ディープラーニングから始まる青魔道士の快進撃

平尾正和/ほーち

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第1章

第8話 ラークの過去1

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 人類の住む領域の北西には、魔境と呼ばれる場所がある。

 深い森、荒れ狂う大河、険しい山脈、不毛の荒野、そういった、人が住むには厳しい土地だ。

 そこにはこの町のダンジョンに現れるのとは比べものにならないほど強い魔物が、多数棲息している。
 それも、人が住みづらい理由のひとつだった。

 だが住みづらいだけで、住めないわけではない。
 文明を発展させ、人口を増やし、生存領域を拡げ続けた人類は、やがて魔境の開拓にも手をつけた。

 そうやって開拓された領域を、人は辺境と呼んだ。

 辺境に面した魔境の奥には、魔族と呼ばれる種族が住んでいる。
 彼らの住む場所を訪れた者はいないが、魔族が存在するのは確かである。

 その魔族を統べるのが、魔王だ。

 その魔王が率いる魔王軍と人類は、これまで何度も戦を繰り広げてきた。

 辺境とは、魔境に棲息する強大かつ大量の魔物や、時代によっては魔王や魔族から人類を守る、防波堤の役割を担う領域だ。
 そのため辺境で活動する軍や冒険者は強い者が多く、それらを率いる辺境伯は、さらに強い。

 その強さは個人の武勇、軍の統率、領地の運営と様々で、辺境を治めるとなるとそのどれかに優れている必要がある。
 でなければ、辺境という場所はあっという間に魔境に取り込まれてしまうのだ。

 現当主【赤魔道士】のフィリップは、個人の武勇に優れた男だった。

 世間では『地上最強の男』呼ばれ、魔王を討伐したという実績を有している。

 そののち代替わりした新たな魔王は人類に友好的だったため、しばらく平和なときが続いた。

 フィリップの妻【白魔道士】のマルメラもまた、個人の能力に優れた女性で、彼女は戦場でよく夫を補佐した。

 夫婦は三男三女に恵まれた。

 ラークはその三男、5番目の子としてこの世に生を受けた。

 両親、兄弟姉妹がみな高い能力を有している中、ラークは一段劣る存在だった。

 家族は皆、ジョブを授かる前から武術や呪文に長けていた。

 だがラークは武術も凡庸で、呪文にいたっては最低限の生活呪文を使える程度の才能しかなかった。
 体術だけはそれなりに習得できたが、それでも【黒魔道士】のジョブを得た長男に軽くあしらわれるレベルだった。

「ラークちゃんは魔力量が多いから、きっと魔道士系のジョブを授かるわ」

 母はよくそう言って、ラークを慰めてくれた。

 ジョブは、その人にふさわしいものが与えられる。
 もちろん、望むジョブを授かるために努力することも、無駄ではない。

 【戦士】を目指す者は剣術や槍術を、【武闘僧】を目指す者は体術を、【斥候】を目指す者は観察力や手先の器用さを磨く。
 【黒魔道士】や【白魔道士】を望むなら、呪文の訓練を行うのがよいと言われていた。

 そして己を磨き、あるいは天運に任せて成長した人は、15から20歳あたりでジョブを授かる。

 ある日、頭の中にメッセージが流れるのだ。

 人はこれを、天の声と呼ぶ。

 15歳になったラークは、いったい自分がどんなジョブを授かるのか、楽しみでもあり、不安でもあった。

「俺は【黒魔道士】になってほしいな。倒しても倒しても魔物ってヤツは現れるから、攻撃の手は少しでも欲しい」
「あらぁ、私は【白魔道士】がいいわねぇ。母さんひとりで回復と支援を担当するのは、大変だもの」
「【武闘僧】とかいいと思うけどな。体術が得意で魔力量が多いから、自分に対する回復と強化ができる武闘僧になったら、すっごいことになると思うんだよねー」
「別に前線にでなくてもいいじゃない。あたしと一緒に内政官をやるってのも悪くないと思うわ」

 家族もまた、ラークの成長を期待していた。

 厳しくも、明るく、優しい家族だった。

 そんな家族に鍛えられながらも、思うような結果が出せないことに、ラークは歯がゆい思いを抱いていた。

「父さんは、俺がどんなジョブを授かればいいと思う?」
「なんでもかわまん。やれることをやればいい」

 ラークが尋ねると、父フィリップは無愛想に答えた。
 父だけは冷淡な態度を見せたが、それは誰に対してでもそうだったので、ラークに不満はなかった。

「俺、どんなジョブを授かっても、父さんの役に立てるようがんばるよ!」

 ラークは少し前から、ときおり魔境に出向いていた。
 実戦の空気を肌で感じるため、モーリス家ではジョブを授かるより前にかならず魔境を訪れるのだ。

 ラークは家族に守られながら、父の戦う姿を見た。

 数百の魔物を、あるいは人間よりも数倍大きな個体を軽々と薙ぎ払っていくフィリップの戦いに、目を奪われた。
 そんな彼と連携し、次々に敵を倒していく家族を、誇らしいと思った。

 いつか自分もこの中に混じって、魔物と戦いたいと思った。

《これよりジョブを授けます》

 天の声が聞こえたのは、18歳になってしばらくしてからのことだった。

《あなたに授けられたジョブは【青魔道士】です》

「えっ……?」

 その声に、ラークはしばらく呆然とした。

○●○●

 通常、ジョブを授かった者は、弱い魔物を相手に経験を積む。
 そうやってジョブの能力、すなわちアビリティを伸ばすのだ。

 だが辺境ではそうもいかない。

 というのも、出現する魔物が強すぎるからだ。
 生半可なアビリティで太刀打ちできるものではない。

 辺境軍は一兵卒であっても鋼鉄票冒険者スティールタグに匹敵するといわれている。
 その程度の強さがなければ辺境で通用しないからだ。

 そこで辺境でジョブを得た者は、厳しい訓練を受けることになる。
 魔物と戦わずとも、訓練によってアビリティを伸ばせるからだ。

 ただし、ときに死者が出るほど厳しい訓練である。

 そんな訓練を経て一人前となった者が、辺境軍として、あるいは冒険者として魔境で戦えるのだ。

 だが【青魔道士】だとそうはいかない。青魔道士は、〈ラーニング〉以外の方法でアビリティを伸ばせないからだ。

 青魔法をラーニングするためには、魔物の攻撃を受けなくてはならない。
 だが大したアビリティを持たない者が辺境の強い魔物から攻撃を受ければどうなるか、子供でもわかる話だった。

「ラークちゃん、戦うだけがすべてじゃないわ。領地を運営する文官だって、立派にこの街を守っているのよ」

 家族は、ラークが魔物と戦うことに反対だった。

「そうよ、無理に戦う必要なんてないんだって」

 特に反対したのは、次女のアンバーだった。

 【白魔道士】を授かった彼女だったが、辺境伯の家族には珍しく、戦闘ではなく内政に興味を示した。
 そのため魔境での戦闘経験もほとんど積まず、文官として辺境伯をサポートしていたのだ。

「でも、俺は……!」

 ラークは、戦いたかった。

 家族と一緒に魔境の魔物を倒すことで、辺境を守りたかった。

「じゃあさ、どこか別の街で鍛えてくるっていうのは?」
「でも、青魔道士ひとりじゃ無理だぜ?」
「私たちがここを離れるわけにもいかないしねぇ……」
「冒険者に護衛を依頼するというのはどうでしょう?」
「青魔道士の育成には回復役が必要不可欠だが、万年人手不足だ。犠牲がふた桁増えてもいいってんならいいが?」
「そんなのだめよぉ」
「んー、だったら現地の冒険者に任せる?」
「知らない人にラークちゃんを任せるなんていやよ!」
「魔族の協力って得られない? 彼らからならラーニングできるって話を聞いたことあるけどね」
「それは噂話みたいなものだろう? それにいくら友好的になったとはいえ、魔族を信じすぎるのは危険だ」

 だが家族はこんな具合で、ラークの育成も困難な状態だった。
 母を始め、兄弟姉妹はラークに対して少し過保護なところがあった。

 これも自分の弱さが招いた結果だと、ラークは自信を情けなく思う。

「父さん、俺はどうすれば……」
「やれることをやれ。援助は惜しまん」

 唯一冷静な父に尋ねてみたが、そんな返事しか返ってこなかった。

「それでも、俺は戦いたい……!」

 自室に戻ったラークはひとりそう呟き、歯噛みした。

 時間が経てば諦めがつくのだろうかと思っていたが、日に日にその思いは強まっていく。
 なんとか家族の説得を試みたが、うまくいかなかった。

「みんな……ごめん」

 ラークは、家出を決意した。

 家族のほとんどが魔境へ出払った夜を狙って、ラークは屋敷を出た。
 アンバーは町に残っていたが、彼女が屋敷に帰ってこないことはよくあったので、家族全員がいなくなるタイミングをはかったのだ。

 大荷物になると誰かに見つかると思い、最低限の現金と換金できそうな宝飾品をポケットに入れ、使用人たちの目を盗んで家を出る。

「旅に出るのか?」

 敷地を出ようとしたところで、背後から声をかけられる。

「父さん!?」

 父フィリップが、そこにいた。

「どうして……」
「父親だ。それくらいわかる」

 フィリップは静かにそう言うと、ラークになにかを投げて寄越した。

「これは?」

 受け取ったそれは、腰に提げるポーチだった。

魔法鞄マジックバッグだ。着替えやポーション類、ひと月分の食料と路銀が入っている」
「なんで……?」
「援助は惜しまん。そう言ったはずだ」

 フィリップはそう言うと、口元に小さな笑みを浮かべた。

 父が笑うのは、珍しいことだった。

「どうするつもりだ?」
「……冒険者を、目指すつもり」
「そうか」

 軍に入ること以外で戦う道は、それくらいしか思いつかなかった。

「迷宮都市へいくといい。あそこは冒険者が多い」
「そうなんだ」

 どこへ行くかまでは、決めていなかった。
 冒険者が多いということは、仲間が見つかる可能性が高いのかもしれない。

「いまから歩けば朝には三番街に着く。そこから馬車に乗るといいだろう」
「……わかった、ありがとう」

 最後の最後まで世話になってしまった。

 そのことが嬉しくもあり、情けなくもあった。

「私がしてやれるのはここまでだ」

 父の口元から、笑みが消えていた。

「この先、たとえ死ぬような目にあっても、お前を助けてやることはできん」
「うん、わかってる」

 決意の篭もった目で、父を見据える。

聖銀票冒険者ミスリルタグになったら帰ってくるがいい。軍で雇ってやる」

 フィリップはそう言うと、踵を返した。

「わかったよ。必ず、帰ってくる」

 ラークはそう誓い、父に背を向けて歩き始めた。
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