメのスープが嫌いな理由は前にも話したよね?」
「そういえば、そんなこと言ってたな」
「でも、質問に対して答えを求める能力であるということは正解。ただ、その回答は『YES』もしくは『無反応』になっているの。そして、実際に答えが『YES』である場合でも、必ず『YES』と答えてくれる保証はない。嘘はつかれないけど、無視はされるってこと。ここで無視された場合、何度同じ質問をしても答えが帰ってくることはない。そんな、物凄く厄介な制限をかけたのがこの力」

 こいつは何を言っているんだ。それがリクの、本当に素直な答えだった。

 E=mc2。このアインシュタインの公式が世界で最も美しいと言われる理由は、その単純さにあった。複雑な計算を挟まず、また、プログラミング言語で言うところ「IF構文」が使用されることもない。単純明快に、そして、汎用的に利用できるからこそ、世界で最も美しい公式なのだ。これはまぎれもなく、現代科学者達がもつ共通概念であり常識だ。そうであればこのシズクの力はもはや、史上最も醜いチート能力とも言える。

「なんで、そんな力を? あ、そうか。直接答えを貰う力は強すぎたんだな? それであの女神様相手に値引き交渉をしたってことか?」
「いや、直接貰えるよって言われたのを断って設定した」
「はい? 聞き間違いかな? どうしてそんな……いや、もしかして、この能力には他に凄い条件設定があるのか?」
「うん。実はね、質問に対して『YES』が帰ってくる確率は、私が『YES』である理由にどれだけ近づけたかによって高まり、完全に確信している場合100%になる。つまり、完全な追従実験装置ってことだよな。すごくない?」

 目をきらきらさせて能力の凄さを語るシズク。確かに、もしも彼女の言う完璧な追従実験装置があれば、世界の科学者はどれだけ助かるのか想像に容易い。だがそうじゃないだろう。ここは異世界。行われたのはチート転生。言うならばこれは、どんな願いでも叶えてやろうというランプの魔神に、食パンをぎこぎこせずにスッと切れる包丁が欲しいと言ったようなものだ。便利だろうがそうじゃない。そうじゃないだろう。

 いやしかし。世に溢れる所謂「能力者物」と言われる物語の多くは、一見つまらなそうで汎用性の低い力を、驚くような方法で活用して無敵のスキルに変えるというカタルシスが含まれているものだ。おそらくこの能力もそのような裏技的な使い方ができるはず。そう信じて考え込み、1つの答えに至る。

「そうか! つまり、完全な理論をでっちあげられれば、真実を捻じ曲げて自分に都合のよい答えに事象の改変が行えるってことか!」
「そんなわけないじゃん。バカなの?」
「バカはお前だ!」

 もう頭がくらくらする。本当に、どうして。どうしてこんな。

「何故こんなどうしようもない力を選んだんだよ……」
「だって、この力があればきっと、楽しく世界の謎を解き明かしていけるよ」

 当たり前だとばかりに、確信をもった目でシズクは言う。

「勝負に勝てたら、うれしいよね。これは、負けることもあるからなんだよ。むしろさ、何度も何度も負けて、負け続けてさ。負けの理由を分析し、こうしたら、ああしたらっていろいろ考えて、単純で泥臭くて辛いだけの鍛錬も繰り返して、それでようやくたどり着いたたった1回の勝利が、本当に最高の喜びになる。絶対に負けない力で好き放題したら、確かにしばらくは気持ちいいと思うけど、それさ、絶対すぐに飽きるんだよ。無敵の魔女は、退屈で殺せてしまうんだよ」

 身に覚えがない、とは言えなかった。無制限チートでゲームを楽しめた時間が、どれだけ短かったか。わかっていた、わかっているはずなのに、それでもチートがしたくなってしまいチートをして、それですぐに飽きて別のゲームを買いに走ったことが、これまで何度あっただろうか。

 しかし、それでも、チートをしたいと思ってしまうことこそが人間なのではないだろうか。その愚かさこそが、人間の本質ではないのだろうか。人類がずっと求めてきたもの。不老不死なんてものはまさに究極だ。どうしようもないほど力が欲しい。それが人間なんじゃないのか? そう言い返してやろうと思った言葉を、シズクが優しく塗りつぶす。

「だからね、私は答えが知りたいけど、それを直接欲しいとはこれっぽっちも思わない。本当の答えにたどり着いた時、どうしても発生してしまうだろう『これは本当に答えなのか?』と思ってしまう不安という感情、心の弱さに打ち勝てる力が。ただ背中を押して、『そうだよ』とだけ言ってくれるなにかが欲しかったんだ。それって本質的には、すべての人類が求めてきた究極なんじゃないかな?」
「あ……」

 もう、何も言えなかった。何を重ねても、何を答えても、陳腐になってしまう気がした。

「ちなみに、どうやらさっきを思い出すに、死んでも蘇生できる力も貰えているみたいだね。さっきみたいな理不尽で思考と探求が終わってしまうのを避けられるのはうれしいよ。ただ、あんまりこの力に頼りたくはないなぁ」
「ん、それはどうしてだ?」
「当たり前だよ。痛いし、苦しかったからね。文字通り、死ぬほど」

 真剣な表情でそう答えるシズクに、思わず笑いがこぼれた。

「そりゃそうだ。痛いのも苦しいのも、できればごめんしたいところだよな」

 そんな当たり前を笑い合って再確認したのが、異世界初日のことだった。
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