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第1章
第23話 先代魔王モンテクリスト
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「……セーラム」
そう呟くと同時に目を開けると、見慣れた天井が目に入った。
どうやら宿のベッドに寝かされていることに、ラークは気づいた。
そしてすぐ近くに、人の気配を感じ取る。
「呼んだかい?」
声のほうに目を向けると、そこには鮮やかなオーシャンブルーの髪を持つ冒険者の姿があった。
鋼鉄票冒険者の【赤魔道士】エドモン。
その正体は、先代魔王モンテクリストのひとり娘、セーラムだという。
「俺たち、前から知り合いだったんだな」
ラークはそう言いながら、身体を起こした。
「そう……、思い出したんだね」
「ああ。女の子で、その髪の色。そしてセーラムって名前を聞いて、ようやくね。そっちは?」
「ボクはひと目見てすぐに」
セーラムはそう言って、ふっと微笑んだ。
「ここでキミを見かけたときは、本当に驚いたよ。正体がバレたら、大変だからね」
「だから俺、避けられてたのか」
「そういうこと。青魔道士って知ってからは、なおさら近づかないようにってね」
「ああ、うん。それは、しかたないな」
名前や性別を偽っていることは、まだ大きな問題ではない。
まずいのは、なにかの拍子にラークがセーラムの魔法をラーニングし、彼女が魔族であると知られてしまうことだ。
だからセーラムは、ラークを避けていたのだった。
「あのとき言ってた病気の親父さんっていうのは……」
「先代魔王モンテクリスト、だね」
○●○●
「話をする前に、水、飲むかい?」
「たすかるよ。喉カラッカラ」
「ふふ、そうだろうね」
セーラムは宿の食堂で用意してもらったであろう水差しと、グラスをふたつサイドテーブルに置き、それぞれに水を注いだ。
ラークが水を飲み、少し落ち着いたところで、彼女は話し始めた。
「詳しくは知らないんだけど、父さんは家族と折り合いが悪かったらしくてね。それで若いころに、家を飛び出したんだ」
魔王の子だったセーラムの父モンテクリストは、家を飛び出したあと魔境を越え、辺境に辿り着いた。
幸いヒューマンに近い外見をしていたので、身分を偽って冒険者となり、各地の放浪を始めた。
その際に名乗った名が、エドモンだった。
呪文と剣術を得意とするエドモンは、ジョブを【赤魔道士】と偽ることにした。
よほどの手練れだったのか、【赤魔道士】エドモンの名は大陸に広く知れ渡ることとなった。
やがてエドモンはヒューマンの女性と恋に落ちる。
そしてふたりのあいだに、女の子が生まれた。
その女の子は、セーラムと名付けられた。
「母さんは、ボクが物心つく前には亡くなっててね」
セーラムが寂しげに呟く。
病死だったと、父からは聞いていた。
エドモンは男手ひとつで娘を育てた。
冒険者としてはすでに魔鋼票冒険者となっており、かなりの貯えはあったので、半ば引退するようなかたちで子育てに専念した。
ときおり断り切れない依頼をこなすために家を空けることもあったが、エドモンに恩を感じている冒険者は多く、安心してセーラムを預けられた。
「実はチェブランコさんには、子供のころよくお世話になっててね。あのときはまだ、フサフサだったけど」
そう言ってセーラムが、クスクスと笑う。
なんでもチェブランコは、エドモンに命を救われた過去があるそうだ。
「そうか。だからこの町に」
「そういうこと」
昔なじみのチェブランコがギルドマスターを務めていると知って、セーラムはこの地を訪ねたのだ。
【赤魔道士】として父と同じ名前で活動したいと相談したとき、チェブランコは深く事情を聞かずに協力してくれた。
「そうじゃなければ、世間知らずのボクは早々に正体を暴かれていただろうね」
ある日、辺境伯フィリップによって当時の魔王が倒されたと聞いた。
セーラムが5歳のころである。
兄弟の誰かが跡を継ぐだろう。
そう思い、父エドモンはあまり気にせずにいた。
だがどうやって調べ上げたのか、オリヴァがエドモンの前に現れた。
生き残った魔王軍のなかでは、彼が最高位だった。
「辺境伯は相当強かったんだね。父さん以外の兄弟はみんなやられちゃったみたいでさ」
オリヴァはエドモンに接触した時点ですでに町のいたるところに配下を忍ばせていた。
そして従わなければエドモンの正体を喧伝しつつ、配下を暴れさせると脅す。
かなり悩んだ末、最後はエドモンが折れた。
「そのとき、父さんはひとつの条件を呑ませた」
たとえ不本意な内容であっても、自分の命令には絶対に従うこと。
これを受け入れられないのなら、エドモンはたとえ自身の正体が露見し、人類から恨まれようとも、魔鋼票冒険者として命が尽きるまで魔王軍と戦い続けると言った。
オリヴァは了承し、エドモンはモンテクリストとして新たな魔王となった。
「そしてボクも、父さんといっしょに魔界で暮らすようになった」
○●○●
「ちょっといいか?」
「なんだい?」
「魔界っていうのは?」
ラークは『廃坑』のコアルームでの戦いの際、オリヴァとセーラムの会話から、そんな言葉が聞こえたのを思い出す。
「ああ、そうか。君たちは知らないんだったね。ボクたち魔族の住む世界を、魔界って言うんだよ」
「じゃあ、あのとき言ってた人界っていうのは……」
「君たち人間が住む世界のことだね」
「その魔界を、魔王が治めている?」
「魔界の、一部だね」
「一部?」
「魔界には魔王が6人いるからね」
「魔王が、6人!?」
思わぬ情報に、ラークは驚きの声を上げる。
「ボクの父さんも含め、キミたちが魔王と呼んでいるのは、第六魔王のことだね」
「第六魔王……」
とんでもない情報を聞かされたラークは、呆然とした。
「他に気になることは?」
しばらくぼんやりとセーラムを眺めていたラークだったが、ふと我に返ると首を小さく横に振った。
「いや、いい。話の続きをお願い」
これ以上の情報を得ても処理しきれないと感じたラークは、セーラムに話の続きを促した。
「わかった。たしか、父さんと一緒に魔界へ帰ったところからだね」
魔王の座に就いたモンテクリストは、人類との融和を望んだ。
反発は思ったほど大きくはなかった。戦争の傷跡が、大きすぎたのだ。
魔王軍には厭戦ムードが漂っており、モンテクリストの政策は受け入れられた。
もちろん中には先代魔王やその一族の復讐を望む声もあったが、オリヴァが中心となってその声を抑えた。
「たぶん、そのころから反対勢力を手なずけていたのだろうね……」
当時のオリヴァは、四天王筆頭として魔王モンテクリストによく尽くしていた。
少なくとも、セーラムの目にはそう見えていた。
セーラムが15歳になってしばらく経ったころ、父が病に倒れた。
治療のためあらゆる手を尽くしたが、快方に向かう気配がない。
「いま考えると、オリヴァが少しずつ呪いをかけていたんだろうね」
セーラムはそう言って、歯噛みする。
父の症状は日に日に悪化した。
身体の一部が黒ずみ、悪臭を放ち始めても、セーラムは父の快方を願い、看病を続けた。
そんなある日のことだった。
《これよりジョブを授けます。あなたに授けられたジョブは【黒巫女】です》
セーラムの頭に声が響いた。
「君たちが言うところの、天の声だね。ボクたちは大地の声と呼んでいるけど」
ジョブに目覚めた瞬間、【黒巫女】が回復魔法と妨害魔法を使えるのだと、セーラムは理解した。
そして父に魔法をかけると、どうやっても回復しなかった症状が軽くなっていった。
まるで時を戻すように。
「それからは必死だったよ。毎日魔力が切れるまで父さんを回復し続けたからね」
回復しても、時間が経てば症状は戻った。
同じ事の繰り返しで、いたずらに父を苦しめているだけかもしれないと思ったこともあった。
だが父は娘の力を信じ、セーラムのやりたいようにさせてくれた。
「魔法を使っているうちに魔力が増えたんだろうね。少しずつだけど、父さんは快方に向かったんだ。でも……」
1年ほど続けたところで、悪化のスピードが上がった。
「いまならオリヴァが呪いを強めたんだとわかるけど、あのときはどうしようもなくて……」
1日でも長く生きて欲しい。だからセーラムは、父を回復し続けた。
そうやって回復しているあいだは、父とよく話した。
つらく、苦しい日々だったが、それでも幸せな時間だった。
「父さんも、そう思ってくれてたかな……」
いよいよ回復の見込みがなくなってきた。
残された時間を少しでも一緒に過ごすしかない。
そう思って諦めかけていたときだった。
『これを回復できるのは、辺境の聖女くらいだろうねぇ』
ふと、オリヴァがそう漏らした。
それだ、と思った。
「だからあのとき、セーラムはボヘムにきたんだね」
「うん、そうだよ」
辺境の聖女とは、ラークの母マルメラの異名だった。
「でも、あのあと君は戻ってこなかった」
ラークの言葉に、セーラムは眉を下げる。
「マルメラさんが引き受けてくれると言ったとき、父さんはきっと助かると思ったんだけど……」
父をボヘムに連れてくれば、回復してもらえるということで話はついていた。
マルメラは自分から出向くと言ったが、魔族側から認められなかったので、セーラムは急いで魔王城に戻った。
だが悪化のペースはさらに上がっていて、父はもう身体を動かすことすら困難な状態になっていた。
いくら回復しても間に合わず、もう死を待つばかりという状態だった。
結局、モンテクリストは死んだ。
「あのときは、ごめん。報告くらい、するべきだったんだけど……」
モンテクリストの死は秘匿された。
そのときから、オリヴァは交易所の襲撃を考えていたのだろう。
謎の病で死んだとされたモンテクリストは荼毘に付され、髪の毛一本残らず灰になった。
それからセーラムは、一年ほどを無為に過ごした。
「なにもする気になれなくてね。それでも不思議なもので、時間が経てば少しは元気が出てきてさ」
父の遺品整理を始めた。
その際、魔鋼製の認識票を見つけた。
「母さんと、同じ墓に葬ってあげたいと、思ったんだ」
セーラムは母の故郷を目指すため、人界へいくことにした。
「もしかして、魔境を抜けて辺境にきたの?」
「いや、別の方法だね」
父の死を秘匿する、ということは聞かされていた。
理由までは知らなかったし、知ろうともしなかった。
ただ、魔王の死を秘匿するのなら、娘であるセーラムが人界へ行くことは許可されないだろう。
そこで彼女は、第三魔王に協力を依頼した。
その領地から、人界にいけることを知っていたからだ。
セーラムはオリヴァに隠れて第六魔王領を抜け出した。
そこから第三魔王領へ到着し、さらに人界を訪れるまで、数年の時を要した。
「その方法で来られる一番近い場所にあるのが、ここパーラメントなんだ」
「ちょっと待ってくれ!」
セーラムのもたらした情報に、ラークが声を上げる。
魔境を越えて辺境に辿り着くこと以外に魔族が人界を訪れる方法があるというのだから、驚くのも無理はない。
「もしかして、オリヴァがこの町に現れたのも……」
オリヴァがこの地を訪れたのは、第三魔王とやらが協力したからではないか。
そう思ってラークはセーラムを見たが、彼女は首を横に振った。
「第三魔王は魔界と人界の争いどころか交流自体を望んでいないからね。よっぽどのことがなければ人を通すような真似はしないよ」
「でも……」
「とにかく、そこは心配しなくていい、とだけ言っておくよ、いまはね」
「む……」
なにやら深い事情があるようなので、ラークは追及しないことにした。
それに、〝いまは〟というからには、いつか事情を話してくれる日が来るのかもしれない。
「とまぁそんなわけで、ボクはこの町を訪れたんだ」
パーラメントに到着したセーラムはチェブランコに会い、父の死を告げた。
そして父の認識票を母と同じ墓に葬りたいと伝え、なにかと協力してもらった。
チェブランコが協力してくれたおかげで、セーラムは父の認識票を母と同じ墓に納めることができた。
「そのあとこの町に戻ってきたのが、いまから1年くらい前だね」
以来セーラムはエドモンと名乗り、冒険者として活動を始めたのだった。
そう呟くと同時に目を開けると、見慣れた天井が目に入った。
どうやら宿のベッドに寝かされていることに、ラークは気づいた。
そしてすぐ近くに、人の気配を感じ取る。
「呼んだかい?」
声のほうに目を向けると、そこには鮮やかなオーシャンブルーの髪を持つ冒険者の姿があった。
鋼鉄票冒険者の【赤魔道士】エドモン。
その正体は、先代魔王モンテクリストのひとり娘、セーラムだという。
「俺たち、前から知り合いだったんだな」
ラークはそう言いながら、身体を起こした。
「そう……、思い出したんだね」
「ああ。女の子で、その髪の色。そしてセーラムって名前を聞いて、ようやくね。そっちは?」
「ボクはひと目見てすぐに」
セーラムはそう言って、ふっと微笑んだ。
「ここでキミを見かけたときは、本当に驚いたよ。正体がバレたら、大変だからね」
「だから俺、避けられてたのか」
「そういうこと。青魔道士って知ってからは、なおさら近づかないようにってね」
「ああ、うん。それは、しかたないな」
名前や性別を偽っていることは、まだ大きな問題ではない。
まずいのは、なにかの拍子にラークがセーラムの魔法をラーニングし、彼女が魔族であると知られてしまうことだ。
だからセーラムは、ラークを避けていたのだった。
「あのとき言ってた病気の親父さんっていうのは……」
「先代魔王モンテクリスト、だね」
○●○●
「話をする前に、水、飲むかい?」
「たすかるよ。喉カラッカラ」
「ふふ、そうだろうね」
セーラムは宿の食堂で用意してもらったであろう水差しと、グラスをふたつサイドテーブルに置き、それぞれに水を注いだ。
ラークが水を飲み、少し落ち着いたところで、彼女は話し始めた。
「詳しくは知らないんだけど、父さんは家族と折り合いが悪かったらしくてね。それで若いころに、家を飛び出したんだ」
魔王の子だったセーラムの父モンテクリストは、家を飛び出したあと魔境を越え、辺境に辿り着いた。
幸いヒューマンに近い外見をしていたので、身分を偽って冒険者となり、各地の放浪を始めた。
その際に名乗った名が、エドモンだった。
呪文と剣術を得意とするエドモンは、ジョブを【赤魔道士】と偽ることにした。
よほどの手練れだったのか、【赤魔道士】エドモンの名は大陸に広く知れ渡ることとなった。
やがてエドモンはヒューマンの女性と恋に落ちる。
そしてふたりのあいだに、女の子が生まれた。
その女の子は、セーラムと名付けられた。
「母さんは、ボクが物心つく前には亡くなっててね」
セーラムが寂しげに呟く。
病死だったと、父からは聞いていた。
エドモンは男手ひとつで娘を育てた。
冒険者としてはすでに魔鋼票冒険者となっており、かなりの貯えはあったので、半ば引退するようなかたちで子育てに専念した。
ときおり断り切れない依頼をこなすために家を空けることもあったが、エドモンに恩を感じている冒険者は多く、安心してセーラムを預けられた。
「実はチェブランコさんには、子供のころよくお世話になっててね。あのときはまだ、フサフサだったけど」
そう言ってセーラムが、クスクスと笑う。
なんでもチェブランコは、エドモンに命を救われた過去があるそうだ。
「そうか。だからこの町に」
「そういうこと」
昔なじみのチェブランコがギルドマスターを務めていると知って、セーラムはこの地を訪ねたのだ。
【赤魔道士】として父と同じ名前で活動したいと相談したとき、チェブランコは深く事情を聞かずに協力してくれた。
「そうじゃなければ、世間知らずのボクは早々に正体を暴かれていただろうね」
ある日、辺境伯フィリップによって当時の魔王が倒されたと聞いた。
セーラムが5歳のころである。
兄弟の誰かが跡を継ぐだろう。
そう思い、父エドモンはあまり気にせずにいた。
だがどうやって調べ上げたのか、オリヴァがエドモンの前に現れた。
生き残った魔王軍のなかでは、彼が最高位だった。
「辺境伯は相当強かったんだね。父さん以外の兄弟はみんなやられちゃったみたいでさ」
オリヴァはエドモンに接触した時点ですでに町のいたるところに配下を忍ばせていた。
そして従わなければエドモンの正体を喧伝しつつ、配下を暴れさせると脅す。
かなり悩んだ末、最後はエドモンが折れた。
「そのとき、父さんはひとつの条件を呑ませた」
たとえ不本意な内容であっても、自分の命令には絶対に従うこと。
これを受け入れられないのなら、エドモンはたとえ自身の正体が露見し、人類から恨まれようとも、魔鋼票冒険者として命が尽きるまで魔王軍と戦い続けると言った。
オリヴァは了承し、エドモンはモンテクリストとして新たな魔王となった。
「そしてボクも、父さんといっしょに魔界で暮らすようになった」
○●○●
「ちょっといいか?」
「なんだい?」
「魔界っていうのは?」
ラークは『廃坑』のコアルームでの戦いの際、オリヴァとセーラムの会話から、そんな言葉が聞こえたのを思い出す。
「ああ、そうか。君たちは知らないんだったね。ボクたち魔族の住む世界を、魔界って言うんだよ」
「じゃあ、あのとき言ってた人界っていうのは……」
「君たち人間が住む世界のことだね」
「その魔界を、魔王が治めている?」
「魔界の、一部だね」
「一部?」
「魔界には魔王が6人いるからね」
「魔王が、6人!?」
思わぬ情報に、ラークは驚きの声を上げる。
「ボクの父さんも含め、キミたちが魔王と呼んでいるのは、第六魔王のことだね」
「第六魔王……」
とんでもない情報を聞かされたラークは、呆然とした。
「他に気になることは?」
しばらくぼんやりとセーラムを眺めていたラークだったが、ふと我に返ると首を小さく横に振った。
「いや、いい。話の続きをお願い」
これ以上の情報を得ても処理しきれないと感じたラークは、セーラムに話の続きを促した。
「わかった。たしか、父さんと一緒に魔界へ帰ったところからだね」
魔王の座に就いたモンテクリストは、人類との融和を望んだ。
反発は思ったほど大きくはなかった。戦争の傷跡が、大きすぎたのだ。
魔王軍には厭戦ムードが漂っており、モンテクリストの政策は受け入れられた。
もちろん中には先代魔王やその一族の復讐を望む声もあったが、オリヴァが中心となってその声を抑えた。
「たぶん、そのころから反対勢力を手なずけていたのだろうね……」
当時のオリヴァは、四天王筆頭として魔王モンテクリストによく尽くしていた。
少なくとも、セーラムの目にはそう見えていた。
セーラムが15歳になってしばらく経ったころ、父が病に倒れた。
治療のためあらゆる手を尽くしたが、快方に向かう気配がない。
「いま考えると、オリヴァが少しずつ呪いをかけていたんだろうね」
セーラムはそう言って、歯噛みする。
父の症状は日に日に悪化した。
身体の一部が黒ずみ、悪臭を放ち始めても、セーラムは父の快方を願い、看病を続けた。
そんなある日のことだった。
《これよりジョブを授けます。あなたに授けられたジョブは【黒巫女】です》
セーラムの頭に声が響いた。
「君たちが言うところの、天の声だね。ボクたちは大地の声と呼んでいるけど」
ジョブに目覚めた瞬間、【黒巫女】が回復魔法と妨害魔法を使えるのだと、セーラムは理解した。
そして父に魔法をかけると、どうやっても回復しなかった症状が軽くなっていった。
まるで時を戻すように。
「それからは必死だったよ。毎日魔力が切れるまで父さんを回復し続けたからね」
回復しても、時間が経てば症状は戻った。
同じ事の繰り返しで、いたずらに父を苦しめているだけかもしれないと思ったこともあった。
だが父は娘の力を信じ、セーラムのやりたいようにさせてくれた。
「魔法を使っているうちに魔力が増えたんだろうね。少しずつだけど、父さんは快方に向かったんだ。でも……」
1年ほど続けたところで、悪化のスピードが上がった。
「いまならオリヴァが呪いを強めたんだとわかるけど、あのときはどうしようもなくて……」
1日でも長く生きて欲しい。だからセーラムは、父を回復し続けた。
そうやって回復しているあいだは、父とよく話した。
つらく、苦しい日々だったが、それでも幸せな時間だった。
「父さんも、そう思ってくれてたかな……」
いよいよ回復の見込みがなくなってきた。
残された時間を少しでも一緒に過ごすしかない。
そう思って諦めかけていたときだった。
『これを回復できるのは、辺境の聖女くらいだろうねぇ』
ふと、オリヴァがそう漏らした。
それだ、と思った。
「だからあのとき、セーラムはボヘムにきたんだね」
「うん、そうだよ」
辺境の聖女とは、ラークの母マルメラの異名だった。
「でも、あのあと君は戻ってこなかった」
ラークの言葉に、セーラムは眉を下げる。
「マルメラさんが引き受けてくれると言ったとき、父さんはきっと助かると思ったんだけど……」
父をボヘムに連れてくれば、回復してもらえるということで話はついていた。
マルメラは自分から出向くと言ったが、魔族側から認められなかったので、セーラムは急いで魔王城に戻った。
だが悪化のペースはさらに上がっていて、父はもう身体を動かすことすら困難な状態になっていた。
いくら回復しても間に合わず、もう死を待つばかりという状態だった。
結局、モンテクリストは死んだ。
「あのときは、ごめん。報告くらい、するべきだったんだけど……」
モンテクリストの死は秘匿された。
そのときから、オリヴァは交易所の襲撃を考えていたのだろう。
謎の病で死んだとされたモンテクリストは荼毘に付され、髪の毛一本残らず灰になった。
それからセーラムは、一年ほどを無為に過ごした。
「なにもする気になれなくてね。それでも不思議なもので、時間が経てば少しは元気が出てきてさ」
父の遺品整理を始めた。
その際、魔鋼製の認識票を見つけた。
「母さんと、同じ墓に葬ってあげたいと、思ったんだ」
セーラムは母の故郷を目指すため、人界へいくことにした。
「もしかして、魔境を抜けて辺境にきたの?」
「いや、別の方法だね」
父の死を秘匿する、ということは聞かされていた。
理由までは知らなかったし、知ろうともしなかった。
ただ、魔王の死を秘匿するのなら、娘であるセーラムが人界へ行くことは許可されないだろう。
そこで彼女は、第三魔王に協力を依頼した。
その領地から、人界にいけることを知っていたからだ。
セーラムはオリヴァに隠れて第六魔王領を抜け出した。
そこから第三魔王領へ到着し、さらに人界を訪れるまで、数年の時を要した。
「その方法で来られる一番近い場所にあるのが、ここパーラメントなんだ」
「ちょっと待ってくれ!」
セーラムのもたらした情報に、ラークが声を上げる。
魔境を越えて辺境に辿り着くこと以外に魔族が人界を訪れる方法があるというのだから、驚くのも無理はない。
「もしかして、オリヴァがこの町に現れたのも……」
オリヴァがこの地を訪れたのは、第三魔王とやらが協力したからではないか。
そう思ってラークはセーラムを見たが、彼女は首を横に振った。
「第三魔王は魔界と人界の争いどころか交流自体を望んでいないからね。よっぽどのことがなければ人を通すような真似はしないよ」
「でも……」
「とにかく、そこは心配しなくていい、とだけ言っておくよ、いまはね」
「む……」
なにやら深い事情があるようなので、ラークは追及しないことにした。
それに、〝いまは〟というからには、いつか事情を話してくれる日が来るのかもしれない。
「とまぁそんなわけで、ボクはこの町を訪れたんだ」
パーラメントに到着したセーラムはチェブランコに会い、父の死を告げた。
そして父の認識票を母と同じ墓に葬りたいと伝え、なにかと協力してもらった。
チェブランコが協力してくれたおかげで、セーラムは父の認識票を母と同じ墓に納めることができた。
「そのあとこの町に戻ってきたのが、いまから1年くらい前だね」
以来セーラムはエドモンと名乗り、冒険者として活動を始めたのだった。
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