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序章 気がつけば簡雍
歴史に残らぬ者
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俺たちの住む楼桑村と同じ琢県にある、別の街へ行く。
もちろん徒歩で、だ。
「どうだ憲和、私の作った草履は歩きやすいだろう」
「ああ、そうだな」
と返事はしたものの、平成日本のスニーカーに慣れた足に、草履はキツい……。
まぁ身体のほうも時代に合わせてか、少しばかり丈夫にはなっているみたいなんだが、心が覚えてるんだよなぁ、スニーカーの履き心地を。
「おれたち足に合わせてわざわざ兄貴が作ってくれたんだ。いくら歩いても疲れやしねぇよ」
張飛の言うとおり、俺の足に合わせて劉備が作ってくれたオーダーメイドなので、馴染んでくるといい感じになるんだけどね。
「見えてきたな」
日の出とともに出発し、北西に向かってひたすら歩き続け、そろそろ日が暮れようかというころ、少し立派な木柵に囲われた街に到着した。
広さも人口も楼桑村の倍はあろうかという、ちょっとばかり賑やかな街だ。
村の入り口には一応見張り番が立っていて、簡易な革鎧と槍を装備していた。
「劉玄徳です。習の旦那に呼ばれてきました」
「おう、よく来てくれた。旦那がお待ちだ。すぐに行ってくれ」
劉備を先頭に街を歩き、ひと際大きな家の門をくぐる。
「おお、玄徳! よう来てくれたのぉ!!」
家に入ると、恰幅のいいおっさんが俺たちを迎えてくれた。
「ご無沙汰しております、旦那」
そう言って劉備が頭を下げたので、俺と張飛もそれに倣った。
この習の旦那というのは、このあたり一帯を治める大地主だ。
といっても、なにかしら官職に就いているわけではなく、ただ単に顔役というだけなので、このおっさんの名前が歴史に残ることはない。
とはいえこの時代、習の旦那みたいな地方の有力者の存在は無視できない。
そして劉備は、こういった有力者から、妙に気に入られていた。
「いったいなにごとです? 旦那が私どもを呼び出すなんて、珍しいじゃないですか」
「おぉ玄徳……聞いてくれぇ……」
そう言ったあと、習の旦那は酒の入った椀を手に取り、ぐいっと飲み干した。
そして劉備に向き直ると、目からぼろぼろと涙を流し始めた。
「息子が、季平が殺されたんじゃあ……」
その言葉に、俺たち3人は息を呑んだ。
そして涙ながらに語り始めた旦那の話をまとめるとこうなる。
殺された季平くんというのは8人兄弟の末っ子で、まだ15になったばかりだった。
成人を迎えた祝いに、帝都である洛陽へ観光にいったのだが、そこでいい女を見つけて、いい仲になり、見事大人の階段を上るに至った。
そこまではよかったのだが、相手が悪かった。
洛陽でもそこそこ偉い役人の、情婦だったのだ。
憐れ、季平くんは、情婦を寝取られて怒り狂ったその役人に囚われ、殺されてしまったというわけだ。
「頼む玄徳! その役人をぶち殺してくれぃ!!」
物騒な話だが、よくある話だ。
漢帝国が治めているとはいえ、平成の先進国のような治安組織が中華全土を網羅しているわけもなく、秩序維持には民間の力がかなり必要になる。
近いところだと、俺の生きていた時代からほんの数十年前、戦後の日本ですら、警察組織がまともに機能するまでは、自警団のような組織が秩序を維持していたって話だもんな。
つまり、この習の旦那も、ここら一帯の秩序維持をある程度担う組織のボスみたいなもんだ。
「都の青瓢箪にガキぃ殺られて黙っとったら、男が廃るっちゅうもんじゃあ」
ようは、ヤッちゃんってこった。
「頼む! あの子の無念をはらしてやってくれや、玄徳ぅ!」
とはいえ所詮田舎のヤッちゃんなわけで、琢県や琢郡、いや、この旦那なら幽州の役人程度ならどうとでもできる力はあるだろうが、さすがに洛陽は別格だ。
あ、ちなみにだけど州の中に郡があって、郡の中に県があるからな。
郡と県の関係が日本と逆だから、ちょっとややこしいよな。
「わかりました。息子さんの無念、この劉玄徳がかならず晴らしてみせましょう」
そして劉備は、こんなふうに名もなき有力者の人脈のもと、裏家業に手を染めていたのだった。
もちろん徒歩で、だ。
「どうだ憲和、私の作った草履は歩きやすいだろう」
「ああ、そうだな」
と返事はしたものの、平成日本のスニーカーに慣れた足に、草履はキツい……。
まぁ身体のほうも時代に合わせてか、少しばかり丈夫にはなっているみたいなんだが、心が覚えてるんだよなぁ、スニーカーの履き心地を。
「おれたち足に合わせてわざわざ兄貴が作ってくれたんだ。いくら歩いても疲れやしねぇよ」
張飛の言うとおり、俺の足に合わせて劉備が作ってくれたオーダーメイドなので、馴染んでくるといい感じになるんだけどね。
「見えてきたな」
日の出とともに出発し、北西に向かってひたすら歩き続け、そろそろ日が暮れようかというころ、少し立派な木柵に囲われた街に到着した。
広さも人口も楼桑村の倍はあろうかという、ちょっとばかり賑やかな街だ。
村の入り口には一応見張り番が立っていて、簡易な革鎧と槍を装備していた。
「劉玄徳です。習の旦那に呼ばれてきました」
「おう、よく来てくれた。旦那がお待ちだ。すぐに行ってくれ」
劉備を先頭に街を歩き、ひと際大きな家の門をくぐる。
「おお、玄徳! よう来てくれたのぉ!!」
家に入ると、恰幅のいいおっさんが俺たちを迎えてくれた。
「ご無沙汰しております、旦那」
そう言って劉備が頭を下げたので、俺と張飛もそれに倣った。
この習の旦那というのは、このあたり一帯を治める大地主だ。
といっても、なにかしら官職に就いているわけではなく、ただ単に顔役というだけなので、このおっさんの名前が歴史に残ることはない。
とはいえこの時代、習の旦那みたいな地方の有力者の存在は無視できない。
そして劉備は、こういった有力者から、妙に気に入られていた。
「いったいなにごとです? 旦那が私どもを呼び出すなんて、珍しいじゃないですか」
「おぉ玄徳……聞いてくれぇ……」
そう言ったあと、習の旦那は酒の入った椀を手に取り、ぐいっと飲み干した。
そして劉備に向き直ると、目からぼろぼろと涙を流し始めた。
「息子が、季平が殺されたんじゃあ……」
その言葉に、俺たち3人は息を呑んだ。
そして涙ながらに語り始めた旦那の話をまとめるとこうなる。
殺された季平くんというのは8人兄弟の末っ子で、まだ15になったばかりだった。
成人を迎えた祝いに、帝都である洛陽へ観光にいったのだが、そこでいい女を見つけて、いい仲になり、見事大人の階段を上るに至った。
そこまではよかったのだが、相手が悪かった。
洛陽でもそこそこ偉い役人の、情婦だったのだ。
憐れ、季平くんは、情婦を寝取られて怒り狂ったその役人に囚われ、殺されてしまったというわけだ。
「頼む玄徳! その役人をぶち殺してくれぃ!!」
物騒な話だが、よくある話だ。
漢帝国が治めているとはいえ、平成の先進国のような治安組織が中華全土を網羅しているわけもなく、秩序維持には民間の力がかなり必要になる。
近いところだと、俺の生きていた時代からほんの数十年前、戦後の日本ですら、警察組織がまともに機能するまでは、自警団のような組織が秩序を維持していたって話だもんな。
つまり、この習の旦那も、ここら一帯の秩序維持をある程度担う組織のボスみたいなもんだ。
「都の青瓢箪にガキぃ殺られて黙っとったら、男が廃るっちゅうもんじゃあ」
ようは、ヤッちゃんってこった。
「頼む! あの子の無念をはらしてやってくれや、玄徳ぅ!」
とはいえ所詮田舎のヤッちゃんなわけで、琢県や琢郡、いや、この旦那なら幽州の役人程度ならどうとでもできる力はあるだろうが、さすがに洛陽は別格だ。
あ、ちなみにだけど州の中に郡があって、郡の中に県があるからな。
郡と県の関係が日本と逆だから、ちょっとややこしいよな。
「わかりました。息子さんの無念、この劉玄徳がかならず晴らしてみせましょう」
そして劉備は、こんなふうに名もなき有力者の人脈のもと、裏家業に手を染めていたのだった。
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