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第1章
第18話 ディープラーニングの成果
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現れた敵はすべてエドモンが倒し、ふたりは順調に進んでいた。
「そんなに妨害魔法を連発して大丈夫?」
何度目かの戦闘を終えたところで、ラークが尋ねた。
【赤魔道士】は保有魔力量が少なく、仮に彼が【黒魔道士】だとしても、戦闘のたびに高い効果の妨害魔法を使っていれば、遠からず魔力が枯渇するのではないかと心配になった。
「なに、これくらい息をするようなものだよ」
だがエドモンは、軽い口調でそう答えた。
かなり強力な妨害魔法を使っているはずである。
ならば彼の保有魔力量が多いのか、それとも妨害魔法の消費魔力が少ないのか。
(呪文を組み合わせているのか?)
ラークはこれまで何度もエコーの使う妨害魔法を見てきたが、そのどれとも違っているように見えた。
もしかすると、呪文と魔法を組み合わせた独自のスタイルかもしれない。
「ラーク、ここじゃないかな?」
考えごとをしながら歩いていると、前方のエドモンから声をかけられる。
彼は何の変哲もない壁の前で、立ち止まっていた。
「ああ、そこだな」
エドモンの隣に立ったラークも、同じ場所を見てそう言った。
なにか目印があるわけではない。
だが、4級以上の冒険者はだれもが知っている場所だった。
正しくは、パーラメントで4級になった冒険者は、必ず覚えさせられる場所だ。
「まさかこの情報が役に立つ日がくるなんてな」
「本当にね」
呆れたようにそう言ってエドモンと笑みをかわしたところで、ラークはポーチからブローチを取り出す。
ギルドマスターから預かった、あのブローチである。
「普通にかざせばいいのかな?」
そう呟きながらブローチを壁に近づけると、中央の宝石が淡く光った。
――ゴゴゴゴゴゴ……。
その直後、低い音をたてて壁が動き、通路が現れた。
「本当に、あったんだねぇ」
現れた通路を見て、エドモンが感心したように呟いた。
いまからおよそ50年前、この『廃坑』で大氾濫が発生した。
『廃坑』の最深部へ辿り着くには入り組んだ坑道を何日もかけて歩き通さなければならず、コアを破壊するのに手間取ったせいで、町は大きな被害をうけることになった。
そこで町の上層部は、最深部へ続く新たな通路を掘ったのだ。
本来、ダンジョンの壁を傷つけることはできない。
だがコアを破壊し、ダンジョンの活動が停止している間は別だ。
コアが復活するまでのあいだに、冒険者ギルドをはじめ、他のギルドや町の防衛軍総出で穴を掘り進め、隠し通路を作り上げたのだった。
ただ、その通路を逆に辿れば最深部近辺の魔物が容易に浅層へこられることもあり、普段は閉ざされていた。
それを開く鍵となるのが、ラークの預かったブローチだった。
「じゃあ、いくよ」
エドモンが先行して、通路に入る。
そこは坑道と違って、かなり狭い。
大人ひとりが少し屈んでようやく通れる程度の広さだった。
――ゴゴゴゴゴゴ……。
歩き始めてしばらくしたところで、背後から音が響いた。
開いた壁は、自動で戻る仕組みだった。
「暗いねぇ」
「ああ」
狭い通路は坑道よりもさらに暗かった。
ラークの目には前を歩くエドモンの輪郭がぼんやりと見えいる程度で、足音を頼りに距離を保った。
そんな暗い通路を、エドモンは躊躇なく歩いている。
呪文を使って視力を強化したラークよりも、彼の目は暗闇に強いようだ。
「ほら、もうすぐだよ」
少し休憩を挟みつつ1時間ほど歩いたところで、エドモンが声をあげる。
目をこらせば、行き止まりが見えた。
「エドモン、これを」
通路の最奥部へ辿り着いたところで、ラークはブローチを手渡す。
そのとき軽く手が触れた。
柔らかく、とても剣を扱う者の手とは思えなかった。
「これを、かざせばいいんだね」
そう言って彼がブローチをかざした直後、低い音を立てて壁が動きはじめた。
「うわぁ……」
開いた壁向こうでは、多数の魔物が突然現れた通路を見ていた。
魔物たちは動く壁に気を取られているのか、襲いかかってくる様子はない。
「それじゃラーク、ここからはそれぞれで戦って、ひとまず周辺の敵を倒そう!」
「おう!」
通路を飛び出したエドモンは剣を抜きながら右側へと踏み出した。
その直後、ラークは通路を出て左を見た。
坑道にいたのは、二足歩行のトカゲのような魔物の群れだった。
アースドレイクという下位の竜種である。
『廃坑』は『神殿』よりも難度が高く、最深部付近となると『塔』の中層階にも匹敵する。
そのためこのアースドレイクたちは、ラークたちが『神殿』で遭遇したドレイクよりも強い。
「はぁっ!」
それでもラークは怯むことなく、近くにいた個体へ踏み込み、拳を打ち付ける。
「グエッ……!」
胸を打たれたアースドレイクは呻きを上げてよろめいたが、倒れるほどではなかった。
ラークはその個体を無視し、別の個体を蹴飛ばした。
その後も一撃ごとに対象を変え、合計5体のアースドレイクを、拳や足だけでなく膝や肘も使って打ち据えた。
大したダメージはなかったようで、ほどなくアースドレイクたちは体勢を立て直し、襲いかかろうとする。
だが。
「グ……ゲェッ……!」
「ゲボアッ……」
「ゴボォ……」
アースドレイクたちは次々に血を吐いて倒れ、何度も咳き込んだり痙攣したりした。
やがてどの個体も動きを止め、消滅した。
[ヴェノムストライク]
[フルコンタクト]と[ヴェノムファング]を〈ディープラーニング〉で組み合わせて習得した青魔法であり、すべての打撃に猛毒が乗るという凶悪なものだった。
「うあっ!!」
坑道に短い悲鳴が響く。
見ると、アースドレイクの尻尾に打たれたエドモンが吹き飛ばされ、壁に激突していた。
「ごほっ……!」
「エドモン!!」
エドモンが大量の血を吐き出す。
強烈な尾撃を食らったうえ、壁に激突したのだ。
骨の数本は折れているだろうし、あの吐血量からして内臓を損傷しているかもしれない。
「ゲアーッ!」
そこへ、アースドレイクが追撃をかける。
「させるか!」
ラークは咄嗟に片腕を振るい、風の刃を放った。
「ガッ……!」
ラークの攻撃はアースドレイクの強固な表皮にかすり傷をつけ、わずかによろめかせる程度に終わる。
敵はそのダメージを無視して、ふたたびエドモンへと襲いかかろうとした。
「グギ……ゲッ……」
だがアースドレイクは身体を強ばらせ、フラつき始めた。
[パラライズスラッシュ]
[パラライズテイル]と[ウィンドスラッシュ]を合わせたもので、風の刃に麻痺毒を混ぜる青魔法だ。
「エドモン!」
この隙に霊薬で彼を回復しようと思い、ラークが踏み出そうとしたときだった。
「はぁーっ!」
エドモンが立ち上がり、剣を振るった。
「ギッ……」
ケイブリザードとは比べものにならないほど強固な皮膚と筋肉、そして骨を持つアースドレイクの首が、あっさりと断ち切られた。
「ふぅ……あぶなかったね」
見える範囲に魔物がいなくなったのを確認し、エドモンは剣を納める。
「エドモン、大丈夫? 霊薬使う?」
かなりの大けがを負っていたはずだ。
すぐに体勢を立て直すためおそらく応急処置にとどめ、無理をして動いたのだろうと、ラークは心配そうに駆け寄る。
「心配無用だよ。このとおり傷は回復してるから」
「回復って……完全に?」
「ああ、もちろん」
だがエドモンは、完全に回復したと告げた。
見たところ、無理をしている様子もない。
(ちょっと待って、回復魔法が使えるの……?)
ラークは、自分が彼を【赤魔道士】ではなく【黒魔道士】だと見ていたことをいまになって思い出す。
ならば回復魔法は使えないはずだ。
だが彼は現に、回復魔法によってあの大けがを治している。
〈黒魔法〉と〈白魔法〉の両方を使えるのなら、やはりエドモンは【赤魔道士】なのだろうか。
「まぁ、回復魔法は苦手だから、かなり魔力を使っちゃったけどね」
「回復魔法が、苦手……?」
たとえ元メンバーの【白魔道士】ワカバであっても、あの短時間であれほどの大けがを回復するのは難しいだろう。
それをエドモンは、あっさりと治してしまった。
まるで最初から傷など受けていないかのように。
そのうえ彼の表情や足取りはしっかりしているので、生命力を大きく消費した様子もなかった。
(いったい何者なんだ……?)
そんな疑問が、ラークの胸に湧き起こる。
「いやぁ、それにしてもラークの青魔法はすごいね」
「そ、そうかな」
突然褒められ、ラークは少したじろいだ。
「攻撃に毒を乗せるなんて、聞いたこともないよ。あれはなんていう青魔法なんだい?」
「ああ、あれはヴェノムストライクといって……」
「ヴェノムストライク……初めて耳にするけど、いったいどんな魔物からラーニングしたのかな?」
「それは……」
ラークはふたたび寒気を覚えた。
先ほどのような微かなものではなく、身体の芯がゾクリと震えるほどの感覚だった。
目の前で穏やかに話す優男に、なんともいえぬ恐怖を抱いたのだ。
2度も救ってくれた命の恩人にそんな感情を抱くのは失礼だとは思ったが、どうしようもなかった。
「……ラーク?」
「いや……その……」
〈剣術〉こそつたないものの、白銀票冒険者の【黒魔道士】より巧みな妨害魔法と、同じく白銀票冒険者の【白魔道士】よりも優れた回復魔法をあつかうエドモンが、得体の知れない存在に見えた。
この男は、とんでもない事実を隠している。
根拠があるわけではない。
ただ、そう感じた。
(そもそも、なんでエドモンは都合よく俺たちを助けに現れたんだ? それに鋼鉄票冒険者なのに『草原』にいたことが、いま思えば不自然じゃないか)
そんな考えを巡らせ、どう答えたものか迷っていると、エドモン軽く苦笑した。
「ふふっ……まぁ言いたくないことも、あるよね」
そして彼はそう言うと、ラークに背を向けてあたりを見回し始めた。
こうやって無防備に背中を晒してくることが、逆に恐ろしくなった。
「どうやらこのあたりの魔物はさっきので全部みたいだね」
エドモンは振り返ってそう言い、にこりと微笑む。
「それじゃ、最深部にいこうか」
そう言って、彼は歩き始めた。
「……そうだね」
短く返事をし、ラークもあとに続く。
彼が何者であるかは不明だが、いまのところ敵対しているわけではない。
いまある疑念や恐怖も、気のせいである可能性が高かった。
(いまは、コアの破壊を優先すべきだ)
ラークは心の中でそう自分に言い聞かせ、エドモンに続いて歩く。
このあたりにくるのは初めてのことだった。
ラークに限らず、ここまで進んだことのある冒険者は、ほとんどいない。
コアを守るため、坑道を少し戻ったところに柵が設置され、立ち入り禁止となっているからだ。
つまり、隠し通路を通らなければ、最深部には来られなくなっているのである。
正規のルートでここへ来ていれば、ギルドの設置したその柵が破壊されていることに、ラークは気づいただろう。
だが彼はそのことを知らぬまま、エドモンのあとに続いて最深部を目指すのだった。
「そんなに妨害魔法を連発して大丈夫?」
何度目かの戦闘を終えたところで、ラークが尋ねた。
【赤魔道士】は保有魔力量が少なく、仮に彼が【黒魔道士】だとしても、戦闘のたびに高い効果の妨害魔法を使っていれば、遠からず魔力が枯渇するのではないかと心配になった。
「なに、これくらい息をするようなものだよ」
だがエドモンは、軽い口調でそう答えた。
かなり強力な妨害魔法を使っているはずである。
ならば彼の保有魔力量が多いのか、それとも妨害魔法の消費魔力が少ないのか。
(呪文を組み合わせているのか?)
ラークはこれまで何度もエコーの使う妨害魔法を見てきたが、そのどれとも違っているように見えた。
もしかすると、呪文と魔法を組み合わせた独自のスタイルかもしれない。
「ラーク、ここじゃないかな?」
考えごとをしながら歩いていると、前方のエドモンから声をかけられる。
彼は何の変哲もない壁の前で、立ち止まっていた。
「ああ、そこだな」
エドモンの隣に立ったラークも、同じ場所を見てそう言った。
なにか目印があるわけではない。
だが、4級以上の冒険者はだれもが知っている場所だった。
正しくは、パーラメントで4級になった冒険者は、必ず覚えさせられる場所だ。
「まさかこの情報が役に立つ日がくるなんてな」
「本当にね」
呆れたようにそう言ってエドモンと笑みをかわしたところで、ラークはポーチからブローチを取り出す。
ギルドマスターから預かった、あのブローチである。
「普通にかざせばいいのかな?」
そう呟きながらブローチを壁に近づけると、中央の宝石が淡く光った。
――ゴゴゴゴゴゴ……。
その直後、低い音をたてて壁が動き、通路が現れた。
「本当に、あったんだねぇ」
現れた通路を見て、エドモンが感心したように呟いた。
いまからおよそ50年前、この『廃坑』で大氾濫が発生した。
『廃坑』の最深部へ辿り着くには入り組んだ坑道を何日もかけて歩き通さなければならず、コアを破壊するのに手間取ったせいで、町は大きな被害をうけることになった。
そこで町の上層部は、最深部へ続く新たな通路を掘ったのだ。
本来、ダンジョンの壁を傷つけることはできない。
だがコアを破壊し、ダンジョンの活動が停止している間は別だ。
コアが復活するまでのあいだに、冒険者ギルドをはじめ、他のギルドや町の防衛軍総出で穴を掘り進め、隠し通路を作り上げたのだった。
ただ、その通路を逆に辿れば最深部近辺の魔物が容易に浅層へこられることもあり、普段は閉ざされていた。
それを開く鍵となるのが、ラークの預かったブローチだった。
「じゃあ、いくよ」
エドモンが先行して、通路に入る。
そこは坑道と違って、かなり狭い。
大人ひとりが少し屈んでようやく通れる程度の広さだった。
――ゴゴゴゴゴゴ……。
歩き始めてしばらくしたところで、背後から音が響いた。
開いた壁は、自動で戻る仕組みだった。
「暗いねぇ」
「ああ」
狭い通路は坑道よりもさらに暗かった。
ラークの目には前を歩くエドモンの輪郭がぼんやりと見えいる程度で、足音を頼りに距離を保った。
そんな暗い通路を、エドモンは躊躇なく歩いている。
呪文を使って視力を強化したラークよりも、彼の目は暗闇に強いようだ。
「ほら、もうすぐだよ」
少し休憩を挟みつつ1時間ほど歩いたところで、エドモンが声をあげる。
目をこらせば、行き止まりが見えた。
「エドモン、これを」
通路の最奥部へ辿り着いたところで、ラークはブローチを手渡す。
そのとき軽く手が触れた。
柔らかく、とても剣を扱う者の手とは思えなかった。
「これを、かざせばいいんだね」
そう言って彼がブローチをかざした直後、低い音を立てて壁が動きはじめた。
「うわぁ……」
開いた壁向こうでは、多数の魔物が突然現れた通路を見ていた。
魔物たちは動く壁に気を取られているのか、襲いかかってくる様子はない。
「それじゃラーク、ここからはそれぞれで戦って、ひとまず周辺の敵を倒そう!」
「おう!」
通路を飛び出したエドモンは剣を抜きながら右側へと踏み出した。
その直後、ラークは通路を出て左を見た。
坑道にいたのは、二足歩行のトカゲのような魔物の群れだった。
アースドレイクという下位の竜種である。
『廃坑』は『神殿』よりも難度が高く、最深部付近となると『塔』の中層階にも匹敵する。
そのためこのアースドレイクたちは、ラークたちが『神殿』で遭遇したドレイクよりも強い。
「はぁっ!」
それでもラークは怯むことなく、近くにいた個体へ踏み込み、拳を打ち付ける。
「グエッ……!」
胸を打たれたアースドレイクは呻きを上げてよろめいたが、倒れるほどではなかった。
ラークはその個体を無視し、別の個体を蹴飛ばした。
その後も一撃ごとに対象を変え、合計5体のアースドレイクを、拳や足だけでなく膝や肘も使って打ち据えた。
大したダメージはなかったようで、ほどなくアースドレイクたちは体勢を立て直し、襲いかかろうとする。
だが。
「グ……ゲェッ……!」
「ゲボアッ……」
「ゴボォ……」
アースドレイクたちは次々に血を吐いて倒れ、何度も咳き込んだり痙攣したりした。
やがてどの個体も動きを止め、消滅した。
[ヴェノムストライク]
[フルコンタクト]と[ヴェノムファング]を〈ディープラーニング〉で組み合わせて習得した青魔法であり、すべての打撃に猛毒が乗るという凶悪なものだった。
「うあっ!!」
坑道に短い悲鳴が響く。
見ると、アースドレイクの尻尾に打たれたエドモンが吹き飛ばされ、壁に激突していた。
「ごほっ……!」
「エドモン!!」
エドモンが大量の血を吐き出す。
強烈な尾撃を食らったうえ、壁に激突したのだ。
骨の数本は折れているだろうし、あの吐血量からして内臓を損傷しているかもしれない。
「ゲアーッ!」
そこへ、アースドレイクが追撃をかける。
「させるか!」
ラークは咄嗟に片腕を振るい、風の刃を放った。
「ガッ……!」
ラークの攻撃はアースドレイクの強固な表皮にかすり傷をつけ、わずかによろめかせる程度に終わる。
敵はそのダメージを無視して、ふたたびエドモンへと襲いかかろうとした。
「グギ……ゲッ……」
だがアースドレイクは身体を強ばらせ、フラつき始めた。
[パラライズスラッシュ]
[パラライズテイル]と[ウィンドスラッシュ]を合わせたもので、風の刃に麻痺毒を混ぜる青魔法だ。
「エドモン!」
この隙に霊薬で彼を回復しようと思い、ラークが踏み出そうとしたときだった。
「はぁーっ!」
エドモンが立ち上がり、剣を振るった。
「ギッ……」
ケイブリザードとは比べものにならないほど強固な皮膚と筋肉、そして骨を持つアースドレイクの首が、あっさりと断ち切られた。
「ふぅ……あぶなかったね」
見える範囲に魔物がいなくなったのを確認し、エドモンは剣を納める。
「エドモン、大丈夫? 霊薬使う?」
かなりの大けがを負っていたはずだ。
すぐに体勢を立て直すためおそらく応急処置にとどめ、無理をして動いたのだろうと、ラークは心配そうに駆け寄る。
「心配無用だよ。このとおり傷は回復してるから」
「回復って……完全に?」
「ああ、もちろん」
だがエドモンは、完全に回復したと告げた。
見たところ、無理をしている様子もない。
(ちょっと待って、回復魔法が使えるの……?)
ラークは、自分が彼を【赤魔道士】ではなく【黒魔道士】だと見ていたことをいまになって思い出す。
ならば回復魔法は使えないはずだ。
だが彼は現に、回復魔法によってあの大けがを治している。
〈黒魔法〉と〈白魔法〉の両方を使えるのなら、やはりエドモンは【赤魔道士】なのだろうか。
「まぁ、回復魔法は苦手だから、かなり魔力を使っちゃったけどね」
「回復魔法が、苦手……?」
たとえ元メンバーの【白魔道士】ワカバであっても、あの短時間であれほどの大けがを回復するのは難しいだろう。
それをエドモンは、あっさりと治してしまった。
まるで最初から傷など受けていないかのように。
そのうえ彼の表情や足取りはしっかりしているので、生命力を大きく消費した様子もなかった。
(いったい何者なんだ……?)
そんな疑問が、ラークの胸に湧き起こる。
「いやぁ、それにしてもラークの青魔法はすごいね」
「そ、そうかな」
突然褒められ、ラークは少したじろいだ。
「攻撃に毒を乗せるなんて、聞いたこともないよ。あれはなんていう青魔法なんだい?」
「ああ、あれはヴェノムストライクといって……」
「ヴェノムストライク……初めて耳にするけど、いったいどんな魔物からラーニングしたのかな?」
「それは……」
ラークはふたたび寒気を覚えた。
先ほどのような微かなものではなく、身体の芯がゾクリと震えるほどの感覚だった。
目の前で穏やかに話す優男に、なんともいえぬ恐怖を抱いたのだ。
2度も救ってくれた命の恩人にそんな感情を抱くのは失礼だとは思ったが、どうしようもなかった。
「……ラーク?」
「いや……その……」
〈剣術〉こそつたないものの、白銀票冒険者の【黒魔道士】より巧みな妨害魔法と、同じく白銀票冒険者の【白魔道士】よりも優れた回復魔法をあつかうエドモンが、得体の知れない存在に見えた。
この男は、とんでもない事実を隠している。
根拠があるわけではない。
ただ、そう感じた。
(そもそも、なんでエドモンは都合よく俺たちを助けに現れたんだ? それに鋼鉄票冒険者なのに『草原』にいたことが、いま思えば不自然じゃないか)
そんな考えを巡らせ、どう答えたものか迷っていると、エドモン軽く苦笑した。
「ふふっ……まぁ言いたくないことも、あるよね」
そして彼はそう言うと、ラークに背を向けてあたりを見回し始めた。
こうやって無防備に背中を晒してくることが、逆に恐ろしくなった。
「どうやらこのあたりの魔物はさっきので全部みたいだね」
エドモンは振り返ってそう言い、にこりと微笑む。
「それじゃ、最深部にいこうか」
そう言って、彼は歩き始めた。
「……そうだね」
短く返事をし、ラークもあとに続く。
彼が何者であるかは不明だが、いまのところ敵対しているわけではない。
いまある疑念や恐怖も、気のせいである可能性が高かった。
(いまは、コアの破壊を優先すべきだ)
ラークは心の中でそう自分に言い聞かせ、エドモンに続いて歩く。
このあたりにくるのは初めてのことだった。
ラークに限らず、ここまで進んだことのある冒険者は、ほとんどいない。
コアを守るため、坑道を少し戻ったところに柵が設置され、立ち入り禁止となっているからだ。
つまり、隠し通路を通らなければ、最深部には来られなくなっているのである。
正規のルートでここへ来ていれば、ギルドの設置したその柵が破壊されていることに、ラークは気づいただろう。
だが彼はそのことを知らぬまま、エドモンのあとに続いて最深部を目指すのだった。
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