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第1章

33話 魔術の習得

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 翌朝、少し遅い時間に目を覚ましたケントとルーシーは、チェックアウトをすませて定宿に戻った。

「おや、朝帰りとはいいご身分だね」

 女将にからかわれつつ、ふたりは元の部屋に戻る。
 ちなみに昨夜の宿泊料は、支払ったぶんから引かれていた。
 冒険者は宿をとっていても帰らないことが多々あるので、それについての説明は特になかった。

 部屋に戻ったケントは、一応室内を見回す。

「まぁ、これしかないんだけどな」

 背負った防災バッグへ目をやり、そう呟いた。
 一応部屋の隅々まで見て回ったが、忘れ物はない。

 部屋を出て階段のところへいくと、ルーシーが荷物を抱えて下りてきた。
 予備の装備や替えの衣類など、結構な量があるようだ。
 十数年住んでいれば、それなりにものは増えるのだろう。

「じゃあ、運んどくよ」
「うん、ありがとう」

 ルーシーが2階まで下ろしたものを、ケントが別棟の新しい部屋に運ぶ。

 すでに手続きは終わっていると言うことなので、加護板をかざすだけで部屋の鍵が開いた。

「おじゃまします……ってのも変か」

 荷物を抱えて入った部屋は、前の部屋の倍とまではいかないが、ふたりで寝起きするには充分な広さだった。

「あっ、結構広いね」

 少し遅れて、ルーシーがやってきた。
 彼女も持てるだけ荷物を抱えている。

「昨日の宿と、同じくらいかな?」

 室内に荷物を置いたルーシーが、ざっと見回しながら問いかけてくる。

「だな。まぁ、風呂はないけど」
「でも、トイレと洗面台があるだけありがたいわよ」

 風呂は以前と同じようにフロア共用の浄化施設を使うようになっていた。
 ただこの棟は男女が共同で暮らしているため、洗面台とトイレは各部屋に設置されている。
 無用のトラブルを避けるためだろう。

「あとどれくらい?」
「んー、一往復くらいかな」
「じゃあ、さっさとすませようか」

 引っ越しを終えると昼を過ぎていたので、そのまま宿でランチを食べる。
 本来なら有料だが、昨夜の宿泊と今朝の朝食ぶんを考慮してサービスしてもらえた。
 このあたりは女将の気分次第といったところだ。

「それで、今日はどうする?」
「そうね。いまから森にいくのもなんだし、いい機会だから魔術を覚えておきましょう」
「魔術か、いいね」

 ついに自分も魔術を覚えられるのだと思うと、ケントは少しワクワクした。

 ふたりがやってきたのは、冒険者ギルドだった。

「あれ、魔術って、冒険者ギルドで覚えるの?」
「冒険者用の生活魔術があってね。それはここで覚えられるのよ」
「なるほど。じゃあ他の魔術は?」
「魔術士ギルドか治療院ね。魔術士ギルドはもっと大きな町にいかないとないし、この町の治療院は患者の受け入れ専門だから魔術は覚えられないわ」
「そうなのか」
「ま、そのあたりはおいおいね」

 ギルドは時間帯のせいもあって、閑散としていた。

「こんにちは、クラークさん」
「おう、ルーシー、それにケントか。どうした?」
「今日はケントに魔術を覚えてもらおうと思って」
「そうか、そういえばケントはまだ、魔術を覚えていなかったな」

 今回覚える魔術は、ルーシーが以前使った《浄化》と、《止血》《点火》の3つ。
 費用は《止血》と《点火》がそれぞれ10万シクロで、《浄化》は30万シクロだった。

「結構高いね」
「まぁ、あると便利だが、必須というわけではないからな」
「あたしは施設で、タダで教えてもらったんだけどね」

 お得に聞こえるが、億単位の養育費を考えると誤差の範囲だろう。

「駆け出しのころにあるのとないのとでは、生存率が違ってくるから、分割払いで覚えるやつも少なくないぞ」

 報酬の何割かを支払いに充てることで、無利息での分割払が可能らしい。

 とくにHPの少ない駆け出しのころは怪我をしやすいのだが、《止血》で命を繋げることが多いという。
 また《浄化》でちょっとした毒を無効化できるうえ、化膿も防げるので、そのふたつを持っているかどうかが生死をわけることも少なくないそうだ。

「よし、じゃあついてこい」

 支払い手続きを終えたケントは、分厚い本を持ったクラークについていく。
 ルーシーもあとに続いた。

 3人が向かったのは、ギルドの地下にある訓練場だった。
 広さは大きめの体育館くらいで、数名の冒険者が実際に鍛錬をしていた。

「へええ、こんなところがあったんだ」
「そういえば、ケントは初めてだな」

 クラークに続いて訓練場内を歩き、空いたスペースで立ち止まる。
 周りには所々が焦げた木材が、いくつも転がっていた。

「ではケント、そこに立て」
「あ、はい」

 クラークはケントの正面に立つと、手にした本を開いた。
 そしてパラパラとページをめくると、その1枚を破りとる。

「まずは《点火》だ」

 びっしりと文字が書かれた本のページを、クラークはケントの額に当てた。
 次の瞬間、そのページが淡く光る。

「ぐぁっ……!」

 それと同時に、ケントは強い頭痛を感じる。

「なんだ……これ……」

 情報が、頭に流れ込んでくるようだった。

「よし」

 クラークがそう呟くと、額に当てられていた紙がボロボロと崩れて消滅した。

「次は《止血》だ」
「お……おねがいします」

 同じことをあと2度繰り返し、ケントは3つの魔術を習得した。

「いててて……」
「あはは、痛いよね」

 どうやらこの頭痛は、魔術を覚える代償のようだった。

「では、適当に練習しておくといい」

 クラークはそう言って足下に視線を向ける。

「ああ、なるほど」

 所々焦げた木材は《点火》を試すためのものらしい。

「ではな」

 クラークはそう言い残して、訓練場をあとにした。

「ケント、試してみなよ」

 ルーシーが、角材の端切れを渡してくる。

「わかった、やってみよう」

 使い方はなんとなくわかった。
 人差し指を出し、その先端に意識を向ける。

「おっ」

 指先から1センチほど離れたところに、小さな光の固まりが現れた。
 それを、木材に当てる。

「おおっ……!」

 数秒で煙が出始め、1分もしないうちに小さな火が現れる。

「便利だな、これ」
「でしょう?」

 あたりを見回すと水の入ったバケツがあったので、ケントはそこに木材を入れた。

「次は《止血》か」
「はい、これ」

 ルーシーが、ナイフを渡してきた。

「ちょこっと切って、血が出たら止めてみるといいわよ」
「わかった」

 ケントは左手のひらの端のほうにナイフの刃を当て、ぐっと押す。

「あっ!」
「ちょっと、大丈夫?」

 思った以上にナイフの切れ味がよく、少し深く刺してしまう。

「ケント、早く止血!」
「お、おう」

 ナイフを抜くと、血が流れ出したので、慌てて《止血》を意識する。

「ふぅ……」

 止めどなく流れそうな勢いだった血が、ピタリと止まった。

「すぐに《浄化》したほうがいいわよ」
「ああ」

 ケントはルーシーにナイフを返すと、傷口に手をかざした。
 手のひらが淡くひかり、付着していた血がきれいになくなった。
 ただ、ぱっくりと開いた傷は、残ったままだ。

「ケント、手をだして」

 ルーシーはアイテムボックスから包帯を取り出し、ケントの手にきつく巻き付けた。

「《止血》の効果は1時間くらいで切れるけど、これくらいなら傷口をちゃんと閉じておけば、すぐに治るわよ」
「ありがとな」
「ごめんね、ナイフの切れ味がいいの、ちゃんと伝えとかなくて」
「いや、あれは俺の不注意だよ」

 魔術の練習を終えたケントは、ルーシーとともに1階に戻った。

「あっ……」

 1階には、バルガスとニコール、そしてネヴィルの3人がいた。
 彼らはケントたちを見つけ、近づいてくる。

 どうやらふたりがギルドにいると知って、待っていたようだった。

 とりあえずケントは、半歩前に出てルーシを庇うように立つ。

 ふたりの前で3人が立ち止まったあと、ネヴィルがさらに1歩前に出る。

 そのことにケントとルーシーは少し警戒したが、ネヴィルは突然腰を折った。

「昨夜は大変申し訳ございませんでした!」

 そして謝罪の言葉を口にしながら、深々と頭を下げたのだった。
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