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第1章

幕間 その夜、冒険者ギルドにて

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 ケントが冒険者登録をした日の夜。
 ギルドには、ほとんど人が残っていなかった。

 併設された酒場も、少し前に営業を終了している。

 ギルドの酒場は、それほど遅くまで営業しているわけではない。
 夕暮れどきにその日の活動を終えた冒険者で賑わうが、彼らは1~2杯引っかけるとよそへいってしまう。

 というのも、金を手にした冒険者に町で金を落としてもらうため、ギルドの酒場にはあえて安い酒とつまみしか置いていないからだ。

 ここはあくまで、活動を終えて昂ぶった荒くれ者どもを少しだけクールダウンさせるために、酒を出しているに過ぎない。
 そしてギルドなら、熱くなった冒険者が暴れたところでそれを止めるものも多くいるのだった。

「よし、そろそろ閉めるか」

 灯をほとんど落として薄暗くなったギルドの受付台で、クラークはふとつぶやいた。

 他の職員は、すでに全員帰っている。

 一応営業時間が決められているギルドだが、客がいなければ早めに閉めることもあった。

「そういえばあいつら、今日はこなかったな」

 クラークは、ケントとルーシーのことを思い出していた。

 今日冒険者登録をしたばかりケントは、銃という珍しい武器を持っていた。
 どこか正体不明な部分はあるが、ルーシーが懐いている以上悪い人物ではないのだろう。

 そのあたり、彼女の勘は鋭い。

「今度は長続きするといいんだが……」

 彼はルーシーがここへきたときから、彼女を見守っていた。
 だからこそ、できるだけ長く幸せな時間を過ごしてほしいと思っていた。

「できるだけのことは、してやりたいが……」

 少し悔しそうに呟いたクラークだったが、雑念を振り払うように小さく首を横に振った。

 ――ギィ……。

「ん?」

 入り口のスウィングドアがきしむ音に、顔を上げた。

「お前ら……」

 見知った顔が、歩いてくるのが見えた。

「バルガス! それにニコールじゃないか!!」

 受付台に向かってくる大柄な男と中背の女性に、クラークは声をかけた。
 バルガスと呼ばれた男性は、革鎧に大剣という装備で、ニコールと呼ばれた女性はローブを纏い、杖を手にしている。
 ふたりとも四十半ばで、バルガスは年相応に、ニコールは少し若く見えた。

 そしてもうひとり、見覚えのない人物がいた。
 身なりのいい、貴公子然とした若い男性だった。

「ようクラーク、久しぶりだな」
「ふふっ、元気そうね」

 バルガスとニコールは、心底この再会を懐かしむように微笑み、クラークに声をかけた。

「おう、お前たちも元気そうだな。ああ、いや……」

 そこまで言って、クラークは申し訳なさそうに言葉を詰まらせる。

「いいんだ。冒険者をやっている以上、そういうこともある」

 彼らはこの町で活動していた4人組の冒険者パーティーだった。

 少し時間はかかったがこの町で実績を伸ばし、Cランクを目前にして拠点を移した。

 そこで順調にキャリアを重ね、Bランクにまで到達したが、先日ダンジョン探索の際に仲間をふたり、亡くしていた。

 クラークはそのことを、ギルド経由で知っていた。

「新しいメンバーも入ったしな。そうだ、紹介しておこう」

 バルガスはそう言うと、立ち位置をずらし、クラークからもうひとりの青年が見えるようにした。

「彼は剣士のネヴィル。若いのにCランクなんだ」
「そうか。俺はクラークといって……」
「そんなことはどうでもいい。さっさと本題に入れ」

 ネヴィルはクラークの言葉を遮り、不機嫌そうにそう言った。

 クラークは軽く苦笑したが、窘めるようなことはない。
 若い冒険者には、尊大な態度をとる者も多いので、慣れていた。

「それで、本題というのは」

 仲間の態度に困惑した様子のバルガスに、クラークから問いかける。

「あ、ああ。そうだな。えっと」
「ルーシーは元気かしら?」

 言い淀むバルガスに、ニコールが助け船を出す。

「ルーシー? もちろん元気でやってるが、それがどうした?」

 クラークの言葉に、ふたりはほっと胸を撫で下ろした様子だった。
 ただネヴィルがわずかに口の端を上げたのが、少し気になった。

「実は、ルーシーをウチに誘いたいと思ってね」
「ルーシーを? なんでまた」

 バルガスの言葉に、クラークが首を傾げる。

「彼女を連れて、ダンジョンに潜りたいんだ」
「だが、ルーシーはまだランクが……いや、そうか」
「ああ。俺たちはBランクだからな」

 Fランクのルーシーは、ランク規制によりダンジョンには入れない。
 だが同じパーティー内にAランク冒険者がひとり、もしくはBランク冒険者がふたり以上いれば同行が許される、という特例があった。

 バルガスとニコールというふたりのBランク冒険者がいれば、ルーシーもダンジョンに潜れるのだ。

「そのために、わざわざこの町に戻ってきたのか?」

 エデの町周辺や付近のダンジョンは比較的安全な場所が多いので、Bランク冒険者にとってはあまり実入りのいい場所ではない。

「まぁ、俺たちも歳だからな」
「しばらく安全に稼いでから、引退したいのよ」
「なるほど」

 ルーシーのドロップ率が高いことは、いまやこの町の常識である。
 それでも彼女を連れてダンジョンに潜ろうという上級冒険者がいないのは、少しの危険を覚悟すれば他所でもっと稼げるからだ。

 だがふたりの仲間を失い、安全に稼ぐことを求めるなら、彼女の協力を求めることに不自然な点はない。

「まぁ、彼女が拠点を移してくれるなら、ありがたいんだが……」
「ダメだ。それは俺が許さん」
「そ、そうか。そうだよな……」
「そうよバルガス。無理を言っちゃだめよ」

 厳しい口調で言われたバルガスはうろたえ、窘めるニコールも笑顔を引きつらせていた。
 ネヴィルもさらに機嫌を損ねたようだが、文句を言うことはなかった。

 厳しい表情を浮かべていたクラークが、ふっと笑みを漏らす。

「だがまぁ、ひと足遅かったな」
「……どういうことだ?」
「ルーシーは今朝、新しいパーティーを組んだばかりだ」
「なに? まさかいつもの新人研修か?」
「新人は新人だな」
「そうか……」

 バルガスがあからさまに落胆した。
 新人であるGランク冒険者は、たとえ高ランク冒険者がいたところで、ダンジョンに同行できない。

「解散させろ。新人研修など、他の者にやらせればいいだろう」

 そこへ、ネヴィルが口を挟んだ。

「それは、俺の知ったことじゃないな」
「なんだと?」

 クラークの言葉に、ネヴィルははっきりと敵意を見せた。

「お、おい、落ち着けよ」
「お願い、揉め事は……」
「チッ……!」

 ネヴィルは舌打ちをすると、近くにあった椅子を引き寄せてどっかりと腰を下ろした。

「しかしクラーク、なんとかならないか?」
「そうよ。あまりあの子に頼り過ぎるのも、よくないと思うわ」

 どうやらふたりが、態度はともかくネヴィルと同意見であることに、クラークは少しイラついた。

「俺になにを言っても、どうにもならんぞ。なにせルーシーが連れてきた新人だからな」

 その言葉に、ふたりは少し驚いた様子だった。

「こっちが研修を任せた相手じゃない。ルーシーが望んで組んだ相手だ」
「そうか……」

 クラークの言葉に、バルガスとニコールは肩を落とした。

「ふんっ」

 そしてネヴィルはわざとらしく鼻を鳴らして立ち上がると、ギルドを出て行った。

 それを見て、残されたふたりはため息をついた。

「とりあえずここに拠点を移したいから、手続きを頼む」
「……いいだろう」

 壁にかけられた時計を見たあと、クラークは静かに答えた。
 まだ、営業時間内だった。

「はぁ……その新人がFランクになったら、レイドでも申し込んでみるか」
「そうね……」

 手続きを終えたバルガスは残念そうに呟き、ニコールと連れだってギルドを出て行った。

「……閉めるか」

 懐かしい顔見知りが去るのを見届けたクラークは、その日の営業を終了することにした。
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