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第1章
幕間 交易所ボヘムにて
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辺境伯フィリップによって魔王は討伐され、そのあとを継いだモンテクリストは、人類との融和を望んだ。
幾度もの交渉を経て、互いの領域を侵さず、平和的な交流をはかることが決められる。
その際、当時辺境の最西端に設置されていた拠点を交易所とし、その場所はボヘムと名付けられた。
それから10年以上が経ったある日のこと、ラークは家族とともにボヘムを訪れていた。
「すごい……」
人の多さに、ラークは思わず声を漏らす。
交易所には所狭しと屋台が並び、そこを行き交う人々は活気に溢れていた。
ヒューマン、獣人、エルフ、ドワーフだけでなく、頭から角が生えている者、青白い肌の者、獣人よりも獣に近い容姿を持つ者など、辺境では見たことのない種族が多くいた。
「あれが、魔族……」
「ええ、そうです。怖いですか?」
隣を歩いていたキースがラークの言葉を聞き、そう問いかける。
「びっくりはしたけど、怖くはないかな」
ラークの物心がつくころには、魔王軍との戦いは終わっていた。
過去には敵対していたかもしれないが、自分が直接なにかをされたわけでもないので、怖がる必要はなかった。
「家は、全部テントなんだね」
交易所の中央を南北に貫くように商業区域があり、その東西に居住区域が設けられている。
東が人類、西が魔族。
和平が成ったとはいえ、少し前まで敵対していた者同士なので、トラブルをさけるためにそう配置されていた。
とはいえ、行き来が制限されているわけではないので、人類側の居住区に魔族の姿を見ることもあった。
それら居住区域には、いくつものテントが立てられていた。
それは辺境伯の別邸といえども例外ではない。
「テントといっても、並の家よりは快適ですよ」
興味津々といった具合にあたりを見回すラークに、キースがそう告げた。
危険な魔物が数多く棲息しているせいか、魔境には濃い魔力が漂っている。
そんな魔力の影響を受けているため、魔境の樹木は重く、硬いものが多かった。
その樹木から採れる強固な木材と、聖銀票冒険者ですら手こずるような魔物から採取された革などの素材から作られたテントは、下手な木造の家よりも頑丈で快適なのだ。
キースとともに商業区域を見て回り、食べ歩きやちょっとした買い物を終え、領主の別邸に辿り着いた。
テントであることに変わりはないが、とにかく大きかった。
民家が数軒は入りそうだ。
天幕の位置も高い。
「ただいま」
「えっと、ただいま……?」
キースに続いて、ラークはテントに入った。
初めて訪れる場所だが、自分の家でもあるということに、なんとも妙な感覚を抱いた。
「中、明るいね」
「ええ、外の光を取り入れられるようになっていますからね」
見上げると、天幕の一部がまくり上げられ、薄くなっていることがわかった。
それが天窓のようになり、日の光を取り入れられるようだった。
雨が降れば完全に閉ざすことも可能な作りになっていると、ひと目見てわかった。
「部屋が、あるんだね」
テント内を仕切るように幕が張られ、部屋のように分けられていた。
本当に家みたいだと、ラークは感心した。
「お願いします! 父さんを助けてください……!」
少女の声が聞こえた。
「あの声は?」
「いってみましょう」
キースとともに、その声のほうへ向かう。
仕切りを開けて入った場所に、父フィリップと母マルメラ、そしてひとりの少女がいた。
鮮やかな青い長髪が印象的だった。
「お願いします……! もう、あなたに頼るしかないんです……」
少女はふたりの前に跪き、いまにも縋り付きそうな勢いで訴えてた。
「うーん、困ったわねぇ……」
マルメラは頬を押さえながら、夫へ目を向ける。
フィリップは妻の視線を受け、無言で頷いた。
「すぐに決められることではない。少し、時間をもらおう」
「ですが、父さんに残された時間は、あまり……」
いまにも泣き崩れそうに訴える少女に、フィリップは真剣な眼差しを向けた。
「できるだけ早く結論を出すと約束しよう」
フィリップがそう言うと、マルメラは少女の前にかがみ込む。
「あなた、疲れているでしょう? ここへくるまでに、かなり無理をしたんじゃない?」
マルメラがそう言うと、少女の身体が淡い光りに包まれた。
「あ……」
こわばっていた少女の身体から、ふっと力が抜けたように見えた。
「疲れは癒しておいたわ。でも、空になった魔力やすり減った生命力は、しっかり休んで回復したほうがいいわね」
「はい……ありがとう……ござい……ま……」
緊張がほぐれたせいか、少女は言い終える前に意識を失い、マルメラにぐったりと身を預ける。
「あらあら、しょうがないわねぇ」
彼女はそんな少女の様子に穏やかな笑みをうかべると、彼女を抱え上げた。
「この子、しばらく休ませておくわね」
「ああ、まかせる」
「それじゃ、あなたたちもまたあとでね」
少女を抱えて部屋を出る際、母は息子たちにそう告げ、ウィンクをした。
キースとラークの来訪には、気づいていたようだ。
「キース、ラーク、よくきた」
そこでフィリップは、マルメラたちが去ったあとに目を向け、すぐに視線をふたりの息子に戻す。
「見ていたとおり、少し急ぎの用事ができた。ふたりとも疲れているだろうから、しばらく休んでいるがいい」
「はい、わかりました」
「わかったよ、父さん」
案内された部屋で休むことにした。
簡素なベッドとちょっとしたスペースしかない、狭い場所だった。
ベッドは思っていたよりも寝心地がよかった。
「あの娘、誰なんだろう……」
ベッドに寝転がったラークは、先ほどの少女を思い出していた。
汚れてはいたが、仕立てのいい服を着ていた。
なにより青く長い髪が綺麗だった。
顔がよく思い出せないのは、長い髪に隠れていたからだろう。
歳は、自分に近いのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、ラークは眠りについた。
「……ークちゃん……ラークちゃん」
しばらくして、母が部屋にきた。
「ふぁ……母さん?」
室内に射し込む陽光にあまり変化がないことから、それほど時間は立っていないようだった。
「ラークちゃん、悪いんだけどこれ、あの娘のところに持っていってちょうだい」
マルメラに頼まれて、軽食と水を少女のもとへ届けることになった。
「おじゃまします」
「……どうぞ」
そこはラークにあてがわれた部屋よりも少し広く、ベッド以外にも椅子とサイドテーブルがあった。
少女はベッドの上で身体を起こし、俯きがちに座っている。
「これ、どうぞ」
サイドテーブルに、サンドウィッチや水の載ったトレイを置いた。
「……ありがとう」
ぼそりと、少女が呟いた。
彼女はラークのほうをちらりとみたが、長い髪が邪魔で顔はよく見えなかった。
どうしたものかと思いつつ、ラークは椅子に腰掛ける。
父と母、それに兄たちは、なにやら大事な話し合いをしているようだった。
成人したとはいえまだジョブにも目覚めていない自分がいっても、邪魔になるだけだろう。
かといって、部屋にひとりでいるのも退屈だ。
彼女もひとりこんな部屋に取り残され、居心地の悪い思いをしているに違いない。
なら、客人をもてなすのは自分の役割だと、そう思い、少女に話しかけようとしたときだった。
――グゥ……。
ラークの腹が、鳴った。
思えば買い食いをしてから、結構な時間が経っている。
「ふふっ……」
少女が、小さく笑った。
「あの、ごめん。いまのは……」
「お腹空いてるんだったら、それ、食べなよ」
彼女はトレイのほうへ顔を向け、そう言う。
顔は、あいかわらずよく見えなかった。
「えっと、ありがとう」
ラークは少し照れながら、トレイのサンドウィッチをひとつ手に取り、頬張った。
それを見て、少女もひとつを手に取る。
「ねぇ、サンドウィッチって、なんでサンドウィッチっていうのか知ってる?」
手にしたサンドウィッチをじっと見ながら、少女がふと呟いた。
そしてサンドウィッチの由来を聞かせてくれた。
「へぇ、知らなかった。てっきりパンで具をサンドしてるからサンドウィッチっていうのかと思ってたよ」
「そもそもその〝サンドする〟っていう言葉が、サンドウィッチ由来だからね」
「なるほど、君は物知りなんだね」
「ふふ、それほどでも……」
それからふたりは、軽食を食べながらとりとめのない話をした。
歳が近いおかげかそれなりに話ははずみ、退屈はしなかった。
「そうだ、自己紹介がまだだったね」
会話が少し落ち着いたところで、ラークが思い出したようにそう言った。
「俺はラーク。君は?」
幾度もの交渉を経て、互いの領域を侵さず、平和的な交流をはかることが決められる。
その際、当時辺境の最西端に設置されていた拠点を交易所とし、その場所はボヘムと名付けられた。
それから10年以上が経ったある日のこと、ラークは家族とともにボヘムを訪れていた。
「すごい……」
人の多さに、ラークは思わず声を漏らす。
交易所には所狭しと屋台が並び、そこを行き交う人々は活気に溢れていた。
ヒューマン、獣人、エルフ、ドワーフだけでなく、頭から角が生えている者、青白い肌の者、獣人よりも獣に近い容姿を持つ者など、辺境では見たことのない種族が多くいた。
「あれが、魔族……」
「ええ、そうです。怖いですか?」
隣を歩いていたキースがラークの言葉を聞き、そう問いかける。
「びっくりはしたけど、怖くはないかな」
ラークの物心がつくころには、魔王軍との戦いは終わっていた。
過去には敵対していたかもしれないが、自分が直接なにかをされたわけでもないので、怖がる必要はなかった。
「家は、全部テントなんだね」
交易所の中央を南北に貫くように商業区域があり、その東西に居住区域が設けられている。
東が人類、西が魔族。
和平が成ったとはいえ、少し前まで敵対していた者同士なので、トラブルをさけるためにそう配置されていた。
とはいえ、行き来が制限されているわけではないので、人類側の居住区に魔族の姿を見ることもあった。
それら居住区域には、いくつものテントが立てられていた。
それは辺境伯の別邸といえども例外ではない。
「テントといっても、並の家よりは快適ですよ」
興味津々といった具合にあたりを見回すラークに、キースがそう告げた。
危険な魔物が数多く棲息しているせいか、魔境には濃い魔力が漂っている。
そんな魔力の影響を受けているため、魔境の樹木は重く、硬いものが多かった。
その樹木から採れる強固な木材と、聖銀票冒険者ですら手こずるような魔物から採取された革などの素材から作られたテントは、下手な木造の家よりも頑丈で快適なのだ。
キースとともに商業区域を見て回り、食べ歩きやちょっとした買い物を終え、領主の別邸に辿り着いた。
テントであることに変わりはないが、とにかく大きかった。
民家が数軒は入りそうだ。
天幕の位置も高い。
「ただいま」
「えっと、ただいま……?」
キースに続いて、ラークはテントに入った。
初めて訪れる場所だが、自分の家でもあるということに、なんとも妙な感覚を抱いた。
「中、明るいね」
「ええ、外の光を取り入れられるようになっていますからね」
見上げると、天幕の一部がまくり上げられ、薄くなっていることがわかった。
それが天窓のようになり、日の光を取り入れられるようだった。
雨が降れば完全に閉ざすことも可能な作りになっていると、ひと目見てわかった。
「部屋が、あるんだね」
テント内を仕切るように幕が張られ、部屋のように分けられていた。
本当に家みたいだと、ラークは感心した。
「お願いします! 父さんを助けてください……!」
少女の声が聞こえた。
「あの声は?」
「いってみましょう」
キースとともに、その声のほうへ向かう。
仕切りを開けて入った場所に、父フィリップと母マルメラ、そしてひとりの少女がいた。
鮮やかな青い長髪が印象的だった。
「お願いします……! もう、あなたに頼るしかないんです……」
少女はふたりの前に跪き、いまにも縋り付きそうな勢いで訴えてた。
「うーん、困ったわねぇ……」
マルメラは頬を押さえながら、夫へ目を向ける。
フィリップは妻の視線を受け、無言で頷いた。
「すぐに決められることではない。少し、時間をもらおう」
「ですが、父さんに残された時間は、あまり……」
いまにも泣き崩れそうに訴える少女に、フィリップは真剣な眼差しを向けた。
「できるだけ早く結論を出すと約束しよう」
フィリップがそう言うと、マルメラは少女の前にかがみ込む。
「あなた、疲れているでしょう? ここへくるまでに、かなり無理をしたんじゃない?」
マルメラがそう言うと、少女の身体が淡い光りに包まれた。
「あ……」
こわばっていた少女の身体から、ふっと力が抜けたように見えた。
「疲れは癒しておいたわ。でも、空になった魔力やすり減った生命力は、しっかり休んで回復したほうがいいわね」
「はい……ありがとう……ござい……ま……」
緊張がほぐれたせいか、少女は言い終える前に意識を失い、マルメラにぐったりと身を預ける。
「あらあら、しょうがないわねぇ」
彼女はそんな少女の様子に穏やかな笑みをうかべると、彼女を抱え上げた。
「この子、しばらく休ませておくわね」
「ああ、まかせる」
「それじゃ、あなたたちもまたあとでね」
少女を抱えて部屋を出る際、母は息子たちにそう告げ、ウィンクをした。
キースとラークの来訪には、気づいていたようだ。
「キース、ラーク、よくきた」
そこでフィリップは、マルメラたちが去ったあとに目を向け、すぐに視線をふたりの息子に戻す。
「見ていたとおり、少し急ぎの用事ができた。ふたりとも疲れているだろうから、しばらく休んでいるがいい」
「はい、わかりました」
「わかったよ、父さん」
案内された部屋で休むことにした。
簡素なベッドとちょっとしたスペースしかない、狭い場所だった。
ベッドは思っていたよりも寝心地がよかった。
「あの娘、誰なんだろう……」
ベッドに寝転がったラークは、先ほどの少女を思い出していた。
汚れてはいたが、仕立てのいい服を着ていた。
なにより青く長い髪が綺麗だった。
顔がよく思い出せないのは、長い髪に隠れていたからだろう。
歳は、自分に近いのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、ラークは眠りについた。
「……ークちゃん……ラークちゃん」
しばらくして、母が部屋にきた。
「ふぁ……母さん?」
室内に射し込む陽光にあまり変化がないことから、それほど時間は立っていないようだった。
「ラークちゃん、悪いんだけどこれ、あの娘のところに持っていってちょうだい」
マルメラに頼まれて、軽食と水を少女のもとへ届けることになった。
「おじゃまします」
「……どうぞ」
そこはラークにあてがわれた部屋よりも少し広く、ベッド以外にも椅子とサイドテーブルがあった。
少女はベッドの上で身体を起こし、俯きがちに座っている。
「これ、どうぞ」
サイドテーブルに、サンドウィッチや水の載ったトレイを置いた。
「……ありがとう」
ぼそりと、少女が呟いた。
彼女はラークのほうをちらりとみたが、長い髪が邪魔で顔はよく見えなかった。
どうしたものかと思いつつ、ラークは椅子に腰掛ける。
父と母、それに兄たちは、なにやら大事な話し合いをしているようだった。
成人したとはいえまだジョブにも目覚めていない自分がいっても、邪魔になるだけだろう。
かといって、部屋にひとりでいるのも退屈だ。
彼女もひとりこんな部屋に取り残され、居心地の悪い思いをしているに違いない。
なら、客人をもてなすのは自分の役割だと、そう思い、少女に話しかけようとしたときだった。
――グゥ……。
ラークの腹が、鳴った。
思えば買い食いをしてから、結構な時間が経っている。
「ふふっ……」
少女が、小さく笑った。
「あの、ごめん。いまのは……」
「お腹空いてるんだったら、それ、食べなよ」
彼女はトレイのほうへ顔を向け、そう言う。
顔は、あいかわらずよく見えなかった。
「えっと、ありがとう」
ラークは少し照れながら、トレイのサンドウィッチをひとつ手に取り、頬張った。
それを見て、少女もひとつを手に取る。
「ねぇ、サンドウィッチって、なんでサンドウィッチっていうのか知ってる?」
手にしたサンドウィッチをじっと見ながら、少女がふと呟いた。
そしてサンドウィッチの由来を聞かせてくれた。
「へぇ、知らなかった。てっきりパンで具をサンドしてるからサンドウィッチっていうのかと思ってたよ」
「そもそもその〝サンドする〟っていう言葉が、サンドウィッチ由来だからね」
「なるほど、君は物知りなんだね」
「ふふ、それほどでも……」
それからふたりは、軽食を食べながらとりとめのない話をした。
歳が近いおかげかそれなりに話ははずみ、退屈はしなかった。
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会話が少し落ち着いたところで、ラークが思い出したようにそう言った。
「俺はラーク。君は?」
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