59 / 71
将門の過去
五行の星
しおりを挟む平将門と平真樹の二人が、皆に見送られて出立した二日後。
賀茂忠行は神妙な面持ちで、将門の屋形の庭に座しながら、星空を見上げていた。
松虫が規則正しく、軽やかな弦楽器のような鳴き声を上げる。
「今宵は星もええ、悪いのんは立地が四神相応であらへんことくらいか」
秋夜の冷たくなった風を受けながら立ち上がり。細い目をさらに細める。
紙で作られた、鳥形代が賀茂忠行の近くに寄り、するりと忠行の肩へと乗る。
「お師匠様、五つの結界石の設置は滞りなく済みました。本当に四神相応でないのに結界を張れるのですか?」
鳥形代から安倍晴明の若い声が出る。
「張れるよ、それにね晴明くん。四神だけが結界やない、力があれば問題無く、他のでも強力な結界は張れるんや」
笑みを浮かべる忠行。その瞳には絶対の自身から来る、炎が灯り。
呼応するかのように星々の光が強くなる。
「晴明くん、早う戻ってきいひんと見逃すで」
諸手を大きく広げると、袖から夥しい数の形代が方々へと散る。
「太極は」
言の葉を紡ぐと、形代はひとりでに忠行の頭上に集まり、陰陽魚を形作る。
くるくると陰陽魚は回り続ける。
「五行へと至り」
陰陽魚は形を変え、五芒星となる。
「太極へと回帰する」
頭上の五芒星は回転する速度を増しながら、また陰陽魚へと形を変える。
「なれば、我の名で五行を固定しよう、何物も破れない五行」
五芒星となった形代が、忠行の頭上から降りてくる。
中心の五角形が忠行の体を通り、地面に辿り着き、貼り付く。
「五行は完全なる形」
五芒星の形を崩さずに、地面を這い、広がってゆく形代。
「木生火、火生土、土生金、金生水、水生木」
五つの結界石に、隙間なく取り付く形代。忠行の言の葉に合わせて光り始める。
忠行から見て、東の結界石は緑色に、南東の結界石は紅色、南西の結界石は黄色、西の結界石は白色、そして北の結界石は黒色に。……
「凄い。……これがお師匠様の本気。射覆だけが得意じゃなかったんだ。――」
大型の鳥の形代に乗って、空中より見ていた晴明は息を飲む。
「――聞こえてんで晴明くん、そこでしっかりと、お師匠様の格好良いところを見ときや」
軽い口調であるが、忠行の全身から汗が噴き出し、白い狩衣が湿り、汗が滴り落ちる。
忠行はゆっくりと深呼吸をして、眼を開く。
「木剋土――力よ、回転れ! 土剋水――力よ、廻転れ!」
東の結界石から、南西の結界石に向かって眩い光の線が引かれ、南西から北の結界石へと同じように光の線が引かれる。
「水剋火――力よ、輪転れ! 火剋金――力よ、旋転れ! 金剋木――力よ、円転れ!」
北から南東へ、南東から西へ、西から東へと、結界石から結界石へと光の線が一筆書きのように繋がり、五芒星が描かれる。
「相生と相剋を繰り返す、力の奔流よ、回り続けよ。悪しき者を遠ざけよ、輪廻五行結界!」
半円球の光の壁の中に、五芒星の形の光の壁が紡がれる。――それは侵入も破壊をも拒む結界。
忠行は庭へと倒れ込むように寝転ぶ。
「終わった終わった。晴明くん、誰かから力のつく食べ物をもろうてきて。……ほんと。らしくないわぁ」
笑いながら一人で空を仰ぐ忠行。星々と晴明の形代が飛び回る。
四本の金色を揺らしながら、化生は終始の間、賀茂忠行の行動を遥か遠くから見ていた。
「あれは。……太上老君の」
そこまで言いかけて、勢いよく、左人差し指を歯で噛む。――たらりと赤い血が白い手を伝う。
「あれは似ているが、違う。嗚呼、忌々しい記憶の染み……腹立たしい。妾はアレとは違う」
頭を右手で押さえながら、ふらつく足取りで西へと向かい、闇夜へと消えてゆく。
平将門と平真樹は上洛を果たす前に上総国武射郡の平良兼の元へと足を運んでいた。
「義父殿。……怪我の具合は如何ですか?」
「うむ。……大事無い」
将門と良兼は顔を突き合わせながら座り、ぽつりぽつりと言葉を交わしていた。
将門の目に映る、良兼の姿は少し萎んで見えていた。
「義父殿。……豊田に療養も兼ねて、御滞在頂きたいのですが。……五月も春も喜びましょうし」
「うむ。……分かった。それと将門よ、儂は化生を退治したら隠居しようかと思っておる」
良兼は仏頂面をしながら、さらりと重大な発言をする。
「息子達に貞盛の捜索も、兵を集めて訓練もやらせておく。……だが、それでも心許ない。将門よ上洛して、何としても朝廷の力を借りてこい。一族を誑かした化生を滅してやる」
静かな怒り。声を荒げる事なく、仇を討つという目的の為に、その日の為に力を蓄えている。
良兼の堅い決意。――それに応えるように、しっかりと頷く将門。
決意と思惑を胸に収め、期待を背負い、将門は太政官符が届いた日より、四十日後の十月十七日までに火急の上洛を果たす。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
女の首を所望いたす
陸 理明
歴史・時代
織田信長亡きあと、天下を狙う秀吉と家康の激突がついに始まろうとしていた。
その先兵となった鬼武蔵こと森長可は三河への中入りを目論み、大軍を率いて丹羽家の居城である岩崎城の傍を通り抜けようとしていた。
「敵の軍を素通りさせて武士といえるのか!」
若き城代・丹羽氏重は死を覚悟する!

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
剣客居酒屋 草間の陰
松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる