異聞平安怪奇譚

豚ドン

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将門の過去

五行の星

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 たいらの将門まさかどたいらの真樹まさきの二人が、皆に見送られて出立しゅったつした二日後。

 賀茂かもの忠行ただゆきは神妙な面持おももちで、将門の屋形やかたの庭に座しながら、星空を見上げていた。
 松虫が規則正しく、軽やかな弦楽器のような鳴き声を上げる。

今宵こよいは星もええ、悪いのんは立地が四神しじん相応そうおうであらへんことくらいか」

 秋夜の冷たくなった風を受けながら立ち上がり。細い目をさらに細める。
 紙で作られた、鳥形代かたしろが賀茂忠行の近くに寄り、するりと忠行の肩へと乗る。

「お師匠様、五つの結界石の設置は滞りなく済みました。本当に四神相応でないのに結界を張れるのですか?」

 鳥形代から安倍あべの晴明はるあきらの若い声が出る。

「張れるよ、それにね晴明くん。四神だけが結界やない、力があれば問題無く、他のでも強力な結界は張れるんや」

 笑みを浮かべる忠行。その瞳には絶対の自身から来る、炎が灯り。
 呼応するかのように星々の光が強くなる。

「晴明くん、早う戻ってきいひんと見逃すで」

 諸手もろてを大きく広げると、そでからおびただしい数の形代が方々へと散る。

太極たいきょくは」

 言の葉をつむぐと、形代はひとりでに忠行の頭上に集まり、陰陽魚いんようぎょを形作る。
 くるくると陰陽魚は回り続ける。

五行ごぎょうへといたり」

 陰陽魚は形を変え、五芒星ごぼうせいとなる。

「太極へと回帰する」

 頭上の五芒星は回転する速度を増しながら、また陰陽魚へと形を変える。

「なれば、我の名で五行を固定しよう、何物も破れない五行」

 五芒星となった形代が、忠行の頭上から降りてくる。
 中心の五角形が忠行の体を通り、地面に辿り着き、貼り付く。

「五行は完全なる形」

 五芒星の形を崩さずに、地面を這い、広がってゆく形代。

木生火もくしょうか火生土かしょうど土生金どしょうごん金生水ごんしょうすい水生木すいしょうもく

 五つの結界石けっかいせきに、隙間なく取り付く形代。忠行の言の葉に合わせて光り始める。
 忠行から見て、東の結界石は緑色に、南東の結界石は紅色、南西の結界石は黄色、西の結界石は白色、そして北の結界石は黒色に。……

「凄い。……これがお師匠様の本気。射覆せきふだけが得意じゃなかったんだ。――」

 大型の鳥の形代に乗って、空中より見ていた晴明は息を飲む。

「――聞こえてんで晴明くん、そこでしっかりと、お師匠様の格好良いところを見ときや」

 軽い口調であるが、忠行の全身から汗が噴き出し、白い狩衣が湿り、汗が滴り落ちる。
 忠行はゆっくりと深呼吸をして、眼を開く。

木剋土もくこくど――力よ、回転まわれ! 土剋水どこくすい――力よ、廻転まわれ!」

 東の結界石から、南西の結界石に向かって眩い光の線が引かれ、南西から北の結界石へと同じように光の線が引かれる。

水剋火すいこくか――力よ、輪転まわれ! 火剋金かこくごん――力よ、旋転まわれ! 金剋木ごんこくもく――力よ、円転まわれ!」

 北から南東へ、南東から西へ、西から東へと、結界石から結界石へと光の線が一筆書きのように繋がり、五芒星が描かれる。

相生そうせい相剋そうこくを繰り返す、力の奔流ほんりゅうよ、回り続けよ。悪しき者を遠ざけよ、輪廻りんね五行結界ごぎょうけっかい!」

 半円球の光の壁の中に、五芒星の形の光の壁が紡がれる。――それは侵入も破壊をも拒む結界。
 忠行は庭へと倒れ込むように寝転ぶ。

「終わった終わった。晴明くん、誰かから力のつく食べ物をもろうてきて。……ほんと。らしくないわぁ」

 笑いながら一人で空を仰ぐ忠行。星々と晴明の形代が飛び回る。




 四本の金色を揺らしながら、化生は終始の間、賀茂忠行の行動を遥か遠くから見ていた。

「あれは。……太上たいじょう老君ろうくんの」

 そこまで言いかけて、勢いよく、左人差し指を歯で噛む。――たらりと赤い血が白い手を伝う。

「あれは似ているが、違う。嗚呼、忌々しい記憶の染み……腹立たしい。妾はアレとは違う」

 頭を右手で押さえながら、ふらつく足取りで西へと向かい、闇夜へと消えてゆく。





 平将門と平真樹は上洛を果たす前に上総国かずさのくに武射むさ郡の平良兼の元へと足を運んでいた。

「義父殿。……怪我の具合は如何ですか?」

「うむ。……大事無い」

 将門と良兼は顔を突き合わせながら座り、ぽつりぽつりと言葉を交わしていた。
 将門の目に映る、良兼の姿は少ししぼんで見えていた。

「義父殿。……豊田に療養も兼ねて、御滞在頂きたいのですが。……五月も春も喜びましょうし」

「うむ。……分かった。それと将門よ、儂は化生を退治したら隠居しようかと思っておる」

 良兼は仏頂面をしながら、さらりと重大な発言をする。

「息子達に貞盛さだもりの捜索も、兵を集めて訓練もやらせておく。……だが、それでも心許ない。将門よ上洛して、何としても朝廷の力を借りてこい。一族をたぶらかした化生を滅してやる」

 静かな怒り。声を荒げる事なく、仇を討つという目的の為に、その日の為に力を蓄えている。
 良兼の堅い決意。――それに応えるように、しっかりと頷く将門。

 決意と思惑を胸に収め、期待を背負い、将門は太政官符が届いた日より、四十日後の十月十七日までに火急の上洛じょうらくを果たす。
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