44 / 71
将門の過去
タイヨウ
しおりを挟む将頼が手勢を率い、石田から大串を目指し出立してから、ほんの少しばかりの時がたつ。
将門は骨で作られた、小さな笛を、ゆっくりと口元に笛を持っていき、息の続く限り吹く。――鳶の鳴き声のような音色が響く。
「小太郎達が来るまでに、幾許かの時がいるな」
将門は、燃え……今にも崩れ落ちんとしている、平國香の屋敷を眺めながら言つ。――その目尻からは、真珠の様に光る玉雫が零れる。
玉雫が、地に落ちる瞬間。屋敷の正面より人影が現れる。
「っぐ! 國香伯父上!」
現れた人影は平國香、その人であった。――すでに肉は焼け爛れ、指先は炭と化していた。
将門は、その光景に目を疑い、よろけながらも近づく。
「近づくな! お前も近づけば、儂のように悪意の炎に焼かれるぞ」
喉が焼け、喋れない程に火傷を負っている筈であるが、平國香の声は、はっきりと将門の耳に届く。
その言葉に将門は、大地を踏む抜かんとする勢いで足を下ろし、踏みとどまる。
「将門よ、儂の不徳の成すところではあるが、恥を忍んで頼む。甘言に踊らされ、常陸国に引き込んでしまった、あの女」
そこまで言葉を続け、否定するように|頭を振る平國香。
「いや、あれは人ならざるモノ、化生の類であろう……あれを殺してくれ、頼む」
平國香の言葉に眉を顰める将門。
「國香伯父上。あれとはいったい――」
問い詰めようと平國香に、にじり寄る将門。――平國香の身体がさらに炭となり崩れてゆく。
「相まみえれば、自ずと――っぐ、分かる。将門よ……今まで、すまなかった」
謝罪の言葉と共に、平國香は全身が炭となり、足先から崩れ、徐々に塵となる。
将門は眼を瞑る。……祈るように、静かに手を合わせる。
「國香伯父上……貴方の仇は、将門が取ります故……安らかに、お眠りください」
俄かに、木々が風も無いのに揺れる。
四つの影が将門の前へと落ちてくる。――飯母呂の四人衆が揃い、頭を垂れる。
「将門様……飯母呂衆、ここに馳せ参じました」
小太郎が顔を上げる。
「平穏に筑波山で暮らしている所を、笛で急に呼び立てて、すまなかったな。本物の人ならざるモノが敵になりそうだ。……力を借りたい」
将門は申し訳なさそうな顔をしながら、小太郎達に頭を下げる。
「将門様……我らは、いつ何時でも、貴方様の手足となる所存です。どうか、頭をお下げにならず、ただ御命令ください」
小太郎の静かな声。――促され、頭を上げる将門。
「……ありがとう。これより! 卑劣な絵図を描き、我ら一族を貶めようとした、取木に巣食う悪を討つ! 征くぞ!」
その言葉に奮い立った黒丸が嘶きを上げ、将門の横を駆け抜ける瞬間。――将門は手綱を掴み、腕の力と地面を蹴った勢いで、黒丸に飛び乗る。
飯母呂衆は、四つの影となり、駆ける黒丸を追随する。
柱が音を立て崩れ、倒壊していく平國香の屋敷。――焦土と帰す石田、悪意の炎は未だに消えず。
石田から取木へと向かい、到着する将門達。
平國香が招き入れ、源扶があの御方と称したモノを探していた。
――一際、大きく立派な……真新しい鳥居の前で、えも言われぬ気配に囚われ、将門と飯母呂衆達の全身が毛羽立つ。
「小太郎、周囲の民たちを避難をさせてくれ……黒丸、お前も一緒に行け、民を助けてやれ」
将門は黒丸から降り、ゆっくりと撫でる。――今まで勇猛果敢で怖いもの知らず、であった筈の黒丸もが、大粒の汗を流し、震えていた。
「御意。……黒丸殿も此方へ」
黒丸は小太郎に手綱を引かれながら、民の元へと向かう。――黒丸は何度も、将門の身を案じる様に振り向きながら。
将門は深呼吸し、鳥居の奥へと目を向ける。――清澄な空気の欠片も無く、禍々しく重苦しい空気が漂う。
「國香伯父上……これは、八岐の呪より遥かに悪いものですぞ」
一歩進むごとに重圧が増す中を将門は進む。
最奥。……火の灯りも無く、暗く湿気た、本殿の前で神楽鈴を鳴らしながら踊る人影。――顔も姿も暗さで良く見えないが、将門は直感する。
「お前だな。お前が、源扶が言っていた、あの御方だな」
抜き放っていた太刀を構えながら、将門は警戒する。
人影は問いには応えず、さらに全身を使いながら踊り、今まで一番大きく鳴る鈴の音。
――瞬間、周りに人の気配もない筈であるが、幾本もの篝火に青白い火が灯される。
地に着きそうな程に長く白い髪は、火に照らされ、星を纏い揺れる。神楽鈴を持つ白い指は、思わずむしゃぶりつきたくなる程に蠱惑的であった。双丘が揺れ、雄を誘う踊り――耐え切れない程の雌の匂いが鼻腔に入り込み、色香が将門を惑わし、将門の身体が揺れる。
その姿と目を奪われそうになる。――が、しかし、将門は太刀の柄で、自分のこめかみを殴る。
将門は、こめかみから流れる血を拭い、笑う。
「ふう……人の正気を失わせる、これがお前の術か? 笑わせてくれる」
人影は身体を震わす。
「アハハハハ! 流石、平将門は一筋縄ではいかないですね、他の凡骨はあっさりと落ちたのに」
人影が顔を将門に向ければ、狐面が笑う。
「自分から白状するとは……化生よ、覚悟は良いようだな!」
将門は駆け、狐面の女に迫り、袈裟懸けに斬ろうと白刃を振るう。
「ふふ、せっかちな」
狐面の女は、蚊を追い払うかのように、左手の甲で……素手であるにも拘らず、将門の振る太刀を跳ね返す。
将門は体勢を崩し、足が少しだけ地から離れる。
「ぐっ――っづ、おら!」
弾き返されながらも、さらに太刀を振るう。
――また片手で弾かれる。――太刀を振るう、弾かれる。
その繰り返しが数合繰り返される。将門は形成不利を悟り、大きく飛び退き、狐面の女から距離を取る。
「嗚呼、平将門。定命の者の中では別格の強さ……だけど足りない。――もっと感じさせて!」
狂ったように笑う狐面、それに対して珍しく息を乱し、大粒の汗を流す将門。
「結界か、それに連なる類の術……それも性根の悪いことに、他人の力を吸うようなものだな」
将門は太刀は手放さず、汗を拭う。
「ふふ、それが分かったところで、お前にはどうすることもできない。……さあ、今度は此方の番」
篝火に灯されていた青白い炎。――鬼火や、狐火と呼ばれるそれが、一つではなく、幾つもが宙に浮かぶ。
「ほう、野宿する時に便利だろうな」
将門は恐れることなく、不敵な笑みを浮かべ挑発する。――一時の間を置くことも無く、次々に飛来する。
「がは! 怒ったか?」
将門は迫りくる炎を避け、太刀で裂く。――俄かに、炎を裂くだけではなく、将門は太刀に炎を纏わせ、術者である狐面の女に跳ね返す。
しかし、跳ね返した炎は見る見るうちに萎み消える。
「ふむ、良い考えだと思ったのだがな、駄目か」
将門は狐面には聞こえない程の声で言つ。――唐突に炎が将門へと飛来しなくなり、一ヵ所に集まる。
「小太郎、早くせねば不味いぞ!」
離れた場所でも熱気を感じる程になり、辺りに植えられた木々が着火しはじめ、本殿にも火の手が上がる。――宙に浮かぶ、偽りの太陽。
「早く早く、その身体に封じ込めたモノを出さなければ死にますよ、平将門」
狐面の女は、今にも舌なめずり音が聞こえてきそうなほどに、嬉々とした声色で将門に語り掛ける。
人差し指を立てた後、ゆっくりと将門に人差し指を向ける。――将門に向かって落ちる太陽。
「何とか、出来るか? 否、何とかせねばならん――」
将門の額に浮かぶ汗は、暑さの所為か、絶望の所為か……
「将門様、準備が整いました」
将門の背後から聞こえる、小太郎の声。……それは将門にとって天の声であった。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
女の首を所望いたす
陸 理明
歴史・時代
織田信長亡きあと、天下を狙う秀吉と家康の激突がついに始まろうとしていた。
その先兵となった鬼武蔵こと森長可は三河への中入りを目論み、大軍を率いて丹羽家の居城である岩崎城の傍を通り抜けようとしていた。
「敵の軍を素通りさせて武士といえるのか!」
若き城代・丹羽氏重は死を覚悟する!

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
剣客居酒屋 草間の陰
松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる