13 / 30
第1章
幕間 アンバー・モーリス
しおりを挟む
アンバーは他の家族と違って、あまり戦闘に興味を持たなかった。
そのことを両親は特に咎めることもなかった。
歴代の辺境伯には内政に特化した人物もいたので、そういう子がひとりくらいいてもいいと考えたのだろう。
「あたしに勝てないようじゃ、魔境じゃ戦えないわよ」
「はぁ……はぁ……」
まだ10歳のラークが、ふたつ年上の姉を前に膝をつき、息を切らせている。
アンバーは忙しい家族に代わって、ラークの訓練によく付き合っていた。
戦闘に興味はない彼女だが、才能がないわけではない。
護身術にと武術の手ほどきをうけていたアンバーは、それなりの強さを誇っていた。
「まだまだー!」
立ち上がったラークが飛びかかってくる。
「ふふっ」
健気な弟の姿に、アンバーは思わず笑みを浮かべる。
彼女にとってラークは、不器用でかわいい弟だった。
15歳で【白魔道士】のジョブを授かったアンバーは、その時点ですでに父の補佐として事務作業に携わっていた。
「父さん、あたし文官になるわ」
「ええっ!? 待ってよアンバーちゃん! できればあなたには母さんの手伝いをしてほしいのだけど……」
「かまわん、好きにしろ」
「んもう……!」
回復役の増員を望む母は翻意を促したが、父フィリップは、娘の望みを優先した。
文官として本格的に働くようになったアンバーは、家を空けることが多くなった。
「あれは……ラークと、キース兄さんかしら?」
数日ぶりに帰宅すると、次兄がラークの訓練をしているのを見かけた。体術が得意な彼を鍛えるのに、【武闘僧】のキースは適任だろう。
ラークが比較的に体術に秀でていると見抜いたのは、アンバーだった。
「ふふっ……さすがにもう、勝てないわね」
キースの手ほどきを受けるラークの動きを見て、アンバーは少しだけ寂しげに呟いた。
18歳になったラークが【青魔道士】のジョブを授かった。
稀少かつ特殊で、鍛えるのが難しいジョブである。
ラークが父や兄に憧れ、ともに戦いたがっているのは知っていた。
だが、残念ながら戦闘には向かないジョブだった。
少なくとも防衛軍にはひとりもいなかった。
冒険者であっても早々にリタイアすることが多いと言われていた。
魔物の攻撃を受けることが前提となる〈ラーニング〉というスキルの特性上、死亡者も多い。
ラークには申し訳ないが、文官になってもらうのがいいだろう。
そう考え、彼女は弟を説得しようとした。
だがある日、弟は家を出てしまった。
「父さん、どういうことよ!?」
報せを受けて帰宅したアンバーは、父を問い詰めた。
「本当よ! あなた、いくらなんでも勝手すぎるわよ!!」
魔境にいるはずの母も、なぜかフィリップを詰問していた。
夫がなにかたくらんでいると妻の勘が働いたようで、いそいで引き返したようだった。
「ラークが望んだことだ」
静かに答えたフィリップだったが、額には汗が滲んでいた。
「ひどいじゃないですか、私たちに何の相談もなく……」
「相談すれば反対しただろう?」
「当たり前ですっ!」
「当たり前よ!」
「うっ……」
たとえドラゴンを前にしても眉ひとつ動かさない男が、わずかに顔をひきつらせていた。
「と、とにかくだ。ラークが決めたことだ。私はラークを応援すると決めていたし、そう伝えてもいた。だから、やりたいようにやらせてやってくれ」
詰め寄る母と娘を相手に、辺境伯はなんとか威厳を保ちつつそう言い切った。
「はぁ……あなたも一度言い出せば聞きませんからねぇ……」
「そういうとこ、ほんと父子よねぇ……」
フィリップの態度に、母娘そろってため息をつく。
「ところであなた、護衛にはだれをつけたのです?」
「護衛? 冒険者にそんなものは不要だろう」
「はぁ!? なに言ってんのよ父さん! あの子は【青魔道士】なのよ? ひとりで活動なんて危険すぎるわよ!!」
「だから迷宮都市を勧めておいた。あそこならすぐに仲間も見つかるだろう」
「すぐに見つかるとは限らないでしょう!?」
「こうしちゃいられないわ……母さん、あたし……!」
「そうね、最低限の引き継ぎはしておいてちょうだい」
「ええ、わかったわ」
「お、おい、待て、なにを言っている?」
「なにって、ラークを追いかけるに決まってるじゃない」
「いや、アンバーに抜けられると政務が……」
「そこはあなたが頑張るしかないわね」
「そんな……」
それからアンバーは数日で引き継ぎを終え、家を出ることになった。
「父さんは?」
「お仕事よ。魔境で暴れたくて仕方ないみたいだけど、当分はお預けね」
「ま、しょうがないわよね」
ふたりそろって肩をすくめたところで、アンバーは待たせていた馬車に乗り込む。
「あ、そうそう。あの子に伝えてちょうだい」
「なにを?」
「ソロは白銀票冒険者になってからって」
「うん、わかった。それまであたしがしっかりサポートするわ」
「もし仲間がいたらどうするの?」
「お金や物のやりくりなんかを手伝ってあげるわよ。そういうの、得意だから」
「そうね、頼りにしてるわ」
特別に手配した馬車のおかげで、アンバーはラークに先んじて迷宮都市へ到着できた。
再会したラークは運良くメンバーを見つけていた。
そこでアンバーは、パーティーの運営をサポートした。
まず彼女は、持参した資金で早めに装備を調えさせた。
その後も活動状況に適した拠点や物資の調達、資金のやりくりなどを彼女が手伝ったおかげで、パーティーの出世には目を瞠るものがあった。
ただ、【青魔道士】というジョブのせいで少しずつラークが取り残されていく姿を見るのは、少しつらかった。
それでも彼は自分にできることをし、それを評価できるメンバーに巡り会えたことは、本当に幸運なことだと思った。
そんなある日、魔王の代替わりと辺境行きが通達され、ラークは『幸運の一撃』の未来を思ってパーティーを抜けた。
「よかったの? あと少し頑張れば、あなたも白銀票冒険者になれたと思うけど?」
メンバーを見送って寂しそうにしている弟に、アンバーは問いかけた。
あとひとつランクを上げれば、ラークも一緒に辺境へと向かえたのだ。
そして『幸運の一撃』のメンバーは、むしろそれを望んでいた。
「父さんと約束したんだ。聖銀票冒険者になったら帰るって」
だがラークは、父との約束を違えるつもりはないようだった。
「あと3つもランクアップしなきゃだめじゃない。そもそも聖銀票冒険者になれるのなんて、ほんの一握りの冒険者だけでしょう?」
「でも、約束したから」
決意は、揺るぎそうになかった。
「まったく、頑固なんだから」
そういうところは、父に似ていると思った。
それからアンバーは、自身が冒険者となってラークを支えることにした。
戦うことはあまり好きではない。
だが、弟の力になれると思えば、どうということもなかった。
周辺の探索に慣れたラークのおかげで、活動は順調だった。
そんなある日のこと、『神殿』での探索中、アクシデントに見舞われ、死にかけた。
『しばらくは『草原』で姉さんの経験を積もう。ちょっと焦りすぎたんだよ』
少しの言い合いのあと、弟はそう言って部屋を出て行った。
「ふぅ……まったく」
退室する弟を見送ったアンバーは仰向けになり、額に腕を置くと、大きなため息をついた。
「弟の望みひとつ叶えられないなんて……」
ぼそりとそう呟くと、彼女は口の端をあげる。
「あたしがそんな情けない姉だと思ったら大間違いよ」
○●○●
2日も休めば普通に出歩けるようになった。
怪我は完全に治っており、あとは生命力の回復をまつだけだ。
さすがに活動できるほどではないが、日常生活には問題ない。
夜、アンバーは少し高級なレストランの個室にいた。
活動時の白いローブではなく、簡素なドレスに身を包んでいる。
「やぁ、待たせたね」
そこへ、エドモンが現れた。
彼も活動時とは異なり、少し小綺麗な格好をしている。
「気にしないで、時間通りよ」
エドモンが向かいに座ると、ワインが運ばれてきた。
「それじゃ、このあいだのお礼に」
アンバーはそう言って手にしたワイングラスを掲げる。
「あまり気を遣ってほしくはないんだけどね」
苦笑しつつ、エドモンもグラスを手に取る。
先日『神殿』で救われたお礼にと、アンバーが設けた席だった。
エドモンは何度も固持したのだが、アンバーとふたりきりなら、という条件で最後は彼が折れた。
アンバーにとっても、そのほうが都合がよかった。
しばらくは食事をしつつ世間話に花を咲かせた。
「ふふっ……アンバーさんは話が上手だね。こうも打ち解けられるとは思わなかったよ」
「あたしもエドモンくんと話すのは、楽しいわよ」
アンバーは文官として客人をもてなすことも多く、こうした会食が得意なのだ。
「ほんと、エドモンくんが近くにいてくれて助かったわ。本当にありがとうね。あなたは命の恩人よ」
「何度も言うけど、礼には及ばないよ。偶然通りかかっただけだからね」
「偶然、ね。本当に?」
エドモンを見つめるアンバーの瞳が、妖しく光る。
「……どういう意味かな?」
彼女の視線を受け、エドモンの顔から笑みが消える。
「よく考えればおかしいのよ。『神殿』はともかく、なぜ鋼鉄票冒険者のあなたが『草原』にいたのか」
アンバーが最初に助けられた『草原』は初心者向けのダンジョンであり、『最初の草原』といわれるような場所だ。
なぜそんなところに、ベテランとも言える4級冒険者のエドモンがいたのか。
「もしかして、なにか理由があってあたしたちをつけていたんじゃないかしら?」
その言葉にエドモンが小さく息を呑んだのを、アンバーは見逃さなかった。
妖しげな笑みを浮かべるアンバーを見つめていたエドモンが、ふっと身体を弛緩させ、ため息をついた。
「……どうやらお開きにしたほうがよさそうだね」
彼は小さく首を横に振りながら、苦笑を漏らす。
「ごちそうさま。今夜は楽しかったよ、少し前までは、だけど」
「いいの?」
立ち上がったエドモンに、アンバーが問いかける。
「なにがだい?」
「バラすわよ」
アンバーはそう告げて立ち上がり、エドモンに歩み寄る。
「……なにを知っている?」
「なにを知ってるのかしらね?」
アンバーは笑みを浮かべたまま、エドモンに寄り添う。
「あたしに隠し事なんて、できると思わないほうがいいわよ」
「……すべてお見通し、というわけか」
諦めたように彼はそう言い、ため息をついた。
「それで、なにが望みなんだい?」
「お願いをひとつ、聞いて欲しいのよ」
そのことを両親は特に咎めることもなかった。
歴代の辺境伯には内政に特化した人物もいたので、そういう子がひとりくらいいてもいいと考えたのだろう。
「あたしに勝てないようじゃ、魔境じゃ戦えないわよ」
「はぁ……はぁ……」
まだ10歳のラークが、ふたつ年上の姉を前に膝をつき、息を切らせている。
アンバーは忙しい家族に代わって、ラークの訓練によく付き合っていた。
戦闘に興味はない彼女だが、才能がないわけではない。
護身術にと武術の手ほどきをうけていたアンバーは、それなりの強さを誇っていた。
「まだまだー!」
立ち上がったラークが飛びかかってくる。
「ふふっ」
健気な弟の姿に、アンバーは思わず笑みを浮かべる。
彼女にとってラークは、不器用でかわいい弟だった。
15歳で【白魔道士】のジョブを授かったアンバーは、その時点ですでに父の補佐として事務作業に携わっていた。
「父さん、あたし文官になるわ」
「ええっ!? 待ってよアンバーちゃん! できればあなたには母さんの手伝いをしてほしいのだけど……」
「かまわん、好きにしろ」
「んもう……!」
回復役の増員を望む母は翻意を促したが、父フィリップは、娘の望みを優先した。
文官として本格的に働くようになったアンバーは、家を空けることが多くなった。
「あれは……ラークと、キース兄さんかしら?」
数日ぶりに帰宅すると、次兄がラークの訓練をしているのを見かけた。体術が得意な彼を鍛えるのに、【武闘僧】のキースは適任だろう。
ラークが比較的に体術に秀でていると見抜いたのは、アンバーだった。
「ふふっ……さすがにもう、勝てないわね」
キースの手ほどきを受けるラークの動きを見て、アンバーは少しだけ寂しげに呟いた。
18歳になったラークが【青魔道士】のジョブを授かった。
稀少かつ特殊で、鍛えるのが難しいジョブである。
ラークが父や兄に憧れ、ともに戦いたがっているのは知っていた。
だが、残念ながら戦闘には向かないジョブだった。
少なくとも防衛軍にはひとりもいなかった。
冒険者であっても早々にリタイアすることが多いと言われていた。
魔物の攻撃を受けることが前提となる〈ラーニング〉というスキルの特性上、死亡者も多い。
ラークには申し訳ないが、文官になってもらうのがいいだろう。
そう考え、彼女は弟を説得しようとした。
だがある日、弟は家を出てしまった。
「父さん、どういうことよ!?」
報せを受けて帰宅したアンバーは、父を問い詰めた。
「本当よ! あなた、いくらなんでも勝手すぎるわよ!!」
魔境にいるはずの母も、なぜかフィリップを詰問していた。
夫がなにかたくらんでいると妻の勘が働いたようで、いそいで引き返したようだった。
「ラークが望んだことだ」
静かに答えたフィリップだったが、額には汗が滲んでいた。
「ひどいじゃないですか、私たちに何の相談もなく……」
「相談すれば反対しただろう?」
「当たり前ですっ!」
「当たり前よ!」
「うっ……」
たとえドラゴンを前にしても眉ひとつ動かさない男が、わずかに顔をひきつらせていた。
「と、とにかくだ。ラークが決めたことだ。私はラークを応援すると決めていたし、そう伝えてもいた。だから、やりたいようにやらせてやってくれ」
詰め寄る母と娘を相手に、辺境伯はなんとか威厳を保ちつつそう言い切った。
「はぁ……あなたも一度言い出せば聞きませんからねぇ……」
「そういうとこ、ほんと父子よねぇ……」
フィリップの態度に、母娘そろってため息をつく。
「ところであなた、護衛にはだれをつけたのです?」
「護衛? 冒険者にそんなものは不要だろう」
「はぁ!? なに言ってんのよ父さん! あの子は【青魔道士】なのよ? ひとりで活動なんて危険すぎるわよ!!」
「だから迷宮都市を勧めておいた。あそこならすぐに仲間も見つかるだろう」
「すぐに見つかるとは限らないでしょう!?」
「こうしちゃいられないわ……母さん、あたし……!」
「そうね、最低限の引き継ぎはしておいてちょうだい」
「ええ、わかったわ」
「お、おい、待て、なにを言っている?」
「なにって、ラークを追いかけるに決まってるじゃない」
「いや、アンバーに抜けられると政務が……」
「そこはあなたが頑張るしかないわね」
「そんな……」
それからアンバーは数日で引き継ぎを終え、家を出ることになった。
「父さんは?」
「お仕事よ。魔境で暴れたくて仕方ないみたいだけど、当分はお預けね」
「ま、しょうがないわよね」
ふたりそろって肩をすくめたところで、アンバーは待たせていた馬車に乗り込む。
「あ、そうそう。あの子に伝えてちょうだい」
「なにを?」
「ソロは白銀票冒険者になってからって」
「うん、わかった。それまであたしがしっかりサポートするわ」
「もし仲間がいたらどうするの?」
「お金や物のやりくりなんかを手伝ってあげるわよ。そういうの、得意だから」
「そうね、頼りにしてるわ」
特別に手配した馬車のおかげで、アンバーはラークに先んじて迷宮都市へ到着できた。
再会したラークは運良くメンバーを見つけていた。
そこでアンバーは、パーティーの運営をサポートした。
まず彼女は、持参した資金で早めに装備を調えさせた。
その後も活動状況に適した拠点や物資の調達、資金のやりくりなどを彼女が手伝ったおかげで、パーティーの出世には目を瞠るものがあった。
ただ、【青魔道士】というジョブのせいで少しずつラークが取り残されていく姿を見るのは、少しつらかった。
それでも彼は自分にできることをし、それを評価できるメンバーに巡り会えたことは、本当に幸運なことだと思った。
そんなある日、魔王の代替わりと辺境行きが通達され、ラークは『幸運の一撃』の未来を思ってパーティーを抜けた。
「よかったの? あと少し頑張れば、あなたも白銀票冒険者になれたと思うけど?」
メンバーを見送って寂しそうにしている弟に、アンバーは問いかけた。
あとひとつランクを上げれば、ラークも一緒に辺境へと向かえたのだ。
そして『幸運の一撃』のメンバーは、むしろそれを望んでいた。
「父さんと約束したんだ。聖銀票冒険者になったら帰るって」
だがラークは、父との約束を違えるつもりはないようだった。
「あと3つもランクアップしなきゃだめじゃない。そもそも聖銀票冒険者になれるのなんて、ほんの一握りの冒険者だけでしょう?」
「でも、約束したから」
決意は、揺るぎそうになかった。
「まったく、頑固なんだから」
そういうところは、父に似ていると思った。
それからアンバーは、自身が冒険者となってラークを支えることにした。
戦うことはあまり好きではない。
だが、弟の力になれると思えば、どうということもなかった。
周辺の探索に慣れたラークのおかげで、活動は順調だった。
そんなある日のこと、『神殿』での探索中、アクシデントに見舞われ、死にかけた。
『しばらくは『草原』で姉さんの経験を積もう。ちょっと焦りすぎたんだよ』
少しの言い合いのあと、弟はそう言って部屋を出て行った。
「ふぅ……まったく」
退室する弟を見送ったアンバーは仰向けになり、額に腕を置くと、大きなため息をついた。
「弟の望みひとつ叶えられないなんて……」
ぼそりとそう呟くと、彼女は口の端をあげる。
「あたしがそんな情けない姉だと思ったら大間違いよ」
○●○●
2日も休めば普通に出歩けるようになった。
怪我は完全に治っており、あとは生命力の回復をまつだけだ。
さすがに活動できるほどではないが、日常生活には問題ない。
夜、アンバーは少し高級なレストランの個室にいた。
活動時の白いローブではなく、簡素なドレスに身を包んでいる。
「やぁ、待たせたね」
そこへ、エドモンが現れた。
彼も活動時とは異なり、少し小綺麗な格好をしている。
「気にしないで、時間通りよ」
エドモンが向かいに座ると、ワインが運ばれてきた。
「それじゃ、このあいだのお礼に」
アンバーはそう言って手にしたワイングラスを掲げる。
「あまり気を遣ってほしくはないんだけどね」
苦笑しつつ、エドモンもグラスを手に取る。
先日『神殿』で救われたお礼にと、アンバーが設けた席だった。
エドモンは何度も固持したのだが、アンバーとふたりきりなら、という条件で最後は彼が折れた。
アンバーにとっても、そのほうが都合がよかった。
しばらくは食事をしつつ世間話に花を咲かせた。
「ふふっ……アンバーさんは話が上手だね。こうも打ち解けられるとは思わなかったよ」
「あたしもエドモンくんと話すのは、楽しいわよ」
アンバーは文官として客人をもてなすことも多く、こうした会食が得意なのだ。
「ほんと、エドモンくんが近くにいてくれて助かったわ。本当にありがとうね。あなたは命の恩人よ」
「何度も言うけど、礼には及ばないよ。偶然通りかかっただけだからね」
「偶然、ね。本当に?」
エドモンを見つめるアンバーの瞳が、妖しく光る。
「……どういう意味かな?」
彼女の視線を受け、エドモンの顔から笑みが消える。
「よく考えればおかしいのよ。『神殿』はともかく、なぜ鋼鉄票冒険者のあなたが『草原』にいたのか」
アンバーが最初に助けられた『草原』は初心者向けのダンジョンであり、『最初の草原』といわれるような場所だ。
なぜそんなところに、ベテランとも言える4級冒険者のエドモンがいたのか。
「もしかして、なにか理由があってあたしたちをつけていたんじゃないかしら?」
その言葉にエドモンが小さく息を呑んだのを、アンバーは見逃さなかった。
妖しげな笑みを浮かべるアンバーを見つめていたエドモンが、ふっと身体を弛緩させ、ため息をついた。
「……どうやらお開きにしたほうがよさそうだね」
彼は小さく首を横に振りながら、苦笑を漏らす。
「ごちそうさま。今夜は楽しかったよ、少し前までは、だけど」
「いいの?」
立ち上がったエドモンに、アンバーが問いかける。
「なにがだい?」
「バラすわよ」
アンバーはそう告げて立ち上がり、エドモンに歩み寄る。
「……なにを知っている?」
「なにを知ってるのかしらね?」
アンバーは笑みを浮かべたまま、エドモンに寄り添う。
「あたしに隠し事なんて、できると思わないほうがいいわよ」
「……すべてお見通し、というわけか」
諦めたように彼はそう言い、ため息をついた。
「それで、なにが望みなんだい?」
「お願いをひとつ、聞いて欲しいのよ」
0
なろう&カクヨムにて先行公開中!
小説家になろう
https://ncode.syosetu.com/n5971ho/
カクヨム
https://kakuyomu.jp/works/16816927860928867020
小説家になろう
https://ncode.syosetu.com/n5971ho/
カクヨム
https://kakuyomu.jp/works/16816927860928867020
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)
最弱の俺が神の血を継いで世界を救う旅に出る(仮)
RYOアズ
ファンタジー
最弱の村人出身。力も魔法も使えないが、世界を救いたいという漠然とした願いを持つ。旅の中で手の甲に神紋が現れ、実は伝説の神「アルテオン」の化身だと判明。最終的に全能の力を覚醒させ、世界最強に。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜
あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。
そんな世界に唯一現れた白髪の少年。
その少年とは神様に転生させられた日本人だった。
その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。
⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。
⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています
最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。
羽海汐遠
ファンタジー
最強の魔王ソフィが支配するアレルバレルの地。
彼はこの地で数千年に渡り統治を続けてきたが、圧政だと言い張る勇者マリスたちが立ち上がり、魔王城に攻め込んでくる。
残すは魔王ソフィのみとなった事で勇者たちは勝利を確信するが、肝心の魔王ソフィに全く歯が立たず、片手であっさりと勇者たちはやられてしまう。そんな中で勇者パーティの一人、賢者リルトマーカが取り出したマジックアイテムで、一度だけ奇跡を起こすと言われる『根源の玉』を使われて、魔王ソフィは異世界へと飛ばされてしまうのだった。
最強の魔王は新たな世界に降り立ち、冒険者ギルドに所属する。
そして最強の魔王は、この新たな世界でかつて諦めた願いを再び抱き始める。
彼の願いとはソフィ自身に敗北を与えられる程の強さを持つ至高の存在と出会い、そして全力で戦った上で可能であれば、その至高の相手に完膚なきまでに叩き潰された後に敵わないと思わせて欲しいという願いである。
人間を愛する優しき魔王は、その強さ故に孤独を感じる。
彼の願望である至高の存在に、果たして巡り合うことが出来るのだろうか。
『カクヨム』
2021.3『第六回カクヨムコンテスト』最終選考作品。
2024.3『MFブックス10周年記念小説コンテスト』最終選考作品。
『小説家になろう』
2024.9『累計PV1800万回』達成作品。
※出来るだけ、毎日投稿を心掛けています。
小説家になろう様 https://ncode.syosetu.com/n4450fx/
カクヨム様 https://kakuyomu.jp/works/1177354054896551796
ノベルバ様 https://novelba.com/indies/works/932709
ノベルアッププラス様 https://novelup.plus/story/998963655
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる