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第1章
28話 ケントの意志
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「ふたりとも、久しぶりじゃない! どうしたの?」
「いや、いろいろあって、こっちに戻ってこようと思ってな」
「えっ、ほんとに!? って、あ……」
にこやかに話していたルーシーだったが、バルガスの言葉に表情を曇らせる。
彼女も、彼らがふたりのパーティーメンバーを失ったことを、人づてに聞いていた。
「気にしないで。私たちも冒険者だもの、覚悟はできていたわ」
「うん……そうね」
暗い表情で俯いていたルーシーが、ふと顔上げる。
「あっ、そうだ。ふたりに紹介したい人がいるの」
彼女はそう言って振り返り、ケントを見て手招きをする。
「ケント、こっちにきて!」
彼女が彼を呼んだ際、一瞬だけバルガスとニコールの表情に翳りが見える。
ケントはそのことに、言いようのない居心地の悪さを覚えた。
ふたりから目を離していたルーシーは気づいていないようなので、態度に出ないよう気を使いながら、彼女の招きに応じて歩み寄る。
「紹介するわ。このふたりは駆け出しのころ世話になったバルガスさんとニコールさん。あたしたちの大先輩よ」
ふたりを紹介するルーシーは、どこか誇らしげだった。
続けてルーシーは、バルガスたちのほうへ向き直る。
「こちらはケント。えっと、あたしの……パートナー……みたいな?」
言って窺うように見てきたので、ケントは力強く頷くと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
そんな彼女の姿にバルガスとニコールは目を見開き、それぞれ一瞬だけ残念そうな表情を浮かべたように見えた。
「そうか。俺はバルガスだ」
だがすぐにバルガスはケントに向き合い、手を差し出す。
「ケントです。よろしくお願いします」
ケントはそう言って、彼と握手をした。
「ニコールよ。よろしく」
「こちらこそ」
続けてニコールとの自己紹介も終える。
「それで、ふたりともこの町に戻るってことだけど」
それぞれの紹介を終えたルーシーが、あらためてバルガスに問いかけた。
「ああ、そのことで実は、ルーシーに頼みがあったんだが……」
「あたしに?」
バルガスに言われ、ルーシーが首を傾げる。
「ああ。パーティーを組んでもらおうと思ってな」
「パーティーを!? バルガスさんと、ニコールさんが? あたしと……?」
続く彼の言葉に、ルーシーは驚きを隠せなかった。
この町出身でBランクにまで成り上がったバルガスたちは、いわば英雄的な存在だった。
そんな彼らからスカウトされたことが、信じられないようだった。
「なんで、あたしを?」
「実はルーシーと一緒に、ダンジョンへいきたかったんだが……」
「いえ、でもあたしは……あ、そっか、ふたりは……」
「ええ。そのつもりで帰ってきのよ」
ニコールはそう言いつつ、困ったような表情でルーシーとケントを交互に見る。
「あー、えっと、ケントに説明しとくわね」
そう前おきして、ルーシーはBランク冒険者が2人以上いればFランク冒険者がダンジョンへ同行できる特例について説明した。
「なるほど。俺がいると、都合が悪いわけですか」
「ちょっとケント、そんないい方……」
少し険のあるケントの言葉を窘めつつ、ルーシーはバルガスたちに向き直る。
「でも、その……ごめんなさい。誘ってくれるのは嬉しいけど」
「どうやらダメみたいね」
ルーシーの態度に、ニコールは諦めたように苦笑する。
「昨日クラークに話は聞いていたんだ。でも、直接話せばもしかしたらって思ったんだが……」
そこで言葉を切ったバルガスは、ニコールと顔を合わせて小さく肩をすくめた。
「どうやらつけいる隙はなさそうだ」
「そうね。でも、もし気が変わったら……」
「あっ、待ってふたりとも、実はあたし――」
「おい!!」
ルーシーがふたりになにかを伝えようとしたところで、第三者が割って入る。
「さっきからなにをグダグダくだらんことを言っている? 任せろと言うから口を出さずにいてやったというのに……」
身なりのいい若い男性が、バルガスとニコールを押しのけるように、前に出てきた。
「おい、待て……!」
制止するバルガスを無視して、男はルーシーの前に立つ。
「おい女、黙って我々のパーティーに入れ」
「ちょっとアンタさっきからなにを、って……我々?」
突然現れた男性に抗議を始めたルーシーだったが、彼の言葉が気になってバルガスに目を向けた。
「ああ、その、彼は俺たちの新しいメンバーで、ネヴィルだ」
「新しい、仲間……?」
バルガスの言葉にルーシーは目を見開いた。
ネヴィルと呼ばれた青年は見るからに傲慢な表情を浮かべ、ルーシーを舐めるように見ている。
そんな彼の傍らで、バルガスとニコールはバツが悪そうな表情を浮かべていた。
「そういうことだ。だから新人の教育は他のやつに任せて、私たちのパーティーに入れ。それがお前のためだ」
その言葉に、ルーシーが眉を上げる。
「ケントはそういうのじゃない! あたしたちはパートナーなの!!」
「知るか。そんなもの解消しろ」
「さっきから勝手なことばっかり……何様のつもり?」
ネヴィルに抗議しつつ、ルーシーはバルガスたちをちらちらと見ていた。
もしかすると手助けしてくれるのかとも思ったが、ふたりはただおろおろするだけだった。
ネヴィルに好き放題言われることより、バルガスたちの態度のほうが、ルーシーにはショックだった。
そのせいで、抗議の言葉にもあまり力が乗らない。
とはいえ、意志を曲げるつもりはなかった。
「ふんっ、埒が明かんな」
そんなルーシーの考えを読み取ったのか、ネヴィルはケントのほうへ向き直る。
「おいお前、この女から手を引け」
「断る」
ケントが即答できたのは、そろそろ割って入ろうと思っていたからだ。
ただ、間髪入れずに放たれた彼の言葉に他の4人は目を見開き、ルーシーは少しだけ頬を緩めた。
「ふんっ」
ケントの答えに一瞬圧倒されたネヴィルだったが、すぐに鼻を鳴らし、わざとらしく口の端を持ち上げる。
「いくらほしい?」
彼はそう言うと、手の中に札束を取り出した。
そのことに、周りがどよめく。
いつのまにか、人が集まっていた。
「好きなだけ持っていけ」
ネヴィルはそう言って、札束をバサバサと床に落とす。
「ちょっとあんた……!」
「ルーシー」
そんな彼の態度にルーシーは声を上げたが、ケントに名を呼ばれて口を閉じた。
「足りないというならギルド経由で言い値を振り込んでやる。だからさっさとその女から手を引くんだな」
酷薄な表情を浮かべるネヴィルの声を聞きながら、ケントはかがんで札束を拾う。
「ふんっ、やはり金が目当てか……」
なにやら嬉しそうに呟くネヴィルの前で、ケントはゆっくりと身体を起こした。
「落とし物ですよ」
そして飄々とした様子でそう告げ、彼の胸に札束を押しつける。
「なっ……!?」
ケントの態度に、ネヴィルは唖然とした。
「くっ……お前……」
ネヴィルが、こめかみに青筋を立てて怒りを露わにする。
「バカにしているのか、この私を……!」
「あんたこそバカにしてるのか? こんな端金で……」
ケントは静かに言い、さらに強く札束を押しつける。
「ぐっ……」
その力と雰囲気の両方に押されたように、ネヴィルは顔をしかめて後ずさった。
「こ、後悔するぞ……!」
「なにを? ここでルーシーと離れるほうが、後悔するに決まってるのに」
ケントはさらに一歩踏み込みながら、相手を押し倒す勢いで力を加えた。
「うぁっ……!」
その力に押されたネヴィルは、さらにあとずさろうとして脚をもつれさせ、その場に尻餅をつく。
その彼に向けて、ケントは札束を放り投げた。
「この際だからはっきり言っておくよ」
ケントはそう言って一歩下がり、ルーシーの手を引く。
「えっ?」
突然のことに戸惑いながらも、彼女は彼に引かれるままよたよたと歩み寄った。
そしてケントは、自分の傍らに立ったルーシーを抱き寄せる。
「ルーシーは俺の大切なパートナーだ。誰になにを言われようと、彼女と離れるつもりはない」
静かに、だが力強く、ケントはそう言い切った。
――おおおおおおおおお!!!!
周りから、歓声が沸き起こった。
「うおおお! いいぞー!!」
「よく言った、新人!!」
「きゃー! ルーシーおめでとー!!」
そんな声が、各所から上げられる。
「よそもんが偉そうにすんじゃねー!」
「どこのボンボンかしらんが、さっさと出て行けー!」
「なにしに帰ってきやがったロートルが!」
「ジジイとババアはさっさと引退しやがれー!」
やがてネヴィルだけでなく、バルガスとニコールに対する罵声まで飛ぶようになった。
「ちょ、ちょっと、みんな……!」
ネヴィルに対してはともかく、恩人であるふたりが罵られるのを見ていられなかったのか、ルーシーは慌てて抗議しようとした。
だが、ケントは彼女を強く抱き寄せ、制止する。
「ケント……?」
縋るような表情で問いかけるルーシーに対して、ケントは小さく首を振った。
それで諦めたのか、ルーシーは悲しそうに眉を下げる。
こうまで興奮してしまった人たちを、落ち着けるのは難しい。
だがそれ以上にケントは、ネヴィルを止めもせずおろおろするばかりのバルガスとニコールのふたりに呆れていた。
ルーシーの恩人かもしれないが、彼にとっては赤の他人であり、庇うに値しないと判断したのだ。
見たところなにか事情があってネヴィルに逆らえないのだろうが、ケントには関係のないことだった。
「くっ、覚えていろ……!」
なんともベタなセリフを吐き、ネヴィルは札束を拾って立ち上がる。
「くそっ! どけっ!! 邪魔だ!!」
そして集まった人たちをかき分けて、逃げるようにギルドを去った。
彼に直接危害を加えたり、行く手を阻もうとする冒険者がいなかったのは、双方にとって幸運なことだっただろう。
「すまねぇ、ルーシー……!」
「本当にごめんなさい……! また、あらためて……」
そしてバルガスとニコールも、そう言い残して去って行った。
「バルガスさん、ニコールさん……」
ルーシーが悲しげな表情でふたりの背中を見ていたので、ケントはもう一度強く彼女を抱き寄せる。
ルーシーも、どこか救いを求めるように、ケントに身を寄せた。
そうこうしているうちにバラバラと人が離れていき、ギルドは日常を取り戻す。
この程度の騒ぎは、日常茶飯事なのだろう。
「いや、いろいろあって、こっちに戻ってこようと思ってな」
「えっ、ほんとに!? って、あ……」
にこやかに話していたルーシーだったが、バルガスの言葉に表情を曇らせる。
彼女も、彼らがふたりのパーティーメンバーを失ったことを、人づてに聞いていた。
「気にしないで。私たちも冒険者だもの、覚悟はできていたわ」
「うん……そうね」
暗い表情で俯いていたルーシーが、ふと顔上げる。
「あっ、そうだ。ふたりに紹介したい人がいるの」
彼女はそう言って振り返り、ケントを見て手招きをする。
「ケント、こっちにきて!」
彼女が彼を呼んだ際、一瞬だけバルガスとニコールの表情に翳りが見える。
ケントはそのことに、言いようのない居心地の悪さを覚えた。
ふたりから目を離していたルーシーは気づいていないようなので、態度に出ないよう気を使いながら、彼女の招きに応じて歩み寄る。
「紹介するわ。このふたりは駆け出しのころ世話になったバルガスさんとニコールさん。あたしたちの大先輩よ」
ふたりを紹介するルーシーは、どこか誇らしげだった。
続けてルーシーは、バルガスたちのほうへ向き直る。
「こちらはケント。えっと、あたしの……パートナー……みたいな?」
言って窺うように見てきたので、ケントは力強く頷くと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
そんな彼女の姿にバルガスとニコールは目を見開き、それぞれ一瞬だけ残念そうな表情を浮かべたように見えた。
「そうか。俺はバルガスだ」
だがすぐにバルガスはケントに向き合い、手を差し出す。
「ケントです。よろしくお願いします」
ケントはそう言って、彼と握手をした。
「ニコールよ。よろしく」
「こちらこそ」
続けてニコールとの自己紹介も終える。
「それで、ふたりともこの町に戻るってことだけど」
それぞれの紹介を終えたルーシーが、あらためてバルガスに問いかけた。
「ああ、そのことで実は、ルーシーに頼みがあったんだが……」
「あたしに?」
バルガスに言われ、ルーシーが首を傾げる。
「ああ。パーティーを組んでもらおうと思ってな」
「パーティーを!? バルガスさんと、ニコールさんが? あたしと……?」
続く彼の言葉に、ルーシーは驚きを隠せなかった。
この町出身でBランクにまで成り上がったバルガスたちは、いわば英雄的な存在だった。
そんな彼らからスカウトされたことが、信じられないようだった。
「なんで、あたしを?」
「実はルーシーと一緒に、ダンジョンへいきたかったんだが……」
「いえ、でもあたしは……あ、そっか、ふたりは……」
「ええ。そのつもりで帰ってきのよ」
ニコールはそう言いつつ、困ったような表情でルーシーとケントを交互に見る。
「あー、えっと、ケントに説明しとくわね」
そう前おきして、ルーシーはBランク冒険者が2人以上いればFランク冒険者がダンジョンへ同行できる特例について説明した。
「なるほど。俺がいると、都合が悪いわけですか」
「ちょっとケント、そんないい方……」
少し険のあるケントの言葉を窘めつつ、ルーシーはバルガスたちに向き直る。
「でも、その……ごめんなさい。誘ってくれるのは嬉しいけど」
「どうやらダメみたいね」
ルーシーの態度に、ニコールは諦めたように苦笑する。
「昨日クラークに話は聞いていたんだ。でも、直接話せばもしかしたらって思ったんだが……」
そこで言葉を切ったバルガスは、ニコールと顔を合わせて小さく肩をすくめた。
「どうやらつけいる隙はなさそうだ」
「そうね。でも、もし気が変わったら……」
「あっ、待ってふたりとも、実はあたし――」
「おい!!」
ルーシーがふたりになにかを伝えようとしたところで、第三者が割って入る。
「さっきからなにをグダグダくだらんことを言っている? 任せろと言うから口を出さずにいてやったというのに……」
身なりのいい若い男性が、バルガスとニコールを押しのけるように、前に出てきた。
「おい、待て……!」
制止するバルガスを無視して、男はルーシーの前に立つ。
「おい女、黙って我々のパーティーに入れ」
「ちょっとアンタさっきからなにを、って……我々?」
突然現れた男性に抗議を始めたルーシーだったが、彼の言葉が気になってバルガスに目を向けた。
「ああ、その、彼は俺たちの新しいメンバーで、ネヴィルだ」
「新しい、仲間……?」
バルガスの言葉にルーシーは目を見開いた。
ネヴィルと呼ばれた青年は見るからに傲慢な表情を浮かべ、ルーシーを舐めるように見ている。
そんな彼の傍らで、バルガスとニコールはバツが悪そうな表情を浮かべていた。
「そういうことだ。だから新人の教育は他のやつに任せて、私たちのパーティーに入れ。それがお前のためだ」
その言葉に、ルーシーが眉を上げる。
「ケントはそういうのじゃない! あたしたちはパートナーなの!!」
「知るか。そんなもの解消しろ」
「さっきから勝手なことばっかり……何様のつもり?」
ネヴィルに抗議しつつ、ルーシーはバルガスたちをちらちらと見ていた。
もしかすると手助けしてくれるのかとも思ったが、ふたりはただおろおろするだけだった。
ネヴィルに好き放題言われることより、バルガスたちの態度のほうが、ルーシーにはショックだった。
そのせいで、抗議の言葉にもあまり力が乗らない。
とはいえ、意志を曲げるつもりはなかった。
「ふんっ、埒が明かんな」
そんなルーシーの考えを読み取ったのか、ネヴィルはケントのほうへ向き直る。
「おいお前、この女から手を引け」
「断る」
ケントが即答できたのは、そろそろ割って入ろうと思っていたからだ。
ただ、間髪入れずに放たれた彼の言葉に他の4人は目を見開き、ルーシーは少しだけ頬を緩めた。
「ふんっ」
ケントの答えに一瞬圧倒されたネヴィルだったが、すぐに鼻を鳴らし、わざとらしく口の端を持ち上げる。
「いくらほしい?」
彼はそう言うと、手の中に札束を取り出した。
そのことに、周りがどよめく。
いつのまにか、人が集まっていた。
「好きなだけ持っていけ」
ネヴィルはそう言って、札束をバサバサと床に落とす。
「ちょっとあんた……!」
「ルーシー」
そんな彼の態度にルーシーは声を上げたが、ケントに名を呼ばれて口を閉じた。
「足りないというならギルド経由で言い値を振り込んでやる。だからさっさとその女から手を引くんだな」
酷薄な表情を浮かべるネヴィルの声を聞きながら、ケントはかがんで札束を拾う。
「ふんっ、やはり金が目当てか……」
なにやら嬉しそうに呟くネヴィルの前で、ケントはゆっくりと身体を起こした。
「落とし物ですよ」
そして飄々とした様子でそう告げ、彼の胸に札束を押しつける。
「なっ……!?」
ケントの態度に、ネヴィルは唖然とした。
「くっ……お前……」
ネヴィルが、こめかみに青筋を立てて怒りを露わにする。
「バカにしているのか、この私を……!」
「あんたこそバカにしてるのか? こんな端金で……」
ケントは静かに言い、さらに強く札束を押しつける。
「ぐっ……」
その力と雰囲気の両方に押されたように、ネヴィルは顔をしかめて後ずさった。
「こ、後悔するぞ……!」
「なにを? ここでルーシーと離れるほうが、後悔するに決まってるのに」
ケントはさらに一歩踏み込みながら、相手を押し倒す勢いで力を加えた。
「うぁっ……!」
その力に押されたネヴィルは、さらにあとずさろうとして脚をもつれさせ、その場に尻餅をつく。
その彼に向けて、ケントは札束を放り投げた。
「この際だからはっきり言っておくよ」
ケントはそう言って一歩下がり、ルーシーの手を引く。
「えっ?」
突然のことに戸惑いながらも、彼女は彼に引かれるままよたよたと歩み寄った。
そしてケントは、自分の傍らに立ったルーシーを抱き寄せる。
「ルーシーは俺の大切なパートナーだ。誰になにを言われようと、彼女と離れるつもりはない」
静かに、だが力強く、ケントはそう言い切った。
――おおおおおおおおお!!!!
周りから、歓声が沸き起こった。
「うおおお! いいぞー!!」
「よく言った、新人!!」
「きゃー! ルーシーおめでとー!!」
そんな声が、各所から上げられる。
「よそもんが偉そうにすんじゃねー!」
「どこのボンボンかしらんが、さっさと出て行けー!」
「なにしに帰ってきやがったロートルが!」
「ジジイとババアはさっさと引退しやがれー!」
やがてネヴィルだけでなく、バルガスとニコールに対する罵声まで飛ぶようになった。
「ちょ、ちょっと、みんな……!」
ネヴィルに対してはともかく、恩人であるふたりが罵られるのを見ていられなかったのか、ルーシーは慌てて抗議しようとした。
だが、ケントは彼女を強く抱き寄せ、制止する。
「ケント……?」
縋るような表情で問いかけるルーシーに対して、ケントは小さく首を振った。
それで諦めたのか、ルーシーは悲しそうに眉を下げる。
こうまで興奮してしまった人たちを、落ち着けるのは難しい。
だがそれ以上にケントは、ネヴィルを止めもせずおろおろするばかりのバルガスとニコールのふたりに呆れていた。
ルーシーの恩人かもしれないが、彼にとっては赤の他人であり、庇うに値しないと判断したのだ。
見たところなにか事情があってネヴィルに逆らえないのだろうが、ケントには関係のないことだった。
「くっ、覚えていろ……!」
なんともベタなセリフを吐き、ネヴィルは札束を拾って立ち上がる。
「くそっ! どけっ!! 邪魔だ!!」
そして集まった人たちをかき分けて、逃げるようにギルドを去った。
彼に直接危害を加えたり、行く手を阻もうとする冒険者がいなかったのは、双方にとって幸運なことだっただろう。
「すまねぇ、ルーシー……!」
「本当にごめんなさい……! また、あらためて……」
そしてバルガスとニコールも、そう言い残して去って行った。
「バルガスさん、ニコールさん……」
ルーシーが悲しげな表情でふたりの背中を見ていたので、ケントはもう一度強く彼女を抱き寄せる。
ルーシーも、どこか救いを求めるように、ケントに身を寄せた。
そうこうしているうちにバラバラと人が離れていき、ギルドは日常を取り戻す。
この程度の騒ぎは、日常茶飯事なのだろう。
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