元エリート少女は年齢相応の生活を試みる

安蒜佑香

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第一章

3話目

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 舗装のされていない砂利道。

 そこは既に王都から遠く離れた場所。

 そんな場所をゆっくりと進むその隊商は比較的大きく、しっかりと護衛も雇っている。

 その中に、隊員ではない者が同行していた。


「しかし、女の薬師の一人旅なんて珍しいねぇ。」

「師匠から独り立ちの許可が降りたので、自分の拠点を探そうと思って出て来たんです。」

「なるほどなぁ~。まだ小さいのに大したもんだ。そういやお嬢ちゃん、名前は?」

「リルといいます。次の街までご一緒させていただきます。」

「リルか。宜しくな! なんかあったらその時は頼むよ。」

「はい。勿論。」


 旅の暇つぶしに話しかけて来た隊員とおしゃべりをするのは、一人の薬師。
 まだ10代前半であろう彼女ーーリルは既に師匠から認められ、独り立ちをしたのだという。

 きっと相当な努力をしてきたのだろうと、リルと話していた隊員は思った。




 ーーーまあ、全て嘘だ。

 このリルという少女、お察しの通りかの死刑囚である。

 確かに薬師の技術は持っているが、師匠から独り立ち? そんな事実はどこにもない。全て独学である。







 リルがあの処刑場を抜けるとジェルバの腹心の1人が待ち構えていて、彼女の私物の服や武器、薬師の服装と道具、それと何故か分厚い眼鏡と髪の染め粉、化粧品らしきものを渡された。
 そこには書き置きも添えられており、


 「髪と瞳は極力隠すように。顔も誤魔化す事が望ましい。
 ただし魔術を使う事はオススメしない。魔術に精通する者には違和感を与えるからな。
 顔を誤魔化す時も化粧などで行うように。
 眼鏡と当分の染め粉も渡しておく。
 まあ、上手く生きろよ。

  リルの友、ジェルバ・レード・カリオスロ」


 と書かれていた。


 髪と瞳を隠すのは皇族の印を隠す為だろう。
 まあ、長年鎖国していたせいでエルラントの皇族の容姿など知る者はごく少数だが。

 しかし、顔を誤魔化す意味が分からない。







 まあ、忠告には従おうと言われた事をしっかりと守っているリルの今の見た目は、三つ編みにしたこげ茶の髪に分厚く瞳の色さえ判別しにくい眼鏡。肌は多少くすんだ印象を受ける。
 どこからどう見てもただの地味な少女だ。


 そんな格好で隊商に紛れながら王都から西へ西へとリルは進んで来た。

 これまでの道程は順調だった。
 街から街へと隊商について行かせてもらい、特にトラブルもなかった。
 強いて言えば一度だけ盗賊に襲われたが、護衛の方々があっさりと倒してくれたので、問題はない。


 今日もこの調子で進んで行けば、日暮れ前には街に着くだろう。
 それでもこの隊商の納品期限は明日の朝らしいので、結構ギリギリなのだと、先程の隊員が言っていた。



 そんなことを思い出しながら歩いていると、不意に前方がザワザワとする。
 何かあったのだろうかとぼんやり考えていると、「薬師さ~ん!」と声をかけられたので、慌てて駆けつけた。

 そこには真っ赤な顔で汗をびっしりかいた男性が倒れていた。

 これだけでは状況が分からない。
 状況を把握しようと、近くにいた人に適当に声をかける。



「どうしたんですか、この方? 隊商の人じゃないですよね?」

「あ、ああ。なんだ薬師さんか。道を歩いてたら倒れているのが目に入ってな。どうやらひどい熱らしい。診てやってくれるか?」

「勿論です。」



 そう言うと、リルはまず倒れている男性の意識確認をするが、反応はない。
 周囲を確認してみるが、何か毒物が転がっている訳ではなく、口の中にもそのような痕跡は無かった。

 毒物を体内に入れたという訳ではなさそうだ。

 しかし、熱が高い。

 取り敢えず気道の確保をし、呼吸をしやすくすると、頸動脈で脈拍数、ついで瞳孔も確認する。

 状況はかなり悪かった。
 心拍数は通常よりも高く、瞳孔も開き気味だ。
 
 高い熱によって、このままでは体内の臓器に多大な負荷がかかり、何らかの後遺症を引き起こすことも考えられる。


「かなり悪いですね。今この場で対処しなければ手遅れになります。」

「馬車での移動は?」

「体に負担がかかるので無理です。」


 そう答えると、隊商の隊員達は顔を見合わせた。誰が言う?的な雰囲気が漂っている。
 そして、しばらくしてからその隊商の代表者が一歩前に出た。


「薬師さん、申し訳ないが、私達は先を急いでいる。非情だと思うかもしれないが、彼の治療を待っている時間はないのだ。
今ここで、我々についてくるか彼の治療をするか決めてはくれないか?」


 納期が差し迫っている為に、待つことが出来ないのだろう。


 リルとしては、薬師の格好をしている以上彼を見捨てるという選択肢はない。
 今は時間に縛られる事もないのだから余計にだ。



「私はこの方の看病をします。それで…申し訳ないのですが、テントを1つ譲ってくれませんか? 勿論お金は払います。」

「いえ、お金はいりません。テントなら持って行ってください。悪いのはこちらなのですから。」

「本当ですか!? ありがとうございます。」





 ガタガタと隊商の馬車が通り過ぎて行く中、リルは草原にサッサとテントを組み立てる。
 隊員の中には手伝ってくれる人もいて、5分もたたたないうちに終える事ができた。

 急いで熱のある男性をテントの中に運び込み、魔術で氷を作り出す。
 今後の人生、魔術は控えるつもりだったが、人の命がかかっているのだ。そんな悠長な事を言っている場合ではない。

 その氷を袋に入れ、タオルを巻いたうえで、頭の下、脇の下、足の付け根、へその上などに配置する。
 高すぎる熱は、人の身には危険すぎる。一刻も早く下げなければならない。




 リルの看病は日が西へ沈み、東から登って来るまで続いた。
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