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第一章 黄巾の乱

鄒靖への意見具申

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 初戦闘を終えた日の夕刻、野営の準備を終えた俺たちのもとに、他の義勇兵たちが集まってきた。
 集まったのは、再編成された各隊のまとめ役となった数名と、その取り巻き連中で、あわせて二十名ほどか。

「俺たちゃあ死にかけの連中に石投げるために集まったんじゃねぇぞ!」
「こんな調子で手柄ぁ上げれんのかよ……」
「なぁ、玄徳さんよぉ。あんたから官軍の腰抜けどもにいっちょガツンと言ってくんねぇか?」

 どうやらみんな、投石だけで敵を打ち倒すような戦闘を快く思っていないらしく、それについて抗議すべきだ、と訴えに来たのだ。
 彼らがここに来たのは、俺たちを含む劉備の精力がもっとも人数が多いからだろう。
 劉備が賛同してくれれば、官軍にも意見が通りやすいと思ってのことだ。

「しかし、我々はあくまで官軍主導で動くのが前提の義勇兵です。その指示を無視するわけにはいきません」

 その言葉に、不満の声が各所で上がり始める。
 腰抜けだなんだと罵声まがいのものが混じり始めたところで、関羽が一歩前に出た。

「静まれぃ!」

 長柄刀の石突きで地面を叩きながらの一喝により、義勇兵たちは全員が口をつぐんだ。

「先ほどから好き放題言いおって、無礼ではないか!」
「まったくだぜぇ。文句があるってんならおれが聞いてやろうか?」

 関羽に続いて張飛も一歩前に踏み出し、手にした棒をブンッとひと振りした。

「ヒィッ……!」

 短い悲鳴が各所で上がり、仰け反る者や、恐怖にしゃがみ込む者が続出する。

「雲長、益徳、待つんだ」

 義勇兵たちを威嚇していたふたりの弟分に、劉備は待ったをかけた。
 関羽と張飛が劉備を振り返ったことで、その場にいた者たちから、安堵の息が漏れる。

「私たちは志を同じくした義勇兵だから、そこに身分の上下はないはずだ。なら、言いたいことがあるのなら、言い合うべきだろう」

 そこで劉備は、例のアルカイックスマイルを浮かべた。

「雲長、益徳、お前たちも言いたいことがあるのなら、私と異なる意見であっても正直に言ってほしい」

 関羽と張飛は一度互いに見合い、すぐに俯くと、各々を考えるそぶりを見せた。
 先に、関羽が口を開く。

「兄者には悪いが、オレ先の官軍の戦い方に納得はいかない。できればもっと堂々と戦いたい」
「そうだなぁ。おれも関兄ぃの意見に賛成かな。遠くから石ぶつけるなんざ、卑怯もんのやることぜぇ」

 ふたりの意見に同意するように、他の者たちも頷いている。

「そうか……。私としてはできれば官軍に逆らうようなことはしたくないのだけど、みんながそう言うなら仕方がない。実際、私もあの戦闘には納得のいかない部分はあるのでね」

 神妙な面持ちでそう言い終えると、劉備は再び微笑を浮かべ、全員を見回した。

「では、みなさんの代表として鄒校尉に意見を述べるということで、よろしいですね?」

 ちゃっかり“みなさんの代表”という言質をとりつつ、その場にいた全員の同意を得た劉備は、意見具申の許可を得て、鄒靖の幕舎に通されるた。
 ちなみ随行しているのは俺ひとりだけ。
 関羽や張飛を連れていくと威圧的になりすぎるだろう、との判断からで、未成年の田豫はそもそも最初から対象外だ。

すう校尉《こうい》、あれはいったいなんなのですか?」

 幕舎に入るなり、劉備は唐突にそう問いかけた。

「あぁん? あれってのは……?」

 義勇兵のまとめ役風情が官軍のそこそこ偉い人に対して、いきなり質問をぶつけるなんてのは、失礼極まりのない話だが、鄒靖は特に気分を害していないようだった。
 劉備としてはここで鄒靖を感情的にさせ、文句を言うようなら義勇兵の離脱をネタに揺さぶるつもりでしかけたみたいだが、少しアテが外れたな。
 突然の問いかけに対し、軽く首を傾げ鄒靖は、なにかに思い至ったように軽く頷いたあと、ふところから先ほどの戦闘で使った投石紐を取り出し、自慢げに掲げた。

「こいつのことか!」

 得意げな鄒靖とは裏腹に、劉備は嫌な光景でも思い出したのか、ほんの少し仰け反った。
 俺もあんまりいい気分じゃない。

「こいつは烏桓うがんの連中に教えてもらったもんでな。あいつらは鮮卑せんぴのやつらと違って、ちぃとばかし臆病なんだが、そのぶんこういう便利な道具なんかをだな――」
「そうではありません! 先ほどの戦いについて聞きたいのです!」

 得意げにぺらぺらと喋り始めた鄒靖の言葉を、劉備は少し乱暴に遮った。
 ちなみに烏桓と鮮卑ってのは、北の方にいる遊牧民族のことだ。
 いわゆる異民族ってやつだな。

「……投石だけで敵を倒したことか?」
「え、ええ。そうです」

 どうやら鄒靖は、最初から劉備が訪ねてきた理由をわかったうえで、話をはぐらしていたようだ。
 真顔で問い返され劉備は、少したじろいだ。

「犠牲を出さず、成果を出したわけだが、なにか問題でもあるか?」
「いえ、その……効率的な戦法ではあると思いますが……」
「黄巾の連中に同情でもしたか?」
「そういうわけではないのですが……」
「おおかた、他の連中にせっつかれてここにきたんだろう?」

 どうやら鄒靖にはすべてお見通しのようだ。
 というか、こうなることは最初から想定していたのかもしれないな。

「言っておくが、俺は官軍を預かる身として、兵士も物資も無駄に損なうことはしない。直接刃を交えれば、いくら弱い敵が相手だろうと犠牲は出るからな」
「それならば、弓矢を使ってはいかがでしょう? そのほうがより安全ではないかと思うのですが」

 投石と弓矢なら、圧倒的に弓矢のほうが射程は長い。
 なにより、石を投げるよりはマシな気がするのだ。
 殺すことに変わりはないんだけどな。

「矢も立派な物資だ。だが、石ならタダで拾える」
「それは、そうかもしれませんが……」

 にしても、さっきから劉備の弁舌に冴えがない。
 平然としてはいたが、やはり先の戦闘でそれなりにショックを受けているのだろう。
 最初にペースを掴まれたのもまずかったかもな。

「とはいえ、だ」

 言葉を詰まらせる劉備を見かねてか、鄒靖は軽くため息をついて表情を緩めた。

「前に出て戦いたいってんなら、止めはしねぇぜ?」
「……いいのですか?」
「ああ。最初だからすべて俺のやりかたに従ってもらったが、そこに不満があるってんなら、それを押してまで行動を強制するつもりはない」

 そこで鄒靖は、ふっと苦笑を漏らす。

「お前ら義勇兵は、俺たち官軍と違って俸給を受けているわけじゃあないからな」
「鄒校尉……」

 鄒靖の言葉に劉備は安堵したような表情を浮かべた。
 それに対して、鄒靖の表情が少し真剣なものになる。

「ただし、なんでもかんでも好き勝手にやっていいってわけじゃあねぇぜ? いくら義勇兵だからって、いたずらに死人を出すのも気分が悪いからな」

 そこで条件として出されたのが、最大勢力を率いる劉備が、義勇兵全体をとりまとめ、義勇軍の総大将になること、鄒靖が許可を出すまでは、勝手に動かないこと、その他こまかい取り決めがされた。

「これで少しは動きやすくなるな」

 鄒靖の幕舎を出たあと、劉備はなかば独り言のようにつぶやいた。
 あらかじめ隊長格の連中に認められていることもあり、名実ともにこの義勇軍の総大将となった劉備は、誇らしげだった。
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