ディープラーニングから始まる青魔道士の快進撃

平尾正和/ほーち

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第1章

第10話 ラークの過去3

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「あら、遅かったわね」

 パーラメントの町では、次女のアンバーが待ち構えていた。

「姉さん、どうして!?」

 突如現れた姉の姿に、ラークは驚愕の声を上げる。

「父さんに聞いたのよ。で、世間知らずのアンタひとりにするのは不安だから追いかけてきたってわけ」

 父から事情を聞いたアンバーは、いそいで業務の引き継ぎを終え、辺境伯の権限を使って高速馬車を手配し、一直線に迷宮都市を目指した。
 そのおかげでいくつもの馬車を乗り継ぎ、ときには徒歩で移動したうえ、途中で大けがをして休養していたラークより先に、町を訪れることができたのだった。

「そもそもラークの〈ラーニング〉には回復役が必須でしょ? だから白魔道士であるあたしが手伝ってあげようと思ったんだけど……」

 そこでアンバーはラークとともにいる冒険者に目を向ける。

「どうやらその必要はないみたいね」

 そこでアンバーは、ラークと彼の所属するパーティー『幸運の一撃』の私生活や運営のサポートを行うこととなった。

 パーラメントで活動を始めた『幸運の一撃』は、やがて盾役としてドワーフの【戦士】マイセンを引き入れて6人編成となる。

 グリフォンという強い魔物からのラーニングでアビリティを伸ばし、ウィンドスラッシュを習得したラークは、大いに活躍した。

 また父フィリップから譲り受けた魔法鞄マジックバッグも、活動に大きく貢献した。

 その後も少しずつラーニングをして手札を増やし、アビリティを伸ばしていく。

 辺境伯家では落ちこぼれ気味だった体術が、外の世界ではそれなりに通じるレベルだったのも大きかった。

 それに辺境で文官として活躍していたアンバーのサポートも、パーティーの運営を大いに助けていた。

 だが、何年も活動を続けていくうち、訓練と経験でアビリティを伸ばし、スキルを習得するメンバーに追いつかれ、そして追い越された。

 ひとり、またひとりとメンバーが白銀票冒険者シルバータグへと昇級していったが、ラークはひとり鋼鉄票冒険者スティールタグのままだった。

 それでもラークは聖銀票冒険者ミスリルタグを目指して、必死に食らいついた。


 そんなある日のこと。

 ラークたちが『塔』の探索を終えてギルドに戻ると、連絡事項があるため残るように言われた。

 いつも人でごった返している夕刻の酒場が、さらに混み合っていた。

「注目!」

 突然、酒場の奥から野太い声が響いた。その一言で、騒がしかった酒場が静まりかえる。

 声のほうに目を向けると、テーブルのひとつを片付けさせ、その上に立つ男の姿があった。
 スキンヘッドの厳つい巨漢で、年は五〇代といったところか。
 パーラメントの冒険者ギルドを仕切る、ギルドマスータのチェブランコだ。

「諸君、よく集まってくれた! これより重大な情報を伝えるので、よく聞いてほしい」

 チェブランコはテーブルの上から冒険者たちを見下ろしながら、堂々とした態度で言葉を続ける。

「魔王の代替わりが確実なものとなった!」

 酒場が、どよめいた。

「ボヘムが滅ぼされたことで、モーリス辺境伯はそう判断されたようだ」
「えっ!?」

 ギルドマスターの言葉に、ラークが声を上げた。

 周りの視線を受けた彼は、申し訳なさそうに身を縮める。
 ただ、驚くのも無理はないと思われたのか、ほとんどはすぐにギルドマスターへと向き直った。

「ねぇねぇラークさん、ボヘムってなんですか?」

 ギルドマスターの話を邪魔しないよう、ワカバが小声で尋ねてくる。
 彼女は遠方の島国からやってきた身であり、大陸内の事情にあまり詳しくなかった。

「ボヘムっていうのは、辺境と魔境の境目あたりに設置された、魔族との交易所だよ」
「へええ、そうなんですね」

 フィリップが討伐した魔王の跡を継いだ者は、人類に対して友好的であり、交易所を作って物資のやりとりを行っていた。
 それだけでなく、辺境近辺の魔物を狩り、治安の維持まで担ってくれていたのだ。

 それが、数年前から交易所を訪れる魔族が減りはじめ、ついにはいなくなった。
 そして魔族による魔物の間引きがなくなることで、辺境の危険度が徐々に高まっていった。

 交易所としての価値を失ったボヘムだったが、重要な前線の拠点として維持された。

 魔王の政策に変化があったか、あるいは代替わりでもしたかと予想されていたところへボヘムの急襲である。
 魔王の代替わりという辺境伯の判断は、間違ってはいないだろう。

「ボヘムの防衛を担当していたキース殿の活躍により、被害は最小限に抑えられたとのことではあるが、交易所の復興は絶望的とのことだ」

 チェブランコの言葉に、ラークは人知れず胸を撫で下ろす。

 被害が最小限に収まったということで、同じように安堵する者は多かったが、それ以上にキースの武勇を褒め称える声が大きかった。

 辺境伯の次男キースは、辺境伯軍の一角を担う将帥である。
 魔境に面する辺境伯軍の精強ぶりは大陸全土に知れ渡っており、一兵卒ですら鋼鉄票冒険者スティールタグに匹敵するといわれていた。

 そんな精強な軍を率いるキースもまた強者であり、一級冒険者を遙かにしのぐと噂さされるほどだ。

「次男だけじゃねぇぜ。あそこの家族は異常だからな」
「長男は魔法一発で数百匹の魔物を始末できるって話だ」
「長女はベヒーモスを片手でぶん投げるらしいぞ」

 あちらこちらで、雑談が始まっていた。

「だがなんといっても最強なのは辺境伯本人さ」

 モーリス辺境伯フィリップ。

 彼は地上最強の男として、その名を広く知らしめていた。

「静粛に!」

 がやがやと始まった雑談を鎮めるように、チェブランコが声を上げる。

「本題はこれからだぞ」

 静かになった冒険者たちの視線を受けながら、ギルドマスターは軽く咳払いをし、表情をあらためた。

「辺境に訪れた危機に際して、ここパーラメントからも援軍を送ることになった! もちろん、移動はギルドと辺境伯持ちだ!!」

 ――おおおおおおおお!

 酒場のあちこちから歓声があがった。

 魔王が代替わりし、脅威が増した辺境は、いうまでもなく危険な場所だ。
 だが、だからこそチャンスがあちこちに転がっているともいえる。

 名を上げ、財を成す絶好の機会である。

 だが、辺境は遠い。

 そこへいくための旅費だけで、相当な額になってしまうのだ。
 その旅費がタダになるというのだから、喜ぶ冒険者は多かった。

「第一陣の対象となるのは3級以上の冒険者だ!」

 そこで大半の冒険者が肩を落とした。
 ラークもそのひとりだった。

「あー……」

 4級冒険者、すなわち鋼鉄票冒険者スティールタグの自分がいる『幸運の一撃』は第一陣の対象から外れてしまうと知り、ラークは全員から目を逸らした。

「ん……?」

 視線の先に、見覚えのある顔を見つけた。

 ラークと同じ鋼鉄票冒険者スティールタグの、エドモンだった。

 苦い表情を浮かべる彼を見て、自分も同じような顔をしてるのだろうかと、そんな思いがラークの頭をふとよぎった。
 
○●○●

 魔王や魔族には、魔物を操る力があるのではないかと噂されている。
 実際、人類に対して好戦的な魔王がその座にある場合、魔物の動きが活発になることが多い。

 ここ最近のダンジョンにおける魔物の活性化は、魔王交代が影響している可能性があった。
 そうなれば、複数のダンジョンを抱えるパーラメントが、危険にさらされるかもしれない。

 このまま活性化が進み大氾濫スタンピードが発生すれば、大惨事である。
 いまのところそこまでの兆候はないものの、油断はできない状況だ。

 そこでギルドは、第一陣では少数の精鋭だけを送り込みつつこの町の防衛力もある程度維持したいという考えから、鋼鉄票冒険者スティールタグ以下の派遣を見送ったのだった。

 今後の状況次第では、第二陣、第三陣と冒険者が派遣されることも考えられる。

 そこで『幸運の一撃』は残留の意志を見せたが、ラークが自分からパーティーの離脱を宣言した。
 自分の存在がパーティーの足を引っ張ることが、いやだったのだ。

 ラキストたちはラークが抜けることによる戦力ダウンを懸念した。
 だが思いのほかあっさりと新メンバーが加入し、『幸運の一撃』は戦力の補強に成功した。

 メンバーの補充には、アンバーが一役買っていた。

○●○●

「つらいなぁ、みんなと別れるのは」

 パーティーの離脱を告げた日の夜、宿に戻り落ち込んだ様子の弟を見て、アンバーが呆れたようにため息をつく。

「いや、アンタが抜けたんでしょうが」
「まぁ、それはそうなんだけどね」

 自分から言い出したことではあったが、まだ気持ちの整理はつかないようだ。

「それで、アンタこれからどうするの?」
「もちろん、ソロで活動するに決まってるだろ」
「だめよ」
「えっ、なんで?」

 姉の言葉に、ラークはきょとんとする。

「母さんとの約束、忘れたの?」
「母さんとの約束?」
「あたしがここで伝えたやつよ。白銀票冒険者シルバータグになるまで、ソロは禁止ってやつ」
「ああっ!」

 ここパーラメントでアンバーと再会した際に告げられていのだが、その時点ですでにパーティーを組んでいたため、すっかり忘れていたようだった。

「忘れてた、どうしよう……」

 うなだれる弟を見て、アンバーは苦笑を漏らす。

「しょうがない、あたしが冒険者になって、アンタをサポートしてあげるわよ」
「えっいいの? 姉さん、戦うの嫌いだよね?」
「元々アンタひとりでここに来てたら、そうするつもりだったしね」
「ありがとう! 姉さん、本当にありがとう!」

 ラークはアンバーの手を取り、そう言って何度も頭を下げた。

「大げさね。弟の望みを叶えるなんて、姉として当然のことよ」

 弟の態度に少し呆れながらも、アンバーは嬉しそうに微笑むのだった。
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