ディープラーニングから始まる青魔道士の快進撃

平尾正和/ほーち

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第1章

第21話 勝てない敵

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「おやおやぁ、いい顔をするじゃないかぁ」

 ラークの反応に、オリヴァは満足げな笑みを浮かべる。

「ああ、思い出したよ。これはたしか、冒険者の証しだったねぇ。キミのその反応からするに、なかなか強い冒険者だったのかねぇ?」

 魔鋼オリハルコンの認識票を顔の横に掲げ、嘲るような笑みを浮かべながらオリヴァが告げる。

 〈ディープラーニング〉を習得し、セーラムとオリヴァからの〈ラーニング〉でアビリティを上昇させたラークの強さは、せいぜい黄金票冒険者ゴールドタグレベルだろう。
 かつての仲間をしのぐほどの力を得た彼であったが、それでも聖銀票冒険者ミスリルタグには遠く及ばない。

 そんな聖銀票冒険者ミスリルタグの中でも、特に優れたものだけが辿り着けるランク。

 それが魔鋼票冒険者オリハルコンタグだった。

 そんな強者を、オリヴァは倒したという。

「まぁ、ワタシも手傷を負わされたし、それがなければあの辺境伯のムスコも倒せたろうにねぇ。油断大敵というやつだよ」
「なっ!?」

 万全の状態なら、兄キースに勝てる。
 オリヴァはそう言った。

 ラークにとって、それはなによりも衝撃的なことだった。

「はは……」

 勝てない。

 諦めるしかなかった。

「なぁ、ひとつ聞いていいか?」
「なにかね?」
「この町にはあんたの他にも、四天王っていうのがきてるのかな?」
「はっ! まさか」

 オリヴァが顔をしかめる。

「ボヘム襲撃を中途半端に終わらせた埋め合わせに、ワタシひとりで送り込まれただけだよ」

 つまり『草原』と『神殿』にいるであろう魔族は、オリヴァほど強くないというわけだ。

「なるほどね!」

 答えるのと同時に、ラークは突進した。

「キミもこりないねぇ」

 体当たりが直撃する寸前で、オリヴァが埃を払うように軽く腕を振る。

「ぐぅっ……!」

 それが、強烈な打撃となってラークに襲いかかった。

「ラーク!!」

 ラークが大きく吹っ飛ばされたのを目の当たりにしたセーラムが声を上げる。
 対して攻撃をしかけたオリヴァは苦笑していた。

「おやおや、あまりワンパターンな攻撃をするものではないねぇ」

 ラークは攻撃を受ける直前で、その勢いを殺すように自ら飛びさがっていた。
 それを、オリヴァは見抜いたのだった。

「ふっ……!」

 敵から10歩ほど離れた位置に、着地する。

「まったく、無駄なあがきをするものだねぇ、キミも」

 呆れたように言うオリヴァに対して、ラークがニヤリと笑う。

「それは……」
「ん?」

 ラークはその場で軽く腰を落とし、オリヴァが眉を寄せる。

「どうかなっ!」

 そしてラークはその場で身体を回転させた。

「なっ!?」

 繰り出された後ろ回し蹴りが、彼の背後にあった宝玉を直撃した。
 ラークはオリヴァの攻撃を利用し、ダンジョンコアの前に立っていたのだ。

 上昇したアビリティに[フルコンタクト]と[コボルトキック]の威力が乗ったラークの踵が、コアを打つ。

「やめろおぉーっ!」

 オリヴァの絶叫も虚しく、ダンジョンコアは破壊された。

 宝玉は輝きを失い、崩れ去った。

「任務完了ってね」

 勝てないなら、せめて大氾濫スタンピードは抑え込もう。

 そう覚悟を決めての行動だった。

「あああああ……」

 目の前の光景に、オリヴァは頭を抱えて膝をつく。

 そんな彼を尻目に、ラークは足音を殺してセーラムのもとへ駆け寄ると、彼女の手を取った。

「逃げよう」

 突然の出来事に呆然とする彼女の耳元で、そうささやく。

 次兄キースに匹敵する敵を相手に、勝てるはずがない。
 ならば、逃げるしかなかった。

 任務を終えたいま、ここにとどまる意味はないのだ。

 ラークの声に気を取り直したセーラムは無言で頷く。

 ふたりはできるだけ静かに、かつ迅速にその場を離れようとした。
 がっくりとうなだれるオリヴァの背後に回り、距離を取る。

 彼が坑道側に背を向けていたのは、幸運だった。

 そのままコアルームを出て坑道に出る。

「逃がさないよ」

 その直前に声が聞こえ、ラークは背中に衝撃を受けた。

「ぐあっ!」
「ラーク!」

 声が聞こえるのと同時にセーラムを庇ったため、彼女に攻撃は当たらなかったようだ。

「ぐぁああっ……!」

 背中に激痛が走り、ラークは立っていられなくなる。

《ラーニング成功! [呪撃]を習得》

「ラーク、大丈夫か!?」

 セーラムに支えられながら痛みをこらえて振り返ると、オリヴァが立ち上がり、無表情のまま冷たい目を向けていた。

「くっ……」

 なんとか意識を保ち、回復をはかる。

《[黒癒]の効果により[呪撃]を忘却》

 痛みがひき、ラークは体勢を立て直した。

「あーあ、失敗しちゃったねぇ」

 オリヴァは無表情のまま、独り言のように呟く。

「またハップマンに怒られちゃうね、これは」
「ハップマン……彼が、新しい魔王か?」

 オリヴァの言葉に反応し、セーラムが問いかけた。

「ああ、そうだよ。みんなで力を合わせて、人界を支配しようってね」
「そんなこと、陛下がお許しなるはずがない!」

 セーラムの言う陛下という言葉に、ラークは小さく眉を寄せる。
 魔王を指してるわけではないような、そんな言い方だった。

「ははっ! たかが辺境のいち魔王がなにをしたところで、陛下は気にも留めやしないさ!」

 やはり、魔王とは別に、陛下とやらがいるらしい。

(辺境の、一魔王?)

 まるで他にも魔王がいるかのような言い草だった。

「だが、陛下は父上の土産をいつも楽しみに……」
「それを残念に思うくらいはあるかもね。でも、それだけだよ」

 そこまで言うと、オリヴァは片手をあげ、手のひらをふたりに向ける。

「まぁ、アナタが気にしたところで、どうにもならないよ。どうせここで死ぬのだからねぇ」

 次の瞬間、ラークの胸を衝撃が遅う。

「ラーク!」

 どうにか、セーラムを庇うことはできた。

《ラーニング成功! [呪撃]を習得》
《[黒癒]の効果により[呪撃]を忘却》

 ラークは、即座に回復する。

「がんばるねぇ、キミも」

 さらなる攻撃が、ふたりを襲う。

《ラーニング成功! [呪撃]を習得》
《[黒癒]の効果により[呪撃]を忘却》

 攻撃を受けるたびに、ラークは自身を回復した。

 かわせばセーラムに当たってしまう。

 それ以前に、かわしきることができそうになかった。

《ラーニング成功! [呪撃]を習得》
《[黒癒]の効果により[呪撃]を忘却》
《ラーニング成功! [呪撃]を習得》
《[黒癒]の効果により[呪撃]を忘却》
《ラーニング成功! [呪撃]を習得》
《[黒癒]の効果により[呪撃]を忘却》
《ラーニング成功! [呪撃]を習得》
《[黒癒]の効果により[呪撃]を……》

「しつこいね、キミも」
「はぁ……はぁ……それは、どうも」

 魔力が、尽きかけていた。

 もうあと一撃、耐えられるかどうか。

「それにしてもすごい回復魔法だねぇ。そうとう凄腕の白魔道士かな?」
「さて、どうかな」
「いや待てよ……あの身のこなし、武闘僧かな? あー、でもそれだと他人を回復できないのだったか……でも赤魔道士なわけがないし……そもそも打撃に毒を乗せるなんて真似はができるのは……」

 俯き、右手をふたりに向けたまま左手を顎に当ててブツブツと言っていたオリヴァが、ふとなにかに気づいたように顔を上げた。

「まさかキミ、青魔道士なのかい?」

 そう問いかけるオリヴァは、なにやら喜んでいるように見えた。

「だとしたら、なんだ?」

 ラークの答えに、オリヴァが笑みを浮かべる。

 先ほどまでのいやらしいものではなく、心底嬉しそうな笑顔だった。

「なんという幸運! こんなところで黒巫女だけでなく、青魔道士にまで出会えるなんて、ワタシはツイているよ!!」

 笑顔が、またいやらしいものに戻る。

「ワタシにとって邪魔な存在である黒巫女を始末できるだけでなく、貴重な戦力となる青魔道士が手に入るとはねぇ」

 まとわりつくようなオリヴァ視線に、ラークは肌が粟立つのを感じた。

「というわけでキミ、ラークといったかね。キミはワタシと一緒にきてもらうとしよう」
「は?」

 オリヴァの言葉に、ラークは呆然とする。

 だがすぐに言葉の意味を理解し、顔をしかめた。

「だれがいくか。いやに決まってるだろ」

 ラークの答えを受け、オリヴァは真顔になって首を横に振る。

「キミの意志は関係ないよ。ワタシがそう決めたことだからねぇ」
「勝手なことを!」
「なら、逆らってみるかね? ワタシは別に構わんよ。少し手間は増えるが、それだけのことだからねぇ」

 オリヴァが、1歩踏み出す。

「ワタシはここでそのムスメを殺し、青魔道士くんを連れ帰る。そう決めた。だからやる。それだけのことだよ」

 そう言って2歩目を踏み出したとき、オリヴァが身を縮めた。

「ラーク、逃げろ!!」
「おやおや……」

 セーラムが妨害魔法でオリヴァの動きを鈍らせたようだった。

「バカなことをいうな!」
「これしかないんだ!」

 セーラムはオリヴァのほうへ手をかざしながら、視線だけをラークに向ける。

「ボクたちじゃあオリヴァには勝てない! ならキミだけでも逃げて、ギルドに報告をするんだ!!」
「でも……」

 ラークが逡巡しているあいだに、オリヴァがゆっくりと一歩を踏み出す。

「まったく、無駄なことをするものだねぇ。ほんの少し死ぬのが先延ばしになるだけだし、例え青魔道士くんが逃げたとしても、妨害魔法さえなければこの長いダンジョンを逃げ切れるはずがないのだからねぇ」

 その言葉にラークは目を見開き、セーラムは小さく頷く。

 オリヴァは、隠し通路の存在を知らなかった。

 ならば、逃げ切れるかもしれない。
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