ディープラーニングから始まる青魔道士の快進撃

平尾正和/ほーち

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第1章

幕間 父と兄

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 16歳のころ。

 まだジョブに目覚める様子のないラークは、いつものように兄キースから指導を受けていた。

 モーリス家の次男は、アッシュブルーの長髪が印象的な美男子である。
 一見すれば長身の優男だが、体術の腕前なら父フィリップにも匹敵する実力の持ち主だ。

「はぁっ!!」
「いいですよ。その調子です」

 ラークが全力で撃ち込む攻撃を軽くいなしながら、キースは穏やかな口調でそう告げた。
 まるで風を相手に踊っているかのような手応えのなさに戸惑いながらも、ラークは全力で攻撃を続ける。

 そうやって長時間組み手を続けたが、結局有効打を一度も入れられなかった。

「ラークはやはり体術の才能がありますね。僕と同じ武闘僧に目覚めれば、きっと強くなれます」
「キース兄さんにそう言われても、実感はないけどねぇ」

 ラークは渡されたタオルで汗を拭きながら、苦笑混じりに答える。

「体術以外に、ろくな才能がないってだけじゃない?」
「ラーク、自分をそう卑下するものではありませんよ」

 キースはそう言って、弟の頭にポンと手を乗せた。

「さぁ、明日は魔境です。今日は早めに休んでおきなさい」


 翌日。

 早朝に領都を出発したラークとキースは、半日ほど馬車を走らせ、比較的町から近い場所にある拠点に到着した。

「キース、ラーク、よく来た」

 そこで父フィリップと合流する。

「このあたりの魔物が、妙な増え方をしている。北で異変があったかもしれんので、川の近辺を手分けして調査する」

 フィリップの指示で、キースはまず川を目指した。

 辺境伯自身は周辺の様子を見つつ魔物を討伐し、ゆっくりと北へ向かうということだった。

 ラークは、キースに同行した。

「はっ! せやっ!!」

 キースについて森の中を北上しながら、ラークは近づいてくる魔物を倒していった。

 ふと視線を動かすと、オークやウルフ、ドレイクなどの魔物を軽々と倒していく兄の姿が目に入る。

 そんななか、ゴブリンやラビット系の魔物が見逃されていた。
 それらを倒すのが、ラークの役目だった。

 ゴブリンやラビットといっても、魔境に棲息する魔物である。
 他の場所やそこらのダンジョンに出現するものに比べれば、遙かに強い。

 アビリティもスキルもないラークがそんな魔物に対抗できるのは、優れた装備と訓練のおかげだった。

 彼は現在、ミスリルのガントレットとすね当てグリーブを身に着けている。
 それらの装備と、日頃の訓練でキースから叩き込まれた体術を駆使し、なんとか魔物を倒せているのだ。

「はぁ……はぁ……ふぅ……」

 呼吸を整えながら軽くあたりを見回すと、キースとラークが倒した魔物の死骸が、あちこちに転がっていた。

 ダンジョンとは異なり、野生の魔物は死んでも消滅しない。
 魔石や素材が欲しければ皮を剥ぎ、肉を削いで解体する必要があった。

 だがそんな余裕もなく、ふたりはひたすら戦い続け、北を目指した。

「魔物が、かなり多いですね」
「これって異常なことなの?」
「ええ。本来これだけの数を狩れば、いかな魔境の魔物とはいえ多少は警戒し、近づいてこなくなるはずです」
「どんどん向かってくるよね」
「そうですね。やはり父さんの言うとおり、北で異変が起こっているのでしょう」

 ふたりは少し休憩を挟みながら戦い、北上を続けた。

 日が少し傾き始めたころ、遠くに森の切れ目が見えた。
 その先に、川があるはずだ。

「ラーク、止まって」

 キースにそう言われ、ラークは立ち止まって身構える。

 あたりに、魔物の姿はなくなっていた。

「なに、この音?」

 耳を澄ませると、地鳴りの様な音がかすかに聞こえた。

「近づいてきますね」

 兄の言うとおり、その音が少しずつ近づいてくる。
 そこには、ミシミシと木々の倒れる音が混じっていた。

「もしかして、なにかが木をなぎ倒しながら近づいているのかな?」
「ええ。おそらくそれが、異変の元凶でしょう」

 生い茂る草木の陰から、魔物の姿が見え隠れする。

 それは巨大なトカゲのように見えた。

「なるほど、アースドラゴンですか」

 アースドラゴン。

 竜の一種である。

 空を飛んだり、火を吐いたりはできないが、ひたすら大きく、重く、そして硬い。

 ほどなく、木々をなぎ倒しながら近づいてくる魔物の全容が明らかになる。

「でかい……!」

 見た目はトカゲだが、その大きさが異常だった。

 20歩以上離れた場所にあってなお見上げるほどの大きさに、ラークは思わず声を漏らす。

「まだ小さいほうですよ」
「あれで……?」

 ラークは驚きを隠せないまま、兄とトカゲを交互に見た。

「兄さん、あんな……」
「ラークはここで待っていなさい。すぐに片付けますから」

 あんな巨大な魔物に勝てるのか、と問う前にキースは言い、アースドラゴンに向けて突進した。

「兄さん!!」

 その行動に気付き、声を上げたときにはすでに、兄は敵の目の前で構えていた。

「はっ!」

 キースが拳を突き出すと、ドンッと鈍い音が辺りに響く。

「うそ、だろ……?」

 首元に拳を受けたアースドラゴンが、宙に浮いていた。

「はぁーっ!」

 キースがさらに攻撃を続ける。

 突きや蹴りが当たるたびに低く重い音が鳴り響き、その衝撃であたりの木々が揺れた。
 魔境に生える、太く、重く、硬い樹木が、まるで風になびく雑草のように。

 キースからの連続攻撃を受けたアースドラゴンは、宙に浮かされたまま着地もできず、ただもだえるだけだった。

「ふっ……!」

 打撃をやめたキースが、アースドラゴンの首を抱える。
 両腕でも抱えきれないほどの太さだったが、キースは気にせず身体をひねった。

「せいっ!」

 竜の巨体が、宙を舞う。

「ははっ……むちゃくちゃだよ」

 その光景に引きつった笑みを漏らすラークの目の前で、アースドラゴンは背中から地面に投げ落とされた。

 おそらくは投げ技系のスキルなのだろうが、だからといってあの巨体を投げ飛ばすのは容易なことではない。
 というか、常人には不可能だろう。

「トドメです」

 仰向けにされてもがくアースドラゴンにむかって跳躍したキースは、胸のあたりに着地すると同時に拳を突き下ろす。

 ――ズゥンッ……!

 アースドラゴンの身体全体が震え、少し遅れて衝撃が周囲に広がった。

 近くの大木が数本、倒れる。

 ほどなくアースドラゴンは大量の血を吐き出し、ぐったりと動かなくなった。

「ドラゴンを、あんな簡単に……」

 アースドラゴンは聖銀票冒険者ミスリルタグ数名のパーティーがしっかりと連携をとり、なんとか倒せるほどの強さを持つ。
 それほどの敵を、キースはたったひとりで、さして時間もかけずいとも簡単に倒してしまった。

「まさか、兄さんがここまでだなんて……」

 兄が強いことは知っていた。

 だがこれほどだとは思っていなかった。

 そして、いまの戦いですら、強さの一端が垣間見えた程度だった。

「ほっ!」

 アースドラゴンの死骸から飛び降りたキースが、駆け寄ってくる。

「キース兄さん、おつかれ」

 なにはともあれ危険は去った。

 そう思って安堵し、ラークは声をかけたが、兄はまだ険しい表情のままだ。

「どうしたの?」
「ラーク、油断してはいけません」

 キースの言葉に、ラークは警戒心を強める。

 すると、地鳴りのような音がまた聞こえた。

 しかも複数。

「兄さん、まさか」
「ええ、きますよ」

 やがて、残っていた樹木をほとんど残らずなぎ倒しながら、新たなアースドラゴンが現れた、

「4……匹……? しかも、さっきのよりデカい……!」

 その数、そしてそれぞれ大きさに、ラークは愕然とした。

 大きさはまちまちだが、4匹のうちもっとも小さいもので先ほどの個体よりひと回りは大きい。
 一番の巨体となれば、倍ほどはあろうかという大きさだった。

「ギャオオオオォォォォッッッ!!!!」

 そのもっとも大きな巨体を誇るドラゴンが、吠えた。

「ぐぅ……!」

 響き渡る轟音と震える空気に、ラークが思わず身をすくめる。

「これは、面倒ですね」

 そんななか、キースは飄々とした様子で敵の群れを眺めていた。

「面倒……?」

 それはつまり、危険ですらないということだろうか。

 少なくとも兄に、恐れる様子はない。

「ほう、あれが元凶か」

 背後から、声が聞こえた。

「父さん!」

 草木をかき分け、父フィリップが現れたのだった。

「おそらく、川の向こうから家族総出で引っ越してきたんでしょうね」
「そうか。迷惑なことだ」

 じっと敵の群れを見ていた父が、ふとラークに目を向けた。

「ラークはここでじっとしていろ」
「あ……うん」

 言われなくても、恐怖で身動きは取れそうになかった。

 ただ、怖いのは他の魔物も同じなのだろう。
 あたりにはアースドラゴンの群れと自分たち以外、動く者の姿はなかった。

「では、さっさと片付けるとしよう」
「ですね」

 言い終えるが早いか、ふたりはドラゴンの群れに駆け込んでいった。

 それからは、あっという間だった。

 フィリップはもっとも巨大な個体の前に踏み込み、剣を振り上げた。
 同時に突風が巻き起こったかと思うと、アースドラゴンの太い首がズルリとずれ落ちた。
 切断されたドラゴンの首が地面に落ちるより先に、フィリップの姿は消えていた。

 気づいたときには、2番目に大きな個体の首元に剣を突き入れているのが見えた。
 次の瞬間、その個体は全身を大きく震わせ、ぐったりと倒れた。
 開いた口から見える喉が、黒焦げになっていた。
 雷撃によって、身体を内側から焼かれたのだとわかった。

 残る2匹も、キースがあっさりと片付けていた。

「死骸はあとで兵士にとりにこさせよう」
「それがいいでしょう」

 気づけば、あたりは暗くなり始めていた。

「ラーク」

 ふたりが戦いを終えたあとも呆然としていたラークの肩に、フィリップが手を置く。

「帰るぞ」

 そう言ってフィリップはそのまま南に歩き始め、キースもそれに続いた。

「あっ、うん」

 ようやく我に返ったラークも、ふたりのあとを追う。

 前を歩く父と兄の後ろ姿が、心強かった。

 ただ、彼らと肩を並べて戦える日がいつかくるのだろうかと、そんな不安も胸に湧き起こるのだった。
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